#マーケティング #価値の可視化 #顧客文脈での意味づけ
自社が提供している商品やサービスの価値は、本当にお客さんに感じてもらえているでしょうか?
特に形のない体験やサービスは、時間とともに記憶から薄れてしまいます。
ご紹介したい JALの 「御翔印 (ごしょういん) 」 は、飛行機に乗るという体験を形あるものに変え、ヒット商品となりました。
ポイントは 「体験価値の可視化」 と 「顧客文脈での意味づけ」 にあります。
お客さん一人ひとりの状況や価値観に寄り添い、体験に形を与えることで、思いがけない価値が生まれます。体験価値を可視化し、顧客の心に響く意味をつくり出す秘訣に迫ります。
JAL オリジナル 「御翔印」
神社仏閣 (じんじゃぶっかく) の御朱印をヒントに生まれた日本航空 JAL の 「御翔印」 。空港ごとに異なるデザインが楽しめる旅の記念品です。
JAL が 2022年9月に発売を開始した御翔印は、JAL グループの国内線が就航する全56空港でそれぞれ異なるデザインを購入できます (1枚350円税込) 。
JAL の御翔印を集めるために飛行機に搭乗するお客さんもいるとのことで、2025年1月までに約60万枚を販売しました。専用の 「御翔印帳」 も約5万5000冊を超えるとヒット商品となりました (参考情報) 。
JAL オリジナルの御翔印は、「JAL ふるさとプロジェクト」 の新潟県チームから生まれた地域活性化アイデアです。各空港の名前は現地スタッフが毛筆で書いたものを印刷し、デザインには 「筆書き」 「ランウェイ」 「飛行機の機影」 を共通要素としています。
特に人気なのは限定品の記念御翔印で、即完売となる人気ぶり。「マイル修行 (飛行機の搭乗回数を増やしてステータス獲得を目指す行為を指す) 」 と相性が良く、JAL の御翔印を集めるために飛行機に乗るファンもいるようです。
では、JAL の御翔印の事例から学べることを掘り下げていきましょう。価値の可視化という点で学びがあります。
消費行動を 「カタチ」 にする意味
私たちは日々、様々な商品やサービスを消費しています。
形のあるモノを使うこともあれば、旅行や食事、エンターテイメントのような形のない体験を消費することもあります。
JAL の御翔印のヒットは、体験という形のない消費をいかにお客さんとって 「意味のあるカタチ」 に変えるかという視点から示唆に富んでいます。
JAL の 「御翔印」 がつくり出した価値
御翔印は 「無形の体験」 という価値を可視化する存在です。
飛行機に乗るという体験は本来、目に見えないものです。記憶には残り、搭乗券もとっておけますが、デジタル化の導入もありチケットはスマホの中にデータとしてしかないケースも普通になりました。
JAL が提供しているのは移動手段に加えて 「旅の体験」 です。その体験は時間とともに薄れていきますが、御翔印という形あるモノに変換することにより、体験の価値が長く残るわけです。
御翔印は 「〇〇 空港に降り立った」 という具体的な行動の証明書のような役割を果たします。御翔印は、JAL の飛行機に乗って移動する無形の体験を目に見える記念品となるという価値を可視化したのです。
御翔印を収集することで見える化された体験は、御翔印帳に並べられた御翔印としてアルバムやコレクションのようになります。その人の旅の足跡そのものであり、また、他者に見せることができる実績としての側面も持っています。
顧客の 「文脈」 に合わせた価値創造
御翔印の価値は、一枚の紙としての価値を超えます。御翔印が保有者 (JAL 利用客) 一人ひとりのそれぞれの 「文脈 (Context) 」 の中で、多様な意味を持ちます。
まず旅の記念品としての意味合いがあります。旅行の思い出を形に残したい気持ちに応えてくれます。
御翔印は各空港でデザインが異なるので、旅先の記念に絵葉書を買うような感覚で御翔印で購入すれば、訪れた場所や地域への愛着が生まれることでしょう。
1枚1枚の御翔印を入れて保存できるのが御翔印帳です。御翔印帳には御翔印だけではなく、見開きの片側に御翔印を入れ、反対側に航空券を入れるなど、旅の思い出アルバムとしても楽しめます。
また、コレクションアイテムとしての価値も生まれます。JAL の御翔印の全56空港のデザインを集めるというコンプリート欲をそそられる存在です。ゲームのような達成感を伴い、次にまた JAL を使って旅行や出張をしたいという動機付けにもなります。
他には、一部のヘビーユーザーにとっては御翔印は 「マイル修行」 の証となります。JAL の上級会員資格を目指して搭乗回数を重ねるという 「マイル修行」 「ステータス修行」 を行う人にとって、御翔印集めは修行の成果を示す格好の手段です。
このように、JAL の御翔印は購入者が持つ様々な状況や価値観などの 「顧客文脈」 によって、その文脈で 「意味のある価値」 を生み出すわけです。
御翔印から学ぶマーケティング
では最後のパートでは、JAL の御翔印から汎用的に学べることを掘り下げていきましょう。
消費をストーリー化しての意味づけ
モノやサービスにストーリーを付与することは、お客さんとの感情的なつながりを深め、意味を与える上で有効です。
JAL の御翔印は 「御朱印」 という多くの人が知る文化的な存在から着想を得ています。御朱印はもともとは、神社や寺院を参拝した証としてもらえるものです。御朱印と名前の漢字や音の響きも似ている JAL の御翔印は、直感的にイメージや楽しみ方を理解できます。
御翔印のことを 「空の御朱印」 と位置づけることによって、JAL の飛行機に乗るという行為に、どこか歴史的、神秘的な響きを与えます。
各空港のスタッフから選ばれた代表者が、毛筆で書いた文字を御翔印にしているという制作背景のストーリーもおもしろいです。
工業製品的な機械的なものではなく、人の手の温もりや地域ごとの個性が感じられ、利用客は JAL のことや訪れた空港に対して親近感や共感を抱きやすくなります。
コレクション性の付与
人は収集することに喜びを感じるものです。
JAL の御翔印は、全56空港の異なる種類のデザインとすることでコンプリートしたくなる要素を入れました。
次はどこの空港の御翔印を集めるか、全空港制覇まであともう少しといった収集心や達成欲は、次の旅行計画や JAL 便の利用選択につながります。
JAL は御翔印の発売1周年記念の限定デザイン版を発売しました。
こちらは発売直後に即完売という人気ぶりでした。さらに限定性や希少性を加えることによりコレクションの価値と収集意欲をさらに高めています。
顧客文脈に合わせて価値をつくる
JAL の御翔印の成功の根幹にあるのは、記憶や体験をカタチにすることの重要性です。
御翔印は、JAL の飛行機に乗るという無形の体験に、人の手で書かれた手触りのある御翔印という 「モノ」 を結びつけることによって、体験価値を可視化し、お客さんの記憶に刻み込む役割を果たします。
記念品として、また、体験そのものを豊かにし、価値を思い出したり増幅されているわけです。
お客さんが体験したことや感じたことを、何らかの 「意味のあるカタチ」 として提供することは顧客満足度を高め、長期的なロイヤルティを築く上でも有効です。
JAL の御翔印は、お客さんの文脈や気持ちに寄り添い、顧客体験に 「カタチ」 と 「意味」 を与える役割を果たします。
自社の商品やサービスにおいて、顧客体験をどのように 「カタチ」 にし、その顧客文脈 (the context) おいてお客さんへの意味のある価値を高められるか。この問いを考える上で、御翔印の事例はヒントを与えてくれます。
まとめ
今回は、JAL の御翔印を取り上げ、学べることを見てきました。
最後にポイントをまとめておきます。
- 無形の体験や記憶を目に見える 「カタチ」 に変換することにより、一時的な体験を長く残る価値へと変容できる
- カタチに意味合いをつける。お客さん一人ひとりの 「文脈 (コンテクスト) 」 に合わせた意味づけにより、同じ商品・サービスでも多様な価値 (例: 記念品, コレクション, 実績の証など) を生み出せる
- 意味合いには、文化的背景を持つストーリー性、コレクション性や限定性を組み込むのも有効
- 商品やサービスの体験がより豊かで意味のあるものになり、顧客の継続的な関与を促し、リピート購入や関連商品への興味につながる
- 顧客体験を 「カタチ」 と 「意味」 で表現することは感情的価値を創造し、長期的な顧客ロイヤルティの構築に貢献する
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