投稿日 2025/09/25

しゃぶしゃぶ食べ放題から "食のテーマパーク" へ。「しゃぶ葉」 に学ぶ顧客価値の再定義とブランディング

#マーケティング #ブランドコンセプト #メッセージ

自社の商品やサービスの本当の価値を、お客さんにきちんと届けられているでしょうか?

商品の良さを伝えているつもりでも、なぜか響かない…。その原因は、顧客自身も気づいていない本音を見落としていたり、ブランドが目指す姿とメッセージがズレているからかもしれません。

今回ご紹介したいしゃぶしゃぶ食べ放題の 「しゃぶ葉」 の取り組みは、この問題解決へのヒントを示しています。

しゃぶ葉の事例から、ブランドコンセプトとマーケティングメッセージの本質について掘り下げます。

しゃぶ葉



しゃぶ葉は、すかいらーくホールディングスが運営するしゃぶしゃぶ食べ放題の飲食店です。お肉や野菜を好きなだけ楽しめるスタイルとリーズナブルな価格設定が受け、全国に300店舗以上を展開しています。

しゃぶ葉は新たなブランディングに着手しました。

特に大学生などの若年層からの 「長時間滞在して、しゃべりながら食事を楽しみたい」 という消費者ニーズを見つけ、 「食のテーマパーク」 としての新たな価値を打ち出す戦略を始めたのです。

では、しゃぶ葉の事例から学べるポイントを掘り下げていきましょう。

顧客価値の再定義


しゃぶ葉の取り組みの背後には、消費者が本当に求めている価値を捉え直すプロセスがありました。

消費者から潜在的なニーズを発見する

飲食店での 「食べ放題」 と聞くと、お腹いっぱいになるまで好きなだけ食べられるというイメージを想像することでしょう。実際に、しゃぶ葉はそうしたニーズを満たす店として支持を得てきました。

しゃぶ葉があらためて既存のお客さんを対象にした調査をすると、大学生などの若年層が興味深い望みを持っていることがわかりました (参考情報) 。

飲食店では食べることだけではなく、「食後も友だち同士でおしゃべりを続けたい」 「場所を変えずにこのままゆっくり過ごしたい」 という消費者ニーズです。平日ランチ後にカフェやファミレスへ移動する手間が省けるなら、そのまま長居できる店があると便利だと感じていたわけです。

こうした 「長時間滞在したい」 や 「移動の手間を省きたい」 という潜在的な消費者ニーズを発見したことを契機に、しゃぶ葉は 「食べ放題専門店」 から存在意義を捉え直し、「食事そのもの + 一緒に来店した人との語らいの場」 を提供する店として新たな顧客価値を示す方針を決めました。

 「食べ放題」 から 「長時間利用可能な食のテーマパーク」 へ

そこでしゃぶ葉が打ち出したのがしゃぶしゃぶ食べ放題だけではなく、「長時間いても飽きない "食のテーマパーク" 」 というブランドコンセプトです。

しゃぶ葉の店内には、しゃぶしゃぶ用のお肉や野菜だけではなく、麺類、ごはん、デザート、ドリンクバー、そしてたれを自由にアレンジできる 「たれ BAR」 なども用意されており、「あれもこれも楽しみたい」 という気持ちを満たす要素が充実しています。

食べ放題でお腹いっぱいになるまで食べたいというニーズだけにとどまらず、しゃぶ葉の 「メニューが豊富で、楽しみ方が多彩」 、「次に別のカフェに移動しなくてもデザートやドリンクを自由に楽しめる」 、「仲間同士で終わりの時間を気にせず過ごせる」 といった顧客価値をひとつにまとめたコンセプトです。

ブランドコンセプトからのマーケティングコミュニケーション


すばらしいブランドコンセプトを掲げても、コンセプトが消費者や顧客に伝わらなければ意味がありません。

では次に、しゃぶ葉が 「食のテーマパーク」 というコンセプトを、どのように具体的なメッセージに落とし込み、伝えようとしているのかを見ていきましょう。

ブランドコンセプトにもとづくコミュニケーションメッセージへの落とし込み

ブランドコンセプトは、言い換えるなら 「お客さんに持ってもらいたいイメージの "山の頂上" 」 です。

そしてマーケティングコミュニケーションのメッセージは 「その山の魅力を伝え、登る意欲をかき立てる山の麓 (ふもと) からの呼びかけ (具体的な言葉) 」 となります。

しゃぶ葉の 「食のテーマパーク」 というブランドコンセプトは、しゃぶ葉が提供したい包括的な価値体験を表しています。重要になるのが、コンセプトという中核的な顧客価値の定義から、注力顧客に最も響くであろう要素を抽出し、具体的で魅力的な言葉に変換する作業です。

しゃぶ葉の場合は、顧客調査の結果から長時間利用ができるという点が、若年層にとって強いフックになることが明らかになっていました。また、ランチ後にカフェへ移動しておしゃべりを続けるという若者の日常行動も把握できています。

これらの消費者理解と食のテーマパークというコンセプトを結びつけ、生まれたのが 「ず~っと食べ放題だから、カフェ移動しなくて OK!」 というメッセージです。しゃぶ葉のお店に長時間いることによる追加料金がないうえ、店内に必要なものがそろっているため、カフェをはしごせずに済む魅力を端的に表しています。

ブランドコンセプトとメッセージの関係

ブランドコンセプトとマーケティングコミュニケーションでのメッセージの関係性を整理しておきましょう。

  • ブランドコンセプト: 企業が消費者や顧客の心の中に築きたいブランドの理想像や本質的な価値。顧客にとってどのような存在でありたいかというブランドが目指すべきイメージ

  • メッセージ: ブランドコンセプトを、ターゲット顧客に最も効果的に伝えるための具体的な言葉や表現。コンセプトの魅力を分かりやすく伝え、顧客の興味や行動を喚起するもの


しゃぶ葉は 「食のテーマパーク」 という山の頂上 (ブランドコンセプト) を提示し、その山の最大の魅力のひとつである 「眺望の良さ (長時間滞在できること) 」 を、 「食べ放題だからカフェ移動しなくていい」 という麓からの呼びかけ (メッセージ) によって、登山者 (消費者) にアピールしているわけです。

屋外広告への展開

しゃぶ葉は、SNS 広告で若い世代から高い反応が得られた 「長時間利用」 を強く打ち出す方針を固めたうえで、都内の大学が多いエリアで屋外広告を展開しました。


八王子駅や高田馬場 (たかだのばば) 駅など、多数の学生が乗り降りする場所を狙って、卒業生や新入生に向けたわかりやすい屋外広告です。

しゃぶ葉によれば 「初めて屋外広告を見た」 や 「こんな食べ方もできるんだ」 といった話題喚起には成功しているとのことです。

ブランドコンセプトとマーケティングメッセージの好循環


しゃぶ葉の事例が示唆するのは、明確なブランドコンセプトと、コンセプトにもとづいたマーケティングメッセージがつながることにより、ポジティブな循環が生まれる可能性です。

しゃぶ葉は新たなブランドコンセプトとして 「食のテーマパーク」 を掲げ、具体的なマーケティングメッセージとして 「長時間利用可能」 をわかりやすく打ち出しました。

今まではしゃぶ葉のことを 「しゃぶしゃぶを好きなだけたくさん食べられる場所」 という認識だけだった消費者にも、気の合う仲間や恋人とずっと一緒に楽しめるお店というイメージが広がっていくことでしょう。

そうなれば、ランチや晩ごはんにしゃぶ葉に行くだけではなく、「友だちとゆっくり話したいから行く」 「授業が早く終わり午後は時間があるのでみんなで行ってグループワークをする」 といった、新たな利用シーンの拡大につながることが期待できます。平日ランチタイム以降の客数の底上げにも貢献するでしょう。

実際に利用したお客さんが 「デザートや軽食が豊富で飽きない」 とか 「時間を気にせず長居できる」 と感じると、その体験が SNS や口コミで広がり、また別のお客さんが来店し、さらに口コミが生まれる好循環が起こります。

しゃぶ葉では実際に何時間でもいられる、食べ物の種類が豊富でみんなでワイワイできるという利用体験が増えれば増えるほど、「しゃぶ葉は食のテーマパークだ」 という認識が浸透します。ブランドコンセプトが定着していくわけです。

このようにブランドコンセプトと具体的なメッセージがうまく結びつき、双方が強化し合うことで "山の頂上" へ向かう人が増え、しゃぶ葉の存在感が高まっていきます。

まとめ


今回は、しゃぶ葉の事例を取り上げ、学べることを見てきました。

最後にポイントをまとめておきます。

  • ブランドコンセプトとは、企業が消費者や顧客の頭の中に築きたい理想のブランドイメージや存在意義のこと。コンセプトはブランドの北極星として全てのブランディング活動の指針となる

  • マーケティングメッセージとは、ブランドコンセプトを端的に伝える具体的な言葉や表現。お客さんの心に響く形で翻訳し、行動を促す

  • 効果的なメッセージをつくるには、顧客インサイト (お客さんを動かす隠れた本音) に根ざした言葉の選定する

  • ブランドコンセプトが 「目指す山の頂上」 だとすれば、マーケティングメッセージは 「その山に登りたくなる麓からの呼びかけ」 となる

  • ブランドコンセプトとメッセージが一貫して強化し合えば、体験や口コミを通じてブランドが浸透し、ポジティブな循環が生まれる。ブランドイメージと実態が一致することで、顧客の記憶に残るブランドになる


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多田 翼 (運営者)

書いている人 (多田 翼)

Aqxis 代表 (会社 HP はこちら) 。マーケティングおよびマーケティングリサーチのプロフェッショナル。ベンチャーから一部上場企業の事業戦略やマーケティングのコンサルティングに従事。

前職の Google ではシニアマネージャーとしてユーザーインサイトや広告効果測定、リサーチ開発に注力し、複数のグローバルのプロジェクトに参画。Google 以前はマーケティングリサーチ会社にて、クライアントのマーケティング支援に取り組むとともに、新規事業の立ち上げや消費者パネルの刷新をリードした。独立後も培った経験と洞察力で、クライアントにソリューションを提供している。

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名古屋出身、学生時代は京都。気分転換は朝のランニング。