投稿日 2025/09/15

三井住友海上。顧客理解で見つけた本質的価値からのマーケティング

#マーケティング #顧客理解 #顧客価値

自社の商品やサービスの強みを、本当にお客さんの目線で伝えられているでしょうか?

会社の中や身内、業界では当たり前だと思っていて意識していないことが、実はお客さんにとって特別な価値になっている場合があります。

今回は、三井住友海上の事例を取り上げます。お客さんの声を活かし、本質的な顧客価値となるコアバリューを見出してマーケティングに反映する方法を掘り下げていきましょう。

三井住友海上


三井住友海上火災保険は、100年を超える歴史を持つ老舗の保険会社です。自動車保険をはじめとする損害保険を中心に、国内外で幅広い保険サービスを展開しています。

保険業界の世界を覗いてみると、競合サービスの数は決して少なくありません。しかも、業界全体で画期的な技術革新や商品開発が進みづらい背景もあり、ともすると消費者からはどの保険会社も似たり寄ったりという印象を持たれかねません。

三井住友海上ではもともと代理店を通じて各種の保険商品を販売していたため、直接的に消費者や顧客と接する機会は限定的でした。必然的に 「自分たちの商品やサービスの魅力をどこに感じてもらっているか」 を把握しにくく、顧客満足度の改善やブランド価値向上の取り組みが後手に回ってしまう恐れが存在します。

事実、以前の外部企業が実施した保険会社への顧客満足度調査では競合他社に比べて三井住友海上は4位程度にとどまり、保険見直しのタイミングで顧客が他社に流れてしまうという懸念もあったとのことです (参考情報) 。

そこで三井住友海上は 「顧客視点が不足しているのではないか」 という問題意識のもと、お客さんの声をもとにしたマーケティング活動を始動します。

CX (顧客体験) やデジタルマーケティング領域に携わる専門組織を新設し、顧客接点の再点検やデータ分析に積極的に投資しました。

学べること


では、三井住友海上の事例から学べることを掘り下げていきましょう。

顧客の声から本質的な特徴を抽出

三井住友海上にとって転換点となったのは、販売代理店や実際の顧客への徹底的なヒアリングです。

従来は代理店を通して保険を契約してもらっていたので、消費者やお客さんの実際の声に直接耳を傾ける機会は多くはありませんでした。しかし、保険契約において、顧客が重視する点、良かった顧客体験、契約の決め手となった点などについて掘り下げていくことにより、見えてきたものがありました。

顧客ヒアリングから浮かび上がったのは 「24時間365日、事故対応を受け付けてくれること」 への三井住友海上に対する評価です。事故が起きたときにいつでも電話がつながって対応してくれるという点への安心感でした。

保険の業界では当たり前のようなサービスであり、三井住友海上にも 「今さらそれが強みになるのか?」 という声があったそうです。けれども、お客さんの生の反応を聞くと、「24時間対応しているなんて頼もしい」 や 「夜中でも電話がつながって焦らず対処できた」 といった声があり、あらためてお客さんにとって意味があるサービスであることが判明したのです。

注目したいのは、「業界や売り手の常識」 と 「顧客にとっての常識」 は必ずしも一致しないということです。保険会社側から見れば普通のことでも、お客さんである保険の利用者にとっては信頼を寄せる理由に直結していたわけです。

三井住友海上はこうしたヒアリング結果をもとに、いつでも頼れる事故受付を自社サービスの中の重要な特徴として位置づけました。すでに持っていた自社の専任の事故対応スタッフ約8000人、事故対応拠点数のおよそ180ヶ所という強みの源泉をお客さんの声によって再発見した形です。

コアバリューを定義する

とはいえ 「24時間365日対応」 という言葉では、依然として機能やサービスの説明にとどまります。

三井住友海上はここからさらに一段深掘りし、お客さんが本質的に感じている価値は何かを言語化しました。行き着いたのが、「いつも見守ってもらえる安心感」 というコアバリュー (中核的な顧客価値) でした。

サービス提供側の目線で言えば 「24時間365日体制でスタッフが待機し、電話やロードサービスに対応する」 です。一方の利用者の立場になり顧客目線で捉えると、「夜中でも人がしっかりと話を聞いてくれる」 「もしものときにはすぐ動いて助けてくれる」 といった、安心・安全への情緒的に認識される価値です。

ビジネスで陥りやすいのは、商品やサービスのスペックと機能を強調しすぎるあまり、消費者やお客さんが感じる便益や感情面の価値を見落としてしまうことです。

実際にお金を支払って購入をしたり契約を決めるのはお客さんであり、お客さんにとってのメリットが、顧客文脈に沿ってお客さんの言葉からもわかりやすく伝えられるかが、商品・サービスが選ばれることにつながります。

三井住友海上の事例では、「提供サービスで顧客が評価している特徴の再発見 → 顧客の立場で再解釈 → 顧客価値を顧客にとっての言葉に落とし込む」 というプロセスを進めました。

そして、お客さんから見たときに 「いつも見守ってもらえる安心感」 を真正面から訴求する方針を固めたのです。

見出した顧客価値を伝えるコミュニケーション

コアバリューが定まったら、それをどうやって消費者や見込み顧客企業に伝え、知ってもらい興味を持ってもらうかが課題になります。

三井住友海上では、ブランドコンセプトを反映する 「そこに、人がいる。」 をキャッチコピーとして掲げ、一貫性のあるコミュニケーションを実行していきました。


広告表現では、以前は有名タレントを起用したテレビ CM で広く認知を取る方法でしたが、新しい 「そこに、人がいる。」 というコピーを CM にも反映させました。


コンセプトをもとに実際の事故対応シーンや、お客さんが体験した事例などを再現しました。

例えば、人通りの少ない雪山でクルマが横転する事故に遭ったものの、ドライブレコーダーが事故を検知し、自動でコールセンターにつなぎ、すぐさまロードサービスが救助に出動したというエピソードです。

命の危険が回避され、いざというときに三井住友海上の担当者 (人) が寄り添ってくれるというストーリーを強調しました。

パンフレットの内容も刷新されました。具体的には 「つながる、話せる、だから安心!」 や、 「いつでも、保険会社と ”つながる" から安心!」 といったコピーを記載。それまでの保険サービスの機能面の訴求から、保険を契約することでどのような便益が得られるのかが一目で分かる内容になりました。

こうした CM やパンフレットの見直しによって、24時間365日対応から 「いつも見守ってもらえる安心感」 を実感できるようなコミュニケーションを展開しました。

また、自社 Web サイト内の情報整理や見積もり請求フォームの改善を継続的に実施し、安心感のある保険会社という印象をオンライン上でもアピールしました。

サイト訪問数や見積もり請求数が伸び、見積もり請求数30倍、顧客満足度1位獲得といったさまざまな成果が出ています。

見込み顧客がどの顧客接点にいても、一貫して 「人に寄り添ってもらえる」 というコアバリューをイメージしやすいよう設計することで、顧客接点全体で人を感じるブランド体験からの統一感が生まれます。

まとめ


今回は、三井住友海上の事例を取り上げ、学べることを見てきました。

最後にポイントをまとめておきます。

  • お客さんの声から、本質的な価値を再発見する

  • 自社視点では当たり前として見落とされがちな要素も、お客さんの利用用途に目を向けたり耳を傾けることで、強み (他にはない顧客価値) として再認識できる

  • お客さんの立場で自社商品やサービスのコアバリューを言語化し、ブランドコンセプトに落とし込む。感情や体験の価値を、お客さんの言葉で表現する

  • あらゆる顧客接点で一貫した価値訴求を行う。広告、ウェブ、パンフレット、店頭など全てのチャネル (顧客接点) で同じメッセージを伝える


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多田 翼 (運営者)

書いている人 (多田 翼)

Aqxis 代表 (会社 HP はこちら) 。マーケティングおよびマーケティングリサーチのプロフェッショナル。ベンチャーから一部上場企業の事業戦略やマーケティングのコンサルティングに従事。

前職の Google ではシニアマネージャーとしてユーザーインサイトや広告効果測定、リサーチ開発に注力し、複数のグローバルのプロジェクトに参画。Google 以前はマーケティングリサーチ会社にて、クライアントのマーケティング支援に取り組むとともに、新規事業の立ち上げや消費者パネルの刷新をリードした。独立後も培った経験と洞察力で、クライアントにソリューションを提供している。

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名古屋出身、学生時代は京都。気分転換は朝のランニング。