#マーケティング #顧客価値 #感情的価値と利便性価値
商品の価格を上げたいけど、値上げをすると売れなくなるのでは…?
価格競争から抜け出すためには、顧客価値が肝になります。
機能だけを訴求するだけではなく、感情的な価値や利便性への価値も含めた総合的な価値を高めることによって、消費者やお客さんは対価を支払ってくれるようになります。
今回は、通常の商品の2倍近い価格設定にもかかわらず、人気を獲得したスタンレーの 「真空スリムクエンチャー」 の事例から、価値を高めて価格を上げる方法について考えます。
スタンレー 「真空スリムクエンチャー」
スタンレーは、真空断熱ボトルや携帯用保温ポットなどを手掛けるアメリカ発の老舗メーカーです。
スタンレーは真空断熱ボトルのパイオニア的な存在で、その高い保温・保冷性能と耐久性はアウトドア好きの人たちの間では定評があります。
そんなスタンレーが新しい発売したのが 「真空スリムクエンチャー」 です。
ストローを挿して飲める仕様や持ち手付きのデザインが特徴です。豊富なカラーバリエーションと洗練されたデザイン、ストロー付きの回転式カバー、持ちやすいハンドル (一部のモデル) にあります。
アメリカで SNS を中心に人気を呼び、インフルエンサーが紹介したり、限定色が発売されるとさらに話題が拡散され、日本でもその人気に火がつきました。
価格は 600ml で5,720円と、市場平均の2倍近い値段ですが、ある流通企業の小売店での売上本数が1年間で9倍 (2万本から18万本) に増えたとのことです (参考情報) 。
学べること
では、スタンレー 「真空スリムクエンチャー」 の事例から学べることを掘り下げていきましょう。
今回の話は、価値を高めて価格を上げるという視点で示唆に富みます。
お客さんにとっての価値とは何か
価値と聞くと、製品の機能や性能を思い浮かべるかもしれません。もちろん重要な価値の一部ですが、消費者やお客さんは製品やサービスから得る便益 (ベネフィット) は、機能面だけではありません。
スタンレー 「真空スリムクエンチャー」 の人気を紐解くと、機能的価値だけではなく感情的価値が重要ということがわかります。
製品が持つ基本的な性能や役割という機能的な価値、例えば保温できる・軽い・丈夫などに加え、感情的価値や利便性の価値もあります。
感情的価値は、持つことや使うことで得られるポジティブな感情です。うれしい、楽しい、おしゃれになれる、気分が上がる、自分らしくいられるなどです。
利便性価値とは特定の状況やシーンで役立つことです。例えば、オフィスで使いやすい、車の中でこぼしにくい、片手で飲めるので移動中も便利などがそうです。
デザイン性による感情的価値の付加
商品やサービスの価値を上げるには、お客さんの気持ちに訴えることも必要になります。そのときに有効なのがデザインです。
水筒や保温ポットといえば、保温力、軽さ、耐久性などの機能がまず重視されます。一方のスタンレーの 「真空スリムクエンチャー」 の特徴のひとつは、デザインのカラーにあります。いろいろな色が選べるうえ、少し大きめの持ち手とストローのアクセントが、普通のステンレスボトルとは一線を画すデザインです。
スタンレーは機能的な側面にとどまらず、デザイン、カラー、ストローの付属などから 「写真に撮りたくなる」 や 「カフェやオフィスに持ち込んでもおしゃれ」 といった要素を強化しました。
機能性一辺倒のアプローチでは打ち出せなかったファッション的な価値をもたらすことにより、スタンレーの保温ポットを持っていると気分が上がる、デザインが SNS 映えするといった感情的価値ももたらしています。
自分の見た目において、化粧や髪型、服装だけではなく、持ち物も重要な要素です。SNS では物を持つこと自体が自己演出に直結するので、似合っているか、写真や動画映えするかが選ぶ際の決め手にもなりえます。
見た目が変わると気持ちも変わるわけで、デザインによる感情的な価値をいかに高められるかが大事なことです。
利用シーンの拡大による利便性価値の強化
ファッション的な側面だけでなく、真空スリムクエンチャーの人気の要因は、実用性や利便性にも配慮していることにあります。
本体のフタ部分を回転させると、ストロー飲み・直接口をつけて飲む・完全に閉めるの3パターンを切り替えられます。サイズも 0.6L, 0.88L, 1.18L の3種類を用意し、置き場所や使う時間帯によって選びやすくなっています。
オフィスや車の中、急いですぐに飲みたい、ゆっくりと飲みたいなど、日常のあらゆるシーンやシチュエーションによって飲み方を変えたい人にとって便利です。
そうして使用シーンが増えるほど、自分の毎日にフィットする保温ボトルとしての価値が高まります。「値段は高いかもしれないけどスタンレーの保温ポットがいい」 と思わせる後押しになるわけです。
総合的な顧客価値の向上
商品やサービスに魅力を感じてもらうには、機能性を訴求するだけでは十分とは言えません。スタンレー 「真空スリムクエンチャー」 が支持される理由は、さまざまな価値が組み合わさった総合力があるからです。
ベースとなる高い 「機能的価値 (保温・耐久性) 」 の上に、「感情的価値 (デザイン・自己表現) 」 と、「利便性価値 (便利さ・多様な利用シーン) 」 がかけ合わさることで、お客さんが感じる総合的な価値が高まりました。
足し算ではなくかけ算で、「機能 (10点) 」 だけだったところに、「 「機能 (10点) × 感情 (10点) × 利便性 (10点) = 総合価値 (1000点) 」 というようなイメージです。
こうなれば真空スリムクエンチャーは保温ポットというモノの枠を超え、自分の日常生活やライフスタイルを豊かにし、毎日の気分を上げてくれる存在となります。
価値を高めて、価格を上げる
スタンレーは保温ポットの平均価格の2倍近い価格でも、人気なのは消費者が 「その価格に見合う、あるいはそれ以上の価値がある」 と感じているからです。
売り手が設定する価格は、コストや競合価格だけで決めるものではありません。消費者や企業 (顧客企業) がその製品やサービスに対してどれだけの価値を感じるかによって、支払ってもらえる価格の上限が決まります。価格は価値への対価なのです。
もしスタンレーが 「保温性が業界 No.1」 という機能だけをアピールしていたら、おそらく他のメーカー製品と比較され、価格競争に巻き込まれていたことでしょう。機能は数値化しやすく比較も簡単なので、機能だけでは価格競争に陥りやすいです。
しかし、感情や体験は価格競争を回避してくれます。スタンレーは、持っていると気分が上がる、自分らしさを表現できる、オフィスで便利に使えるといった、感情的価値や利便性価値にも訴えるアプローチをとりました。
こうした価値は、その体験のためならこの金額を払っても良いという気持ちにつながりやすことでしょう。
消費者は保温ポットというモノの機能に対して倍の値段を払っているのではありません。スタンレーの真空スリムクエンチャーを持つことで得られる優れた機能性に加え、気持ちの高まりや自己肯定感、便利な毎日を遅れるという総合的な顧客体験への価値に、お金を支払っているわけです。
スタンレーの事例は、顧客価値を多角的に捉え、価値をトータルで高めることができれば、価格競争から抜け出し、お客さんがそれでも欲しいと言ってくれる価格設定ができることを示します。
自社の製品やサービスを見つめ直し、機能以外の魅力となるお客さんにとっての感情や利便性といった側面から、お客さんへの価値を高められないか? 考えてみる価値は、大いにあります。
まとめ
今回は、スタンレーの 「真空スリムクエンチャー」 を取り上げ、学べることを見てきました。
最後にポイントをまとめておきます。
- 顧客価値を多角的に捉える: 顧客が感じる感情 (うれしい, 楽しい, 自分らしいなど) や、特定の状況で役立つなどの利便性といった側面からも価値を捉える
- 感情に訴える価値を創造する: デザイン、ストーリー、体験などを通じて、顧客の 「所有する喜び」 や 「自己表現」 、「気分の高まり」 といった感情的な欲求を満たす要素を組み込む
- 利用シーンを広げる: 消費者・顧客の生活やビジネスでの様々な場面を想定し、そこで 「使いたい」 や 「使いやすい」 と思える工夫を凝らす。商品・サービスがより身近で手放せない存在になることを目指す
- 複数の価値を掛け合わせ総合力を高める: 機能、感情、利便性などの価値をバラバラに提供するのではなく、効果的に組み合わせ、この商品・サービスならではの特別な体験という総合的な価値を創り出す
- 価値を伝え、価値にもとづいて価格を決める: 創り出した総合的な価値を顧客に明確に伝え、共感を得ることで、この価値になら対価を支払いたいと思ってもらう。価格設定をコストや競合だけでなく、顧客が感じる価値をもとにする
マーケティングレターのご紹介
マーケティングのニュースレターを配信しています。
気になる商品や新サービスを取り上げ、開発背景やヒット理由を掘り下げることでマーケティングや戦略を学べるレターです。
マーケティングのことがおもしろいと思えて、すぐに活かせる学びを毎週お届けします。レターの文字数はこのブログの 3 ~ 4 倍くらいで、その分だけ深く掘り下げています。
ブログの内容をいいなと思っていただいた方にはレターもきっとおもしろく読めると思います (過去のレターもこちらから見られます) 。
こちらから登録して、ぜひレターも読んでみてください!