投稿日 2025/05/19

ゲーム 「学園アイドルマスター」 に学ぶ、迷いを断ち切る "Must" と "Nice to have" の戦略的な取捨選択

#マーケティング #戦略 #取捨選択

新しい機能を追加すれば、もっと魅力的になるのはず――。

商品やサービスをより良くしようとする中でアイデアが浮かび、つい多くの要素を詰め込みたくなるかもしれません。しかし、多くのことを追加するあまり、本当に必要なものが埋もれてしまえば、お客さんにとっての魅力が薄れてしまう危険性があります。

今回ご紹介したいスマートフォン向けゲーム 「学園アイドルマスター (学マス) 」 は、"あったほうがいい" ではなく "これがないと成立しない" を徹底的に見極めた取捨選択を図りました。

学マスの事例から、商品開発やマーケティングに活かせる戦略的思考について、ぜひ一緒に学びを深めていきましょう。

学園アイドルマスター (学マス) 


出典: Google Play

2025年に20周年を迎える人気シリーズゲーム 「アイドルマスター (アイマス) 」 。バンダイナムコエンターテインメントのスマホ向けゲームです。

アイマスのシリーズ最新作となる 「学園アイドルマスター (学マス) 」 の配信が2024年5月に始まり、リリース後のわずか5カ月で累計200万ダウンロードを突破しました (参考記事) 。

最新作のゲームの舞台は芸能プロダクションではなく学校です。

ゲーム内のアイドル候補生はアイドル科に通う高校生で、ゲームプレーヤーがプロデューサー科に通う大学生というストーリー設定になっています。アイドル科からプレーヤーがプロデュースしたい生徒をスカウトし、学生プロデューサーとして育成するゲームです。

アイドルを見守って一緒に成長していくというシリーズ本来の魅力を最大限に引き出すため、学マスは思い切った取捨選択が数多く行われています。たとえば、ライブシーン以外を縦画面に限定してアイドルとの1対1のコミュニケーション体験をつくったり、成長過程をリアルに体験するために "下手な歌唱" までも音源化されています。これらは、開発時の方針を最後まで貫いたとのことです。

では、なぜ学マスは、このような大胆な変更を加えながらも成功を収めているのでしょうか?

背景には、ゲームデザインにおける 「本当に必要なもの (Must) 」 と、「あると便利で魅力的に見えるもの (Nice to have) 」 を明確に分け、限られたリソースを学マスならではのゲーム体験の向上に集中させた戦略があります。

ではここからは、"Must" と "Nice to have" の使い分けがどのように学マスをつくったのかを見ていきましょう。

 「学マス」 に学ぶ "Must" に集中する意義


学マスでは 「アイドルの成長を見守る」 というアイドルマスターシリーズの醍醐味を最大化するため、開発初期から 「本当に必要なもの」 と 「なくても成立するもの」 を分けて検討しました。

学校に舞台を限定し、成長にまつわる要素に注力

従来のアイドルマスターシリーズでは、芸能プロダクションを舞台にしていました。事務所内の人間関係や、多数の所属アイドルとのやりとりを同時に描くことが多いという状況でした。

一方の最新作の学マスでは、高校のアイドル科と大学のプロデューサー科という 「同じ学園内の先輩と後輩」 という設定に思い切って絞り込みました。アイドルとプレーヤー (学生プロデューサー) の距離感がより近くなり、日常的に顔を合わせてアドバイスし成長を応援するという体験が強調されています。

学マスは、事務所特有のオフィス機能や大人数でのやりとりなどは "Nice to have" と判断し、思い切って排除し、あくまでも1対1の育成ストーリーに注力したのです。

最小限の UI でアイドルとやりとり

学マスはアイドルとの個別でのコミュニケーションの時には、縦画面を採用しています。


アイドル1人を大きく映すという Must な体験に集中するため、背景や余計な情報を表示しないユーザーインターフェース (UI) を意識しました。

例えば、すりガラス風 UI です。トランスルーセント (半透明) のデザインを導入し、画面上の装飾的な要素を抑えました。これはアイドルとの対話にフォーカスしたいという Must を優先したためです。

もしキャラクター以外にもウィンドウやフレームがごちゃごちゃと並んでしまえば、プレイヤーの視線が分散してしまうことでしょう。これらは Nice to have の飾りや機能だとみなし、削ることによって、プレーヤーはアイドルの表情やセリフに集中しやすくなりました。

ライブ画面は横画面で観客視点を実現



アイドルとの会話シーンはスマホの縦画面でしたが、ライブシーンになると横画面に切り替わります。成長したアイドルがファンの前で披露する様子を、ステージ全体として見せたいという要件を Must としたからです。

ライブ時に観客席やライト演出などをさらに拡張表示するアイデアもあったかもしれませんが、これらは Nice to have です。アイドルの成長を見守ることを第一に優先し、ライブ時は見渡せる範囲を広げ、実際に観客として見守る感覚や体験を重視したのです。

下手な歌唱を録音してまで表現した成長過程

学マスでは、声優に意図的に下手な歌い方を録音してもらうというユニークな試みを行っています。

最初は歌や踊りが未熟な状態から、レッスンや場数を経て少しずつうまくなっていく推しのアイドルの成長過程をリアルに感じさせるためです。

本来なら、きれいに歌い上げている音源だけを提供するほうが手間はかからず、ユーザーが耳障りにならないようにするという意味でも、完成された歌のみにするという選択肢も考えられたはずです。しかし 「アイドルの成長を見届ける」 という学マスの Must を優先した結果、あえて手間のかかる音声パターンを複数で用意したわけです。

ユーザー (プレイヤー) はアイドルと一緒にステップアップしている手応えをより強く感じられます。

進級や卒業シナリオによる成長

明確なエンディングがないスマホゲームや長く続く連載漫画などでは、キャラクターの年齢や学年が固定されるのが一般的です。しかし、学マスでは1年生アイドルは進級し、3年生アイドルは卒業するという設定になっています。

これはアイドルの成長を描くために切り離せない要素が学年の変化であると、学マスの開発チームが判断した結果です。安定したゲーム運営を優先するなら、登場キャラクターを固定してしまう方法もあるわけで、進級や卒業は不確実性ともいえます。しかし、Must と位置づけた成長の過程を最優先して、思いきって導入したのです。

学マスが教えてくれる“選択と集中”の価値


ここまで見てたきように、学マスの事例では 「推しのアイドルの成長と見守り」 というコンセプトを軸にすることによって、ゲームに実装できるさまざまな要素を "Must" と"Nice to have" に仕分けし、Must と捉えた必要なことにリソースを集中させていることがわかります。

もし学マスが、ほかのアイドルゲームで採用されがちな機能、たとえば、他のプレイヤーとの絡みを増やすソーシャル要素や、装飾的な演出を盛り込みすぎるなどに手を広げていたら、かえってユーザー体験が散漫になっていたかもしれません。

しかし、学マスでは以下のように Must というコアな設計や体験を優先しました。

  • 舞台を学校に限定してアイドルとユーザーの距離を近づける
  • 1対1のコミュニケーションを縦画面と最小限の UI で再現
  • 歌やダンスを多段階のレベルで録音してまで成長過程をリアルに見せる
  • 卒業や進級など、キャラクターの時の流れを描く


これらはいずれも 「成長・見守り」 というコアとなる体験を強化するための決断であり、配信開始からわずか5ヶ月で200万ダウンロードを突破するほどの人気を獲得したのは、絶対に必要な Must に注力したからこそでしょう。

学マスの事例から私たちが学べるのは、開発や運営に必要なリソースが有限である以上、「Must に集中して Nice to have を削る判断」 の重要性です。

何かを足したほうが華やかになると思えても、目的 (今回の例では 「アイドルの成長を見守る楽しさ」 ) に必ずしも直結しないのであれば、思い切って外す戦略的な決断が大事です。

取捨選択によって、お客さんへのコア体験 (= 顧客価値) がより強く打ち出され、お客さんにとってもわかりやすく、魅力的な顧客体験になります。

このように、「あったほうがいい (Nice to have) 」 という程度のものはあえて排除し、「これがないと成立しない (Must) 」 ものを優先するという姿勢は、ゲーム開発にとどまらず、あらゆるプロダクトやサービスにも応用できます。

学マスの事例から、選択と集中、そのための戦略的思考の重要性を学べます。

まとめ


今回は、スマホゲームの 「学園アイドルマスター (学マス) 」 を取り上げ、学べることを見てきました。

最後にポイントをまとめておきます。

  • 目的を明確にし、提供する体験の核を明確にする。全体の目的を定義し、それを中心に設計を行う

  • 学マスでは 「アイドルの成長を見守る」 というコンセプトを磨き上げつつ余計な要素を排除し、ユーザーが本当に楽しめるようになる部分に集中した

  •  「あったほうがいい (Nice to have) 」 という要素に時間やコストを割くよりも、「これがないと成立しない (Must) 」 の部分にリソースを集中投下することで、より高い品質のユーザー体験をもたらすことができる

  • 一見すると 「劣化」 や 「簡素化」 と捉えられかねない決断でも、製品の本質的な価値を高めるものであれば実行する勇気が必要。市場や業界の常識や慣習にとらわれず、本質的な顧客価値を提供するために顧客起点で判断を下すことが重要


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多田 翼 (運営者)

書いている人 (多田 翼)

Aqxis 代表 (会社 HP はこちら) 。マーケティングおよびマーケティングリサーチのプロフェッショナル。ベンチャーから一部上場企業の事業戦略やマーケティングのコンサルティングに従事。

前職の Google ではシニアマネージャーとしてユーザーインサイトや広告効果測定、リサーチ開発に注力し、複数のグローバルのプロジェクトに参画。Google 以前はマーケティングリサーチ会社にて、クライアントのマーケティング支援に取り組むとともに、新規事業の立ち上げや消費者パネルの刷新をリードした。独立後も培った経験と洞察力で、クライアントにソリューションを提供している。

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名古屋出身、学生時代は京都。気分転換は朝のランニング。