#マーケティング #マネジメント #本
予算も人材も限られた中で成果を出さなければならない。
上からの指示を忠実に実行することが評価される風土。
目先の数字に追われて、人の成長など考える余裕もない。
これらは少なくない企業が直面している現実かもしれません。
その突破口のヒントが、"1年で潰れる" と言われた弱小野球部を甲子園に導いた、ある監督の指導法にありました。
書籍 「1年で潰れると言われた野球部が北国のビニールハウスから甲子園に行った話 (原田一範) 」 は、組織づくりや人材育成への示唆を与えてくれます。
本書の概要
この本は、当時無名の23歳の監督が、青森県の女子校から共学化したばかりの弘前学院聖愛高校の野球部に就任し、25年間かけて築き上げた実話です。著者は監督である原田一範さんです。
本書は、聖愛高校野球部の創部当初の厳しい現実から始まります。
監督に就任した原田監督は、学校側から野球に本気で取り組む人材とは見なされていませんでした。原田さんは、校長から 「野球に力を入れるつもりなら、あなたのような無名な人を監督に呼ばない」 とまで告げられたそうです。
選手層もほぼゼロからのスタートでした。集まった部員の多くは野球経験がほとんどなく、中には 「キャッチボールも、生まれて初めてです」 という生徒さえいたとのことです。
初年度の野球部の部員は10人。そのうち5人は野球未経験者 (文化部出身者まで含む) で、経験者5人も中学時代は全員補欠という状況でした。
部員たちは野球用具の扱い方も知らず、「1年で潰れる」 と言われても仕方ないチームだったのです。
原田監督自身も甲子園への出場経験はなく、大学も出ていない異色の指導者。監督就任当初は周囲からの嘲笑や反発も受けました。同じ高校の同僚の教師たちからは、お酒の席だったとはいえ面と向かって 「おめえ、誰よ」 「オレが野球部を潰してやる!」 といった暴言を浴びせられる場面もありました。
その後の詳しい成長ストーリーはぜひ本書を読んでほしいですが、ひとつの象徴的なエピソードがあります。
聖愛高校が2013年に初めて甲子園出場を決めたとき、かつて 「野球部を潰してやる」 と言った先生が真っ先に原田監督に抱きついて、「おめでとう!ありがとう!」 と涙を流したそうです。これは、聖愛高校野球部の歩んできた道のりを物語る集大成と言えるでしょう。
この本の全体を通して一貫するのは、学歴も人脈もない無名の監督が、思考と言語化、創意工夫を武器にゼロから強いチームを作り上げた過程の記録だという点です。
青森という豪雪地帯の不利な練習環境を知恵と工夫で乗り越え、甲子園出場校へと成長していく姿が描かれています。
では、本書から考えさせられたことを掘り下げていきます。
制約の中での試行錯誤と学習
イノベーションは制約の中から生まれます。聖愛高校野球部も、厳しい野球の練習環境を逆手にとることで独自の強さを鍛えました。
ないなら、作ればいい
青森県弘前市という土地柄、1年の3分の1はグラウンドが雪に閉ざされます。絶対的なハンデを、原田監督は常識外れの方法で乗り越えました。
近所の農家に協力を仰ぎ、グラウンドに農業用ビニールハウスを建てて室内練習場にしたというのが象徴的です。
冬の雪のシーズンもビニールハウスの中で練習を継続し、雪が降っても 「むしろ吹雪いてくれた方が燃える」 という気持ちで鍛錬を積みました。
大変な制約の中でも創意工夫によってハンデを補い、環境に負けないチーム作りが進められたのです。
プライドを捨て、貪欲に学ぶ姿勢
原田監督も選手たちも、学歴や人脈がない分、必死に学ぶ姿勢を貫きました。
他校の良いところを学ぶため、強豪校や名門校に教えを請いに行き、練習試合を組んでは自チームにないものを次々と取り入れていきました。
また、原田監督は野球以外の分野からも積極的に学びを得ようとします。組織作りや人材育成に長けた指導者や経営者の講演会に出席し、新しい考え方を野球の指導に応用しました。
例えば、著名な経営者の講演から 「自律的に判断できる組織でなければ、現代社会では通用しない」 という教訓を得て、それを高校野球にも当てはめていったのです。
思考と言語化
原田監督のチーム作りの根幹をなすのが 「思考と言語化」 の徹底です。
言語化が思考を明確にする
原田監督は、選手たち一人ひとりに、自分のプレーの論理的根拠を言葉で説明できることを求めます。
選手は 「なぜそう判断したのか」 「あのプレーの意図は何だったのか」 を自分の言葉で説明することになります。自分の思考が整理されるだけではなく、言語化された思考を共有し合うことによってチーム内に共通の認識ができます。
思考と言語化というプロセスから、選手たちは高いコミュニケーション能力を身につけ、チーム全体の強化につながります。
監督の役割はファシリテーター
チーム内で選手たちの思考と言語化を促すアプローチにおいて、監督の役割は指示を出す 「司令官」 から、思考を促す 「ファシリテーター」 となります。
原田監督の仕事は、選手たちに答えを与えることではありません。適切な問いを投げかけ、選手自身の思考力や分析能力、自分で考え、自分で判断するという、自立した人間を育成することに監督の役割があります。
自立した人間を育てる
聖愛高校の野球部で特徴的なのは 「ノーサイン野球」 です。
ノーサイン野球は、選手たちの思考と言語化により実現できる野球です。これまでの高校野球の常識からすると画期的な野球スタイルです (なお、ノーサイン野球は聖愛高校以外にも取り入れている高校があり、聖愛高校が初めて導入したものではない) 。
かつては原田監督は自ら細かくサインを出していました。打者へは投手の一球一球ごとに、守備体系や走塁にも選手たちに箸の上げ下ろしをさせるようにサインを出す野球でした。
しかし、原田監督はある経営者の講演会に出席し、そこで聞いた 「ビジネスでの組織は野球ではなく、サッカーやラグビーのように選手個々が自主判断する組織でなければ現代は戦えない」 という話に衝撃を受けたとのことです。サイン野球は本当にいいのかと考えさせられたといいます。
そこで 「卒業後に社会で活躍するためにも、指示待ち人間を育ててはダメだ」 と考え、サインを出さず選手の自主性に委ねる方針に転換。大胆な方針変更によって、選手たちは自ら考え、瞬時に判断する力を磨き、チームは自主的に動ける組織へと変貌していきました。
背景には、「高校野球の一球毎にベンチを振り返り指示を仰ぐ光景」 は、日本社会の縮図 (上意下達の同調圧力) ではないかという問題意識があります。原田監督は、そうした旧態依然とした体質に異を唱えたのです。
凡事徹底から心を整える
良い野球選手である前に、一人の良き高校生、良き人間であれ。これが原田監督の揺るぎない信念です。
最強のメンタルトレーニングは凡事徹底
スポーツでは心技体が大切ですが、何より難しいのは 「心」 を整えることです。技術やフィジカルがあっても、心が乱れては実力を発揮できません。
その心を整える最も有効なトレーニングが、生活指導を通じた 「凡事徹底」 だと原田監督は言います。普段の生活こそがその人をつくり上げる。最後は技術勝負ではなく人勝負であると。原田監督は、生活の凡事徹底が一番のメンタルトレーニングになるという考え方をとります。
見えない心を、見えるものから整える
心は目に見えず、常に揺れ動いています。
原田監督は 「目に見えて動かないもの」 を整えることから始めました。靴や衣服、食器などの身の回りのもの、野球で使う道具などの整理整頓です。
次に 「目に見えて動くもの」 を整えます。食事や掃除の作法、おじぎの角度や足並みを揃える、といった具合です。
当たり前のことができないのは三流、当たり前を当たり前にやるのが二流、当たり前を完璧にやるのが一流。凡事徹底が心を鍛える。この哲学が、チームの精神的な土台を築きました。
「勝ち」 より 「価値」
原田監督が野球指導を通して見据える最終目的は、勝利の先にある人間育成です。
成長至上主義というフィロソフィー
本書で一貫して伝わるメッセージは、「高校野球は勝つこと自体が目的ではなく、人間的な成長を促す場であるべき」 という点です。聖愛高校野球部は 「勝利至上主義」 ではなく 「成長至上主義」 のチームだと明言します。
それでも甲子園出場という成果を出したのは、人間力を高めたことが、結果として野球の実力向上にもつながった証左だと言えるでしょう。
原田監督は 「生活が人間を陶冶 (とうや) する (日々の生活習慣が人間を練り上げる) 」 という教育観を持っています。
ビジネスや人生にも通じる
原田監督の 「勝ち」 より 「価値」 という考え方は、受験やビジネスの世界にも応用できます。
目先の勝敗や成果だけに囚われず、長期的な成長や人間的価値にフォーカスする重要性を教えてくれます。
例えば、学生指導で成績だけでなく人間性の育成に重点を置いたり、企業で短期的な利益だけでなく従業員の成長や社会的な価値を重んじる経営につなげられます。
野球部での活動を通じて選手達に実社会で困難を突破できる人間力を身に付けてほしいという原田監督の願いが、この本には満ち溢れています。
まとめ
今回は、書籍 「1年で潰れると言われた野球部が北国のビニールハウスから甲子園に行った話 (原田一範) 」 を取り上げ、学べることを見てきました。
最後にポイントをまとめておきます。
- 制約を創造性の源泉に、逆境を機会に変える。不利な環境やリソース不足を嘆くのではなく、常識にとらわれず知恵を絞り、独自の解決策を生み出す機会と捉えることにより、他にはない強みが生まれる
- プライドを捨てて貪欲に学ぶ。同じ世界の人からだけではなく、異業種からも良い点を吸収し続ける。新しく得た知識や方法を実践し、振り返りから次に活かす
- 思考と言語化の徹底。なぜそう判断し行動したのかを個々が自分の言葉で説明する習慣は、思考を深めると同時に、チーム内に共通認識を築く。組織全体のコミュニケーション能力と問題解決能力を高める
- 凡事徹底で心を整える。高度な専門スキルを磨く以前に、整理整頓や挨拶、時間を守るなどの日々の生活態度において当たり前のことを徹底する。精神的な安定をもたらし、いかなる状況でもぶれない人間力の土台となる
- 短期的な 「勝ち」 よりも長期的な 「価値」 を追求する。目先の成果や勝利 (勝ち) だけを目的とせず、その活動を通じて得られる人間的成長や社会貢献 (価値) を最終的な目的に掲げる。人間力を高めた結果として成果を呼び込む
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