#マーケティング #商品開発 #デザイン思考
香川県から生まれた温泉の素の 「さぬきうどんの香湯 (かおりゆ) 」 。温泉の素なのに、体を温めるなどの効能が一切ありません。
ただ単に 「湯船に浸かると、まるで自分がうどんになったような気持ちになる」 という体験をもたらすだけですが、人気を呼んでいるようです。
なぜ人々の心をつかんだのか? その裏には 「デザイン思考」 を実践した商品開発プロセスがありました。
さぬきうどんの香湯
「さぬきうどんの香湯」 は、商品名からもわかる通り、さぬきうどんをモチーフにした入浴用の温泉の素です。
開発したのは、香川県高松市にある道の駅 「源平の里むれ」 。浴槽に入れると、お湯がさぬきうどんのつゆそっくりの色と香りに変化します。「一度はさぬきうどんになりたかったあなたへ……」 というキャッチコピーの通り、自分がうどんになる体験ができます。
おもしろいのは、さぬきうどんの香湯には一般的な入浴剤が謳う 「体が温まる」 「リラックスする」 といった効能が一切ない点です。あくまで、うどんになる体験にこだわった温泉の素です。
さぬきうどんの香湯を考案し開発した久保陽平氏は、滋賀県で服飾雑貨メーカーを起業した経験を持つ方です。
全国の大都市圏への卸売経験から 「地域資源だけでは商品として弱い」 ことを痛感したそうです (参考情報) 。
2023年に香川県へ U ターンした久保氏が直面したのは、さぬきうどん関連のお土産のマンネリ化でした。さぬきうどんは全国区の知名度があるにもかかわらず、麺とつゆのセット以外に目を引く商品がない。買った人がつい人に話したくなるような、何かヒネリの利いた新しいお土産を作りたい。その思いが開発の出発点でした。
食べること以外で、さぬきうどんを五感で体験できる商品を模索する中で生まれたのが、「自分自身がうどんになる」 という発想です。
うどんになるには器が必要、器といえば浴槽、そして温泉の素へ。 この芋づる式の発想からアイデアが形になっていきました。
製造では長野県の OEM メーカーからの協力が得られました。実際の食品用つゆを希釈して送付することで、色と香りを忠実に再現。湯上がり後に香りが残らないよう、実物より香りの強さを一段階下げる調整も行い、前代未聞の温泉の素である 「さぬきうどんの香湯」 が誕生しました。
では、さぬきうどんの香湯の事例から学べることを掘り下げていきましょう。
開発のプロセスを見ると 「デザイン思考」 に共通し、商品開発への示唆が得られます。
デザイン思考
デザイン思考は、人間中心のアプローチで問題解決や新たな価値創造を行う手法です。
デザイン思考を実践するフレームは5つの要素からなります。
- 共感 (Empathize) で利用者の潜在的なニーズを理解する
- 問題定義 (Define) で本質的な解決すべき問題を明確にする
- 創造 (Ideate) で多様なアイデアを生む
- 試作 (Prototype) でアイデアを形にする
- 検証 (Test) でユーザーからフィードバックを得て改善していく
5つのステップは一方向で進むというよりも、何度も行き来しながらブラッシュアップを繰り返し、最終的にユーザーが本当に求める解決策を導き出します。
デザイン思考での開発プロセス
ここで 「さぬきうどんの香湯」 に話をつなげます。
さぬきうどんの香湯の開発プロセスでは、いかにデザイン思考の5つのステップを実践していたか、詳しく見ていきましょう。
[共感] 利用者の隠れたニーズを理解する
デザイン思考の出発点は、ユーザーが何を感じ、何を求めているのかを深く理解することです。 開発者の久保氏の行動は共感から始まりました。
久保氏自身が香川県の出身で、さぬきうどんに 「郷土の誇り」 を感じていました。その愛情があるからこそ、「お土産がマンネリ化している」 という課題を 「もったいない」 「もっと良くしたい」 という自分自身の強い思いとして捉えることができたのです。
さぬきうどんは全国区の知名度があるのに、目を引くものがないという気づきは、お土産を選ぶ観光客や、受け取る人の 「もっとおもしろくて、話のタネになるようなものがあったら嬉しいのに」 という言葉にならないニーズを代弁しています。
表面的な課題ではなく、利用者の心の中にある期待や欲求を捉えていました。
また、世の中のトレンドが、モノの所有から体験型消費へとシフトしていることを敏感に感じ取っていました。 人々が求めているのはユニークで記憶に残る体験であると理解していたのです。
[問題定義] 本質的な問題を明確にする
デザイン思考の2つ目のステップは、共感によって得られた気づきを、解決すべき具体的な問題を定義する段階です。
うどんの土産物は知名度はあるが、形が固定化しおもしろみに欠ける。ただの地域素材の加工品では、大都市圏や観光地で埋もれてしまう。久保氏は、単に新しいお土産を作るという漠然とした目標を設定しませんでした。
課題を 「食べること以外で、さぬきうどんを五感で体験できる商品を作る」 と、より本質的で創造性を刺激する形に定義し直しました。課題のもとになった解決すべき問題を、「商品不足」 ではなく 「体験価値の不足」 と定義したわけです。
作るべき商品のゴールは、買った人がつい人に話したくなるような、ヒネリの利いた新しいお土産であると明確に定められました。
[創造] 多様なアイデアを生み出す
次は、定義された問題を解決するため、常識にとらわれずにアイデアを広げるステップです。この事例で最もユニークな部分がここにあります。
考えることに疲れ果て、脳がこじらせ状態に陥っていた状況から、「自分自身がうどんになる」 という突飛なアイデアが生まれました。
ひとつの中心となるアイデアから、次々と具体化が進みました。「うどんになるには器が必要だ → 浴槽が器だ → うどんのつゆそっくりの "温泉の素" を作ろう」 とアイデアが具体化されていったのです。
この企画に上司が 「おもしろい!やってみまい (やってみよう) 」 と即決したとのことですが、失敗を恐れずに挑戦できる社の文化が、大胆なアイデアを潰さずに育てた要因です。
デザイン思考を実践するには、このような心理的安全性が高い環境が不可欠です。
[試作] アイデアを形にする
アイデアをすみやかに具体的な形にし、検証できるようにするステップです。
アイデアを 「かけうどん風」 「ぶっかけうどん風」 という2種類の具体的な商品に落とし込みました。そして OEM メーカーを複数調査し、色と香りの再現力が高い長野県の1社を選定しました。
製造メーカーにイメージを伝える際、言葉での説明ではニュアンスが伝わらないと考え、実際に販売しているつゆを希釈した見本を送付。これは、完成形のイメージを最も正確に伝えるための、非常に優れたプロトタイプ (試作品) と言えます。
見本送付が功を奏し、一度でほぼ完璧な試作品が完成し、開発のスピードと完成度を高めました。
ただ香りを再現するだけでなく、湯上がり後は香りがキレよく和らぐように強さを一段階下げる調整をしました。入浴という実際の使用シーンを洞察し、ユーザーが不快に感じないように体験全体をデザインしたわけです。
商品パッケージでは、商品のユニークさと、食文化へのリスペクトというバランスを取るため、あえて奇をてらわないデザインを採用。これも、商品がユーザーに与える印象を緻密に計算した試作の一部です。
[検証] フィードバックを得て改善する
検証の段階では、試作品をユーザーに使ってもらい、その反応から学び、改善を繰り返します。
反応は良好でした。発売初日からメディアが殺到し、翌日には完売。うどんのつゆそっくりの温泉の素で、自分がうどんになれるというアイデア仮説が正しかったことの何よりの証明となりました。
また、副次的な効果として、本来の食品である土産用さぬきうどんにも注目が集まるという、当初は意図していなかったことも起こりました。
さぬきうどんの香湯の第1弾の成功を受け、そこで立ち止まることなく改善を続けています。
夏には清涼感がほしいというニーズを予測し、ハッカやレモンの香りを加えた第2弾を開発しました。発売後の反響を即座に次の開発に反映し、季節や利用シーンに適応させています。
デザイン思考の反復
さぬきうどんの香湯は、開発者の強い共感から始まり、問題を定義し、常識にとらわれないアイデアを生み出しました。
スピーディーな試作に落とし込み、実際に消費者に使ってもらっての検証から次の改善につなげるという、デザイン思考の5つのステップを踏んでいます。
この事例で注目したいのは、各ステップが一方向ではなく、相互に影響し合いながら進化している点です。
試作段階での気づきが新たな問題定義につながり、消費者の反応が次の創造を生み出す。ユーザーの期待に対し、安易に応えるのではなく、本質的な価値に立ち返って新商品を構想する。
この 「前回とは違う解釈で」 という姿勢は示唆的です。お客さんが本当に求める解決策を追求し続けることの重要性を、さぬきうどんの香湯は教えてくれます。
まとめ
今回は、まるで麺になった気分になれる温泉の素の 「さぬきうどんの香湯」 の事例を取り上げ、学べることを見てきました。
最後にポイントとして、デザイン思考のプロセスをまとめます。
- 共感 (Empathize) で利用者の潜在的なニーズを理解する
- 問題定義 (Define) で本質的な解決すべき問題を明確にする
- 創造 (Ideate) で多様なアイデアを生む
- 試作 (Prototype) でアイデアを形にする
- 検証 (Test) でユーザーからフィードバックを得て改善していく
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