#マーケティング #顧客理解 #価値提供

紙の本が売れないと言われる時代に、6 年ぶりに黒字へ戻った書店があります。東京神保町にある老舗書店の 「書泉 (しょせん) 」 です。

興味深いのは、その方法でした。お客さんの間口を広げるよりも、絞り込んだことで黒字に転換しています。

なぜ絞り込んだら成功したのか。書泉のマーケティングを読み解いていきましょう。

老舗書店 「書泉」 が 6 年ぶりに黒字転換

出典: じんぶん堂

まずは書泉がどんな書店で、何を成し遂げたのかを見ていきましょう (参考情報) 。

書泉は 1950 年創業の書店グループです。実店舗は神保町の旗艦店の 「書泉グランデ」 、秋葉原の 「書泉ブックタワー」 、高田馬場の 「芳林堂 (ほうりんどう) 書店高田馬場店」 の 3 店舗で、オンライン店舗も合わせて展開しています。

長らく赤字が続いていましたが、2022 年 9 月に手林 (てばやし) 大輔氏が社長に就任してからは独自の施策が進められ、2024 年 9 月から 2025 年 8 月までの期間で 6 年ぶりの黒字を達成しました。年間購入者数は約 105 万人、年商は約 35 億円です。

書泉の戦略の中心は 「趣味の本屋」 「都市型の本屋」 というコンセプトにあります。自分の趣味に時間とお金を惜しみなく使う熱心なファンを対象にして、ニッチなジャンルの本の豊富さを強みにしています。書泉は 「その本を欲しいと思う人」 をしっかり見定めて売り場と商品をつくる方向に振り切っています。

ではマーケティングの全体像に沿って、書泉の戦略を読み解いていきましょう。

マーケティング活動の全体像

マーケティングの全体像は、次の 5 つのステップに整理できます。

  1. 注力するお客さんを決める
  2. そのお客さんのことを理解する
  3. 困りごとを解決する商品をつくる
  4. お客さんに商品の魅力を伝え、買ってもらう
  5. お客さんから他ではなく自社商品を選ばれ続ける状態をつくる

順番に、書泉の事例を当てはめながら見ていきましょう。

お客さんを決める

最初のステップは、誰をお客さんにするかを明確に定めることです。ここを曖昧にしたままだと、後のすべての打ち手がぼやけてしまいます。

書泉が決めたのは、自分の趣味に時間とお金を惜しみなく使う熱心な人たちでした。ライトな本好きや一般読者を主な対象にはしていません。「趣味の本屋」 という旗を立てて、深く好きな人たちに集まってもらう書店を目指したのです。

注目したいのは、施策の企画ごとに 「この企画なら誰が買うか」 を起点にしている点です。来店客の単なる属性情報で終わらせず、実施する企画から逆算して届ける相手となる 「顧客は誰か」 を具体化しています。

お客さんのことを理解する

誰がお客さんかが決まったら、次はその人たちが何を望み、どんな世界に生きているのかを理解する番です。お客さんの解像度が、その後の打ち手の鋭さを決めます。

書泉の理解の深さの源は、売り場スタッフ自身が各ジャンルの深いファンであることです。書泉の店舗の鉄道フロアでは同人誌まで取り扱い、鉄道会社との直接取引で実際に使用されていた部品まで販売しています。ファンが何を入手困難で渇望しているかを、スタッフが自分のこととして把握しているからこそできることです。

書泉グランデの 4 階で児童書を担当するスタッフは、「子どもが本を読まなくなったら書店は終わる」 と考えて売り場を守り続けてきました。この危機感は数字を眺めているだけでは出てきません。お客さんの文脈に入り込んで初めて生まれる顧客理解です。

顧客理解は資料やデータを見るだけでは表面的な範囲にとどまります。相手の世界に身を置いている人にしか見えない深さがあることを、書泉の事例は教えてくれます。

困りごとを解決する商品をつくる

お客さんを理解したら、次はその人の困りごとや欲求を満たす商品を用意します。書泉が向き合ったのは、熱心なファンならではの欲求でした。

熱心なファンの困りごとは 「レアな本がもう手に入らない」 「売っている種類が物足りない」 「ここでは深く楽しめない」 というものです。書泉はこうした未充足ニーズに応えるために、書店でありながら自ら商品をつくるアプローチに踏み出しました。

例えば復刊事業です。2023 年に出版社の協力のもとで『中世への旅 騎士と城』(白水社) を買い切りで 300 部重版し販売しました。中世ヨーロッパマニアの売り場スタッフの熱意から実現した企画です。SNS で話題になり 2 日間で完売。オンライン予約も始めたところ最終的に 1 万 2 千部のヒット作になりました。

同じ発想で、本にひもづいた商品開発も行いました。絵本シリーズ『ノラネコぐんだん』に登場するえびカレーをレトルトで再現したり、『サド侯爵 あるいは城と牢獄』(河出書房新社) では遺族の協力を得て著者写真を使ったアクリルスタンドをつくったりしています。

書籍は IP の塊だという発想を活かして、注力顧客がもっと深く楽しみたいという欲求に応えているのです。

お客さんに商品の魅力を伝え、買ってもらう

商品が用意できたら、それを届ける番です。書泉は商品の魅力を伝える場づくりに、独自の工夫を凝らしました。

2023 年の書泉グランデのリニューアルでは、イベントを開催しやすい売り場構成に変えています。地下にあったアイドルフロアを、イベント会場である 7 階に近い 6 階へ移しました。6 階と 1 階の奥は什器を動かしやすくし、ポップアップショップやミニイベントを開きやすくしました。

イベントは無料の販促にとどまらず、有料イベントも積極的に企画しました。書店のイベントを、本を売るための手段ではなく、それ自体が独立した価値のある体験として位置づけたわけです。

もう 1 つの工夫が、ファンが自発的に語りたくなる仕掛けでした。

買い切りで復刊するという書店としては大胆な取り組みが、SNS で話題になり拡散しました。『サド侯爵』のアクリルスタンドを持ち歩く写真がファンの SNS に登場するという広がりも生まれました。神保町の 4 つの書店が連動した『ノラネコぐんだん かくれんぼ in 神保町』のような回遊企画でも、来店動機と購買意欲を同時に生み出しています。

お客さんに他ではなく自社商品を選ばれ続ける状態をつくる

マーケティングは、お客さんから選ばれる理由をつくる活動です。選ばれることを一度きりで終わらせず、選ばれ続ける状態にまで持っていけるかが、長期でのビジネスの持続可能性を左右します。

書泉は 「ここでしか買えない」 を継続的にする仕組みを持っています。復刊シリーズ 「書泉と、10 冊」 「芳林堂書店と、10 冊」 への発展や、限定イベント、オリジナル商品の継続的な投入が、ファンに 「次は何が出るか」 という期待を持たせているのです。

差異化の軸に選んだのが 「少し懐かしいコンテンツ」 でした。最新のヒット作は競合が多く他との違いを打ち出しにくい一方、知っているけれど今は見かけない作品なら共通の認知の上に再編集や再商品化で需要を掘り起こせます。こうした判断が、書泉ならではの差異化を生み出しています。

また、長く続く強さの土台になっているのが、「書店のスタッフが本や商品を作ってよい」 という組織文化です。中世ヨーロッパマニアのスタッフから『中世への旅』の復刊が生まれたように、現場の熱意こそが独自企画の源泉になっています。文化と仕組みが連動しているから、独自の価値が一過性で終わらないのです。

もう 1 つ印象的なのは、同じ神保町の三省堂書店との関係性です。実は 2025 年の年間ベストセラーは、書泉と三省堂書店の間で全くかぶらず、方向性も顧客層も異なります。ライバルというより補完関係にあり、互いに違う役割で神保町全体の書店文化を一緒に盛り上げる存在です。これも独自の価値の継続を支える構造です。

こうしてマーケティング活動の 5 つのステップを順番に見ると、お客さんを起点に他では得られない顧客価値をつくり続けることが、書泉が黒字へ戻れた本質です。

まとめ

老舗書店の書泉を取り上げ、マーケティングに学べることを掘り下げました。

学びのポイントのまとめです。

  • 顧客設定: お客さんにとっては自分にしっかり刺さるかどうかが選ぶ理由になる。注力顧客を企画やコンテンツの単位で 「これは誰のためか」 を明確にする
  • 顧客理解: 相手の世界に身を置くことで顧客理解は深まる。数字や資料にとどめず、お客さんの欲求や感情を肌で感じ取ることが顧客の解像度を高める
  • 価値提供: 独自の価値は、組織の文化と仕組みで持続させる。独自の価値として他では生まれない価値を継続してつくり出すことで長く選ばれる存在になれる