#マーケティング #主語の違い #理解と翻訳
以前なら、マンションの広告で 「ペット可」 という言葉を見かけることが多かったものが、最近では 「ペット共生」 という表現に変わってきています。
たった数文字の違いですが、そこにはマーケティングの本質が詰まっています。
「ペット可」 と 「ペット共生」
不動産の話ですが、マンションでペットと一緒に住めるマンションのことを 「ペット可」 という表記が一般的でした。しかし、ここ最近目にするのは 「ペット共生」 という表現です。
「ペット共生」 という打ち出しは、私の周りだけの現象というより、賃貸を中心にマンションの差異化の訴求として増えてきている、少なくとも増やそうとしているトレンドのようです。
世の中のトレンドとして増えている
まず押さえておきたいのは、「ペット可」 の供給が増加傾向にあるということです。
例えば LIFULL HOME'S の調査結果では、賃貸でのペット可掲載割合が 2021 年 3 月の 12.9% から 2025 年 3 月には 19.3% に上昇しました (参考情報) 。また、不動産業界紙では 「大手ポータルでペット可掲載件数が 5 年で倍増」 といった報道もされています (参考情報) 。
賃貸や住宅販売で 「ペット可」 が増えることにより、ペット可だけでは差異化が弱くなります。そこで 「ペット共生」 と打ち出すという流れが自然に起きているわけです。
実際にペット共生型を名乗る大手や準大手が出ています。
東急不動産 HD が賃貸レジデンスで 「ペット共生型ライフスタイル」 の推進 (大型犬対応の規約改定、専用住戸など) を発表し (2024 年 7 月) 、三菱地所は 「ペット共生型賃貸マンション」 プロジェクト (常駐のペットシッター、犬の保育園などサービス込み) を発表しました (2025 年 8 月) 。東急リバブルも 「ペット共生型賃貸レジデンス」 をリリース (2025 年 10 月) しました。
これらは 「ペット共生」 が商品企画の型として採用され始めていることを示しています。
「ペット可」 と 「ペット共生」 は何が違う?
ペット可は、規約上はその住居で 「飼ってもよい」 ということです。
ただし、犬や猫などのペット向け設備や運用は限られ、マンションではペットを飼っていない住民もいます。中には空室対策として、後から条件を緩和したケースもあります。そうなると、ときにはマンションの住民間でペットの音や臭いなどからトラブルが起きることもあるでしょう。
一方の 「ペット共生」 は、ペットと暮らすことが前提のマンションです。
共用設備に足洗い場やドッグランなどのペット専用の設備があったり、室内には滑りにくい床や消臭などの対応がされ、運用・サービスまで含めて設計されています。
入居希望者に対して厳格な飼育規約と入居審査があることからも、ほとんどがペット飼育者または動物好きです。マンション価格や家賃は相場より高めですが、高い入居率を維持します。
同じ 「犬や猫が飼えるマンション」 でも、「ペット可」 か 「ペット共生」 かで、住む側が受け取るメッセージは大きく変わります。物理的にはどちらも 「飼っていい」 という点で共通していますが、言葉が違うだけで感情的なイメージがまるで別物になります。
「ペット可」 は、文字通り "可能" を示す表現です。つまり 「規約上、飼ってもよい」 という許可のニュアンスが強いわけです。
住む側から見ると、どこかお伺いを立てているという感覚が残りやすく、場合によっては 「管理側が上で、住む側が下」 のような上から目線を感じさせます。「ペットは例外として認めます」 「本来は想定外だけど、条件つきで OK です」 という空気をまとい、安心というより、慎重さや遠慮がつきまといます。
それに対して 「ペット共生」 は、ペットを飼えるかどうかの話から、「ペットと暮らすことを住まいの思想として受け入れている」 へと、意味が一段上がります。この言葉が伝えるのは 「あなたとペットの暮らし方を、ここは歓迎します」 という姿勢です。
ペットを家族の一員として扱う人にとって、住まい選びで欲しいのは許可のその先にあるものです。周囲の目を気にせずに暮らせること、肩身の狭さを感じないこと、ペットが人間の家族と同じ存在として大切にしたいという価値観を否定されないことです。
「ペット共生」 という表現は、住む側の感情に寄り添った言葉です。「ここなら、うちの子 (ペット) と一緒に暮らしていい」 ではなく、「ここなら、うちの子と暮らす私たちを歓迎してくれる」 へと変わります。
この差は小さく見えて、実は大きいのです。言葉が違うと世界の見え方が変わります。「ペット可」 はルールの説明であり、「ペット共生」 は価値観への共感です。
マーケティングへの教訓
この構造は、ペットと暮らす住宅に限った話ではありません。他のビジネスにも活かせる示唆があります。
主語が変わると、発想のすべてが変わる
「ペット可」 と 「ペット共生」 の違いを抽象化すると、そこには視点の差があります。ペット可は 「売り手目線」、ペット共生は 「買い手目線」 です。
違いは、文章の主語をどちらに置くかという問題でもあります。
「ペット可」 の主語は提供者側で、「私たちは (条件付きで) ペットを許可します」 です。売り手目線で語ると 「○○ 対応」 「○○ 可能」 といった機能的な要素の羅列になります。
一方の 「ペット共生」 の主語は住む人とペットであり、「あなたとペットが共に快適に暮らせる」 です。買い手目線で語ると 「あなたの ○○ を実現します」 「○○ な暮らしを支えます」 という顧客価値の提案につなげられます。「あなたが叶えたいこと」 が起点になるわけです。
主語が変われば、相手が受け取る印象はがらりと変わります。
視座が上がると、発想と具体策も変わる
重要なのは 「ペット共生」 という発想は、より一段高い視座に立てるということです。
「ペット可」 という発想では、「飼育を認めるか、認めないか」 で止まることでしょう。しかし 「ペット共生」 という視座に上がると、問いそのものが変わります。「住居者である人とペットが、どう快適に過ごせるか」 「サービス提供者として、私たちは何ができるか」 といった問いが自然と生まれてくるはずです。
視座の違いが、具体的な施策の質を決めます。
- 室内の床材を、犬や猫が滑りにくい素材に変える
- 壁を犬や猫が引っ掻いても傷が残りにくいものを使う
- エントランスにペットの足洗い場を設置する
- ペット専用のゴミ箱を設け、臭いへの配慮をする
- 共用の庭を芝生に変えて、ペットが安全に遊べる環境にする
- ドッグランやキャットウォークなど、ペットのストレス解消まで考える
これらは、「ペットと暮らす人たちを、どう幸せにするか」 という視座からの問いに立ってはじめて生まれてくるアイデアです。
提供者の都合ではなく、お客さんの幸せを起点にする。この視座の転換が、言葉を変え、施策を変え、最終的には顧客体験そのものを変えていきます。
マーケティングは 「理解」 と 「翻訳」 の連続
ここまでの議論を俯瞰すると、「ペット可」 から 「ペット共生」 への転換が示しているのは、言葉のレベルにとどまりません。
そこには、マーケティングの本質的なプロセスがあります。それは次の 4 つのステップです。
[Step 1] お客さんを具体的に定める
マーケティングの出発点は 「誰に届けるのか」 を明確にすることです。
「ペット可」 という発想では、顧客像が曖昧です。「ペットを飼いたい人」 という漠然としたくくりで、その人たちが何を求めているのか、どんな暮らしを望んでいるのかまでは見えていません。
一方 「ペット共生」 という発想には、明確な顧客像があります。それは 「ペットを家族の一員として大切にしたい人」 「周囲の目を気にせず、ペットと堂々と暮らしたい人」 「ペットの快適さまで考えて住まいを選びたい人」 です。
注力顧客を具体的に定めると、次のステップに進めます。
[Step 2] お客さんのことを文脈や価値観まで理解する
お客さんを定めたら、次は深く理解することです。理解するためには、表面的なニーズだけでなく、その背景にある文脈や価値観まで掘り下げる必要があります。
ペット共生型マンションを選ぶ人たちが本当に求めているのは、飼育の許可そのものよりも、「肩身の狭さを感じない暮らし」 「ペットとの生活を否定されない環境」 「ペットを大切にする価値観を共有できるコミュニティ」 です。
こうした深い理解なしには、相手の心に届く価値は生まれません。「可能かどうか」 ではなく 「どう感じるか」 「何を大切にしているか」 までを知ることが、顧客価値の実現のためには重要です。
[Step 3] 相手の文脈や価値観にもとづく価値をつくる
注力顧客の文脈や価値観を理解したら、それにもとづいて価値を設計します。
ペット共生型マンションは、滑りにくい床材や足洗い場など、「ペットと暮らす人の文脈」 に沿った価値を提供しています。
「ペットの足が汚れたまま部屋に入るのは気になる」 「ペットが滑って怪我をしないか心配」 といった具体的な文脈を理解しているからこそ、それに応える顧客価値を設計できるのです。
[Step 4] 相手の立場で価値を言葉に翻訳して伝える
そして、見出した顧客価値を相手の立場に立って言葉に翻訳します。
「ペット可」 という言葉は、提供者の立場から語っています。「私たちは許可します」 というメッセージです。それに対して 「ペット共生」 という言葉は、お客さんの立場から語っています。「あなたとペットが共に快適に暮らせます」 というメッセージです。
同じ価値を提供していても、言葉の主語が変わるだけで、お客さんが受け取る印象はまったく異なります。価値は、相手の立場で翻訳されてはじめて相手の心に届くのです。
マーケティングのプロセスとは
4 つのステップを見ると、マーケティングで大切な流れが見えてきます。
それは徹底的にお客さんのことを理解し、顧客理解にもとづき価値をつくり、相手の立場で伝えるということです。前者の 「ペット可」 は 「機能の説明」 で終わり、後者の 「ペット共生」 は 「共感と信頼」 を生み出します。
マーケティングとは、お客さんを定め、理解し、価値をつくり、翻訳し、伝えていくプロセスです。
まとめ
住宅での 「ペット可」 と 「ペット共生」 の違いから、マーケティングへの示唆を考えました。
学びのポイントをまとめておきます。
- 顧客を具体的に定めると、表面的なニーズの先にある本質的な価値観を知る道筋が見えてくる
- 文脈や価値観まで深く理解することにより、本当にお客さんの心に届く価値を設計できる
- 視座を上げると問いが変わり、発想と具体策の質が根本的に変わる
- 伝えるメッセージの主語を 「提供者」 から 「顧客」 に変えると、お客さんが受け取る印象と感じ方が大きく変わる
- 顧客価値は相手の立場で翻訳されてはじめて、共感と信頼を生み出す