投稿日 2025/05/07

ミステリー小説 「六人の嘘つきな大学生」 に学ぶ、お客さんの "建前" と "本音" を読み解く方法

#マーケティング #顧客理解 #本

 「お客様の声を聞いています」 と胸を張る企業は多いものの、本当にお客さんの心の奥底にある本音まで理解できているでしょうか?

人は状況や心理によって表と裏の顔を使い分けるものですが、実は少なくない場合で、私たちは表面的なお客さんの 「建前」 の声しか拾えていないかもしれません。

ミステリー小説 「六人の嘘つきな大学生 (浅倉秋成) 」 は、人間の表と裏の顔、そして状況によって変化する心理を鮮やかに描き出しています。


この物語から得られるマーケティングへの示唆は、お客さんの本音に寄り添うためのヒントに満ちています。

建前と本音が揺れ動く中で、どう顧客に寄り添うべきか――。ぜひ一緒に学びを深めていきましょう。

六人の嘘つきな大学生



小説 「六人の嘘つきな大学生」 の物語 (フィクション) は、急成長中の IT 企業 「スピラリンクス」 の新卒採用最終選考が舞台です。六人の就活中の大学生が繰り広げる心理戦と裏切りを描いたミステリー小説です。

小説のあらすじ

2011年、スピラリンクスは初の新卒採用試験を実施し、勤務地は渋谷、初任給50万円という好条件によって、採用応募には約5,000人の学生が集まりました。そして内定を出す最終的な候補者はたった1人という新卒採用でした。

スピラリンクスへの新卒採用の最終選考に残ったのは、六人の大学生です。

  • 波多野祥吾: 立教大学経済学部の学生で、明るくまっすぐな性格
  • 嶌衣織: 早稲田大学社会科学部の学生。優れた洞察力を持つ
  • 九賀蒼太: 慶應義塾大学総合政策学部の学生で、フェアプレー精神を重んじる冷静で的確なリーダータイプ
  • 矢代つばさ: お茶の水女子大学国際文化専攻の学生。海外旅行が趣味
  • 森久保公彦: 一橋大学社会学部の学生。冷静で口数が少ないが卓越した分析力が強み
  • 袴田亮: 明治大学国際日本学部の学生で、元高校球児。快活で社交的なムードメーカー


最終選考では、1ヶ月後にもう一度グループディスカッションを行うという課題が6人に与えられました。人事担当者からは、ここまで残った6人なので、グループディスカッションの内容によっては全員に内定を出すことも十分に考えられるという言葉をかけられます。

6人は最終グループディスカッションの準備のために定期的に集まり、ディスカッションで与えられるであろうテーマ (例: スピラリンクスをより成長させる課題出し) を自主的に議論する場をつくりました。

こうした交流を通して、6人には戦友と感じられるような就活仲間意識が芽生えます。

しかし、本番直前になって最終グループディスカッションの課題が変更されます。それは 「6人の中から最も内定に相応しい1人を自分たちでグループディスカッション内で決める」 というもの。スピラリンクスからこの連絡のメールが届いたのは、6人の一体感が最高潮に上がった日の帰り道でした。

そして選考当日ーー。グループディスカッションの密室で6通の封筒が発見されます。それぞれの封筒には 「〇〇 (6人の中のある人物) は人殺し」 と書かれた、その人が実は抱えている罪を告発する内容の証拠写真と文章が入っていました。

30分ごとに内定者にふさわしい人物に投票するシステムの中、1つずつ封筒の内容が明らかになるにつれ、ひとり、またひとりと罪と本当の姿が暴かれていきます。

息もつかない展開と伏線回収

小説では話の進み方が、次から次へと息つく暇もなく展開していきます。読んでいて飽きず、一気に読み終えました。

話の序盤で犯人はこの人かもと思い当たりますが、仮にその人物が本当の犯人だったとしても、読み手の熱量は下がることはないはずです。そこから二転三転し、どんどんと話が覆っていくからです。

暴かれた嘘と罪の真相を検証しながら、登場人物たちは自らの過去や人生と向き合っていくという人生ストーリーの要素がかけ合わさります。最後まで飽きさせない伏線回収が続きます。

テーマは 「嘘と真実」 

小説 「六人の嘘つきな大学生」 は、登場人物たちの多面性や性格や言動の二面性が巧みに描かれており、物語の奥深さを生み出しています。

6人の大学生たちは、自身の利害や立場に応じて異なる顔を見せ、ときには他者を欺きながらも自身の目的 (スピラリンクスの内定獲得) に向かって突き進みます。

この小説のテーマは 「嘘と真実」 ですが、マーケティングにおいても示唆を与えてくれるものです。

小説に登場する6人の大学生は、就職活動での意中の企業の最終面接局面の状況下で、それぞれの立場や価値観、欲望が交錯する中で行動します。

一見すると誠実そうな人が陰では策を巡らせ、他者貢献や自己犠牲を装いながらも本心では他者を陥れることをやっているなど、彼ら・彼女らの言動には表と裏が存在します。

人の二面性と人間心理

ビジネスにおいても、人の 「表の顔」 と 「裏の顔」 を理解することは重要です。

小説がビジネスへの示唆として示すのは、人の多面性を理解し、建前と本音の両方を汲み取ったうえで相手やお客さんに寄り添うことの大事さです。

表と裏の心理を捉える顧客理解


では、表面的な顧客理解にとどまらず、深くお客さんのことを理解するためにはどうすればいいのでしょうか?

この小説からのヒントとして、お客さんの多面性を理解するためのポイントを順番に見ていきましょう。

表の動機と裏の動機

小説の中で、6人の大学生は 「就職活動での成功 (スピラリンクスの内定獲得) 」 という目標を掲げています。

しかし、その裏には 「他者より優位に立ちたい」 や 「自分の価値を証明したい」 という動機が潜んでいました。

ビジネスでも同様に、お客さんも商品やサービスを購入する際には、表向きの理由 (例: 環境に優しいから購入する) と、裏側の理由 (例: 周囲から良い印象を持たれたい) が絡み合っています。

マーケティングでは、人のこれら両方の動機を捉えることが重要です。

例えば、エコの要素を掲げる大義名分だけでなく、「おしゃれでセンスが良い人だと思われたい」 という潜在的な欲求に応えるデザインやメッセージを盛り込むことによって、相手の本音に響く訴求ができるでしょう。

行動と心理

人が行動に移る背景には、明確な論理だけでなく、感情的な要素、場合によっては他人からすると非合理な振る舞いが隠れています。

そこで顧客文脈から背景までも理解することで、売り手からすると非合理な選択や使い方の真意が見えてきます。例えば、商品が推奨している使用量に比べて極端に少ない、または多い使い方は、企業からすると非合理ですが、そのお客さんにとっては合理的な理由があるのです。

人の購買行動には、感情が大きな影響を与えます。使用量が異常に少ないのは、実はそれだけその商品のことを大切に思っていて、少しでも長く使いたいという思いからかもしれません。しかし使用する量から表面的に判断すれば、このお客さんは単なるライトユーザーとみなしてしまいます。

こうしたお客さんのことを本当に理解するためには、アンケートや行動データの収集に加え、感情に関する定性的な調査 (インタビューや観察など) を活用することが有効です。

その状況での心理変化を捉える

小説の登場人物たちは、選考が進むにつれて状況に応じて心理や態度が変化していきました。

物語の序盤ではチームワークを重視して協力的だった6人でしたが、最終選考ではたったひとつの枠であるスピラリンクスの内定を目指して他者を疑い始めたり貶めようとするなど、それまでの穏やかな性格の人物が追い詰められる中で攻撃的になる場面が描かれます。同じ人でも、環境や文脈によって見せる顔が全く異なりました。

マーケティングにおいても、お客さんは購入プロセスの段階や置かれた状況によって心理が変化するのが普通でしょう。

例えば、購入前は 「とにかく安い商品が欲しい」 と考えていたお客さんが、実際にお店に行き商品を目の前にすると、値段よりも 「長く使える商品を選びたい」 というように心理が変わることがあります。

こうした変化を前提に、購入プロセスの各段階で適切なメッセージを届ける必要があります。具体的には、興味を持ってもらえた段階では商品の詳しい特徴や体験できる価値を伝え、購入直前では保証やアフターサポートを強調するといった対応が考えられます。

顧客の 「本音」 に寄り添う


マーケティングでも、お客さんが抱える建前と本音のギャップがあることを受け入れ、本音にまで寄り添ったコミュニケーションが重要です。

顧客像の解像度

一般的に顧客像を描く際には、表面的なデモグラフィック情報 (年齢, 性別, 職業など) にとどまりがちです。

ここに 「自分らしさを大切にする」 というような価値観や、「家族との時間を増やしたい」 といった心理的な欲求を掘り下げることによって、顧客像をより解像度高く具体的に描くことができます。

こうしたお客さんの本音を捉えるためには、心理への深掘りが欠かせません。例えば、「この状況にあるお客さんはどんな本音が隠れているのだろうか」 や、「もし状況がこう変われば、建前よりも本音を優先するのではないか」 などと考え、顧客像を立体的に描写します。

継続的な顧客理解のアップデート

人の心理の建前と本音のギャップは、時間の経過とともに変化するものです。

例えば、はじめは価格を重視していたお客さんが、実際の使用経験を重ねるうちに、少し値段は高くても使い勝手やデザインの良さを優先するようになることもあるでしょう。こうした人の気持ちの変化を理解することが、継続的な顧客満足を生むカギとなります。

そのためにも定期的なフィードバックの収集が重要です。レビュー、アンケートやインタビューを活用し、お客さんがどのような心境の変化を経験しているかを把握します。

お客さんの本音に寄り添う新たな価値提案を生み出すことができます。

* * *

ミステリー小説 「六人の嘘つきな大学生」 が描く人の多面性と人間関係での心理戦は、マーケティングにおいて顧客理解への示唆を与えてくれるものです。

お客さんは建前と本音の間で揺れ動き、本人はそのことを意識していないために、マーケターは心理の複雑さを深く掘り下げることが大切です。

この小説が教えてくれるのは、顧客理解で大事なのは 「建前と本音の間で揺れ動く心理に寄り添い、それを尊重する姿勢と行動である」 ということです。

まとめ


今回は、書籍 「六人の嘘つきな大学生 (浅倉秋成) 」 を取り上げ、学べることを見てきました。

最後にポイントをまとめておきます。

  • 人の表と裏の動機を理解する。表の動機は例えば、環境に優しいから、健康のためなどの建前。裏の動機は、周囲からの評価を得たい、自分の価値を高めたいなどの本音

  • 顧客の感情的要素を理解し考慮する。論理的な判断 (価格や性能) だけでなく、感情的な心理 (ワクワク感や自信の獲得) も購買決定に影響する。顧客インタビューや観察による定性的調査で感情面の理解を深め、顧客像の解像度を高める

  • 状況による心理変化を把握する。購入プロセスで顧客の心理は変化する。継続的な顧客理解が大事

  • 心境や心理の変化を把握し顧客理解を常にアップデートすることで、新しい価値提案につなげる


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多田 翼 (運営者)

書いている人 (多田 翼)

Aqxis 代表 (会社 HP はこちら) 。マーケティングおよびマーケティングリサーチのプロフェッショナル。ベンチャーから一部上場企業の事業戦略やマーケティングのコンサルティングに従事。

前職の Google ではシニアマネージャーとしてユーザーインサイトや広告効果測定、リサーチ開発に注力し、複数のグローバルのプロジェクトに参画。Google 以前はマーケティングリサーチ会社にて、クライアントのマーケティング支援に取り組むとともに、新規事業の立ち上げや消費者パネルの刷新をリードした。独立後も培った経験と洞察力で、クライアントにソリューションを提供している。

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名古屋出身、学生時代は京都。気分転換は朝のランニング。