#マーケティング #想起 #CEPとBEP

クラフトビール市場の大半を占めるのは、熱狂的なファンではなく 「半年に 1 回未満」 のライトユーザーです。

こうした人たちに、いかに自社ブランドを思い出してもらうか。

今回は、ヤッホーブルーイングの事例から、「CEP」 と 「BEP」 という 2 つの入口を連動させるマーケティング戦略を読み解きます。

ヤッホーブルーイングの 「オケージョナル層」 戦略

 「よなよなエール」 で知られるヤッホーブルーイング。

同社が成長ターゲット層として注目しているのは、熱狂的なクラフトビールファンではありません。半年に 1 回未満しか飲まない 「オケージョナル層」 と呼ぶライトユーザーです。

クラフトビール市場の大半を占めるのは、このオケージョナル層です。

一部の熱狂的なファンが市場を支えているように見えて、実は低頻度で飲む人たちの総量が売上の大部分を占めているわけです。

オケージョナル層が抱える 「想起」 の壁

オケージョナル層へのアプローチで課題となるのは、いかに自社ブランドのことを思い出してもらうかという 「想起」 です。

日常的にクラフトビールを飲まない人たちは、ブランドへの知識も利用経験も乏しい状態にあります。「ビールを飲みたい」 「今日は少し贅沢したい」 といった瞬間が訪れても、頭に浮かぶのは普段から飲み慣れた大手メーカーのビールです。

クラフトビールというカテゴリー自体が選択肢に入らない。仮に入ったとしても、具体的なブランド名が思い浮かばない。こうした 「想起の壁」 を越えなければ、オケージョナル層の購買行動は生まれません。

 「そらとしば」 の事例 - 野球観戦という習慣への相乗り

この課題に対してヤッホーブルーイングが取り組んでいるのが、飲用シーンと自社ブランドを結びつける施策です。

象徴的な事例が、プロ野球・北海道日本ハムファイターズの本拠地 「エスコンフィールド HOKKAIDO」 との取り組みです。ヤッホーブルーイングは球場内に醸造所を構え、「そらとしば」 ブランドとしてクラフトビールを製造・販売しています。

派生させて、ヤッホーブルーイングは球場での販売にとどまらず、缶製品 「そらとしば Play Ball! Ale」 を北海道内のスーパーや EC で販売しました。

狙ったのは、ファイターズの試合を自宅でテレビ観戦しながら、球場限定のような特別感のあるビールを飲んで応援するというオケージョン (状況) です。新しい飲用習慣をゼロから作るのではなく、「野球観戦しながらビールを飲む」 という既に確立された習慣に自社ブランドを滑り込ませるアプローチです。

2025 年 6 月の発売後、「そらとしば Play Ball! Ale」 はすぐに売り切れの報告が SNS に投稿されるなどの反響がありました。

 「言語化」 と 「リマインド」 の重要性

もうひとつヤッホーブルーイングが重視しているのが、「飲用シーンの言語化」 です。

旅先で最高のクラフトビール体験をしても、日常に戻ればその感動は薄れ、いつもの習慣に戻ってしまう。消費者は驚くほど忘れっぽいものです。

たとえば、軽井沢旅行中に飲んだ 「よなよなエール」 の記憶は、東京の自宅に帰った後は普段の日常の文脈から切り離されてしまいます。ここで 「おいしいビールです」 と情緒的に訴えても、日常の冷蔵庫の前では思い出してもらいにくいでしょう。

だからこそ、「あのときの軽井沢の気分を、今夜自宅で」 と具体的に言葉にし、飲用シーンとブランドの結びつきを繰り返し伝えるわけです。広告の役割は消費者を 「説得」 するというよりも、頭の中にある記憶のリンクを 「更新」 し、記憶を風化させないという考え方です。

ここまでヤッホーブルーイングの事例を見てきました。では、この事例からマーケティングへの学びを掘り下げていきましょう。

CEP と BEP の視点から読み解く

ヤッホーブルーイングの取り組みは 「CEP (カテゴリーエントリーポイント) 施策」 として語ることができますが、CEP だけでなく BEP (ブランドエントリーポイント) という視点を加えると、なぜこの施策が機能するのかがより立体的に理解できます。

CEP から順番に詳しく見ていきましょう。

[CEP] クラフトビールカテゴリーへの入口を広げる

まず CEP の観点から整理します。

ヤッホーブルーイングが着目したのは、「野球観戦」 などの既に消費者の生活に根づいた習慣です。そこから、「そらとしば Play Ball! Ale」 の缶販売で狙ったのは、「ファイターズの試合はあるが、今日は自宅で観戦する」 という消費者文脈でした。

ポイントは、新しい飲用習慣をゼロからつくろうとしていないことです。「野球を観ながらビールを飲む」 という行動は、多くの人にとってすでに確立された習慣です。

これはクラフトビールへの入口となり得る CEP (Category Entry Point) と言えます。既存の習慣にクラフトビールというカテゴリーを相乗りするという戦略です。

CEP のことを 「状況 × 感情」 で捉えると、「プロ野球の自宅観戦」 という状況と、「球場にいるかのような臨場感や一体感を味わいたい」 という感情がかけ合わさっています。この組み合わせが、これまでクラフトビールを飲む習慣がなかったオケージョナル層にとって、クラフトビールを飲む新たな入口 (CEP) となります。

[BEP] 想起集合に入るための仕掛け

ただし、CEP という舞台が整っただけでは、そこで自社ブランドが選ばれるとは限りません。

 「野球観戦しながらビールを飲もう」 と思った瞬間、消費者の頭に浮かぶのは、おそらく普段から飲み慣れた大手メーカーのビールでしょう。想起集合に入るブランドは多くても 2 ~ 3 つ程度と言われる中で、クラフトビール、しかも 「そらとしば」 というブランドが候補に入るには、ブランドレベルまで思い出してもらう仕掛けが必要です。

ヤッホーブルーイングが行っているのは、BEP (Brand Entry Point) という 「ブランドへの入口」 強化です。

 「球場限定のような特別感のあるクラフトビール」 という価値を打ち出すことで、「野球の自宅観戦」 という CEP において、「そらとしば」 を真っ先に思い出してもらう記憶の構造をつくろうとしています。

興味深いのは、雰囲気だけでは伝わらないので言語化して伝えていることです。これは CEP だけではなく、同時に BEP の強化までやっていると見ることができます。

 「あのときの軽井沢の気分を、今夜自宅で」 という言語化は、カテゴリーへの入口 (CEP) にとどまらず、CEP に特定のブランド (BEP) を強く紐づける仕掛けです。消費者の頭の中に 「◯◯ のときには、よなよなエール」 という記憶を太くすることで、想起集合に入る確率を高めているのです。

CEP と BEP の連動 - 舞台設定と主役の登場

ここで、CEP と BEP の関係を整理しておきましょう。

CEP は 「ブランドを思い出してもらうための舞台設定」 です。ヤッホーブルーイングの場合、「ファイターズの試合がある日の自宅での野球観戦」 という舞台を設定しました。

BEP は 「その舞台でいかに自社ブランドを目立たせるか」 です。球場限定感、特別感、応援の一体感といった価値を訴求することで、その舞台において 「そらとしば」 が主役として登場できるようにしています。

重要なのは、この 2 つが連動していることです。いくら良い舞台 (CEP) を見つけても、その舞台で自社ブランドが想起されなければ意味がありません。逆に、ブランドの認知度や好感度 (BEP) がいくら高くても、そのブランドを思い出すきっかけとなる舞台 (CEP) がなければ、購買にはつながりません。

ヤッホーブルーイングの施策が示唆的なのは、CEP の発見・創造と、BEP の強化を同時に行っている点です。

オケージョナル層へのアプローチと 2 つの入口

クラフトビールのオケージョナル層は、ブランドに対する知識や利用経験がまだあまりない状態なので、CEP と BEP の両方において不利な状況にあります。クラフトビールを飲む 「きっかけ」 も少なければ、いざ飲もうと思ったときに思い浮かぶ 「ブランド」 も限られています。

だからこそ、CEP を増やしてカテゴリーへの入口を広げつつ、各 CEP において自社ブランドが想起集合に入るよう BEP も強化するという両面からのアプローチが大事になります。

ヤッホーブルーイングが考える 「ROI ではなく記憶の指標を見るべき」 というのも、この文脈で理解できます。短期的な効率を追い求めると、すでに買う意向のあるお客さんばかりに目が向きます。しかし、オケージョナル層を取り込んで市場を広げるには、CEP の開拓と BEP の構築という 「記憶構造への投資」 が欠かせないのです。

CEP と BEP をつなげる重要性

ヤッホーブルーイングの事例から学べるのは、CEP と BEP を連動させたマーケティング設計の重要性です。

既存の強力な習慣に相乗りして CEP を確保し、その舞台で自社ブランドが選ばれるよう BEP を強化する。そして、消費者は忘れっぽいからこそ、その紐づきを言語化し、繰り返しリマインドして記憶の回路を太くし続ける。

CEP という概念だけでも示唆がありますが、BEP という視点を加えることによって、「なぜ想起が必要なのか」 「何を想起させるべきなのか」 がより明確になります。

CEP という舞台を整えるだけでなく、その舞台で主役として選ばれる BEP まで設計する。それが、オケージョナル層という広大な市場を切り拓くカギとなります。

まとめ

ヤッホーブルーイングの事例から、CEP と BEP を連動させたマーケティングについて考えました。

学びとして、CEP と BEP のポイントをまとめておきます。

  • CEP (カテゴリーエントリーポイント) は 「ブランドを思い出してもらうための舞台設定」 。新しい習慣をゼロから作るのではなく、既存の強力な習慣に相乗りすることで入口を広げられる
  • BEP (ブランドエントリーポイント) は 「その舞台でいかに自社ブランドを目立たせるか」 。想起集合に入るブランドは 2 ~ 3 つ程度と言われ、この狭き門をくぐる仕掛けが必要になる
  • CEP と BEP は連動させてこそ機能する。良い舞台を見つけても自社ブランドが想起されなければ意味がなく、逆に認知度が高くても思い出すきっかけがなければ購買につながらない
  • CEP を 「状況 × 感情」 で捉える。お客さんが商品を必要とする状況において、その時の感情をかけ合わせ、より深い顧客理解と新たなエントリーポイントの発見につながる
  • BEP で選ばれるためには、トライアル機会の提供、顧客の価値観との共鳴、ポジティブなブランド体験の創出などから具体的な選択理由を構築し、CEP からのスムーズな流れを設計する