投稿日 2018/03/14

アットコスメストアに見る、顧客ロイヤルティを実現するための美しい戦略的 KPI


売上につながる 「顧客ロイヤルティ戦略」 入門 という本に、@cosme store (アットコスメストア) の事例が紹介されています。アットコスメストアは、リアル店舗です。

アットコスメストアの運営が興味深かったです。特に、戦略と KPI の具体性と一貫性です。今回は、KPI 設定について考えます。

背景 (なぜリアル店舗を始めたのか)


アットコスメストアは、化粧品口コミサイトの @cosme の情報が活用され、実際の化粧品が買える化粧品店 (リアル店舗) です。店舗展開は、東京・大阪・神奈川・北海道・金沢・名古屋・京都・神戸・博多・熊本です (2018年3月現在。こちらが店舗情報) 。

アイスタイルの企業ビジョンは 「@cosmeで消費者主導型社会をつくる」です。

このビジョンのもと、ユーザの声やデータを仕入れに活用する店舗の成功モデルを作る目的で、2007年から自社店舗運営に乗り出しました。


徹底したアットコスメストアの顧客志向


リアル店舗であるアットコスメストアが重視したのは、顧客志向の店舗運営です。

顧客が化粧品に求めるものや使ってみた感想や評価は @cosme のサイト内にあるので、この情報を活かしつつ、顧客がリアルの売り場に求めるものを追求しました。

具体的には、顧客が最も望む化粧品店として、「買わなくても人気の化粧品が自由に試せるお店」 としました。店のコンセプトは、「試せる、出会える、運命コスメ」 です。化粧品の試しやすさを追求した化粧品店を実現したのです。


アットコスメストアでの顧客体験


店内では、メーカーの枠を超えた品揃えと、売っている商品を自由に試せるテスターが設置されています。

高額の化粧品でも、またアットコスメストアでは販売できない商品であっても、@cosme の口コミで人気の商品は自由に試せるようです。店舗の目立つところに、ランキング順にテスターを設置しています。

テスターの横には、コットン・綿棒・ゴミ箱、さらに水栓とクレンジングまで用意されています。何度でも洗い落としながら、顧客が納得いくまで化粧品を試せるようになっています。

メーカーからテスター提供がされない商品は、自社販促費で購入してまでテスターを提供している徹底ぶりです。

テスターのみの設置で販売していない商品は、 「こちらの商品は ○○ 百貨店で買うことができます」 と販売店を案内するポップ (商品説明広告) を表示しています。さらに、スタッフが 「○○ 百貨店で取り扱いがあります。在庫確認しますか?」 と接客し、必要に応じて在庫の問い合わせまでしてくれるとのことです。

顧客にとっては、複数の化粧品販売店を歩きまわったのと同じだけの商品がアットコスメストアに行けばあり、自由に納得するまで試すことができます。


短期的な売上よりも、顧客ロイヤルティの向上を目指す


アットコスメストアでは、売場スタッフに売上ノルマを一切持たせていません。

短期的な売上を追うのではなく、顧客の店舗ロイヤルティを上げることを目指しています。

背景にある考え方は、「顧客が化粧品を楽しく選んだり、スタッフから自分に合ったカウンセリングが受けられれば、その場では購入に至らなくとも、また来店してもらえ、その過程で気に入った商品に出会い、いずれは購入にも至るはずである」 というものです。

もし売上ノルマがあれば、ノルマ達成のために無理な売り込みが起こってしまいます。アットコスメストアが目指す「買わなくても人気の化粧品が自由に試せるお店」にはならず、顧客にとって行きたいと思えない店になります。


戦略的な KPI 設定


本書 売上につながる 「顧客ロイヤルティ戦略」 入門 によれば、アットコスメストアが重視している KPI は3つです。

  • 来店者数
  • 平均買上点数
  • 買上率 (来店者数のうち購入者数の割合)

興味深いと思ったのは、あえて 「追わない KPI」 があることです。アットコスメストアでは、KPI に戦略的な考え方があります。

戦略とは、目的を達成するために何をやって、何をやらないかを決めることです。戦略の本質は 「捨てること」 です。

アットコスメストアが KPI 設定で 「捨てたもの」 は、次の2つです。

  • 客単価を上げることは推奨しない
  • 買上率に上限がある (一定以上をあえて超えないように抑える)

以下、それぞれについて補足しますね。

[戦略的な KPI 1] 客単価を上げることは推奨しない


売上は、「客数」 と 「客単価」 に分解できます。アットコスメストアでは、客数を KPI にし、客単価は目標としていません。

客単価は、顧客満足の結果で後から自然に上がるものとし、ノルマにして無理に上げるべきものではないと考えるからです。

客単価を KPI として追わなければ、少額予算やお小遣いの範囲であっても、あるいは買わない人でも、何度も店舗に来てもらえるような顧客は、アットコスメストアにとっては良い客になります。重視している KPI の1つは来客者数なので、整合性が取れます。

[戦略的な KPI 2] 買上率に上限がある (一定以上をあえて超えないように抑える)


アットコスメストアは、買上率 (購入者数 ÷ 来店者数) を KPI にしていますが、上限をあえて設けています。

というのは、買上率を必要以上に追い求めすぎると、店員スタッフがお客に化粧品を押し売りすることにつながりかねないからです。

来店した顧客の多くに買ってもらう状態になると、顧客にとってアットコスメストアは 「気軽に化粧品を試して楽しめる店」 ではなく、 「化粧品を買わないといけない店」 に変えてしまいます。

アットコスメストアがユニークなのは、これ以上は買上率を高めないという上限値が設定されていることです。あえて超えないように意図的に抑えているのです。

買上率を重視する一方、過剰に求めないというのは、来て化粧品を試すだけで買わない顧客を受け入れることです。通常のお店であれば 「冷やかし客」 として敬遠される存在であっても、もし何度も足を運んでくれる人であれば、アットコスメストアにとっては優良顧客として扱われます。


 「目的」 と 「手段」 の一貫性


KPI 設定で 「捨てたこと」 である2つ、客単価を KPI にしないこと、買上率の上限があることには、共通点があります。

短期的な売上ではなく、来店したお客の店舗体験を重視し、アットコスメストアでしかできない買いもの体験 (化粧品利用体験) やお店を好きになってもらうという、顧客ロイヤルティの向上を目指しています。

アットコスメストアの運営で興味深いのは、目的と手段に一貫性があります。

店が描く理想像というビジョンがあり、それを実現させるやるべきこと (ミッション) が明確に定義されています。ビジョンとミッションに沿って店舗運営がされ、正しい方向で行われているかを評価するための KPI には、店のコンセプトに矛盾しない整合性があります。

目的と戦略、手段 (具体的な店舗運営や KPI) に具体性と一貫性があります。ここで言う具体性とは、店員スタッフにとって理解でき、実行しやすいことです。一貫性があるとは、互いに連動し、「手段の目的化」 も起こっていません。


最後に


戦略とは 「何をやらないか」 を決めることです。そして戦略は上位の達成すべき目的に従い、戦略の下位にある戦術や組織は戦略に従います。

目的 - 戦略 - 戦術で大切なのは、具体性と一貫性です。そして、絵に描いた餅で終わらずに、現場で実行されるよう仕組みに落とし込まれているかです。

アットコスメストアは、ビジョンとミッション、戦略、店舗運営方針と KPI が美しく連動し、一貫しています。


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書いている人 (多田 翼)

Aqxis 代表 (会社 HP はこちら) 。Google でシニアマーケティングリサーチマネージャーを経て独立し現職。ベンチャーから一部上場企業の事業戦略やマーケティングのコンサルティングに従事。

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名古屋出身、学生時代は京都。気分転換は朝のランニング。