投稿日 2025/12/22

新しい経営学とは? 「ビジネスモデルの4要素」 と 「重要思考」 で経営の全体像をつかむ

#マーケティング #経営 #本

経営学と聞くと、どこか難しくて、専門家だけが学ぶものというイメージを持っていないでしょうか。あるいは、MBA で学ぶような知識は、自分の日々の仕事とは少し距離があると感じているかもしれません。

もしそう感じているなら、今回ご紹介する書籍 「新しい経営学 (三谷宏治) 」 は、良い意味でそのイメージを覆してくれます。


本書は、経営学の知識をビジネスの現場で今日から使える実践的な知見へと再構築してくれます。

今回は、書籍 「新しい経営学」 が提示する内容がどのように私たちのビジネスの見方を変えるのかを、具体的な事例を交えながら解説していきます。

本書の概要



この本は、講義内容をもとに書籍化したものです。講義は、経営戦略コンサルタントである著者が大学で行った 「基礎経営学入門」 でした。

専門外の19歳の学生でも経営学の本質をつかめた講義と言われたものでしたが、本書も学生から社会人まで幅広い読者を対象にする本です。

特徴は、ビジネスモデルの4つの要素である、① ターゲット、② バリュー (顧客価値) 、③ ケイパビリティ (事業能力) 、④ 収益モデルに着目し、経営学の知識を目的別 (ビジネスモデル要素別) に再構成した点にあります。

各章でこの4要素をもとに実際の企業事例や演習問題が盛り込まれ、経営学の基礎を体系立てて学べます。

著者が指摘する MBA で経営全般を学ぶ上での問題点は、経営学という単一の学問分野は実質的に存在しないということです。

経営戦略、マーケティング、アカウンティング、ファイナンス、人・組織、オペレーションといった専門分野の断片的な集合体に過ぎず、断片化された学習テーマが、経営学を難解だと感じる根本原因なのだと説きます。

これに対する本書の解決策は、各テーマの知識を学問分野ごとではなく、ビジネスの目的別に再編成することです。例えば、バリュー (顧客価値) というテーマにおいてマーケティングの概念を学んだり、収益モデルを構築するために会計の原則を学ぶというふうにです。

ビジネスモデルのフレームワーク


本書のテーマを一言に集約すると、「経営学の基礎知識をビジネスモデルの観点で再編し、誰もが実践的に経営視点を身につけられること」 です。

そこで本書では 「ターゲット・バリュー・ケイパビリティ・収益モデル」 の4つの要素に絞り、フレームワーク化することにより、事業で必要な知識を横断的に学べるよう構成されています。

4つの要素



従来はバラバラだったマーケティング・組織論・会計などが、自社のビジネスモデルを組み立てるための一本筋の通った形で理解できます。

このフレームワークは本書全体の背骨のような役割を果たし、さまざまなビジネスの全体像を理解できるようになります。

  • ターゲット: 顧客は誰か?これはすべての戦略的思考の出発点となる
  • バリュー: ターゲット顧客にどのような独自の価値を提供するか
  • ケイパビリティ: 顧客価値をどのようにして提供するか?必要な内部資源 (リソース) とプロセス (オペレーション) を包含する
  • 収益モデル: 生み出した顧客価値をどのように利益として獲得するか?収益モデルは持続可能性を確保する財務的な論理


ビジネスモデルの4つの要素は、そのまま実務で使えるフレームです。

自社や自分の担当事業について、4つの観点で整理し分析する習慣を持つことにより、ビジネスの全体像を俯瞰し戦略立案ができるようになるでしょう。

コーヒー業界への当てはめ

では、ビジネスモデルの4つの要素のイメージをもう少し深めるために、コーヒー業界に当てはめてみましょう。

■ スターバックス

スターバックスのターゲットは、都市部のビジネスパーソンや居心地の良い場所を求める学生です。

家でも職場や学校でもない 「第三の場所 (サードプレイス) 」 という体験がバリューで、コーヒーとともに休息や仕事のための快適で上質な環境をもたらします。

これを支えるケイパビリティは、スタッフの接客能力、店舗設計と店内の雰囲気、顧客サービス研修などです。

収益モデルは飲料と食品の両方に対するプレミアム価格設定で、高いマージンと長い顧客滞在時間が追加購入を促進し利益を生みます。

■ ドトール

ドトールのターゲットは通勤中のビジネスパーソンや、お手頃な価格でコーヒーを飲みたい人たちです。

提供するバリューは 「一等地でコーヒー半額」 という利便性とコスパの良さでしょう。実現するケイパビリティは、効率的で低コストなオペレーション、小さな店舗設計、高賃料の立地で低価格を可能にする合理化されたサプライチェーンです。

収益モデルは大量販売・低マージンで、早い顧客回転による平方メートルあたりの利益の最大化です。

■ セブンカフェ

コンビニのセブン-イレブンのセブンカフェ。ターゲットはコンビニエンスストアの買い物客です。

24時間で利用可能という利便性とともに、値段のわりに品質の良いコーヒーを低価格で手に入ることが顧客価値となるバリューです。ケイパビリティは既存の膨大な店舗網 (2万店以上) の活用、高品質・低コストのセルフサービスマシンの開発、コーヒー豆の購買力です。

収益モデルは低価格・大量販売で、コーヒー自体の利益だけでなく、コンビニ店舗への来店客数を増やし、他の高い利益となる商品の購入を促すことです。セブンカフェは集客装置としての役割を果たします。

■ ネスプレッソ

ネスレが展開するネスプレッソは、自宅でプレミアムコーヒーを楽しむ層をターゲットにします。

複雑なコーヒーマシンではなく、使いやすいコーヒーマシンによる高品質なエスプレッソを家庭で手軽に楽しめる利便性がお客さんにとってのバリューです。

ケイパビリティは特許取得済みのカプセルシステム (本体) 、洗練されたマシンデザイン、お客さんと直接つながっている顧客基盤、販売チャネルにあります。収益モデルは 「本体と替刃モデル」 で、マシン (本体) は手頃な価格で販売し、利益は高収益となる専用コーヒーカプセル (替刃) の継続的な販売から生み出します。

フレームを考えていく順番

ビジネスモデルの4つの要素、すなわち、ターゲット、バリュー、ケイパビリティ、収益モデルは、この並びがそのまま考えていく順番となっています。

特にバリューとケイパビリティの順は、ケイパビリティは提供したいバリューから導き出されるべきであり、その逆ではないということです。

ケイパビリティ (リソース) から思考を始めることを戒めている点は注目したい視点です。というのは、事業能力というケイパビリティを起点にするとは、内向きでリソースに制約された思考 ( 「今あるもので何ができるか?」 ) につながるからです。

考える順序は、外向きの顧客第一のアプローチとなる 「誰に、何を届けるべきか?」 です。現在のリソースで何ができるかという発想の罠を避けなければなりません。

重要思考


ビジネスモデルの4要素のモデルを補完するのが 「重要思考」 です。

重要思考とは、最も重要な要素となる 「センターピン」 を特定し、センターピンにリソースや意識を集中させ、成功を生むという思考方法です。ちなみに、センターピンとは、ボウリングでセンターピンを倒せばストライクにつながることからのたとえからきています。

重要な成功要因となる 「KSF (Key Success Factor) 」 を特定するという考え方です。自分たちができるすべてのことの中で、勝つためにしなければならない唯一のことは何かという問いに答えるものです。

重要思考は戦略だけでなく、例えばコミュニケーションにも適用できます。相手に理解してもらうためには、詳細を伝える前に、まずなぜそれが重要なのかを伝え、相手の注意を集中させるというやり方です。

ビジネスモデルの4つの要素、ターゲット、バリュー、ケイパビリティ、収益モデルで整理することは、重要思考を実践するということです。

ビジネスのさまざまな要素において、4つの重要な視点から現状把握、問題点の特定、戦略立案、実行施策の策定、具体的なアクションへとつなげていきます。

まとめ


今回は、書籍 「新しい経営学 (三谷宏治) 」 を取り上げ、学べることを見てきました。

最後にポイントをまとめておきます。

  • ビジネスを 「ターゲット (注力顧客) 」 「バリュー (顧客価値) 」 「ケイパビリティ (価値を実現する事業能力) 」 「収益モデル (提供価値を利益に変える仕組み) 」 という4つの要素で捉える。事業の全体像をシンプルに把握できる

  • ビジネスモデルを考える際は 「ターゲット → バリュー → ケイパビリティ → 収益モデル」 という順番が大事。今あるもので思考することで縛られることを防ぎ、お客さんにどんな価値を届けるべきかを起点に発想することで、顧客中心のアプローチになれる

  • 競争優位は単一の要素ではなく、4つの要素が一貫したストーリーとなって連携することで生まれる。各要素が互いを補強し合うことにより、模倣されにくいビジネスモデルが構築される

  •  「重要思考」 とは、成功のために最も重要な一点となるセンターピンを見極め、センターピンにリソースを集中させる考え方。あらゆる課題の中から、本質的な一点に絞り込むことによって最大の成果を目指す

  • ビジネスモデルの4要素フレームワークを使って事業を整理すること自体が、何が本当に重要かを見極める重要思考の実践となる。フレームを活用することで現状分析から戦略立案、具体的なアクションまでを一貫して進められる


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多田 翼 (運営者)

書いている人 (多田 翼)

Aqxis 代表 (会社 HP はこちら) 。マーケティングおよびマーケティングリサーチのプロフェッショナル。ベンチャーから一部上場企業の事業戦略やマーケティングのコンサルティングに従事。

前職の Google ではシニアマネージャーとしてユーザーインサイトや広告効果測定、リサーチ開発に注力し、複数のグローバルのプロジェクトに参画。Google 以前はマーケティングリサーチ会社にて、クライアントのマーケティング支援に取り組むとともに、新規事業の立ち上げや消費者パネルの刷新をリードした。独立後も培った経験と洞察力で、クライアントにソリューションを提供している。

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名古屋出身、学生時代は京都。気分転換は朝のランニング。