投稿日 2025/12/10

花王メリット 55年目の転換。ブランディングとパーセプションチェンジからの V 字回復

#マーケティング #ブランディング #パーセプションチェンジ

どんなに愛されているブランドでも、時代とともにお客さんとの関係性は変化しています。

55年の歴史を持つ花王のシャンプーブランド 「メリット」 も例外ではありませんでした。「家族みんなで使える」 というイメージが10年間で 70% から 40% へ大きく減少。売上は毎年前年比 90% 台という状況が続いていました。

しかし、たった一文字の違いによるブランドコンセプトの再定義によって、メリットは再び成長軌道に乗りました。リブランディング後わずか1ヶ月で前年比 19% 増を達成したのです。

メリットの挑戦から、ブランドを蘇らせるヒントを紐解きます。

ブランドとブランディング


まずはブランドから順に見ていきましょう。

ブランド

ブランドとは 「お客さんからの好ましい感情が伴った商品やサービス、あるいは企業」 です。

好ましいとは、好き、満足、共感、誇り、憧れ、応援したい気持ちで、こうした感情が深いほど商品やサービスは強いブランドです。

ブランドは商品やサービスを超えた、独自の価値観やイメージ、ストーリー、体験の総体を指します。ブランドは長年にわたる一貫した品質と信用の積み重ねによってつくられ、商品体験からつくれます。そして、お客さんの心の中に根付いた信頼の証のような存在となります。

 "らしさ" を持つ

ブランドは特有の "らしさ" を持つことで他とは違うものだと認識され、かつその違いがお客さんにとって価値となります。だからこそブランドはお客さんから 「これ “が” いい」 と選ばれる存在となるわけです。

ブランドが持つ "らしさ" とは、ブランドが体現するブランドの理念や価値観、品質や価値へのイメージ、感情的な結びつき (例: 共感, 憧れ, 誇りなど) などで形作られます。

ブランドが持つ固有の "らしさ" は、競合他社には簡単に真似のできない、ブランド独自の資産です。

気持ちのいい記憶

ブランドは、お客さんにとっての 「気持ちいい記憶」 を思い起こさせる (想起させる) ものです。

ブランドロゴは、その商品の 「気持ちのいい記憶」 をよみがえらせるトリガーとして機能します。ブランドロゴを見ることで、その人の中で、以前のブランドを使ったりした経験がよみがえり、気持ちのよい記憶によって購買意欲が引き起こされます。

ブランディングとは

次に、ブランディングについて見てみましょう。

ブランディングとは、お客さんが自社の商品やサービスに感じた価値を思い出したり、忘れないようにするための活動です。ブランディングにより、お客さんの商品からの離反やプロダクトの忘却を防ぎます。

ブランドは、商品のユーザー体験による価値評価があって初めて成り立ちます。ブランディングによってお客さんが商品の価値を思い出すきっかけ (ブランド連想) を提供するのであって、ユーザー体験がない中でブランディングを行っても、それは機能しないわけです。

パーセプションチェンジ


パーセプションは、日本語に訳すと認識や知覚を意味しますが、マーケティングの文脈では 「お客さんが商品やサービスに対して抱く価値イメージ」 のことです。

商品への価値イメージを、お客さんにとってどんな価値があるのかという切り口で再定義し、打ち出していくことが 「パーセプションチェンジ」 です。価値イメージをより良い方向へ書き換えていくわけです。

お客さんにとって魅力的なイメージを持ってもらうには、機能説明で終わらせず、商品・サービスがお客さんの生活やビジネスにどんな意味があるのかを具体的に伝えることが大事です。意味合いや価値を伝えるにあたって、顧客目線での価値提案が重要になります。

お客さんの持つ価値イメージが変わると、購買基準もアップデートされます。つまり、お客さんにとっての 「良い商品とは何か」 という定義が変わるわけです。

パーセプションチェンジは一度の施策で終わるものではありません。継続的なコミュニケーションへのアプローチが、パーセプションチェンジでは重要です。

マーケティングの役割は、お客さんが持つカテゴリーや自社商品への価値イメージをより良いものに変え、「お客さんから選ばれる理由」 をつくり出すことです。

* * *

では、ここまでのブランドの話を花王のシャンプーブランドである 「メリット」 に当てはめて、具体的に見ていきましょう。

花王メリットの挑戦 - ブランドの再構築


出典: 花王

誕生から50年以上にわたり、日本の家庭で親しまれてきたメリットですが、ここ最近は課題に直面していました。

メインの顧客価値であった 「家族みんなで使える」 というイメージが、2009年には約 70% だった数字が、2022年には約 40% にまで減少したのです (参考情報) 。

この状況を打開するために、花王はメリットのリブランディングに踏み切ります。

メリットが取り組んだブランド再生のプロセスを、一つずつ見ていきましょう。

 "家族シャンプー" から "家族愛シャンプー" へ

メリットの 「家族シャンプー」 というブランドコンセプトは、時代とともに曖昧になっていきました。

かつては家族全員が同じシャンプーを使うことが一般的でしたが、今は家族それぞれの自分の髪質や好みに合わせて選ぶことが普通です。部活で汗だくになった子どもが帰宅し、家族みんなで笑顔でシャンプーを使うという明るい CM は、現実の生活スタイルとかけ離れていたわけです。

メリットは新たに、「家族愛シャンプー」 というコンセプトを掲げました。

家族のつながりそのものに焦点を当てたものです。「ずっと子どもの髪を洗ってあげていたのに、最近は自分で洗い始めて…」 という母親の寂しさから着想を得て、家族愛を最も実感するのは 「自分がしてあげていた行為が不要になる瞬間であると」 と花王は捉えました。

家族と家族愛の "愛" という、わずか一文字の違いがメリットのブランドコンセプトの本質を変えました。

家族の絆や愛情といった、消費者のより深い感情に訴えかけるものです。シャンプーで髪を洗うという日常の行為に、家族の成長や変化という普遍的な物語を重ね、ブランドに新たな意味を与えたのです。

 "らしさ" の再定義

ブランドには、他とは違う固有の 「らしさ」 があります。

かつてのメリットの 「らしさ」 とは、緑色のボトルに象徴される 「安心感」 や 「やさしさ」 でした。もちろんこれらも価値ではありますが、消費者を惹きつけ、メリットのことを 「これ “が” いい」 と指名してもらうには徐々に弱くなっていました。

新しいメリットが目指したのは、「子どもの成長という、かけがえのない時間に寄り添い、家族の愛を象徴する存在」 という新しいメリットらしさの確立です。

気持ちのいい記憶の醸成

花王は体験価値を思い出してもらう各種施策を展開しました。

出典: X

そのひとつが、話題を呼んだアニメーション CM です。「最終回は気づかないうちに終わっていく」 というボディーコピーとともに、子どもの成長を描いた作品は親世代の心を捉えました。

シャンプーの CM といえば、美しい髪のモデルが髪をなびかせるシーンが定番です。しかし、メリットが制作したのは、イラストアニメーションで描かれる、ある家族の物語でした。


この CM は視聴者自身の体験や記憶と結びつき、家族との温かい時間という 「気持ちのいい記憶」 を呼び起こしたことでしょう。記憶がブランドと結びつくと、例えば消費者がお店の商品棚でメリットの緑色のボトルを目にした時、メリットのロゴがブランドの世界観やコンセプトを思い起こさせるトリガーとして機能します。

シャンプー選びの基準を変えるパーセプションチェンジ

花王の一連の取り組みは、消費者がシャンプーに対して抱く価値イメージ、つまり 「パーセプション」 を変えることも狙っていました。

メリットのリブランディング前は、メリットへのパーセプションは 「地肌にやさしい、昔ながらの安心なシャンプー」 といったものでしょう。この認識のもとでは、シャンプーを選ぶ基準は価格や洗浄力、シャンプーの成分といった機能面だったことでしょう。

しかし、花王は新しいコミュニケーションによって、このパーセプションを 「家族の愛と成長の物語に寄り添ってくれるブランド」 へと書き換えようとしました。

消費者の中でパーセプションチェンジが起これば、そのカテゴリー (今回ならシャンプー) における商品選びの基準そのものがアップデートされます。

消費者が抱くであろう 「良い家族用シャンプーとは何か」 という問いの答えが、機能などのスペックの比較から、「自分たちの家族の価値観や愛情を表現してくれるブランドかどうか」 という情緒的な基準へとシフトします。

ブランディングによる成果

花王メリットのリブランディングの成果は数字に表れています (参考情報) 。

メリットのラインナップの中での基幹商品の売上は、市場全体の成長率を上回る前年比 2% 増を記録。子ども向けは前年比 19% 増、ドライシャンプーも 8% 増と、ブランド全体に成長の勢いが生まれました。低迷していた花王のヘアケア事業全体も、前期比増加に転じています。

また、テレビ CM は SNS の X を中心に泣けると話題を呼び、1万以上のいいねがつくなど、広告が生活者に共感をもって受け入れられたことを証明しました。

メリットの事例は、成熟してかつての勢いが見られないブランドであっても、本質的な価値の再定義と一貫したコミュニケーションにより、再成長が可能であることを示しています。

まとめ


今回は、花王のメリットのリブランディング事例を取り上げ、学べることを見てきました。

最後にポイントをまとめておきます。

  • ブランドとは、顧客からの好ましい感情 (好き, 共感, 誇り, 応援など) を伴い、お客さんから 「これがいい」 と選ばれる独自の "らしさ" を持った商品やサービスのこと

  • ブランドは顧客にとっての 「気持ちのいい記憶」 を呼び起こすもの。ブランドのロゴなどがその記憶を思い出すきっかけとなるトリガーとして機能する

  • ブランディングとは、顧客が体験した商品価値やブランド体験を思い出してもらうための活動。お客さんが一度感じた価値を忘れないように働きかける

  • ブランディングから、お客さんが商品・サービスに抱く価値イメージとなる 「パーセプション」 をより良いものへと変えることができる

  • パーセプションチェンジにより、お客さんからの 「良い商品とは何か」 という購買基準そのものがアップデートされる。数ある選択肢の中から 「選ばれる理由」 を意図的につくり出す


マーケティングレターのご紹介


マーケティングのニュースレターを配信しています。


気になる商品や新サービスを取り上げ、開発背景やヒット理由を掘り下げることでマーケティングや戦略を学べるレターです。

マーケティングのことがおもしろいと思えて、すぐに活かせる学びを毎週お届けします。レターの文字数はこのブログの 3 ~ 4 倍くらいで、その分だけ深く掘り下げています。

ブログの内容をいいなと思っていただいた方にはレターもきっとおもしろく読めると思います (過去のレターもこちらから見られます) 。

こちらから登録して、ぜひレターも読んでみてください!

最新記事

Podcast

多田 翼 (運営者)

書いている人 (多田 翼)

Aqxis 代表 (会社 HP はこちら) 。マーケティングおよびマーケティングリサーチのプロフェッショナル。ベンチャーから一部上場企業の事業戦略やマーケティングのコンサルティングに従事。

前職の Google ではシニアマネージャーとしてユーザーインサイトや広告効果測定、リサーチ開発に注力し、複数のグローバルのプロジェクトに参画。Google 以前はマーケティングリサーチ会社にて、クライアントのマーケティング支援に取り組むとともに、新規事業の立ち上げや消費者パネルの刷新をリードした。独立後も培った経験と洞察力で、クライアントにソリューションを提供している。

ブログ以外にマーケティングレターを毎週1万字で配信中。音声配信は Podcast, Spotify, Amazon music, stand.fm からどうぞ。

名古屋出身、学生時代は京都。気分転換は朝のランニング。