#マーケティング #ビジネスモデル #顧客価値
新しい顧客を獲得するため、全く新しいサービスを開発しなければならない。そう思い込んでいませんか?
新しい商品や事業を立ち上げる必要性を感じつつも、ゼロから何かを生み出す難しさに直面している企業は少なくありません。しかし、実はヒントは自社の中、それも 「当たり前」 の業務にこそ隠れているのかもしれません。
ABC クッキングスタジオが始めた 「タブレットレッスン」 は、既存のスタジオ、レシピ、講師という既存資産を使いながら、新しい顧客層を開拓しました。
その秘訣は、注力顧客の 「隠れた望み」 を見つけ、自社の資産に 「新しい使い方」 を見出したことにあります。今回は、この事例から今あるものを活かして、新しい価値を生み出す方法を紐解いていきます。
ABC クッキングスタジオのタブレットレッスン
料理教室大手の ABC クッキングスタジオが、新しいレッスン形式を始めました (公式ページはこちら) 。
スタジオで、先生なしでタブレット動画を見ながら料理を作る 「セルフスタイルレッスン」 です。
これまで料理教室といえば、先生が前に立ち、複数の生徒が一緒に学ぶグループレッスンが主流でした。しかし 「料理教室に通うのはハードルが高い」 と感じる受講者が多いことに ABC クッキングは着目し、新しいサービスを開発しました。
タブレットレッスンの特徴は3つあります。
1つ目は、スタジオでタブレットの動画を見ながら、1人で料理を作ることです。2つ目は、価格が対面レッスンより約3割安いこと。今回紹介されていたレッスンは3,850円でした。
3つ目の特徴は、スタジオにある本格的な調理器具や設備を使えることです。
実際のタブレットレッスンでは、「ハートのティラミス」 のような本格的なメニューに挑戦できます。
タブレットで見られる動画では卵の割り方から、クリームの泡立ち具合まで、細かいポイントを確認しながら進められます。分からないところは何度も見返せます。
ABC クッキングスタジオのタブレットレッスンは、コロナ禍での非接触レッスンの経験を活かして生まれたとのことです。
2024年11月から正式に開始され、SNS での広告などで若者層にアプローチした結果、想定以上の反響があり、新規顧客の獲得につながっています。
では、ABC クッキングスタジオの事例から学べることを掘り下げていきましょう。
顧客価値と自社メリットの両立
今回の事例は、既に持っている資産を巧みに使い、お客さんにとっての新しい価値と、自社のメリットを両立させた優れたアプローチです。
顧客文脈の深い理解
企業は消費者や顧客の要望を聞きますが、ビジネスで重要なのは注力顧客の 「状況」 や 「文脈」 まで深く理解することです。
ABC クッキングスタジオが見つけたのは、料理に興味はあるが一歩を踏み出せない人々でした。
従来の顧客像が 「料理のスキルを学びたい」 「先生や仲間と楽しく交流したい」 という人だったのに対し、新たな注力顧客は異なる状況に置かれていました。
注力顧客の文脈とは、例えば次のようなものです。
- グループレッスンで他の人のペースに合わせるのが苦手で、気を使ってしまう
- 失敗するところを他の受講生に見られるのが恥ずかしい
- 仕事やプライベートの都合で、決まった時間に教室に通うのが難しい
- 本格的な調理器具や広いキッチンが自宅にない
- YouTube など無料動画は便利だが、準備や後片付けが面倒で結局やらない
こうした文脈には、消費者が口に出さない隠れた望みが潜んでいます。
ABC クッキングスタジオは、「料理教室での先生と生徒による学習への抵抗感」 「多忙による限られたレッスン時間のやりくりの困難さ」 「準備・片付けの面倒さ」 という心理的な困りごとを捉えました。
注力顧客の 「自分のペースで、でも本格的な環境で、気楽に挑戦したい」 という、一見わがままにも聞こえる隠れた望みこそが、新しい価値創造の起点となったのです。
自社能力の再定義
次に ABC クッキングスタジオは、自社の資産を徹底的に洗い出しました。
- 物理的資産 (モノ) : 全国の一等地にあり、調理設備が完璧に整ったスタジオ空間
- 情報資産 (ノウハウ) : 長年蓄積してきた多様なレシピと指導ノウハウ
- 人的資産 (ヒト) : 指導経験が豊富な講師
- ブランド資産 : 料理教室としての高い知名度、実績、信頼
棚卸しから、ビジネスモデルを進化させる仕組みづくりへとつながります。
重要なのは、資産をただ列挙するだけでなく、新しい使い方を見出すことです。
一般的に料理教室のビジネスモデルでは、収益は講師の稼働時間に紐づきます。講師の予定が埋まれば、たとえスタジオに空きスペースがあってもレッスンは提供できません。これは典型的な労働集約型ビジネスの限界でした。
それに対して、ABC クッキングスタジオのタブレットレッスンでは、収益の源泉を 「スタジオの空き時間 (スペース)」 へとシフトします。
指導ノウハウという情報資産をタブレット動画に変換することにより、講師という人的資産への依存度を下げられます。これまで機会損失となっていた 「スタジオの遊休時間」 を、新たな売上を生む時間に変え、既存ビジネスモデルを進化させる仕組みを構築しました。
新しい価値の創造
注力顧客の隠れた望みと、自社の再定義された資産をかけ合わせることにより、新しい顧客価値が生まれます。
ABC クッキングスタジオのタブレットレッスンは、リアルとオンラインのいいとこ取りです。これまでトレードオフの関係にあった2つの価値を両立させました。
タブレットレッスンが提供した新しい価値を整理してみると、
- 手軽さと本格体験の両立: 手ぶらで訪れ、プロ仕様の環境で学べる
- 利便性: 面倒な準備や後片付けが一切不要
- 心理的安全性: 失敗を恐れず、自分のペースで試行錯誤できる安心感
- 没入感と達成感: 他人に邪魔されず、最初から最後まで 「全部自分でできた」 という強い達成感
- コストパフォーマンス: 対面レッスンより安価に本格的な体験が可能
このように、料理教室のタブレットレッスンは自宅でのオンラインレッスンのような気軽さと、リアルな料理教室で受講する本格的な環境・体験が両立します。単なるオンライン動画とも、従来の対面レッスンとも違う、独自の価値がもたらされます。
選ばれる理由の確立
新しい顧客価値は、お客さんから他ではなく自分たちが 「選ばれる理由」 となります。
他というのは、例えばオンライン料理動画 (YouTube など) と比較すると、料理教室でのタブレットレッスンは本格的な設備が使えて、準備・片付けが不要という利便性もあります。
また、従来の対面料理教室 (他社・自社) と比べると、低価格で自分のペースで気楽にできるので、集団でのグループレッスンが苦手な人にぴったりの料理教室となります。
ABC クッキングスタジオは 「リアルとオンラインの中間」 という、これまで料理教室になかったポジションをつくり出しました。グループレッスンは嫌だけど、家で一人でやるのも面倒だと感じている人に最適なレッスンです。
ABC クッキングスタジオのタブレットレッスンの事例が示すのは、「自社には何があるのか (資産の再定義)」 と 「顧客は本当は何を求めているのか (文脈の理解)」 という2つの問いを深く掘り下げることの重要性です。
これら2つをテクノロジー (タブレット) を触媒として結びつけることにより、既存資産を毀損することなく、お客さんには新しい価値を提供し、自社には新たな収益源をもたらしたのです。
まとめ
今回は、ABC クッキングスタジオのタブレットレッスンの事例を取り上げ、学べることを見てきました。
最後にポイントをまとめておきます。
- 顧客の深い理解: 顧客が口にする表面的な要望だけでなく、その裏側にある状況や行動、口に出さない不満や心理的な抵抗感といった 「文脈」 まで洞察することが重要
- 自社能力の再定義: 既存の資産 (モノ, ノウハウ, ヒト, ブランド) を単に列挙するのではなく、新しい使い方や組み合わせを見出すことで、新たなビジネスモデルを構築できる
- 新しい価値の創造: 「顧客の隠れた望み」 と 「自社の再定義された能力」 を掛け合わせることで、これまで両立できないと思われていた価値 (例: 本格的な体験と手軽さ) を提供する。顧客価値がお客さんから選ばれる理由になる
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