#マーケティング #違い #審美眼
鬼滅の刃の映画が、世界で大ヒットした要因のひとつが 「圧倒的な美しい映像」 です。
その背景には、日本独自の審美眼を貫き、他と違うことを恐れずに突き詰めた勇気がありました。
ここから鬼滅に学べる価値創出へのヒントを考えます。
劇場版 鬼滅の刃 無限城編
2025 年 7 月 18 日に日本で公開された 「劇場版 鬼滅の刃 無限城編 第一章 猗窩座再来」 は、日本だけではなく世界中のアニメファンを熱狂させました。
あらすじ
決戦に備え、鬼殺隊最強の剣士 「柱」 たちによる過酷な訓練である 「柱稽古」 に励む炭治郎たち。その苦しくも楽しい日々は突如として終わりを告げます。
竈門炭治郎や柱たちは、鬼の始祖・鬼舞辻無惨の血鬼術によって、異次元の要塞である 「無限城」 へと引きずり込まれてしまいます。
分断された鬼殺隊の柱と隊士たち。その先には、かつてない強さの鬼たちが待ち構えていました。
姉の仇である上弦の弐・童磨と対峙する、蟲柱・胡蝶しのぶ。鬼となったかつての兄弟子である上弦の陸 (ろく) の獪岳 (かいがく) との因縁に向き合う我妻善逸。そして、炭治郎と水柱・冨岡義勇の眼前に再び現れる、煉獄杏寿郎の仇でもある上弦の参・猗窩座 (あかざ) 。
最終決戦の火蓋が、今、切って落とされました。
アニメーション制作会社
これまでのシリーズに引き続き、鬼滅のアニメーション制作を手がけるのは ufotable (ユーフォーテーブル) です。
ufotable は、鬼滅のメインキャラクターたちが習得した炎、水、雷などの呼吸の技を美しく表現し、光の演出や撮影処理に優れた技術を持っています。
手描きアニメーションと CG を自然に組み合わせる技術に長けており、キャラクターの動きはアニメらしさを保ちながら、背景や特殊効果で立体感を出します。鬼滅の刃シリーズでは、この技術力がフルに発揮されました。
2D と 3D 映像の融合
今回の鬼滅の映画の見どころのひとつは、手描きの 2D アニメーションと精巧な 3DCG を融合させていることです。
キャラクターの魅力や躍動感は 2D、無限城の壮大さを 3D で
鬼滅の映像では、炭治郎などの各キャラクターは 2D の手描き作画で描かれています。
喜び、怒り、悲しみ。その繊細な心の機微や、覚悟を決めた瞳の力強さ。アニメーターの線の 1 本 1 本に魂が宿る 2D の作画は、見る人の心に直接的に訴えかけます。
一方で、今回の映画での物語の舞台となる無限城は、そのほとんどが 3DCG で描かれました。
どこまでも続き、絶えず構造を変える、迷宮のような無限の空間。3DCG でしかできないスケール感、キャラクターが感じるであろう出口のない絶望感を、巧みなカメラワークで表現します。
戦闘シーンにおける息を呑む躍動感は、2D と 3D の組み合わせが最も効果を発揮します。
キャラクターの高速な剣術の動きは 2D アニメーションで描かれ、そこに 3D のカメラワークが加わることで圧倒的な迫力とスピード感を演出しています。コンマ数秒の動きに、キャラクターの気迫と想いが凝縮されます。
また、戦闘中に無限城の空間が回転したり、床が崩れたりするギミックは 3D で表現されました。キャラクターの動きと連動することによって、予測不能でダイナミックなアクションシーンを生み出しているのです。
温かい魂を持つ 2D のキャラクターが、冷たく広大な無限城という 3D の空間に放り込まれる。この対比構造こそが、鬼滅の映画の物語への没入感を生み出します。
ディズニーやピクサーの 3D アニメとの違い
ここで、アニメーションのもうひとつの頂点である、ディズニーやピクサーのフル 3DCG アニメーションと比較してみましょう。
ディズニーやピクサーの哲学は 「そこに本当に実在するかのような、もうひとつの現実を構築すること」 にあります。キャラクターの質感、光の反射、世界のすべてを物理法則にもとづいて設計し、究極の写実性を追求します。
それに対して鬼滅の刃の映像が目指すのは、「一枚の絵が持つ美しさを、極限まで高めること」 です。いわば、究極の様式美の追求です。炭治郎と冨岡義勇の水の呼吸は、本物の水ではなく、浮世絵のような様式化された美の表現です。
これはどちらが優れているという話ではありません。そもそもの目指す山の頂が根本的に違います。
ディズニーやピクサーが 「現実の再現」 で人々を感動させるのに対し、鬼滅の刃は 「アニメーションでしか到達できない表現」 で、見る者の心を揺さぶります。
鬼滅に学ぶ価値創出の秘訣
鬼滅の映像表現の背景には、日本が独自に磨き上げてきた美学があります。そこからは、ビジネスへの 「価値創出」 への示唆が得られます。
ガラパゴス化の追求
グローバルスタンダードがフル 3DCG へと向かう中、今回の鬼滅の映画に代表される日本のアニメ制作での 2D と 3D の融合というアプローチは、揶揄した表現をすれば 「ガラパゴス化」 と言えるかもしれません。
しかし見方を変えれば、日本が自分たちが良いと思う審美眼を追求し、他と違いをつくるということです。
もし ufotable がピクサーのような 3D アニメを作ろうと考えていたら、技術力、予算規模、声優の知名度など、多くの観点で "劣化版ピクサー" になる運命だったかもしれません。
ufotable が代わりに選んだのは、ピクサーがやっていないことの追求でした。日本アニメの伝統である 2D 手描きという強みを活かし、西洋にない様式美という審美眼を極める道です。
鬼滅の 2D と 3D を融合するアプローチは、数百年に渡る日本の文化を現代技術で再構築したものです。
浮世絵の構図哲学、能・歌舞伎の間の美学、水墨画の余白の概念。これらの日本独特の文化と歴史は数百年かけて蓄積されたもので、他国が短期間で模倣することは不可能であり、日本人の審美眼として内面化されています。
違いを振り切り価値を生み出す
ピクサー型のフル 3D 制作は、一度モデルを作ればどの角度からも使え、光の計算は自動化でき、シーンの使い回しが容易という点で効率的です。
一方で 2D と 3D のハイブリッドは、カットごとに手描きが必要です。2D と 3D の整合性を手作業で調整し、熟練アニメーターへの依存度が高いという非効率さがあります。しかしこの非効率こそが、簡単には模倣できない、単純にお金やマンパワーだけでは再現できない、独自の価値を生み出すのです。
鬼滅が選んだのは世界標準を同じようにやるのではなく、日本独自の審美眼を極限まで追求することでした。
違いを振り切り突き抜けた結果、世界のアニメーションにおいて鬼滅の映画は衝撃を与えるようなヒット作につながった要因になったのです。
弱みを強みに変える
アニメ制作での 2D と 3D の融合は、弱みを強みに転換したと捉えることもできます。
ちなみに、今回の鬼滅の映画の無限城編の制作費は約 2,000 万ドル (約30億円) とニューヨークタイムズが報じました。それに比べ、例えばピクサーの最新映画である 「星つなぎのエリオ」 の制作予算は推定で約 1 億 5000 万ドルから 2 億ドル (約 225 億円 ~ 300 億円) と言われ、一部ではそれ以上の製作費がかかっているのではないかという推測も出ています。
鬼滅の映画の制作予算がハリウッド映画よりも文字通り桁違いに少ないからこそ、手描きと CG を組み合わせる工夫が生まれました。そこに日本の文化的な特殊性が組み合わさることで、他国が真似できなくなります。
そして 「深さが広さを生む」 という逆説的な現象も見られます。より日本的に深化したからこそ世界で受け入れられ、より特殊になったからこそユニークな存在となり広く感動を生んだのです。
ビジネスやブランドへの示唆
鬼滅の刃の映画が示してくれたのは、ビジネスや創作活動において、他者の基準に合わせる 「同質化」 で得られるものよりも、自らの審美眼を信じ、リスクを恐れずに他者との 「違い」 を突き詰めることが、大きな価値を生み出す可能性があるということです。
例えば、任天堂のゲーム機 Switch はスペック競争を放棄し、遊び方の独自性を追求しました。無印良品は過剰な機能を削ぎ落とし、シンプルさという日本的美学を追求しています。トヨタのカイゼンは欧米の大量生産とは異なる継続的改善という日本的アプローチです。
多くの企業や個人が市場のトレンドや競合の動向を追い、知らず知らずのうちに同じような方向を目指してしまいます。しかし違うことに恐れては、価格競争や消耗戦に陥るだけです。
一見すると 「ガラパゴス化」 に見えるその道は、孤立や衰退の道ではありません。それは、誰にも模倣できない、唯一無二の価値を創造するための尊い道筋なのです。
私たち個人や組織がどう生き抜き、どう価値を提供していくべきか――。信じる美学を貫き、世界を獲った鬼滅の刃の物語は、力強い指針を私たちに示してくれています。
まとめ
今回は鬼滅の映画から、学べることを見てきました。
最後にポイントをまとめておきます。
- スタンダードに迎合せず、自らの美学を貫く。トレンドやリーダーの模倣をするのではなく、自らの歴史や文化に根差した独自の価値基準 (審美眼) を信じ、それを突き詰めることが結果的に他にはない魅力となる
- 効率化や自動化だけが正解ではない。手間と職人技が必要な方法は簡単には再現できない独自性となる。一見非効率に見える手法は模倣困難な競争優位を生む
- 制約や弱みを強みに転換する発想を持つ。予算や資源などの制約は、工夫や創造性を引き出すきっかけにできる。他にはない独自の価値につながる
- 同質化の安心を捨て、違いを恐れない勇気を持つ。競合と同じ土俵で戦うことは消耗戦につながる。他と違うことを恐れず、自らの信じる道を進む気概が 「らしさ」 を伴ったブランドを築く
マーケティングレターのご紹介
マーケティングのニュースレターを配信しています。
気になる商品や新サービスを取り上げ、開発背景やヒット理由を掘り下げることでマーケティングや戦略を学べるレターです。
マーケティングのことがおもしろいと思えて、すぐに活かせる学びを毎週お届けします。レターの文字数はこのブログの 3 ~ 4 倍くらいで、その分だけ深く掘り下げています。
ブログの内容をいいなと思っていただいた方にはレターもきっとおもしろく読めると思います (過去のレターもこちらから見られます) 。
こちらから登録して、ぜひレターも読んでみてください!
