#マーケティング #顧客目線 #生活者
お客さんの声を聞いているはずなのに、相手に本当に響く方法がわからない。その原因は、施策の巧拙 (こうせつ) ではなく、もっと根本的な 「顧客の捉え方」 にあるのかもしれません。
4期連続の減益に苦しんでいた花王が、2024年に V 字回復を果たした背景には、ある視点の転換がありました。それは 「消費者」 から 「生活者」 へというシフトです。
商品の機能を磨き続けても売上が伸びない。顧客データを分析しても新たな需要が見つからない。そんな行き詰まりを感じている場合には、花王が実践した 「生活者」 という視点の転換が突破口となるかもしれません。
花王のブランド改革
花王は2019年度をピークに営業減益が続き、2022年度には営業利益が2019年度の約半分にまで落ち込んでいました。しかしその後は、一転して鮮やかな回復ぶりを見せています。
主力の衣料用洗剤や台所用洗剤などのファブリック&ホームケア製品に加え、かつて赤字だったサニタリー製品 (紙おむつ・生理用品など) も黒字化し、日用品事業の収益性が大きく改善。2024年12月期の連結決算では、花王は4期ぶりの増収増益を記録しました。
この V 字回復は偶然ではありません。
2022年ごろから水面下で進められていた、主力ブランドの改革を含むマーケティング体制の大規模な見直しが実を結んだのです (参考情報) 。
2019年当時の花王では、採算性の低い事業の改善が進んでいなかったとのことです。新型コロナウイルス禍によって変化した消費者環境に適応できず、意思決定を遅らせる分断化された組織構造も足を引っ張っていたようですが、業績の悪化がむしろ社内の危機感を醸成し、改革の原動力になりました。
花王が掲げた改革のポイントは3つです。① 消費者と呼ばず生活者へと目線を転換、② スピード感を持ってことに当たる、③ グローバル化を意識することです。
今回注目したいのが、1つ目の生活者への目線の転換です。
「顧客」 や 「消費者」 と捉えることの限界
顧客の捉え方そのものを根本から見直すという花王の挑戦でした。
少子高齢化による国内市場の縮小、消費者の価値観の多様化、デジタル化の急速な進展。こうした構造的な課題に直面した花王は、従来の消費者目線から生活者目線への転換を軸に、ブランド価値の再定義に踏み出したのです。
顧客・消費者・生活者の違い
消費者から生活者へとシフトさせたことは、一見すると些細な言葉の使い分けに過ぎないように思えるかもしれません。
しかし、顧客という言葉も含めて、顧客、消費者、生活者の3つの言葉には、それぞれ違いがあります。
- 顧客は 「自社の商品・サービスを実際に購入してくれた人」 に焦点を当てる
- 消費者は 「買う可能性がある人」 までもを含み、自社商品を買わず競合商品を買っている人も入る
- 生活者は 「買う・買わないを超え、日常生活そのものを営む人」 を指す
生活者という視点で見る範囲が広がるほど、企業は 「商品を売る」 ではなく 「生活を良くする」 という存在意義にまで立ち返ることができ、自分たちが提供する価値の再定義が起こります。
生活全体での文脈を捉える
企業は、自社の製品やサービスを買ってくれる人々を 「顧客」 または 「消費者」 と呼びます。
しかし、花王の事例が示すように、消費という言葉には思考を限定してしまう弊害が潜んでいます。
消費という言葉を使うと、例えば洗濯だと洗剤、仕上げ剤、漂白剤を消費するという発想になります。一方で、花王の新たな発想は違いました。
それよりも、生活全体の中で洗濯をとらえ、洗濯物を干しているときの気持ちよさや、乾いた洗濯物に触れた子どもの喜びなどを考えながら商品を開発したほうが、生活者のニーズを発見しやすいのではないか、というものです。
消費者というレンズを通して顧客や消費者を見ると、どうしても企業側の視点である 「いかに自社製品を消費してもらうか」 というモノを起点としての発想になります。洗剤であれば洗浄力、仕上げ剤であれば香りの強さといった、製品の機能的な側面に目がいき、人々が本当に求めている本質的な価値を見失うことになりかねません。
機能競争の先へ
消費者目線がもたらす弊害は、製品開発の現場で現れます。
洗剤メーカーが顧客や消費者の満足度向上を目指すとき、着手するのは洗浄力の向上でしょう。より白く、より強力に洗浄できるという機能面での差別化に注力し、技術開発に邁進します。しかし、現実の生活者にとって、洗浄力が例えば従来よりも 105% 向上したところで、その違いを実感できる人は多くはないでしょう。
むしろ生活者が洗濯という行為に求めているのは、清潔な衣類を通じて得られる心理的な満足感かもしれません。朝、クローゼットを開けたときに広がる爽やかな香り。家族がいい匂いと笑顔を見せる瞬間。そうした日常の小さな幸せこそが、生活者にとっての本当の価値です。
消費者から生活者の目線へ
花王が打ち出したのが、消費者から生活者への目線の転換です。
生活者目線への転換が生み出す着想
花王がブランド改革の中心として行ったことは、日々の暮らしを営むひとりの人間として人を捉え直すというアプローチです。
この視点に立つと、企業が見るべきは製品そのもの (モノ) から、製品が使われる背景にある生活の文脈 (コト) へと広がります。
例えば洗濯という行為は、ただ衣服の汚れを落とすことだけにとどまりません。そこには 「気持ちよく晴れた日に洗濯物を干す爽快感」 「ふわふわに乾いたタオルに顔をうずめる幸福感」 「清潔な服を着て一日を気持ちよく始める高揚感」 といった、様々な生活者文脈での感情や体験が付随します。
生活者として人々を広く、かつ深く理解しようとすることによって、言葉にならない生活者ニーズや感情に寄り添うことができます。
生活シーンから見出す新たなチャンス
実際に生活者の立場になって暮らしを見直すと、これまで見過ごされていた多くの機会が浮かび上がってくるはずです。
例えば、朝の身支度という生活シーンを考えてみましょう。消費者という範囲の視野では、洗顔料は洗顔料、化粧水は化粧水として、それぞれ独立したカテゴリーとみなすことになります。それに対して生活者の目線から見た朝は、目覚めから出勤までの一連の流れとして生活シーンがつながります。
限られた時間の中で、いかに気持ちよく、効率的に身支度を整えるか。洗顔から保湿、メイク、ヘアセットまでをスムーズにつなぐ動線の設計や、朝の気分を上げる香りの演出など、ひとつのカテゴリーを超えた価値提供の可能性が広がります。
ターゲットを絞ることだけが正解ではない
マーケティングでは、ターゲット顧客を明確に絞り込むことが成功のカギだと説かれます。
確かに、「すべての人に向けた商品は、誰にも刺さらない」 という考え方には一定の真理があります。
しかし花王の事例が示すのは、その逆説的な真実でもあります。ターゲット顧客を絞り込む前に、まずは視野を意図的に広げて市場全体を捉え直すことの重要性です。
消費者から生活者へ。この視座の変更は、ともするとターゲティングの放棄のように見えるかもしれません。
しかし実際には、より広い視野からの顧客理解につながります。具体的には 「30代女性の主婦」 というセグメントで切り取るのではなく、「朝の身支度に追われる人」 や 「家族の笑顔を大切にする人」 といった、生活文脈に根ざした理解が可能になるのです。
視座を変えることにより見えてくるのは、これまで自社が見逃していた新たな市場機会です。
洗剤メーカーが 「洗濯」 というひとつのカテゴリーでの狭い枠組みから、「快適な暮らし」 へと視点を広げたとき、衣類ケアを超えた価値提供の可能性が見えてきます。
部屋干しの憂鬱を解消する香り、アイロンがけの手間を減らす仕上がり、収納時の防虫効果など、生活者の暮らし全体を支える総合的な解決策です。
大切なのは、視座を変え、視野を広げることとターゲットを絞ることは矛盾しないということです。
花王の挑戦は、マーケティングの基本を否定するものではなく、ビジネスの起点になる市場理解の深さと広さを問い直すものなのです。
まとめ
今回は、花王の事例を取り上げ、学べることを見てきました。
最後にポイントをまとめておきます。
- 消費者目線の限界を認識する。人を商品を買う 「消費者」 と捉えると、製品の機能 (モノ軸) ばかりを追求することになる。限界を認識することが第一歩
- 「生活者」 として顧客を捉え直す。購買という一点だけでなく、日々の暮らしの文脈 (コト軸) で 「生活者」 として理解する。これまで見過ごされてきた感情や体験に光を当てることができる
- 「売る」 から 「暮らしに寄り添う」 へと企業の存在意義を再定義する。商品の販売者ではなく、生活者の日常をより良くするパートナーとして自社の役割を位置づけ直す
- ターゲットを絞る前に、あえて視野を広げて市場を捉え直すといい。狭い顧客セグメントにとらわれず、生活者という広い視点から市場を理解した上で、意味のあるターゲティングを行う
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