投稿日 2025/12/04

花王 「ピュオーラ 炭酸ハミガキ」 が実践した、マーケティング6ステップの全貌

#マーケティング #顧客理解 #価値実現

良い商品を作れば売れるという思い込みにとらわれるすぎると、ビジネスは失敗に陥ります。

商品開発から顧客獲得、そしてお客さんへの価値実現まで、ひとつでもステップを飛ばしてしまうと、どんなに優れた技術や商品も宝の持ち腐れになってしまいます。

今回は、花王の 「ピュオーラ 炭酸ハミガキ」 を事例に、成功するマーケティングの6つのステップを解説します。

花王 「ピュオーラ 炭酸ハミガキ」 


出典: PR TIMES

歯磨き粉でジュワッと炭酸がはじける––。そんな新感覚を提案したのが、花王が2025年4月に全国発売した 「ピュオーラ 炭酸ハミガキ」 です。

重曹とカプセル化クエン酸が唾液と反応して大量の泡を生み出し、歯周ポケットや歯間の汚れまで巻き取ってくれます。「歯磨きはやっているけれど、磨き残しが心配」 という消費者の不安を、「がんばり過ぎなくても、いつもの磨き方でうまくいく」 というメッセージで包み込みました。

発売直後には花王の想定の4倍というハイペースで出荷され、店頭や EC サイトでは一時品薄になったとのことです (参考情報) 。

* * *

では、花王 「 ピュオーラ 炭酸ハミガキ 」 の事例から学べることを掘り下げていきましょう。

マーケティング活動の全体像


花王の 「ピュオーラ 炭酸ハミガキ」 の成功は、マーケティングの基本的なプロセスを忠実に、かつ的確に実行した結果と言えます。

俯瞰すると、マーケティング活動の全体像は、以下の6つのステップで構成されます。

  1. お客さんを決める
  2. 注力するお客さんのことを理解する
  3. 困りごとを解決する商品を用意する (なければつくる) 
  4. お客さんに商品の魅力を伝え、買ってもらう
  5. お客さんに商品を使ってもらうことで価値を生む
  6. お客さんに他ではなく自社商品を選んでもらえる状態をつくる


では 「ピュオーラ 炭酸ハミガキ」 に順に当てはめていきます。

 「ピュオーラ 炭酸ハミガキ」 のマーケティング


花王は、マーケティングプロセスをどのように実践し、「ピュオーラ 炭酸ハミガキ」 をヒット商品へと導いたのか、各ステップを詳しく見ていきましょう。

[Step 1] お客さんを決める

花王は、オーラルケア市場の消費者を分析し、注力顧客を定めました。

2024年3月に日本全国の20 ~ 60代の3000人を対象としたオーラルケア意識調査を実施。さらに8月には、1万人規模の Web 調査を行い、オーラルケアに関する消費者の本音を探りました。

これらの調査結果から、オーラルケアに対する意識の高低により消費者を7つの層に分類しました。


ここから炭酸ハミガキのターゲットとして、全体の約 28.3% を占める 「リフレッシュ重視 歯磨き好き層」 と 「効率重視メリハリケア層」 に狙いを定めました。

[Step 2] 注力するお客さんのことを理解する

注力顧客を特定した後、花王はさらに消費者心理を掘り下げました。

見えてきたのは歯磨き自体は嫌いではなく前向きに取り組む一方で、本当に磨けているのかという不安と多少の面倒くささが同居している––。この微妙な温度感を持っていたことです。

消費者インタビューでは、「歯周ポケットや歯並びが悪い場所、奥歯の磨き残しが気になる」 や 「歯磨きをがんばれない」 といった、より具体的な声が聞かれました。

また、オーラルケアに対する意識と行動については、1万人規模の Web 調査から定量的な実態が見えてきました。

約6割の人が定期的に歯科検診を受けている一方で、約9割が歯科医推奨の正しい磨き方ができていないと自己評価している実態が明らかになりました。

歯磨きを面倒だと感じる人もいることがわかりました。他には、オーラルケア以外の行動として、注力顧客層が炭酸ガスを活用した洗顔料や美容液など、機能性を押し出した高付加価値の商品を使用している傾向も把握。

これらの調査結果から、花王は注力顧客が 「がんばらなくても効果的に歯をきれいにしたい」 というニーズを持っていること、そして炭酸というキーワードに対してポジティブなイメージを抱いていることを確信しました。

[Step 3] 困りごとを解決する商品を用意する (なければつくる)

注力するお客さんの困りごととニーズを理解した上で、花王は 「ピュオーラ 炭酸ハミガキ」 を開発しました。

商品のコアアイデアは 「がんばり過ぎなくても、いつもの磨き方でうまくいく」 という、注力顧客の消費者心理に寄り添ったコンセプトです。

ピュオーラの炭酸ハミガキの特徴である炭酸発泡技術は、水分を取り除いたペースト内の重曹とカプセル化したクエン酸が唾液などの水分に触れることで発泡する仕組みです。泡が歯周ポケットや歯と歯の間まで効果的に届き、通常の歯磨きでは磨きにくい場所まできれいにする効果をうたいます。

フレーバーには、炭酸との親和性が高く爽快感のある 「クリスタルソーダ」 を採用しました。歯磨き粉に使われる素材特有の味 (殺菌成分の苦味, 重曹の独特な味, クエン酸の酸味) をうまく抑え、多くの消費者に受け入れられる味を実現しました。

価格帯も、55g 入りが612円、95g 入りが873円 (いずれも税込み参考価格) と、手に取りやすい値段です。

[Step 4] お客さんに商品の魅力を伝え、買ってもらう

製品の魅力や価値を注力顧客に効果的に伝え、購買へとつなげるため、花王は従来のオーラルケア製品とは違ったコミュニケーションを展開しました。

オーラルケア商品に関する口コミが出にくいという問題に対し、花王は 「悩み」 よりも 「炭酸ハミガキとしての体験」 を前面に出すことにより、消費者が語りやすい状況をつくることを狙いました。

また、消費者が掃除で炭酸 (クエン酸や重曹) を使用するイメージが定着していることに着目し、「歯磨きと炭酸」 という新しい組み合わせを話題性のあるものとして訴求する 「掃除文脈」 の活用も効果的でした。

さらに、歯磨き粉が発泡するイメージを具体的に伝えるため、従来品と比較して約5倍泡立つことや、炭酸泡が歯周ポケットまで約2.5倍入り込むことを示す動画を制作。


このような視覚的な訴求は、製品のユニークな特徴を効果的に伝えました。

結果として、消費者による UGC (ユーザー生成コンテンツ) が SNS 上で活発に投稿・拡散され、新規顧客へのリーチと購買意欲の向上に貢献しました。

[Step 5] お客さんに商品を使ってもらうことで価値を生む

商品を購入してもらうことはゴールではありません。お客さんが実際に商品を使用し、その価値を実感してもらうためのスタート地点です。

花王の 「ピュオーラ 炭酸ハミガキ」 を使った人たちからは、「泡立ちがすごい」 「ツルツル感が長持ちする」 「歯磨きが楽しくなった」 といった、使い心地や味に関するポジティブな体験談が数多く寄せられました。

 「がんばり過ぎなくてもうまくいく」 というコンセプト通り、普段の自分の磨き方でも歯がきれいになるという手軽さと効果を消費者が実感できたわけです。

[Step 6] お客さんに他ではなく自社商品を選んでもらえる状態をつくる

一度きりの購入で終わらせず、お客さんから継続的に選ばれ続けるブランドになることが重要です。

花王は 「ピュオーラ 炭酸ハミガキ」 では、購入者の約 75% がブランドスイッチを伴うピュオーラの新規のお客さんでした。これは、炭酸ハミガキが従来のブランドの枠を超え、新しい価値を求める層に響いたことを示しています。

花王のオーラルケア商品において過去最高の初速売上を記録し、約2ヶ月分の在庫がわずか2週間で出荷されるほどの人気ぶりは、その証左です。

オーラルケア市場において 「花王は炭酸が強い」 というブランドイメージを確立し、強化する大きなきっかけとなっていくことが期待できます。

* * *

花王 「ピュオーラ 炭酸ハミガキ」 の成功は、注力顧客選定からお客さんの消費者心理の把握、顧客理解にもとづく独自技術を反映した商品設計、そして体験を訴求する口コミ戦略、さらには使用価値の実感からブランドの独自資産化へとつなげました。

想定の4倍のスピードで出荷されたという初速は、こうした一連のマーケティングプロセスを設計し、実行した結果です。

まとめ


今回は、花王の 「ピュオーラ 炭酸ハミガキ」 を取り上げ、学べることを見てきました。

最後にポイントをまとめておきます。

  1. お客さんを決める: 約1万人規模の消費者調査を通じて、歯磨き好きだが磨き残しに不安を抱く層(約28.3%)をターゲットに設定

  2. お客さんのことを理解する: 「歯磨きは好きだが、きちんと磨けていない」 という不安や、 「がんばりたくない」 という心理を深掘り。炭酸に対して好意的な印象を持っていることも把握

  3. 困りごとを解決する商品を用意する: 唾液と反応して発泡する炭酸処方を採用し 「がんばらなくても、うまくいく」 という新感覚歯磨き粉を開発

  4. 魅力を伝え、買ってもらう: 「泡立ち」 や 「掃除での炭酸」 のイメージを活用して SNS で話題化。視覚的な動画訴求と UGC によって購入を後押し

  5. 使ってもらうことで価値を生む: 「ツルツル感が続く」 「歯磨きが楽しい」 など、実体験によるポジティブな反応が見られた。商品の使用を通じてコンセプトが体感される

  6. 他ではなく自社を選んでもらえる状態をつくる: 約 75% がブランドスイッチを伴う新規購入者。「花王 = 炭酸に強い」 というイメージを確立し、独自ポジションを獲得することが期待できる


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多田 翼 (運営者)

書いている人 (多田 翼)

Aqxis 代表 (会社 HP はこちら) 。マーケティングおよびマーケティングリサーチのプロフェッショナル。ベンチャーから一部上場企業の事業戦略やマーケティングのコンサルティングに従事。

前職の Google ではシニアマネージャーとしてユーザーインサイトや広告効果測定、リサーチ開発に注力し、複数のグローバルのプロジェクトに参画。Google 以前はマーケティングリサーチ会社にて、クライアントのマーケティング支援に取り組むとともに、新規事業の立ち上げや消費者パネルの刷新をリードした。独立後も培った経験と洞察力で、クライアントにソリューションを提供している。

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名古屋出身、学生時代は京都。気分転換は朝のランニング。