投稿日 2026/01/21

富士フイルムのデジカメ 「X シリーズ」 。"愛おしさという哲学" のコンセプト起点のマーケティング

#マーケティング #顧客理解 #ブランドコンセプト

今回は、好調な売れ行きを見せる富士フイルムのデジタルカメラ 「X シリーズ」 の事例を取り上げます。

この事例から、マーケティングの本質である 「顧客から選ばれる理由のつくり方」 を学んでいきましょう。

富士フイルムのカメラ 「X シリーズ」 



富士フイルムの 「X シリーズ」 は高価格帯のデジタルカメラブランドです。

富士フイルムの2025年3月期決算では、デジカメの X シリーズなどを扱う 「プロフェッショナルイメージング事業」 の営業利益が前年比 36.4% 増の1392億円に達し、最も高収益を誇る事業へと成長しました (参考情報) 。

しかし、この成功の陰には問題もありました。

それは、「スマートフォンで誰もが手軽に写真を撮る時代に、なぜここまでカメラが売れているのか。実のところ、我々自身も明確に言語化できていなかった」 という状況だったことです (参考情報) 。

日本ではスマホの普及率が 90% を超える中、人々がなぜわざわざカメラを買うのか。富士フイルムはその理由が変化していることを感覚的には捉えていたものの、明確な言葉として説明でき、さらに商品のブランディングに反映するには至っていませんでした。

そこで富士フイルムは、生活者がカメラに見出す価値を可視化すべく、自社ブランドの価値を根本から見つめ直し、再定義する取り組みを開始したのです。

* * *

では、富士フイルム 「X シリーズ」 の事例から学べることを掘り下げていきましょう。

この事例からは、ブランド価値の再定義という観点で学びが得られます。

ブランドコンセプト


ブランドコンセプトとは、消費者に持ってほしい商品・サービスのイメージや、顧客価値を端的に言語化したものです。

ブランドコンセプトは、ブランディングによってつくりたい自社商品や自社企業へのイメージになります。消費者自身が脳内に形成する意味づけです。マーケティングで目指すゴールとなるものです。

富士フイルム X シリーズのブランドコンセプトは、「愛おしさという哲学」 として結実しました。カメラを起点に生まれるこだわりを追求すること、それに対して感じる豊かさという情緒的イメージを端的に表現したものです。

X シリーズのコンセプトは、スマートフォンを誰もが当たり前に持つ生活者環境において、「なぜ今、あえてカメラを持つのか」 という根本的な問いへの答えでもあります。

そして、消費者やお客さんの頭の中に、「X シリーズとは、自分の愛おしいものを見つけ、向き合うための相棒」 という意味づけを形成することを目指す方針としても役割を果たします。

コンセプト起点のマーケティング


ではここからは、富士フイルムがどのようにしてブランドコンセプトをつくり、お客さんに届け、そして選ばれ続ける理由を築いていったのかを、4つのステップで見ていきます。

[Step 1] ブランドコンセプトを言語化する

出発点は 「ブランドコンセプトの言語化」 です。

富士フイルムは1年以上かけて、徹底的な顧客理解によってコンセプトを言語化しました。

まず取り組んだのは、多様なステークホルダーへのインタビューです。

利用者、開発者、デザイナーなど数十名に対し、各1時間程度の聞き取りを実施。「X シリーズの利用者がどの点を良いと思っているのか」 「どういう思いを X シリーズに持っているか」 を丁寧に声を収集していきました。

インタビューから明らかになったのは、カメラに対する人々の価値観の変化でした。

カメラを利用する人たちの中では、カメラとは 「こだわりを追求し、自分の愛おしい瞬間を見つける道具」 という存在だったのです。カメラを持つことで 「意図的に被写体を探す」 「自分にとって大事なものは何かという問いに対する答えを探しに行く」 という新たな体験価値が生まれていることを富士フイルムは発見しました。

ここから先は、消費者やお客さんではなく、作り手である富士フイルムが言語化をする番です。

富士フイルムは、仮説となる言葉を見出し、深層心理に近い感情や言葉を丁寧に紐解き、チームで共有しながら、会議の合間に時間を設けて言葉を熟成させ、徐々に収斂させていきました。

言語化への転機となったのは、ある一人の人の 「自分の相棒だ」 という表現でした。

カメラのことをなぜ相棒と表現するのを深掘りし、「大切なものを探す」 「自分の好きなものが見つかる」 といった連想を重ねていきました。

そしてある時、チームメンバーが 「つまり、それって "愛おしさ" ということではないか?」 と発言があり、その瞬間、全員の意見が一致したとのことです。

さらに富士フイルムらしさを表現する 「哲学」 という言葉を組み合わせ、X シリーズの 「愛おしさという哲学」 というタグラインが完成しました。タグラインとは、企業やブランドがお客さんに提供する価値を端的に表現する文言のことです。

富士フイルムの社内からは 「分かりにくいのでは」 「こっ恥ずかしい」 といった反対意見もあったそうです。

これに対して、「今の時代、やはり本質を突くことが求められている。本質をとらえないと、生活者から共感は得られない」 と X シリーズの担当者たちは説明していきました。「哲学とは『なぜ』を問い続けること。その姿勢こそが、富士フイルムのブランドにも重なる」 として、あえて本質を表現する道を選んだことを丁寧に伝えました。

[Step 2] お客さんに商品の魅力を伝え、買ってもらう

次のステップは、言語化されたブランドコンセプトを、次はお客さんに伝え、その価値を自分ごととして感じてもらうことです。

富士フイルムは、「愛おしさという哲学」 というタグラインをもとに、多様なコミュニケーション施策を展開しました。

まず制作したのがブランドムービーです。


 「君は愛おしいものを見る」 という言葉から始まるナレーションは、写真を撮るという行為の意味を改めて見つめ直す内容です。

当初は社内理解促進が目的でしたが、その深いメッセージ性から対外的にも公開されることになりました。

他の施策として、2025年2月には、東京・代官山で1ヶ月間のポップアップストアを開催。「自分にとって愛おしい瞬間とは何か」 を考える展示や、X シリーズの世界観を体感できる空間を設計しました。

SNS での口コミが拡散され、想定の3倍となる約16000人が来場。来場者の約4割がカメラ未所有者で、10 ~ 30代が約9割を占めるなど、新規層の獲得に成功しました。

感情や体験に訴えるコミュニケーションは反響を呼び、「自分が何を愛おしいと感じるのか考えるきっかけになった」 「写真の物語性に重点を置くのが、すごく "フジっぽい" 」 といった声が相次ぎました。

これらの活動により、「愛おしさという哲学」 というコンセプトは、お客さんにとって具体的で魅力的な価値として伝わり、購買へとつながることでしょう。

[Step 3] お客さんに商品を使ってもらうことで価値を生む

マーケティングは商品を売って終わりではありません。お客さんが商品を使い、価値を実感して初めてコンセプトはお客さんと共有されます。

富士フイルムは購入後の顧客体験にも注力し、商品価値の実感を促進しています。

例えば、2024年から開催している 「写真幸福論 一生モノのフレーム店」 というイベントがあります。イベントではお客さんが持参した写真を額装して販売するサービスを提供しました。

イベントを開催することで、写真について話す時の人々の表情が柔らかくなるという発見がありました。人は自分が愛おしいと感じているものを写真に写すことが多く、それを語る時には自然と優しい表情になるわけです。

カメラを持って出かけることで 「シャッターチャンスが増える」 という体験も共有され、「愛おしさという哲学」 というコンセプトが実際の使用体験と結びついた価値として認識されていきました。

[Step 4] お客さんに他ではなく自社商品を選んでもらえる状態をつくる

最後のステップは、一度きりでなく、「選ばれ続ける理由」 をつくることです。

富士フイルムは、独自の価値を提供し続けることによって、お客さんとの長期的な関係を築こうとしています。

富士フイルムは、独自の価値を提供し続けることで、顧客との長期的な関係を築き、他社製品への乗り換えを防いでいます。

1つ目のアプローチは、 コミュニティ運営とファン育成です。

富士フイルムはオーナーズミートアップやオンラインでのフォトコンテストを定期的に開催し、熱量の高いファン同士が交流できる場を用意。富士フイルムのスタッフとユーザーが直接対話する機会を設けています。

アフターサービスの充実にも富士フイルムは注力しています。

製品を買った後も、お客さんとの関係は続きます。富士フイルムは購入後1年目の無料点検サポートや、修理の優先対応プログラムなど、手厚いアフターサービスを提供し、安心して使い続けられる環境を整えています。

さらに、魅力的なオリジナルアクセサリーやカスタムサービスを提案することで、カメラ本体だけでなく、システム全体でユーザーを惹きつけ、代替の難しいエコシステムを構築しています。

お客さんから選ばれ続けるためには、ブランドへの期待に応え続けることが重要です。

定期的なユーザーインタビューやアンケートで要望を集め、お客さんの声を次世代モデルの性能や機能の改善に迅速にフィードバックしています。

こうした地道な活動の積み重ねが、「一度 X シリーズを選んだら、次もまた選びたくなる」 という状況をつくり、お客さんとの長期的な関係につながっているのです。

* * *

富士フイルムの事例は、デジタル時代における 「写真を撮る」 という行為の意味を問い直し、その本質的価値を 「愛おしさという哲学」 として言語化することで、新たな顧客層の獲得に成功した事例です。

お客さんの内面に寄り添い、写真を撮ることの意味を問い続ける姿勢が、強い共感を生み出すことでしょう。

時間をかけてお客さんのことを深く理解し、本質的な価値を丁寧に言語化。ブランドコンセプトを起点にした一貫したマーケティング活動により、選ばれ続けるブランドを構築します。

まとめ


今回は、富士フイルムのデジカメ 「X シリーズ」 の事例を取り上げ、学べることを見てきました。

最後にポイントとして、コンセプト起点のマーケティングのまとめです。

  1. ブランドコンセプトを言語化する
  2. お客さんに商品の魅力を伝え、買ってもらう
  3. お客さんに商品を使ってもらうことで価値を生む
  4. お客さんに他ではなく自社商品を選んでもらえる状態をつくる


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多田 翼 (運営者)

書いている人 (多田 翼)

Aqxis 代表 (会社 HP はこちら) 。マーケティングおよびマーケティングリサーチのプロフェッショナル。ベンチャーから一部上場企業の事業戦略やマーケティングのコンサルティングに従事。

前職の Google ではシニアマネージャーとしてユーザーインサイトや広告効果測定、リサーチ開発に注力し、複数のグローバルのプロジェクトに参画。Google 以前はマーケティングリサーチ会社にて、クライアントのマーケティング支援に取り組むとともに、新規事業の立ち上げや消費者パネルの刷新をリードした。独立後も培った経験と洞察力で、クライアントにソリューションを提供している。

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名古屋出身、学生時代は京都。気分転換は朝のランニング。