#マーケティング #新規事業 #事業戦略

葬儀会社が農業に参入し、お米をつくる。そんな話を聞くと、少し意外に感じます。

ただ、事業をつくる流れに沿って見ていくと、そこには一貫した考え方があります。

今回は、穴太 (あのう) HD の事例から、新規事業をどのようにつくり、育てていくのかを考えます。

穴太 HD のコメ事業

千葉県木更津市の穴太 (あのう) ホールディングス (HD) は、1986 年に創業した葬儀会社の十全社を祖業とし、現在は農業、米販売、酒造などへ事業を広げています。

2025 年 10 月の日経 MJ によると、穴太 HD の売上構成は 2014 年度から 2024 年度の 10 年間で大きく変わりました。

2014 年度に売上の 85% を占めていた葬祭事業は、2024 年度には 62% まで低下しています。一方、お米関連の事業は売上構成の 25% まで伸びました。きっかけは 2013 年に始めた米づくりです。

穴太 HD の事業展開をたどると、葬儀と農業がばらばらに存在しているわけではありません。葬儀事業の課題を起点に新しい事業をつくり、そこで得た資産や能力を次の事業につなげています。

ここからは、事業をつくるプロセスに沿って順番に見ていきましょう。

事業をつくるプロセス

新しい事業をつくっていくプロセスは、大きく次のように進みます。

  1. 事業領域の選定
  2. 事業インサイトの発見
  3. 事業能力の獲得
  4. 事業の拡大

穴太 HD の事例を、この 4 つのプロセスに当てはめて見ていきます。

[ステップ 1] 事業領域の選定

最初のステップは、どこで戦うかを決めることです。成長している市場を探すだけでなく、自社の強みや既存事業とのつながりを踏まえ、勝ちやすい場所を見極めます。

穴太 HD が向き合っていた葬儀事業では、高齢化に伴って葬儀件数が増える一方、家族葬の広がりによって 1 件あたりの単価が下がっていました。十全社では過去 10 年で葬儀の施行件数が増えたものの、1 件あたりの単価は約 16% 下落しています。

穴太 HD の戸波亮 (となみ りょう) 社長は 「単価が減っても 1 件あたりの業務負担は変わらず、コスト増加の要因だ」 と指摘しています。件数が増えても、1 件あたりの収益が下がり、業務負担は大きく変わらない。利益を出しにくくなる構造がありました。

そこで穴太 HD は、葬儀の周辺にある仕事へ目を向けました。葬儀には、生花、仕出し料理、返礼品など、いくつもの周辺業務があります。穴太 HD は利益率を改善するため、外注していた生花や仕出しなどを順に内製化し、その流れの中で返礼品にも着目しました。

ここに、新しい事業領域がありました。いわゆる 「ホワイトスペース」 です。まだ十分に手がつけられていない領域は、まったく新しい市場の中だけにあるとは限りません。本業の周辺にも、自社の強みを生かして入り込める余地があります。

穴太 HD にとって優先度が高かったのは、葬儀事業の利益率を改善することでした。そのため、外注していた周辺業務を自社で担い、コスト構造を変える方針を取りました。

その中で返礼品に使えるお米に注目します。葬儀という既存事業とつながりがあり、自社の需要を最初の売り先にできるからです。外部に支払っていたコストを自社の事業へ取り込みながら、新しい収益源も育てられる可能性がありました。

[ステップ 2] 事業インサイトの発見

次のステップは、インサイトの発見です。ここでいうインサイトとは、背景にある構造まで踏まえて現象を読み解き、「このやり方なら事業として成り立つ」 という見立てを得ることです。

穴太 HD の事例では、顧客側から得られる 「顧客インサイト」 と、事業を提供する側から得られる 「提供者インサイト」 の両方が見えてきます。

顧客インサイト

まず、葬儀を利用する側の変化です。

施主の高齢化が進み、参列者は減り、家族葬が一般的になっていきました。こうした変化に伴い、大人数を前提にした葬儀の需要は小さくなります。葬儀会社にとっては 1 件あたりの収益が下がる一方、準備や運営に必要な仕事はそれほど減りません。

この変化から見えてくるのは、葬儀そのものの単価だけで収益を考えると苦しくなるということです。生花、料理、返礼品なども含めて、葬儀全体の中で利益を生み出す仕組みをつくる必要があります。

提供者インサイト

提供する側から見ると、別の示唆が得られます。

1 件あたりの収益が下がる中で外注費がそのまま残れば、利益は圧迫されます。穴太 HD は、生花や仕出し、返礼品などを自社で手がけることにより、コストを抑えながら自社の事業領域も広げていきました。

お米事業も、この流れの中で生まれています。返礼品として使うお米を自分たちで生産すれば、最初から一定の需要を自社で持てます。売り先が見えた状態で生産を始められるため、新規事業の立ち上げ時に抱える販売リスクも小さくできます。

ここでの事業インサイトは、「葬儀業界の収益構造の課題に対して、周辺業務の内製化が効く。その一つとして米事業をつくれる」 という見立てです。この見立てがあったからこそ、葬儀会社がお米を生産するという展開にもつながりが生まれています。

[ステップ 3] 事業能力の獲得

3 つ目のステップは、事業を実際に動かすための能力を身につけることです。良いアイデアがあっても、生産、品質管理、販売、組織運営などの力がなければ、事業として続けていくことはできません。

穴太 HD は、お米事業に必要な能力を少しずつ積み上げていきました。

まず、販売リスクを抑える仕組みがあります。自社の葬儀事業を最初の販路にしたため、米づくりを始める段階から一定の需要がありました。

返礼品のうち約 6 割が、お米などの自社製造品になっています。2013 年には北海道で農業生産法人 The 北海道ファームを立ち上げ、その後は千葉県にも農業拠点を広げ、乾燥から袋詰めまでを手がける体制を整えていきました。

品質も磨いています。The 北海道ファームのお米は全国規模のお米コンテストで 4 年連続入賞した実績があります。また、甘酒 「北の甘酒スマリ」 は、農林水産省が推進するニッポンフードシフト表彰事業 「FOOD SHIFT セレクション」 の 2025 年度選定で入賞しました。

ここで得たのは、お米をつくる力だけではありません。品質を管理する力、お米を甘酒や米粉パンなどの商品に変える力、さらに葬儀事業と連携して販売する力も育っています。

組織のつくり方にも特徴があります。穴太 HD は社員の 「多能工化」 を進め、農業法人の社員が葬祭の設営を担い、葬儀スタッフが農作業を手伝う体制をつくっています。

葬儀と農業では、忙しくなる時期が異なります。そのため、複数の仕事を担える社員がいれば、時期に応じて人員を動かしやすくなります。新規事業のたびに人を増やすだけではなく、既存の人材を柔軟に配置する仕組みを整えたわけです。

千葉県君津市にある田んぼは社屋から車で数分の距離にあり、葬儀会社の社長が本業の合間を縫って農作業を手伝うこともあります。経営者自身も現場をまたいで動く姿勢が、多能工の組織文化を支えているのでしょう。

[ステップ 4] 事業の拡大

最後は、つくった事業を広げていく段階です。ここでは、これまでに得た顧客基盤、販路、技術、設備、人材などを次の事業にどうつなげるかが重要になります。

穴太 HD の事業展開を見ると、拡大の軸が少しずつ移っていることがわかります。

第 1 段階は 「葬儀を軸に周辺事業へ広げる」 という展開でした。生花、仕出し、返礼品のお米は、いずれも葬儀事業とのつながりから生まれています。

第 2 段階では、そこで育てたお米事業を新たな軸にし、お米の周辺へと事業を広げていきました。

2019 年には The 北海道ファームが、飲食店や一般家庭向けの販路を持つ神奈川県の米専門店やまぐちと業務提携し、同店はその後、穴太 HD グループに加わりました。

また、2023 年秋には慶応 2 年 (1866 年) 創業の千葉県君津市の宮崎酒造店を傘下に迎え、自社栽培米も活用した日本酒づくりを進めています。2025 年には滋賀県大津市にカフェ 「穴太商店」 本店を開業しました。EC サイトや FOODEX JAPAN への出展など、販売先も広げています。

この展開では、売り先を確保してから生産を広げる順番が徹底されています。圃場 (ほじょう: 農作物を栽培する田・畑・果樹園・牧草地などを指す) の拡大に先行して販路を確保するのが穴太 HD の鉄則です。

先に売れる見込みをつくれば、生産量を増やしたあとに販路探しで苦労するリスクを抑えられます。つくる力と売る力を同時に育てながら、事業を広げているわけです。

こうして見ると、穴太 HD は、ある事業で得た能力や資産を次の事業へつなげながら、事業の軸を少しずつ広げています。葬儀から返礼品へ、返礼品から米づくりへ、さらに米販売、酒造、カフェへと展開してきました。

その根底には 「田んぼから出るものはすべて無駄にしない」 という穴太 HD の合言葉があります。もみ殻は燃料に、米ぬかは化粧品に、規格外米は甘酒に活用し、田んぼから生まれるものを幅広く商品へ変えています。

自分たちが持つ資源を生かしながら、次にどの事業へ進むかを判断する。この軸があるからこそ、事業が広がっても一つひとつにつながりがあります。

まとめ

穴太 HD の事例を、事業をつくる 4 つのステップに沿って見てきました。

学びのポイントをまとめます。

  • 新規事業をつくるプロセスは、① 事業領域の選定、② 事業インサイトの発見、③ 事業能力の獲得、④ 事業拡大
  • 事業領域を選ぶときは、本業の周辺にある未開拓の領域にも目を向けると、新しい事業の入口を見つけやすい
  • 顧客の変化と提供側の収益構造をあわせて見ると、自社がどのような事業をつくるべきかという勝ち筋が見えてくる
  • 事業を形にするには、生産や品質管理だけではなく、販売、商品化、人材配置まで含めて必要な能力を育てていく
  • 事業を広げるときは、売り先を確保しながら生産を増やし、すでに持っている資産や能力を次の事業へつなげていく