#マーケティング #新規事業 #両利きの経営
既存事業を守りながら、新規事業も成功させるーー。
多くの企業が直面するこの課題に、ある町工場は独自のアプローチを見出そうとしています。
町工場のハタノ製作所の挑戦を 「両利きの経営」 から紐解くことで、既存事業を守りながら新規事業を成功させるためのヒントが見えてきます。
ぜひ一緒に学びを深めていきましょう。
ネジマル
ネジマルは、東京・大田区の町工場であるハタノ製作所が生み出した金属製フィギュアシリーズです。正式名称は 「ねじのどうぶつ #ネジマル」 です。
ネジマルは、工業製品とアートを融合させた斬新なオリジナルキャラクターとして注目を集めています。
ごく普通のネジに、溶接棒と呼ばれる金属の細い棒を溶接して、イヌ、ネコ、アルパカ、ワニ、キリンなど多種多様な動物を表現したフィギュアです。1個の価格は種類によりいろいろですが、価格帯は1300円 ~ 2500円です。
ネジマルの販売開始は2021年8月でした。最初はイヌだけだったものの、現在は全29種を展開しています。発売以降、約3年間で合計2000個以上のネジマルが売れました。
デザインの特徴
ネジマルの特徴は、シンプルなデザインにあります。
手足、耳、尻尾など動物のパーツを溶接棒で表現した以外は、装飾を抑えています。最小限の加工で動物らしさを表現し、見る人に親しみを感じさせます。
溶接の際に生まれる独特の焼け色は製品ごとに異なるため、ネジマルは同じものは二つと存在しない 「一点もの」 としての魅力を持っています。
この焼け色は、赤や青、黄などが複雑に組み合わさった構造色であり、それぞれの動物に独自の個性を与えています。ネジマルは工業素材でありながらも温かみや愛着を感じさせる独自性を生み出しています。
生まれたきっかけ
ハタノ製作所の代表である波田野哲二さんは、もともとは溶接練習のためにネジマルを制作していました。下請けの仕事での合間を縫うようして、深夜や土日にネジマルを作りためていました。
社外の人に技術をアピールするために、ネジマルを見せていたそうで、ある時に購入を希望する人と出会ったとのことです。
波田野さんにとって、フィギュアはご自身の昔からの趣味のひとつでした。好きなジャンルの中での商品開発だからこそ、ファン心理を読んだ製品となったのでしょう。
趣味を活かした商品企画から、イベントでの手売り販売を行うなどによって着実にお客さんの心をつかみました。ハタノ製作所はアップサイクル事業で ANA とコラボを実現するなど、下請けに依存しないビジネスモデルを進めています。
東京都大田区の町工場のハタノ製作所が手掛ける、金属製動物フィギュアのネジマルの事例は、「両利きの経営」 の視点から多くの学びを得られます。
両利きの経営
両利きの経営は、経営学のイノベーション理論のひとつです。
深化と探索
以下のような 「深化」 と 「探索」 の両方をやっていき、あたかも右手と左手の両方の手をうまく使うように経営をするアプローチです。
- 深化: 既存事業の強化。すでにやっていることの改善を重ねる
- 探索: 新規事業の開発。領域を広げるために新しく取り組む活動
一般的には、深化 (既存の強化) と探索 (新規の開発) では前者の深化に偏りがちになります。というのは今までやってきたことの延長なので続けやすいからです。一方、新しい取り組みである探索は、うまくいくかわからず成果が出にくいので、後回しになりがちです。
しかし、企業は深化だけでは生き残っていけません。外部環境の変化に適応し変わっていくためには、深化だけではなく探索が大事なのです。
両利きの経営は、深化と探索のどちらか一方だけでなく、あえて二兎を追う経営です。
新規事業を成功させる秘訣
両利きの経営を成功させるポイントは、結論から言うと次の5つです。
- 深化と探索に明確な目的と戦略がある
- 経営層からの特に探索事業 (新規) への理解と支援
- 探索には既存事業の資産を活かす
- 深化と探索は距離を置き、無用な対立を避ける (例: 評価指標を分ける, 物理的に勤務地やオフィスを離す)
- 共通のアイデンティティを持たせる (ビジョンや価値基準などの企業文化)
町工場発の 「ネジマル」 から学ぶ両利きの経営
では、ネジマルの事例を 「両利きの経営」 という視点で見ていきましょう。
深化と探索の両立
ハタノ製作所の 「深化」 は、下請け事業としての金属加工技術の向上と、それによる安定的な収益の確保にあります。
一方、ネジマルの開発は 「探索」 に該当します。既存の加工技術を活かしながら、オリジナルフィギュアという新たな市場に挑戦することで、これまでにないファン層を獲得し、自社のブランド価値を高めました。
ネジマルの製造過程では、溶接技術を使ってネジや金属棒を動物の形に組み立て、独自の焼け色を施すことで一点ものという価値を生み出します。既存の技術を深化させながらも、それを新たな市場 (フィギュア製品) で応用することで 「探索」 を見事に実現した例です。
探索に対する経営の理解と支援
ネジマルの事業化は、代表の波田野さんが一人で立ち上げました。ハタノ製作所という小規模であることで意思決定がすばやく行え、柔軟にアイデアを試すことができたわけです。
また、探索事業に取り組む上で重要なのは、経営層の理解と支援です。波田野さんは自らが経営者としてその役割を担い、新規事業のアイデアを実現するためのリソース配分を決定していきました。波田野さんの強い信念がネジマルを事業化する後押しをしたのです。
既存事業の資産を探索に活かす
ネジマルの事例では、既存事業で培った金属加工技術が新規製品であるネジマルの開発に活用されています。既存のリソースを探索事業にうまく転用したお手本となる例です。
技術的な高さと品質を活かしながら、製品としての魅力を高めるための工夫も施されています。例えば溶接による焼け色を製品の特徴としてあえて残すことで、一点ものの希少性を持たせることができました。
距離の取り方と企業文化
両利きの経営を成功させるためには、深化と探索をあえて分けて扱い、無用な対立を避けることも大事です。
ハタノ製作所の場合、波田野さんが探索事業に取り組み、既存の下請け業務との摩擦を回避しました。これにより、自由にクリエイティブなアイデアを試行錯誤することができたわけです。
また、ネジマルは町工場が持つ技術の粋を結集し、独自のデザインとストーリーを持たせることによって、他にはない存在感を発揮しています。東京の町工場であるハタノ製作所が持つ、共通のアイデンティティやビジョンが中心に軸のように一本通り、ネジマルのブランドとしての魅力をつくり出しているのです。
ネジマルの事例は、深化と探索の両立、つまり両利きの経営の実践を具体的に示しています。
既存の強みを深めつつ、新しいことに取り組み、失敗を重ねて七転び八起きからの試行錯誤からの挑戦が、企業が継続的に成長するためのカギとなります。
まとめ
今回は、ハタノ製作所の金属製フィギュアシリーズ 「ネジマル」 を取り上げ、学べることを見てきました。
最後にポイントをまとめておきます。
- 深化と探索の二兎を追う経営
- 深化: 既存事業の強化。改善を重ねる
- 探索: 新規事業の開発。領域を広げ新しく取り組む活動
- 一般的には深化 (既存の強化) に偏る。外部環境の変化に適応し生き残るためには、深化だけでは十分ではなく探索が大事
✓ 両利きの経営を成功させるポイント
- 深化と探索に明確な目的と戦略がある
- 経営層の探索への理解と支援
- 探索には既存事業の資産を活かす
- 深化と探索は距離を置き、無用な対立を避ける (例: 評価指標を分ける、物理的に勤務地やオフィスを離す)
- 共通のアイデンティティ (ビジョンや価値基準などの企業文化)
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