#マーケティング #コアバリュー #利用シーン
新しい発想でユーザー体験を変える商品開発のヒントは、案外身近なところに転がっているものです。
今回は、腕に巻いて 「手のところにさっとメモを取る」 というシンプルなアイデアから生まれた文具 「wemo (ウェモ) 」 の事例をご紹介します。そこには、私たちがマーケティングに学べるヒントが詰まっています。
ウェアラブルメモ 「wemo」
ウェアラブルメモの 「wemo」 を開発したのは、東京・立川市に本社を置くコスモテックという企業です。
開発の背景
コスモテックはもともと半導体メーカーやディスプレーメーカー向けに、高品質な機能性フィルムを供給してきた BtoB (法人向けビジネス) の企業でした。
しかし、2008年のリーマン・ショックなどの影響によりディスプレー事業が縮小。培った技術を活かして新しい領域へ打って出る必要に迫られました。
コスモテックはふたつの戦略をとりました。ひとつは韓国や中国などに生産拠点を設け、海外進出や海外展開を加速させること。もうひとつが、これまで培ってきた技術力を新しい市場に応用することでした。
後者の新市場への挑戦と試行錯誤から誕生したのが、消費者に直接提供する BtoC 商品である wemo です。
2017年に初代の 「wemo バンドタイプ」 が発売されると、ユニークさと実用性で注目を集め、累計販売数は100万個を超えるヒットを記録するに至っています (参考記事) 。
製品特徴
wemo の特徴は、シリコン素材に施した特殊コーティング技術によって油性ボールペンで書いても消せるうえ、水に濡れても文字が消えないという点です。
従来のメモ帳や付箋紙では実現できない耐久性と手軽さを兼ね備え、アウトドアや工事現場、さらには医療・救助の現場でも役立つメモツールです。
コスモテックは wemo の開発にあたり、既存技術を活かしつつ、製品の素材を縫製 (ほうせい) 可能にするなど、消費者が使うシーンに合わせた改良を続けています。現場の声を聞き、必要に応じて技術を発展させました。
商品ラインナップ
最初に出された wemo のバンドタイプは、腕に巻き付けてすぐにメモを取れる点が特徴でした。
その後、作業服の上からでも巻けるよう長さを延長し、耐寒性・耐薬品性などを強化した 「wemo PRO バンドタイプ」 も誕生しています。
さらに、作業用手袋を扱うメーカーとコラボした 「メモグローブ」 、コクヨとのコラボで生まれた 「ID カードホルダー〈wemo〉」 など、多様なシーンで使える製品を次々にリリースしました。
他には、Web 会議用ビジュアル筆談ツール 「wemo paper flip board」 を発売しました。
いずれにも共通するのは、必要なときに手を煩わせずメモがその場で取れること、筆跡が濡れても消えにくいというコアバリュー (中心的な顧客価値) です。
学べること
では、ここからの後半のパートでは、wemo の事例から学べる汎用的なポイントを掘り下げていきましょう。
コアとなる価値の明確化
ひとつ目のキーワードは 「コアバリュー」 です。まずはどんな価値をお客さんに提供するかを突き詰めることが大切です。
wemo の場合、コアとなる価値は 「いつでもどこでも手軽にメモが取れ、水や汚れに強く、それでいて簡単に消せる」 という点です。コアバリューが明確だったからこそ、多種多様な応用商品の開発や他社とのコラボレーションでも中心となる軸がぶれずに展開ができるわけです。
もしコアバリューが定まらないまま広げてしまうと、何のために役立つかがわからない機能や仕様ばかりが増えてしまい、結局はどんな顧客ニーズに応えられる存在かが曖昧になってしまいます。
利用シーンごとの消費者ニーズの深掘り
コアバリューが明確になったら、次は具体的な利用シーンの洗い出しです。
wemo の事例では、例えば建設現場で作業する人、救助隊、消防士、病院や介護施設で水や消毒薬を使うことが多いスタッフなどの利用シーンが想定されるシチュエーションです。
ユーザーそれぞれの置かれた状況やその状況下で生じているニーズは同じではありません。寒冷地では耐寒性が求められ、化学薬品を取り扱う現場では薬品耐性が必要です。
大切なのは、実際の利用者であるユーザーの声を直接吸い上げながら、要望の背後にある顧客文脈まで紐解いていく姿勢です。wemo PRO バンドタイプが救助隊員の声を反映して開発されたように、利用シーンとなる TPO (Time, Place, Occation) ごとのリアルな困りごとを解消するからこそ、商品の利用価値が高まります。
どのような商品・サービスでも、自分たちは消費者やお客さんのどんな課題や困りごとを解決するのかについて、腹落ちするまで徹底的に考え抜くことが大事です。
コア技術をモジュール化し多様な形態へ展開
どんなに優れた技術でも、ひとつの商品形態だけにとどまってしまうと市場を広げにくいものです。
そこで有効なのが、コア技術をモジュール化 (製品やシステムを構成する部品や機能を独立した単位 (モジュール) に分割する手法) し、さまざまな形状・素材・コラボ先に柔軟に組み込みやすくするアプローチです。
wemo では、書いたり消したりできる特殊コーティング技術がコア部分にあたります。この技術をシリコン素材だけでなく、縫い付けられるシートに応用するなど、必要に応じて形を変えることにより、バンドタイプから手袋タイプ、ID カードホルダーに至るまで幅広いラインナップを実現できたのです。
モジュール化という同じ技術を基盤とすれば、開発コストを抑えながらバリエーションを増やせます。変わるのは最終形態のデザインや特殊素材の追加要素で、基盤が同じであればスピーディーに試作・実装にもっていけます。
重要なのは、想定するユーザーの文脈と利用シーンを起点にコア技術を当てはめることです。形状や素材はあくまで "手段" であり、目的は対象顧客がその利用シーンで使用価値を感じることです。
コラボや他分野のリソースの有効活用
すべてを自社だけでやろうとすると、どうしても時間やコストがかさみます。そこで検討したいのが他社や他業種との協業です。
wemo は、作業用グローブの専門メーカーや文具大手など、自社にない能力や参入事業領域を持つ企業と共同開発を行い、新しい市場へリーチしました。
コラボレーションのメリットは、お互いの既存の販売チャネルや既存顧客にそのままアプローチできる点にもあります。例えば、作業服メーカーであればプロ向けのツールを扱うルートを熟知し、文具メーカーであれば一般消費者向けの販促やマーケティングに強みがあります。
自社が得意とする領域に集中しながらパートナーシップを組むことで、効率よく事業領域に参入していくことが可能です。
多くの "小さな打席" に立ち学習と改善の継続
いかに優れたアイデアでも、市場に出してみなければ本当に売れるかどうかはわかりません。
ポイントになるのが、消費者や企業からのフィードバックを早めに得ることです。実際に製品や試作品を持って展示会に出展したり、テストマーケティングを行う、行政や産業支援機関のプログラムに参加したりするなど、多様な顧客接点をつくり、実際に使ってもらうことでのフィードバックです。
wemo を展開するコスモテックのように、日頃から積極的に "小さい打席" に立つ姿勢を続けると、予想外の異業種コラボや思いがけないユーザー層との接点が生まれやすくなります。コスモテックは常に新しい取り組みに挑戦していますが、売れるのは100件に数件程度とのことです。
それでも数多くの打席に立つからこそ、初代の wemo から発展したメモグローブや耐薬品性の強化縫製可能シート、フリップボードなど、新たな製品アイデアの種を見つけ育てるきっかけになっていくのです。
何十もの試みのうち一つか二つが当たれば良いというくらいの感覚で、トライ & ラーン (Try & Learn) を繰り返すことがヒット商品を生む秘訣でしょう。
まとめ
今回は、ウェアラブルメモ 「wemo」 を取り上げ、学べることを見てきました。
最後にポイントをまとめておきます。
- 実際のお客さんの利用シーンを捉え、顧客の具体的な課題や要望を把握する
- 顕在化したニーズだけでなく、顧客ニーズの背景にある文脈まで理解することで、価値を提供できる
- 中核となる顧客価値 (コアバリュー) を定義し、ブレない軸とする。商品展開やコラボレーションの際も、コアバリューを意識し一貫性を持たせる
- 小さな試行と学習を繰り返す。展示会やテスト販売などの 「小さな打席」 に多く立ち、フィードバックを得ながら商品のコアバリューを磨いていく
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