投稿日 2025/10/18

NTT 西日本のオープンイノベーション施設 「QUINTBRIDGE (クイントブリッジ) 」 。知識創造 SECI モデルの実践

#マーケティング #組織開発 #SECIモデル

新しいアイデアやビジネスの種は、どうすれば生まれるのでしょうか?

社内だけで議論を重ねていても、なかなか画期的な発想には至らない…。組織の壁を越えた協力が必要だとわかっていても、具体的な 「場」 や 「仕組み」 づくりに課題を感じていないでしょうか?

色々なバックボーンの人々が集い、知識が自然と共有・結合される環境こそが、イノベーションを生み出す土台となります。

ご紹介したいのは NTT 西日本の施設 「QUINTBRIDGE (クイントブリッジ) 」 の事例です。

多様な人々で共にアイデアや価値をつくる共創プロジェクトをいかに生み出せるのか?その秘密を知識創造の 「SECI モデル」 から見ていきます。

NTT 西日本 「QUINTBRIDGE」 


出典: QUINTBRIDGE

NTT 西日本が運営する 「QUINTBRIDGE (クイントブリッジ) 」 は、大阪市の京橋エリアにあるオープンイノベーション施設です。

企業、スタートアップ、自治体、大学など、さまざまな組織の人たちが集まり、新たな発想を生み出すための創発の場として活用されています。

特徴的なのは空間とフロアごとのコンセプトです。1階はイベントスペースを中心にした 「新たな出会いフロア」 、2階はミーティングや情報交換をしやすくした 「アイデア実現フロア」 、3階はスタートアップやベンチャーキャピタルが入居して 「事業拡大フロア」 という構成です。

それぞれのフロアには独自の空気感があり、参加者同士の偶発的なコミュニケーションやアイデアの具体化を後押しする仕組みが整えられています。

年会費や入会費を無料にする代わりに、「課題や人脈を持つこと」 や 「お互いに情報を提供し合う姿勢をもつこと」 という点を重視しているのもユニークです。

地元商店街の人々も巻き込み、大都市の研究機関や企業の先端技術者までが同じ空間に集い、QUINTBRIDGE では年間400回を超えるイベントが開催されています。こうした様々な人脈や情報の出会いにより、3年間で約90件もの共創プロジェクトが生まれました。

では、なぜこれほどの成果が出ているのか。QUINTBRIDGE に今回のポイントである 「SECI (セキ) モデル」 に当てはめて、どのように知識が創出・共有されているのかを見ていきましょう。

SECI モデルとは


SECI モデルは、「暗黙知」 と 「形式知」 の間の相互作用を通じて、知識がどのように創出され、組織内で共有されるかを説明するフレームです。

暗黙知とは個人の経験や感覚に根ざした知識であり、まだ他人に説明ができるほどのレベルにはなっていない状態です。一方の形式知は言語化がされ、説明できる知識を指します。

SECI モデルは次のような図で表されます。


SECI モデルには4つの段階があります。

  • 共同化 (Socialization) : 共同の場づくり
  • 表出化 (Externalization) : 形式知にする
  • 結合化 (Combination) : 形式知の結合
  • 内面化 (Internalization) : 自分のものにする


SECI モデルのプロセスを順番に見ていきましょう。

■ 共同化 (Socialization) : 共同の場づくり

共同化では、個々人の経験や感覚、技術などの暗黙知を共有する場をつくります。

直接の経験の共有、模倣や実演を通じて知識が伝達される仕組みがあり、たとえば、職人の人がその弟子に技術を伝授する機会をつくったり、ビジネスの場ではチームメンバーが集まる時間やレビューをする会議がこれに該当します。

■ 表出化 (Externalization) : 形式知にする

表出化は、暗黙知を形式知に変換する過程です。

個人の中にあった暗黙知が、言葉や図表、文書などの形で外部に表現されることを指します。他にもメタファーやアナロジーなどの表現を用いることもあります。暗黙知が言語化されることで形式知に変わり、組織内でより広く共有されやすくなります。

■ 結合化 (Combination) : 形式知の結合

結合化では、様々な形式知が集められ、分析や整理がされて新たな知識が生み出されます。バラバラにあった形式知が結合することで、形式知がさらに進化します。

文書化された情報を組み合わせたり、データベース内で情報を分類・再構成することで、新しい知識に発展します。ビジネスでは新しい商品への開発や、マーケティングや営業などのアイデアにつながります。

■ 内面化 (Internalization) : 自分のものにする

内面化は、形式知が個々人の暗黙知として取り込まれる段階です。

文書や会議で共有された他者からの知識 (形式知) を各自が取り入れます。そこから実際に活用した経験から学び、得た知識を自分の暗黙知として吸収していきます。

経験や教訓が個人のスキルや価値観に組み込まれ、それがひいては組織全体の能力の向上に貢献します。

QUINTBRIDGE に見る SECI モデル


NTT 西日本が運営する 「QUINTBRIDGE」 は、SECI モデルの各段階を効果的に活用しています。

順番に当てはめていきましょう。

共同化 Socialization

共同化とは、個々人の経験や感覚、技術などの暗黙知を共有する場をつくることです。

QUINTBRIDGE では、共同化の要素があります。

1つ目は空間デザインです。1階のイベントスペースは、あえて仕切りを少なくし広々とした空間になっています。イベントに参加していない人でも、段差に腰掛けて様子を眺めおもしろそだと感じれば、すぐに会話に加わることができます。

このような環境により、何気ない雑談から個人の経験やノウハウが共有されます。QUINTBRIDGE は 「それならうちの事例も参考になりますよ」 といった会話が自然発生する土壌をつくります。

2つ目が多様性の確保です。

大企業、スタートアップ、大学研究者、自治体担当者、地元商店街の店主まで、色々なバックグラウンドを持つ人々が集まることで、視点や知識の違いが化学反応を起こします。

自分にとっては当たり前の情報や知識が、相手にとっては新鮮な発見というような状況が生まれ、暗黙知が共有される機会になります。

3つ目はイベントの活用です。

QUINTBRIDGE では、セミナー、ピッチ大会、ワークショップ、勉強会など、多種多様なイベントが開催されています。

これらのイベントでは、参加者がスライドやプレゼン資料、ホワイトボードなどを用いて、自社の課題や新サービスの構想を発表します。これは、頭の中にあった暗黙知を他者と共有する場となります。

表出化 Externalization

表出化は、暗黙知を言葉や図表などで可視化し、ほかの人と共有できる形にする段階です。QUINTBRIDGE では以下のようなポイントがあげられます。

会員同士のマッチングをサポートする 「コミュニケーター」 というスタッフがいます。コミュニケーターは、会員の課題や得意分野を把握し、参加者同士をつなげ、お互いのアイデアや知識の表出化を活性化させます。

コミュニケーターはヒアリングを通じて参加者のアイデアや経験を引き出し 「それはこういう言い方をすると伝わりやすいですね」 とアドバイスしたり、図解をサポートしたりもします。個々人の暗黙知が共通言語となり、形式知として他者に理解可能な形で共有されます。

もうひとつ、QUINTBRIDGE では、参加者が持つ人脈や情報を進んで提供し合う姿勢を 「Giver (ギバー) 精神」 と呼んでいます。

ギバー精神というキーワードも、暗黙知の表出化を促します。各自が持っている人脈や情報を進んで差し出す姿勢をギバー精神と呼ぶことで、価値観を言語化して共有できるわけです。そうした共通言語が生まれると、こういう貢献の仕方があり得るといった実例もどんどんと蓄積されていきます。

結合化 Combination

結合化は、個々に存在する形式知同士を結びつけ、新たなアイデアや価値を創造するプロセスです。

QUINTBRIDGE では異業種交流による化学反応が見られます。様々な業種や領域の人々が集まるため、異なる形式知が出会い、化学反応が起こりやすい環境です。

例えば、NTT 西日本が持つ高速通信ネットワーク技術 (形式知) と、あるスタートアップのリモートコミュニケーションツール (形式知) が結びつき、遠隔地でも対面に近いコミュニケーションを実現する新サービスの開発につながりました (参考情報) 。

イベントやワークショップの成果物、企画書、プロジェクトレポートなどが施設内で共有されやすい仕組みも整っています。多様な形式知が結合し、新たなビジネスプランへと昇華するプロセスが、QUINTBRIDGE の至る所で起きます。

パートナーシップという組織や企業を超えた連携により、異なる企業のノウハウやレポート、ドキュメント資料が相互に交換されることもあります。別々の企業の形式知が統合され、ひとつのシステムやサービスとして具現化されるケースも生まれます。

内面化 Internalization

内面化は、共有された形式知を個人が体験を通じて吸収し、新たな暗黙知として自身のものにするプロセスです。

QUINTBRIDGE には実践を通じた学びがあります。

QUINTBRIDGE でのプロジェクトやイベントに参加した人々は、知識をインプットするだけでなく、サービス開発や実証実験に自ら関わることによって、実践的なノウハウを獲得できます。

プロトタイプの共同開発やテストユーザーとしての体験を通じて、どのような点が使いやすいか、どんな課題があるかを肌感覚で理解し、個人のスキルや発想力として暗黙知化されます。

QUINTBRIDGE での成功体験や学びを、各自が所属する組織に持ち帰り共有する際には、個人の経験や解釈が加わり、さらに洗練された知識となります。

組織内に新たな文化を根付かせたり、次世代の人材育成につながることでしょう。内面化された知識が、次のステージで新たな暗黙知として循環していくのです。

まとめ


今回は、NTT 西日本が運営する 「QUINTBRIDGE (クイントブリッジ) 」 を取り上げ、学べることを見てきました。

最後にポイントをまとめておきます。

  • 共同化 (Socialization): QUINTBRIDGE では、イベントスペースを中心とした開放的な空間デザイン、多様な参加者の確保、専門スタッフ (コミュニケーター) によるマッチング支援により、個々人の暗黙知が自然に共有される場を提供

  • 表出化 (Externalization): 多様なイベント開催やコミュニケーターのサポートにより、暗黙知が資料や共通言語といった形式知へと変換され、共有されやすい環境を整えている

  • 結合化 (Combination): 異業種交流や知識共有の仕組みを通じて、異なる形式知が出会い、新たなビジネスアイデアや共創プロジェクトへと発展する

  • 内面化 (Internalization): プロジェクトへの実践的な参加を通じて、参加者は形式知を自身の経験として吸収し、新たな暗黙知を獲得。各人が自分の組織に持ち帰ることによって、さらなる知識創造のサイクルを生む


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多田 翼 (運営者)

書いている人 (多田 翼)

Aqxis 代表 (会社 HP はこちら) 。マーケティングおよびマーケティングリサーチのプロフェッショナル。ベンチャーから一部上場企業の事業戦略やマーケティングのコンサルティングに従事。

前職の Google ではシニアマネージャーとしてユーザーインサイトや広告効果測定、リサーチ開発に注力し、複数のグローバルのプロジェクトに参画。Google 以前はマーケティングリサーチ会社にて、クライアントのマーケティング支援に取り組むとともに、新規事業の立ち上げや消費者パネルの刷新をリードした。独立後も培った経験と洞察力で、クライアントにソリューションを提供している。

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名古屋出身、学生時代は京都。気分転換は朝のランニング。