#マーケティング #価値の再定義 #BtoB

除菌や消臭の商品は、効果の強さと価格で比べられるのが当たり前でした。安い商品もたくさんあり、放っておけば値引き合戦になります。

そんな市場で、アース製薬は価格や効果の強さとは別の理由でお客さんに選ばれる仕組みをつくりました。その中心にあるのが、酸化制御技術 MA-T (Matching Transformation System) です。

同じ商品でも、価値をどう捉えて伝えるかによって結果は変わります。今回はアース製薬の MA-T を事例に、BtoB 市場での 「価値の再定義」 について考えていきます。

介護市場という難所

介護の洗浄剤市場は、需要が伸びているにもかかわらず、利益を出しにくい市場でした。

少子高齢化によって介護の需要は増え続けており、洗浄剤の市場も年平均 4.76% の成長が見込まれています。現場では、尿のにおい対策や除菌へのニーズもはっきりしています。

それでも新しい技術はなかなか導入されませんでした。介護の現場で使える予算は限られているため、除菌や消臭の商品は効果の強さと価格で比べられ、値引き合戦になりやすかったからです。

資金に余裕のない現場ほど価格を重視するので、性能の高い技術であっても、導入の検討までたどり着きにくい状況が続いていました。

MA-T は現在、115 社が加盟する日本 MA-T 工業会を通じてさまざまな業界に広がっていますが、事業が伸びるきっかけになったのは、介護市場での取り組みでした。

価値の再定義

アース製薬がこの市場で取り組んだのは、MA-T の価値をどう捉えるかを見直すことでした。

 「高い消臭力」 「低腐食性」 の MA-T

出典: Heart Plus

MA-T は、水と反応して必要な分だけ有効成分を生み出す酸化制御技術です。高い除菌力と消臭力を持ちながら、安全性も確保できる点に特徴があります。

なかでも後の話に関わってくるのが、高い消臭力と、素材を傷めにくい低腐食性という 2 つの特性です。

必要な分だけ有効成分をつくる仕組みなので、強い薬剤を余分に使わずに済み、介護の現場で使ううえでの安心感にもつながっています。

効果 × 価格の土俵を降りる判断

アース製薬は介護の現場でヒアリングを重ねるなかで、ある判断をしました。

効果の強さと価格で比べられる限り、安い商品との勝負が続き、利益は少しずつ削られていきます。アース製薬は、MA-T の価値はその比べ方では測れないと判断し、同じ土俵で戦わないと決めました。これが、後の伸びにつながっていきます。

土俵を変えるという判断は、現場で何度も話を聞き、施設が何に困っているのかを確かめたうえで下したものです。顧客の困りごとを丁寧に拾っていたから、勝負する場所を選び直すことができました。

機能価値から経済価値へ

アース製薬が新たに目を向けたのは、MA-T が施設のコストにどう影響するかという点でした。

MA-T の高い消臭力と低腐食性は、マットレスの劣化を防ぎ、廃棄の頻度を下げることにつながります。マットレスを長く使えれば、買い替えにかかる費用も抑えられます。

アース製薬は、除菌や消臭の効果を訴えるかわりに、施設のコストを下げる手段として MA-T の価値を打ち出しました。顧客が MA-T を選ぶ理由が、効果の強さから費用面のメリットへと移ったわけです。

施設が支払う費用には、液剤代のほかに、マットレスの買い替えや廃棄にかかるお金も含まれます。それらを合わせて考えると、安い液剤を選ぶことが必ずしも得になるとは限りません。MA-T は、費用全体を抑える選択肢として受け入れられていきました。

ビジネスモデルの変革

価値を定義し直したあと、アース製薬はその価値が顧客に伝わるように売り方を整えていきました。具体的には、洗浄機との組み合わせ、継続して使ってもらう売り方、業界大手からの信頼獲得という 3 つの取り組みを進めています。

アタム技研との連携と体感の工夫

1 つ目は、福祉用具の洗浄機器を手がける業界大手、アタム技研との連携です。両社は、すすぎ工程に MA-T を使うエアーマットレス洗浄機を市場に送り出しました。従来必要だった消毒や脱水の工程を省けるため、作業時間はおよそ 30% 短くなっています。

人手不足が続く介護の現場にとって、作業時間が短くなるのはありがたい変化です。においや汚れへの効果に加えて、職員の手間も減らせることが、導入の後押しになりました。

ただ一方で、MA-T は知名度が低く、説明会から試用、採用に至るまでに時間がかかる点が課題でした。アース製薬はデモを見せたりデータを示したりして、効果を実際に感じてもらえるように工夫しています。

MA-T を洗浄機に組み込んだため、使う人は特別な操作をしなくても、普段の洗浄作業のなかで MA-T の効果を得られるようになりました。

継続利用モデルとスイッチングコスト

2 つ目は売り方の見直しで、液剤を単体で売る形から、洗浄機と一緒に使い続けてもらう形へと切り替えました。顧客は洗浄機とセットで MA-T を使うため、他社の液剤に乗り換えにくくなります。

スイッチングコスト (乗り換えにかかる手間や費用) を意図的に高めた形で、導入後に他社の液剤へ切り替えた件数は、2026 年 3 月末時点でゼロでした。

顧客にとっても、洗浄機と液剤が組み合わさっていれば使い方に迷わず、洗浄の仕上がりも安定します。乗り換えにくい仕組みは、顧客が安心して使い続けられる環境にもなっています。

ヤマシタをフラグシップに信頼を獲得

3 つ目は、業界から信頼を得るための進め方です。介護業界は新しいものの導入に慎重なため、取引先を一気に広げようとしてもうまくいきません。アース製薬は多くの顧客に当たるかわりに、業界大手のヤマシタとの関係づくりに力を注ぎました。

業界大手が導入しているという事実は、ほかの事業者にとって安心材料になります。あわせて、第三者認証の取得や業界紙への掲載も重ね、MA-T を知らない事業者にも信頼してもらえる材料を増やしていきました。

保守的な市場では、実績を一つずつ増やす地道な進め方が、遠回りに見えて業界全体へ広がる近道になります。

売上は前年度比 7.8 倍

こうした取り組みによって、液剤単体の価格競争に頼らない提案ができるようになりました。取り組みを始めてから約 3 年で、25 年度の売り上げは前年度比 7.8 倍に伸び、26 年度は第 1 四半期の時点で前年 1 年分の売り上げを上回っています。

問い合わせも急増しており、アタム技研やヤマシタといったパートナーからの紹介が、新しい需要を生み続けています。

MA-T は現在、日本 MA-T 工業会を通じて、航空会社や医療、エネルギーといった分野への展開も視野に入れています。アース製薬は、今後 10 年でライセンス事業を含めて数百億円規模の事業に育つ余地があるとみており、介護市場で築いた売り方は、ほかの市場へ広げるときの手本になっていくはずです。

事例から学べること

アース製薬の取り組みを振り返ると、MA-T を広めるために、市場の見方を変え、価値を定義し直し、売り方まで組み立てていたことがわかります。

同じ商品でも、除菌や消臭の効果として説明するか、コスト削減の手段として説明するかによって、比べられる相手も競争の仕方も変わります。MA-T は費用面のメリットで評価されるようになったため、安い液剤との値下げ競争から距離を置くことができました。

技術力の高い会社ほど、性能や機能の説明に力を入れたくなるものです。しかし顧客が知りたいのは、その技術によって自分たちの困りごとがどう解決され、費用がどれだけ変わるのかという点でしょう。顧客の業務や費用の流れのなかで自社の技術を見直すと、それまで気づかなかった価値が見えてくるはずです。

価値を決める手がかりは、実際に使ってお金を払う顧客の側にあります。技術を磨くのと同じくらい、その価値を顧客の言葉で言い直すことに時間をかけると、競争の激しい市場でも勝ち筋を見つけやすくなります。

まとめ

アース製薬 MA-T の事例を取り上げ、学べることを見てきました。

学びのポイントをまとめておきます。

  • ニーズがあっても価格で比べられる市場は、値引き競争に陥りやすい。勝負する土俵を選び直す判断が、逆転のきっかけになる
  • 技術の価値は、顧客のコストをどう下げるかという視点で定義し直せる。今回の事例のように、買う理由が効果から経済性へ移ると、価格競争から抜けられる
  • 再定義した価値は、売り方まで整えると顧客に伝わりやすくなる。例えば、装置との一体提供や継続利用の仕組みは、他社への乗り換えを防ぐスイッチングコストを高める
  • 保守的な市場では、大手一社を足がかりにした信頼づくりが、業界全体への近道になる
  • 自社の技術や資産も、顧客の業務や費用の流れのなかで見直すと、難しい市場で勝ち筋が見えてくる