#音楽 #制約からの解放 #イノベーション

音楽の聴き方は、過去 50 年近くで大きく変わってきました。では、次はどんな音楽体験が生まれるのでしょうか?

そのヒントになるのが、ウォークマン、iPod 、Spotify が起こしてきた変化です。

今回は音楽視聴の変遷をたどりながら、これからの音楽体験を予想し、新しい商品をつくるときの着眼点を考えます。

ウォークマンは「音楽を聴く場所」という常識を変えた

今回のテーマはイノベーションですが、ここでは、イノベーションを「未来の当たり前をつくること」と捉えます。

それまで多くの人が想像していなかった行動や体験が、ある商品をきっかけに広まり、やがて説明する必要もないほど普通になる。そんな変化を生み出したものをイノベーションと考えます。

この意味で、1979 年にソニーが発売した初代ウォークマン「TPS-L2」は象徴的な存在です。

出典: ソニー

ウォークマン以前、音楽を楽しむ中心は家庭のステレオやカーオーディオでした。再生機が置かれている場所と、音楽を聴く場所が強く結びついていたわけです。

ウォークマンは、手のひらサイズのステレオカセットプレーヤーと軽量ヘッドホンを組み合わせました。好きなカセットテープを入れれば、歩いているときも、電車に乗っているときも、一人でステレオ音楽を楽しめます。

今なら街中でイヤホンをつけて音楽を聴く人を見ても、誰も不思議には思いません。ところが当時は、音楽を聴きながら街を歩くという行動自体が新しいものでした。

ソニーは「いつでも、どこでも」音楽視聴を楽しむという、新しいライフスタイルとしてウォークマンを打ち出しました。

その後、携帯音楽プレーヤーはカセットテープから CD 、MD へと進化しました。媒体、音質、操作性が変わっても、「好きな音楽を自分と一緒に持ち歩く」というウォークマンが広めた生活は続きました。

ウォークマンがつくった未来の当たり前は、音楽視聴を場所から解放し、「音楽が人についてくる」状態だったと言えます。

iPod と Spotify は「音楽を持つ」という制約を順番に外した

ウォークマンによって音楽を外へ持ち出せるようになっても、「何を持っていくか」という制約は長く残りました。

カセット、CD 、MD は、いずれも音楽を物理的な媒体に入れて持ち歩きます。ここには、今振り返ると多くの手間がありました。

カセット、CD 、MD に残っていた物理メディアの制約

カセットテープは、市販された音楽入りのものを買うほか、自分で録音して使うことも一般的でした。ラジオや LP 、後には CD などを再生しながら、カセットデッキで録音します。

録音には音源と同じ時間がかかり、音割れやノイズ、テープの劣化や絡まりもありました。

再生にもアナログならではの手間があります。カセットには A 面と B 面があり、途中で裏返します。早送りと巻き戻しでは磁気テープを実際に送り、聴きたい曲の位置を探しました。

CD になるとデジタル化され、聴きたい曲の頭出しは一気に簡単になりました。ただし、音楽はまだディスクという物理媒体に収まっています。当時のシングル CD は数曲、アルバム CD も十数曲ほどが一般的で、たくさん聴きたければ何枚も持ち歩きます。

1992 年に登場した MD はさらに小さく、録音や曲の頭出し、曲順の編集もしやすくなりました。それでも「このディスクには何の曲を入れるか」を決め、複数の MD をケースに入れて持ち歩き、どこに何を入れたか管理する必要があります。

カセットから CD 、MD へと進化するにつれて便利にはなりましたが、「音楽が入った物理メディアを選んで持っていく」という行動は残っていました。

iPod が「今日は何の曲を持っていくか」を変えた

出典: CNET Japan

2001 年に Apple が発表した初代 iPod は、5GB のハードディスクに最大 1,000 曲を入れられました。発表時の「1,000 songs in your pocket」というメッセージは、iPod が変えようとしていた体験をよく表しています。

CD や MD を何枚も選んで持ち歩かなくても、大量の音楽を一台に入れられる。出かける前に「今日は何を持っていこう」と考える必要がなくなりました。

iPod の中では、音楽は CD や MD という物理的なまとまりから離れ、アーティスト、アルバム、曲、プレイリストとして並びます。大量の曲の中からホイールを使って直感的に探せる操作も、この新しい音楽の体験と相性がよいものでした。

さらに iTunes とつなぐと、パソコンで曲を取り込み、整理し、プレイリストをつくり、iPod に同期できます。初代 iPod には、Mac に接続すると iTunes の曲やプレイリストを自動で同期する Auto-Sync も用意されていました。

音楽を一枚ずつ媒体で管理する生活から、自分の音楽ライブラリを一つにまとめ、その大部分を持ち歩く生活へ。iPod は「携帯できる音楽」の量を大きく広げました。

Spotify は「自分が持っている曲」という境界を外した

iPod の世界にも、まだ一つ前提が残っています。聴く音楽は、基本的に自分が購入したり、CD から取り込んだりして、自分のライブラリに入れておく必要がありました。

その制約をなくしたのが Spotify です。Spotify は 2008 年にサービスを始め、翌 2009 年にはモバイルにも広がりました。スマートフォンとモバイル通信の普及も重なり、聴きたい曲をあらかじめ端末へ入れておかなくても、膨大な音楽の中からその場で検索して再生する体験が広がっていきます。

外出前に曲を選び、端末の容量を考えて同期する必要も薄れました。「持っている音楽を聴く」から「聴きたい音楽にその場でアクセスする」へ、音楽との付き合い方が変わったのです。

Spotify は発見の体験も変えました。2015 年に始まった Discover Weekly では、それまでの再生履歴などをもとに、一人ひとりに合いそうな曲を毎週提案します。

曲名を知って検索するだけだった音楽サービスが、自分の知らない曲まで選んでくれるようになりました。現在の音楽ストリーミングでは、自分で所有していない膨大な曲の中から、聴きたいものや好みに合いそうなものへすぐアクセスする体験が普通になっています。

これからの音楽を考えてみる

では最後のパートでは、今回の文脈で音楽視聴の未来展望を考えてみます。

残る制約は「世の中に存在する曲の中から選ぶこと」

Spotify によって、自分が持っていない音楽にも自由にアクセスできるようになりました。レコメンドを通じて、自分では知らなかったアーティストや曲にも出合えます。

それでも今の音楽体験には、大きな前提が残っています。

私たちが聴いているのは、基本的に「すでに世の中のどこかで誰かがつくった曲」です。Spotify のレコメンドも、世の中に存在する楽曲の中から、その人に合いそうなものを選んでいます。

平日の朝の通勤で、今の気分に近いプレイリストは選べても、その瞬間の自分にドンピシャで合う曲が世の中にあるとは限りません。

ここまでの歴史では、ユーザーが当然のように受け入れていた制約が一つずつ外れてきました。ウォークマンは場所、iPod は物理メディアや持ち運べる量、Spotify は所有という制約を外しました。

そう考えると、次に残っているのは「自分に合う音楽を、世の中に存在する曲の中から選ぶ」という制約です。

さらに次の音楽は、その瞬間の自分に合わせてその場で生成される

生成 AI が入れば、世の中にある曲から今の自分に近いものを探すという前提も変わるかもしれません。その瞬間の自分に合う音楽を、その場で生み出せるようになるからです。

同じ人でも、平日の朝の通勤、仕事や勉強に集中したいとき、家事をしているとき、夜にリラックスしているとき、休日に読書をしているときでは、合う音楽は変わります。

そして同じ場面でも、その日の疲労、ストレス、眠気、集中度、気分によって心地よい音は違います。本人自身が「今はこういう曲を聴きたい」と言葉にできていない状態もあるでしょう。

将来は、再生・スキップ・リピートといった長期間の履歴から、本人がどんなテンポ、リズム、音色、声質、楽器、曲調を好むかを細かく学習できるようになるでしょう。

そこに、ウェアラブル端末やイヤホンなどから得られる心拍数、心拍変動、呼吸、体温、身体の動きといったバイオメトリクスが加わります。さらにセンシング技術が進めば、皮膚の電気的な反応や脳波などから、本人が自覚していない緊張、集中、覚醒、リラックスといった状態まで推定できる未来も考えられます。

「どんな音を好む人なのか」と「今どんな状態なのか」が同時にわかれば、生成 AI はテンポ、リズム、音色、声、楽器、曲調、展開を、その場で組み立てられます。

たとえば平日の朝の通勤なら、まだ眠気の残る家を出た直後から、駅へ向かい、電車に乗り、仕事へ意識が切り替わっていくまで、本人の状態は刻々と変わります。音楽もそれに合わせて変化していくのです。

また、仕事や勉強に集中し始めれば、意識を邪魔しにくい音へ移る。家事を始めれば身体を動かしやすいリズムになり、夜には刺激を抑え、休日の読書では文章を読む邪魔になりにくい音へ変わる。自動的に音楽が生成されるので、自分でプレイリストを何度も選び直す必要もなくなります。

一曲が終わり、次の曲が始まるという区切りも薄れるかもしれません。音楽が途切れずシームレスにつながり、その人の状態の変化に応じて、リズムや音色、展開が少しずつ変わり続けるのです。

こうなれば、音楽との付き合い方は「どの曲を聴こうか」と選ぶものから、その瞬間の自分に合う音が生まれ続けるものへ進化します。

音楽は、かつて場所を越え、今や所有を越えました。次は、その瞬間の自分にぴったりと合う音が、その場で生み出されるようになるはずです。

新しい商品は「今の当たり前に残る制約」から考える

では、ウォークマン、iPod 、Spotify までの音楽視聴の歴史から、新しい商品を考えるときの着眼点も見えてきます。

注目したいのは、ユーザーが強い不満として口にしていることだけではありません。長く続いているために「そういうものだ」と受け入れ、わざわざ不満として認識していない手間や制約にも目を向けます。

ウォークマン以前なら、音楽は再生機のある場所で聴く。iPod 以前なら、外で聴く曲を選び、カセットや CD 、MD を持っていく。Spotify 以前なら、自分が聴く曲を購入し、ライブラリに入れておく。それぞれの時代では、ごく普通の行動でした。

商品を考えるときには、今の顧客体験を一つずつ追いながら、「なぜこれを事前にやっているのか」「なぜこれを選んでいるのか」「なぜこれを毎回やっているのか」と問い直してみます。

そして、その制約がなくなったときに人の行動がどう変わるかまで想像します。音楽で言えば、既存曲から選ぶ必要がなくなれば、音楽のほうがその時々の人に合わせて変わるという体験が見えてきます。

今は当たり前に受け入れられている制約を見つけ、それが消えた後の日常まで描く。未来の当たり前をつくるイノベーションを考える一つの方法です。

まとめ

今回の内容をまとめておきます。

  • ウォークマンは、再生機がある場所に縛られていた音楽を外へ持ち出し、「音楽が人についてくる」という新しい未来の当たり前をつくった
  • iPod は、カセット・CD・MD といった物理メディアの制約を外し、大量の音楽を一つの端末に入れて持ち歩く体験を広げた
  • Spotify は、曲を自分で所有・保存しておく必要を薄れさせ、聴きたい瞬間に膨大な音楽へアクセスし、知らない曲にも出会える体験を定着させた
  • 次に残る制約は、世の中にすでに存在する曲の中から、自分に合う音楽を選んでいること
  • 将来の音楽視聴は、好みやその瞬間の心身の状態を捉え、自分にドンピシャで合う音がその時々で生成され、リアルタイムに音楽が作られ変わっていく姿を変えていくのではないか