2010/10/30

なぜネットサーフィンは死語になったのか?

今週の前半は中国に行っていました。今回の滞在は上海のみでしたが、印象に残っていることとして、話を聞いた複数の人が「趣味はネットサーフィン」と言っていたことがあります。なぜ強く印象に残っているかと言うと、ネットサーフィンという言葉自体がここ5年くらい耳にしていなかったから。今回のエントリーでは、ネットサーフィンがなぜ死語になったかを考えることで、あらためて自分の情報収集について整理してみます。

■ネットサーフィンとは

そもそもネットサーフィンとはどのような行為なのでしょうか。いくつかのサイトを調べてみましたが、一番しっくりくる表現はWikipediaに掲載されていた次のような説明です。「ウェブページの閲覧において、各ページを、興味のおもむくまま次々に表示して閲覧していく行動を、波から波へと渡るサーフィンに見立てた造語」。ちなみに、Wikipediaには次のようにも書かれています。インターネットが普及し始めた1990年代から2000年ごろまで頻繁に使われていた。

さて、なぜネットサーフィンをしなくなったのか。ここで、この疑問を少しずらし、「なぜ自分はネットサーフィンをしていたのか」を先に考えてみます。私の場合は、ネットサーフィンが趣味とまではいかなかったものの、ネットを使い始めた頃はあるサイトを見て、そこに貼ってあったリンク先を「興味のおもむくまま」に次々と閲覧していたこともあります。当時を思い出すと、ネット自体がめずらしかったこともあり、好奇心であったり、単純におもしろかったのがその理由のように思います。

■なぜネットサーフィンをしなくなったのか

では、なぜネットサーフィンをしなくなったのか。自分の場合を考えてみると、第一の理由として、ネット検索精度の向上があります。別の言い方をすれば、ネットサーフィンよりもGoogleなどの検索エンジンを使ったほうが効率がいいということ。ネット検索精度の向上は、検索エンジンのシステム技術の向上に加え、自分の検索スキルもネットを始めた頃よりかは多少は上がっていることもあると思います。

第二にの理由として、ネットに使う時間配分のうちツイッターやRSS、あるいはこれらほどの利用頻度ではないとはいえSNSなどの存在です。あるいは、動画やオンラインでのゲームもあるかもしれません。このようなネット上のコンテンツが充実したことで、ネットサーフィンよりもおもしろい時間の使い方ができ、ネットサーフィンが不要になったのだと思います。

■ネットは目的ではなく手段

ネットサーフィンをなぜしなくなったかを考えると、そもそもとして自分の場合は、ネットの利用が目的から手段になっていることだと思います。ネットを使い始めた当初は、ネット自体がものめずらしいこともあり、ただなんとなく使っていたようにも思います。一方で、今はどうかというと、「情報収集」と「ネットでの買いもの」という2つの目的のための手段でしかないのです。ネットでの買いものも、例えば本を買う場合は広い意味では情報収集とも言えそうです。

ここで、ネットサーフィンを含め、ネット検索、RSS、ツイッターなどを下図のように分類してみます(図1)。



横軸は、能動的に情報を探しにいくか、情報が向こうからやってくるかどうか(受動)。例えばRSSやツイッターは情報が時々刻々と入ってきます。それも向こうから勝手に。一方の縦軸は、自分の欲しい情報にたどり着く精度です。つまり、効率よく情報収集できるかどうか。例えばネットサーフィンはおもしろいサイトもあればそうでない時もあり、様々な情報に行きつきます。ツイッターも同様で、雑多情報の中に自分に必要な情報もあればそうでないものもある。それに比べ、検索やRSSのほうが効率よく情報が収集できます。

ネットが情報収集のための手段と位置づけた時、情報収集をいかに効率よくするかが重要になります。上図から考えるとネットサーフィンでは非効率であり、自ら検索をしたりRSSなどを利用することで効率化を図ってきたのだと思います。

■いかに効率よく情報を集めるか

そこで、これからも考えていきたいのがどう情報収集を効率化するかです。検索スキルも十分ではないと思いますし、RSSについても登録しているサイトやRSSの使い方自体ももっとよくできそうです。

そしてSNSとツイッターです。上の図では玉石混交のセグメントに位置づけました。でももしかしたらまだ自分の活用方法が甘いだけなのかもしれません。最近感じることとして、ツイッターがRSSに近い役割を担えるような気もしますが、一方で現時点ではRSSはとても重宝しています。このあたりは、引き続きいろいろと試しながら試行錯誤が続きそうです。


※参考情報
ネットサーフィン (Wikipedia)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8D%E3%83%83%E3%83%88%E3%82%B5%E3%83%BC%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%B3


2010/10/23

コンテンツの価値はタダになるのか?

日経新聞10月19日朝刊の経済教室に、「知的資源大国へ戦略を持て」という題で知的財産についての記事が掲載されていました。今回のエントリーでは、この経済教室の内容整理とコンテンツの価値について考えてみます。

■経済教室の内容整理

先端技術やアニメや漫画など、日本が生み出した「知的財産」は諸外国からの評価が高いものが少なくありません。今回の経済教室の筆者である金沢大学工業大学の杉光一成教授は、このような財産により、日本の経済・社会の活性化へどうつなげるかという視点も大切であると主張しています。知的財産を「資源」として海外に輸出して外貨を得ることで国富を増大させることを国家の目標とする「知的資源立国」を目指せ、という主張です。

著者は知的財産を石油などの天然資源と同様に資源とみなしていますが、一方で相違点もあると言います。第一に、知的資源は「無限」であること。例えば石油はいずれ埋蔵量を使い果たし枯渇する有限のものですが、特にアニメなどのコンテンツは人が思考をやめない限りは無限の産出が可能です。相違点の第二には、知的資源の「もろさ」。すなわち知的資源は究極的には情報にすぎず、石油などのモノが盗まれることに比べ、容易に流出する可能性があります。しかも、情報は一度流出してしまえば、その回収は非常に難しいのです。

こうした知的資源の特徴を踏まえ、著者の指す「知的資源立国」とは次のような考え方になります。「知的資源の国外への流出を最小化し、輸出を最大化することで国富を増大させることを目標とする国家戦略である」。なお、ここで言う輸出とは、外国で取得した権利を有効活用した海外事業収入および外国企業からのライセンス収入です。

経済教室では、特に知的資源の流出最小化という観点から具体的な政策例として、模倣品・海賊版拡散条約の交渉などを含む外交政策の強化、知的財産権侵害の取り締まりが緩い国に対しては毅然とした態度で臨む、などを挙げています。 

ここまでを整理します。すごくざっくりと書いてしまうと、以下のようになります。

  • 日本には知的財産があるが、外貨を稼ぐ資源として有効活用されていないのではないか
  • コンテンツなどの知的資源は「情報」であり容易に流出する特徴がある
  • よって、知的資源の流出最小化・輸出最大化を目標とする国家戦略を目指せ

■コンテンツの価値

マルクスとエンゲルスによる「資本論」では、商品には大きく2つの価値があるとしています。1つ目は「使用価値」。これは、個人の主観や状況によって異なり比べることのできない価値のことです。

例えば、極端な例ですが、遭難して何日も食糧を口に入れていない人には食パンとダイヤモンドはどちらが使用価値があるでしょうか。おそらく、空腹を満たすパンのはずです。一方で多くの人にとってはダイヤモンドのほうが魅力がある。このように人やその状況で変わるのが使用価値です。

2つ目は「交換価値」。商品の価値を数で認識し、客観的な価値のことです。例えば、つくられるのに要した労力や資源、時間の度合で価値を判断します。パンとダイヤモンドで言えば、その製造工程ではダイヤのほうが労力も時間もかかります。よって、交換価値が高いのはダイヤとなります。

ちなみに、お金になぜ価値があるかというと、上記のような商品の価値と交換できる存在だから。正確には、交換できると「信用」されているからです。お金があれば、それに応じて様々な物・サービスを買うことができます。でもお金に価値があるのは、(発行しているその国の)信用力が前提としてあることも忘れないようにしたいです。

さて、コンテンツには様々な種類があります。音楽データや映画・アニメ・ドラマなどの動画、漫画や書籍、ゲーム、など、あらためて考えてみると日本ではたくさんのコンテンツがあります。

これらのコンテンツはコンピューターやネットなどのデジタル技術が発達したことで、ほぼ全てを情報やデータとして扱えるようになりました。例えば、音楽データはダウンロードでき、アニメなどはYouTubeで、ゲームもPCや携帯からオンラインで楽しめます。最近では、ようやく日本でも電子書籍について議論されるようになりました。

ここが重要な点だと思いますが、コンテンツがデータだということは、(規制がなければ)簡単にコピーできるということです。理論的には無限に増殖させることが可能で、かつコストはほとんどかかりません。そして、無限に増やせるということは希少価値は限りなくゼロになり、すなわち、価格はゼロとなってしまうのです。別の言い方をすれば、コンテンツにお金を払う価値がないということ。

■コンテンツでどう稼ぐか

ここで上記の経済教室です。著者は天然資源とは異なる知的資源の特徴として、無限と流出のしやすさの2点を挙げました。これを考慮し「流出最小化・輸出最大化を目標とする国家戦略」を目指せとしています。しかし、一方でコンテンツはタダなのです。

そこでどうなるかと言うと、1つは知的財産権などの規制により、コンテンツの無限増殖を防ぐことです。これでコンテンツに希少価値が生まれます。もう1つは、コンテンツは結局は時間を使うためのコト、あるいは減らないコトなので、いかに有限の(減ってしまう)モノに転換して、お金を稼ぐかではないでしょうか。

具体的なイメージとしては、アニメ自体はコンテンツというコトなので、アニメ内の人気キャラをフィギュア化したモノを売る、といった感じです。フィギュアを作るには、石油などの有限資源が必要であり、つまりコンテンツのように無限に増やすことができず、それはすなわち希少価値があるということだからです。

コンテンツなどの知的資源に対して、「流出最小化・輸出最大化を目標とする国家戦略」を掲げたとしても、コンテンツの特徴を大きな流れで踏まえた上で実行しなければいけないなと思います。


2010/10/17

Amazon の競争戦略ストーリー


Free Image on Pixabay


「この商品を買った人はこんな商品も買っています」 - アマゾンには協調フィルタリングと呼ばれるレコメンド技術が使われています。レコメンドにより、自分と嗜好性の近いユーザーが好む商品が提示されます。


Amazon のコンセプト


一方、別の商品をクリックすると、こんなメッセージが出てくることもあります。「お客様は、2010/8/9にこの商品を注文しました。」

このメッセージを見て、初めて自分はすでに買ったことがあることに気づき買うのをやめるでしょう。

なぜアマゾンは、このようなメッセージを表示してくれるのでしょうか。アマゾンにとっては機会損失とも言えます。それは、アマゾンのコンセプトを見ると理解できます。

ストーリーとしての競争戦略 - 優れた戦略の条件 という本には、アマゾンのコンセプトは次のように書かれています。「モノを売るのではなく、人々の購買の意思決定を助けるサービスを提供する」。アマゾンのレビュー機能や、アマゾン・マーケットプレイスにより中古品と新品が比較しやすいようになっているのも、このコンセプトに基づいています。

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書いている人 (多田 翼)

Aqxis 合同会社の代表 (会社概要はこちら) 。Google でシニアマーケティングリサーチマネージャーを経て独立し現職。ベンチャーから一部上場企業の事業戦略やマーケティングのコンサルティングに従事。

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1981年 (昭和56年) 生まれ。名古屋出身、学生時代は京都。現在は東京23区内に在住。気分転換は毎朝の1時間のランニング。