#マーケティング #組織開発 #バイアス
研究開発とマーケティング――。企業活動においてはどちらも欠かすことのできない機能です。
それでありながら、日々携わる領域や使う“言語”が異なるため、なかなか本質的なところで交わりにくいという課題を感じている方も多いのではないでしょうか。
簡単ではないからこそ、もし研究開発とマーケティングが相互に補完し合い、共に価値を創出する協業に成功すれば、単独の組織ではたどり着けない新たなアイデアを生み出せるはずです。
今回は、資生堂が 「ファンデ美容液 (エッセンス スキングロウ ファンデーション) 」 をヒットさせた事例から、研究開発とマーケティングが力を合わせるための秘訣やポイントを考えます。
研究開発とマーケティングの協業がもたらす価値
企業での研究開発の役割は科学的な根拠を基盤とし、技術的な優位性や新規性を追求することにあります。
一方でマーケティングは、市場や顧客の声を読み解き、いま何が求められているか、これから何が求められるのかという視点から新しい製品やサービスを企画し、世の中に広めていく役割を担います。
研究開発とマーケティングは、それぞれで正論を積み重ねていては、新しい製品が生まれる前に衝突してしまうことも起こります。
両者の立場や手法は異なるため、かみ合わない場面もある反面、もし相手が持つ視点や技術を掛け合わせられたならば、片方のみでは解決できない問題やまだ見ぬニーズを発掘できる可能性が高まります。
資生堂の 「ファンデ美容液」 の開発
ここで、今回の事例として取り上げる資生堂の 「ファンデ美容液 (商品名: エッセンス スキングロウ ファンデーション) 」 の誕生までの流れを俯瞰してみましょう。
1. スキンケアのボーダーレス化
最初に市場トレンドを見ておくと、化粧品では、「ファンデーション + 美容液」 「UV ケア + 下地」 といったカテゴリーの垣根を超えたハイブリッド商品が台頭していました。
そこで資生堂は 「メークアップ × スキンケア」 の領域を強化することとし、「SHISEIDO エッセンス スキングロウ ファンデーション」 などを開発・発売しました。
2. SNS 上での評価に注目
消費者は、こうした資生堂の化粧品に対して既存の概念にとらわれず、「まるで美容液」 「もはやファンデじゃない」 といった使用感について SNS や口コミを発信していました。
資生堂のマーケティング担当者は注目し、「実はこれは美容液が主役なのでは」 という仮説を持ち、研究所に問い合わせたとのことです。
3. 処方技術による逆転発想の確認
研究所での確認からわかったのは、商品の特徴は 「美容液がファンデーションをつつむから、美容液がずっと肌に触れる」 という処方設計と期待効果であり、肌にやさしく高い保湿効果も期待できるということでした。
そこで資生堂は、コンセプトを 「美容液ファンデ」 ではなく 「ファンデ美容液」 と逆にすることで、新しい訴求軸を明確にしたのです。
4. 研究とマーケティングが同じ方向を向き発信
研究者とマーケターがタッグを組んで、美容液 (セラム) が最初に肌に触れることを表現する 「セラムファーストテクノロジー」 という技術名称を打ち出し、わかりやすい解説動画も制作しました。
消費者が 「ファンデーションなのに肌への負担感が少なく、スキンケア感覚で使える」 と直感的に感じた心理を技術的に裏付け、ファンデ美容液という新しいカテゴリーとしてのポジションを確立しました。
バイアスを打ち破るためのポイント
研究開発とマーケティングが協業の場に出て共通言語やゴールをすり合わせることによって、互いの固定観念やバイアスに気づき、新しいアイデアや切り口を生み出しやすくなります。
では、どうすればバイアスを打破できるのでしょうか?
お互いの強みを理解する仕掛けづくり
まずは、研究開発サイドが 「どんな技術を持ち、なぜそれが優れているのか」 をわかりやすく伝え、マーケティングサイドが 「顧客は何を求め、どこに価値を感じているのか」 を共有する機会を設けることが重要です。
資生堂の場合、研究部門にマーケティング出身のトップが就任し、研究理念として 「DYNAMIC HARMONY」 を打ち出すなど、研究者自身が技術をどう価値に転換できるかを強く意識できること目指しました (参考記事) 。
さらに研究員が積極的にメディアや社内外のイベントに登場することにより、研究者の顔が見える状態をつくるなど、マーケティング担当者も研究内容をイメージしやすくなりました。その結果、研究開発とマーケティングの間で会話が円滑に進む下地が整っていきました。
研究開発とマーケティングの橋渡し役を置く
資生堂では、研究部門とマーケティング部門をつなぐ 「ブランド価値開発部門」 を設立しています。
研究側の技術やアイデアをマーケティング視点で翻訳し、ビジネス機会として組み立てることが可能になりました。また、連携を取り、研究所内に市場・トレンド分析を行う部門を備え、気軽に情報交換できる体制を整備しました。
こうした研究開発とマーケティングの間にハブとなる存在があることで、日常的に研究開発とマーケティングを交流する機会をつくり、バイアスを超え新しいアイデアを生むことにつながります。
市場やユーザーの声からの発想の逆転
研究開発は一般的には、技術ベースで検討や開発が進みやすく、それに対してマーケティングはユーザーや市場を出発点にしやすいという傾向があります。
研究開発とマーケティングの両者がそれぞれのバイアスを超えるポイントのひとつに、「発想の逆転」 があります。
資生堂のファンデ美容液の場合は、それまでの 「ファンデーションに美容液成分を入れる」 という発想ではなく、「美容液がファンデーションを包んでいる」 という捉え方をしました。この着想のヒントは、SNS 上での口コミが起点でした。
資生堂の化粧品である 「SHISEIDO エッセンス スキングロウ ファンデーション」 や 「マキアージュ ドラマティックエッセンスリキッド」 について、消費者は、「ファンデの製品であるがむしろこれは美容液」 だと評価していました。これは資生堂の想定とは違った捉え方です。
消費者が潜在的に気づいて発信していた 「ファンデではなく美容液が主役」 という視点をマーケターが拾い、研究開発側に共有し、技術的な実現可能性への裏付けを得たことで逆転の発想につながりました。
「こんな発想ありえないよね」 という固定観念や思い込みを、お客さんの実際の声を取り入れることによって、バイアスを壊すことができたのです。
資生堂 「ファンデ美容液」 の開発に学べること
それでは、資生堂の事例から学べることを汎用化して整理してみましょう。
バイアス打破と新アイデア創出
資生堂の事例で注目したいのは、マーケティング側が SNS でのユーザーの声から 「売り手や作り手が気づいていなかった "価値の捉え方" 」 を発見し、研究者もまた自分たちの技術を 「実はこう見せることができる」 と再解釈した点です。
美容液がファンデを包み込むという独自性を、マーケティングが消費者にとってわかりやすい言葉に落とし込み、ファンデ美容液という新しいジャンルをつくり出しました。
もしマーケティング部門の単独だけでは、研究開発サイドの技術的な裏付けがないまま美容液らしさを訴求するだけになり、消費者の信頼を得るまでに至らなかったかもしれません。しかし、研究開発とマーケティングの協業があったからこそ、お互いのバイアスや思い込みから脱することができました。
汎用化して捉えれば、相反する2つの要素をかけ合わせることによって、新しいアイデアが生まれるということです。
汎用化できるアクションへの示唆
研究開発とマーケティングが連携するとき、そこには必ずといっていいほど思考や手法のズレが生じます。
しかし、そのズレこそが両者がバイアスを打ち破るためのヒントでもあることを、資生堂のファンデ美容液の事例は教えてくれます。
協業からの相乗効果を生むためのポイントは、バイアスを顕在化させることにあります。
例えば、ミーティングの場などで 「これは本当に常識なのか」 や 「こうしたらおもしろいのでは?」 といった問いを積極的に投げかけることが有効です。
また、研究員とマーケティング担当者がクロスして学ぶことも効果的です。資生堂のようにマーケティング部門の出身者が研究トップを担うなど、お互いの領域に飛び込み、学ぶ機会を仕組みにするというふうにです。相手視点を理解するほど、思い込みを破るヒントが蓄積されるでしょう。
研究開発の技術的な視点と、マーケティングの顧客視点が合流するとき、企業のものづくりやサービスづくりにかかわる機会は広がってります。新しいアイデアへの種を育て、花を咲かせるために大切なのは、両者をつなぎ、技術とユーザーの声のかけ合わせを顧客起点でやっていく文化をしっかりと社内に根付かせることです。
こうした環境が整うことによって、研究開発とマーケティングは単独の組織だけではできない成果が生み出せるのです。
まとめ
今回は、資生堂のファンデ美容液の開発事例を取り上げ、学べることを見てきました。
最後にポイントをまとめておきます。
- 研究開発とマーケティングの協業により、両者の視点をかけ合わせることで新しいアイデアを生み出せる。一方では難しい問題を解決でき、新しい価値につなげられる
- そのためには橋渡し役や交流の仕組みづくりを推進するといい。研究開発とマーケティングの連携を日常的に促進することによって、双方の視点を融合した協業が実現できる
- バイアスを打ち破るために 「これは常識である」 という思い込みに疑問の目を向ける。部門間で互いの 「当たり前」 を掘り下げ、消費者や顧客の声を起点に既存の概念を根本から見直すことも有効
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