#マーケティング #顧客インサイトと先行者インサイト #新規事業
新規事業を成功させるのは、なぜこんなにも難しいのでしょうか?
経営資源を投じ、市場を調査し、戦略を練っても、思うような成果が出ないことは少なくありません。その理由のひとつが、事業戦略の中核となる 「インサイト」 の見極めにあります。
インサイトを的確に捉えられるかどうかが、事業を成功を分けるカギを握ります。今回は、ヤマト運輸のかつての宅急便事業への新規参入を例に、インサイトについて紐解きます。
顧客インサイトと先行者インサイト
書籍 「インサイト中心の成長戦略 - 上場企業創業者から学ぶ事業創出の実践論 (中村陽二) 」 では、戦略の中核にあるのがインサイトであると考えます。
インサイトとは
本書が定義するインサイトとは 「背景知識に基づいた現象解釈による戦略」 のことです。
人間や企業の行動原理、心理、ビジネスの特性、大きなトレンドの動き方に関して多くの背景知識を持った状態で、「あの商品が売れている」 「お客さんはこの商品に対して大きな不満を持っている」 という現象を観察すると、「このようにすれば勝てるのではないか?」 という発見 (インサイト) を得ることができます。
逆に言えば、背景知識がない状態で現象を見てもインサイトを得ることはできないわけです。
顧客起点と先行者起点
この本は、インサイトには大きく2つがあるとします。
2つのインサイトとは 「顧客インサイト」 と 「先行者インサイト」 です。顧客の行動から得るインサイトを 「顧客インサイト」 、先行者の事業状況から得るインサイトを 「先行者インサイト」 と呼びます。
顧客インサイトと先行者インサイトは、不確実なことが多い新規事業の創出において重要な手がかりとなります。どちらかのみをではなく、両方を武器として活用しながら事業を成功に導いていきます。
では、顧客インサイトと先行者インサイトについて、具体的なビジネス事例に当てはめて詳しく見ていきましょう。
クロネコヤマトの個人宅配事業への参入
これは、かつてヤマト運輸が個人宅配 (宅急便) を始める前の話です。
デパートの配送業務の構造的な問題
1970年代前半、ヤマトはデパートの配送業務をメイン事業として取り扱っていました。
しかし、デパート配送業務は徐々に儲からないビジネスになっていきます。なぜなら、デパート配送業務は取り扱う配送量が増えるほど、利益率が減るという構造的な問題を抱えていたからです。
背景は、お中元とお歳暮の配送量が日本の経済成長にともなって増え、繁忙期に比べ取り扱う配送量の差が大きくなったことです。
お中元とお歳暮での拡大する業務量に対応するため、倉庫など自前の設備を増やした結果、デパート配送業務は固定費の高いビジネスになります。お中元とお歳暮の時期は黒字である一方、それ以外の1年のほとんどの時期は固定費が収益を上回り、赤字になりました。年々、お中元・お歳暮の需要が拡大していくほど固定費がかさみ、利益率が下がっていく悪循環だったのです。
こうした状況を踏まえ、ヤマトの個人宅配事業への参入を模索します。
では、ここからは 「顧客インサイト」 と 「先行者インサイト」 を順に見ていきしょう。
個人宅配への 「顧客インサイト」
こうした中、小倉昌男氏 (当時社長) が目をつけたのが、個人宅配市場でした。
デパート配送と比べると、季節変動の幅が小さく、1年を通して一定量の荷物が動くであろう点に新たな事業チャンスを見出します。
まず、消費者からの強い需要がありました。1970年代前半の当時、すでに郵便局の小包サービスはあり、荷物を遠方へ送る需要自体は拡大し続けていました。
こうした状況から 「一定規模以上の市場がある = 事業化する余地がある」 と判断でき、とりわけ都市間の物流需要は高度成長期の経済発展に伴い高まり、利益率が高く成長が見込める可能性が確かに存在していました。
しかし、消費者には未充足ニーズもありました。というのも、当時は消費者個人が荷物を送るとなると、郵便小包か、大口顧客向けの配送業者しか選択肢がなかったからです。手軽に小さな荷物を送るという消費者ニーズが十分に満たされていない状況でした。
送り手 (個人) はもっと簡単に、早く確実に指定の時間帯に荷物を届けたいという潜在的需要を抱えていました。サービスに対して強いニーズがあったわけです。
もともと大口の配送業務を手掛けていての経験や知見という背景情報がヤマトにはあったからこそ、新たに消費者に選ばれるカギとなる要因である 「顧客インサイト」 を発見できたのです。
個人宅配への 「先行者インサイト」
先行者インサイトとは、似たような同様の商品・サービスはすでにあるが、必要な能力を自社が優位に持っているので、後から自分たちが参入しても先行者に対して競争優位を発揮できることへの洞察です。
ヤマトの個人宅配事業への参入の事例において、先行者インサイトを当てはめていきましょう。
個人宅配には、荷物を1個単位で扱えるだけの細かい集配網や、日々変動する小口の注文に対応できるオペレーション力が不可欠です。
しかし当時、大口荷主向けの配送を前提とした企業や、サービスの柔軟性が小さかった郵便局などは、きめ細かな集配網や時間帯指定、翌日配達といったサービス品質を支える能力を高い水準で備えている企業はありませんでした。
それに対してヤマトは、デパートなどの大口配送から得た全国ネットワークや管理ノウハウ、さらに定形外でも迅速に届けるというオペレーション能力を持っていました。これらは他の企業には容易に真似できない事業資産や事業能力です。
既に、個人が荷物をやり取りするという需要そのものは存在していたものの、ネットワーク構築、集配効率化の仕組み、サービス開発を十分に備えた企業がいない――。ヤマトはこうした 「先行者インサイト」 を解像度高く捉え、能力差を活かして個人宅配市場を切り拓きます。
ヤマトは、全国一律料金・翌日配達・時間指定配達など、消費者にとって使いやすいサービスを次々に導入していきました。他社にはすぐ真似できない仕組みが構築され、持続的な優位性をつくり出したのです。
ヤマト個人宅配サービス 「宅急便」 の成功は、新規事業への参入にあたって、なぜそれで儲かるのかを突き詰め、インサイトを発掘し、高いレベルのサービス提供能力を身につけたことにあります。
顧客インサイトを的確に捉え、先行者インサイトにもとづく能力とサービス品質で他社を圧倒し、今や 「宅急便」 が宅配便の代名詞とも言える存在になっているのです。
インサイトの発見
最後のパートでは、どうやってインサイトを発見するかをヤマトの事例からヒントを探ります。
背景知識がある状態での事象の観察
インサイトを発見するにあたってのポイントは、背景知識がない状態で現象を見てもインサイトを得ることはできないということです。
人や企業の行動原理、心理状態、ビジネスの特性、大きな市場トレンドの動き方などの背景知識を持った状態で、目の前に起こっている事象を観察をすることで、「このようにすれば勝てるのではないか?」 というインサイトを発見することができるわけです。
この文脈でヤマト運輸の事例に当てはめてみましょう。
宅急便につながったインスピレーション
小倉昌男氏がヤマト運輸の個人宅配サービス 「宅急便」 の着想を得た瞬間は、ニューヨークで見かけた配送トラックの配置に関する観察から始まりました。
具体的には、小倉氏は交差点の4つの角にそれぞれ1台ずつ停まっている UPS (アメリカの配送業者) のトラックを目にしました。この光景を見て、小倉氏は 「1ブロックをトラック1台が担当しているのか」 と気づいたと言います。
この観察から、小倉氏はトラック1台あたりで採算が取れる担当面積が決まっているはずだと推測しました。そして、日本においても同様の考え方を適用できるのではないかと考え、東京都中央区を例に挙げて、トラックの配置と集配能力について分析しました。
小倉氏は、トラックの数を増やすことにより1台あたりの担当面積を狭め、集配能力を向上させることができると確信しました。この発想は、個人向け宅配便事業への新規参入の根幹を成す重要な要素となり、小倉氏の仮説経営の実践にもつながりました。
小倉氏がインサイトを得たのは、豊富な背景知識があり、かねてから個人宅配サービスへの課題意識を持ち、常に考察をしていたからです。
そうでなければ、アメリカでの交差点の一コマでインスピレーションは生まれなかったことでしょう。トラックが停まっていることをそのままスルーしたり、そもそもトラックのことが目に入らなかったかもしれません。
インサイトの発見は、いかに起こった事象と背景知識を結びつけられるかです。
まとめ
今回は、「顧客インサイト」 と 「先行者インサイト」 の考え方を、かつてのヤマトの個人宅配事業への参入事例に当てはめて考察しました。
最後にポイントをまとめておきます。
- インサイトとは 「背景知識に基づいた現象解釈による戦略」 。ものごとの現象を深く観察し 「このようにすれば勝てる」 という発見を得ることを指す
- インサイトには2種類あり、顧客行動や心理から洞察する 「顧客インサイト」 と、その市場での既存プレイヤーから勝ち筋を見出す 「先行者インサイト」 。いずれも新規事業の創出への重要な手がかりとなる
- 背景知識を持った状態で現象を観察し、事象と知識を結びつけることによりインサイトを得られる。インサイトの発見のための要素は、豊富な背景知識、課題意識を持った継続的な観察、現象と背景知識を結びつける洞察力
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