投稿日 2025/06/13

chocoZAP 広告事業。「大きな計画的戦略 × 小さな創発的戦略」 の融合でつくる新規事業

#マーケティング #新規事業 #計画的戦略と創発的戦略

新しい事業の成功には計画が大事というイメージがありますが、新規事業においてすべてを計画通りに進められるケースはほぼないでしょう。むしろ、偶然の出来事や予期せぬ課題が、新たなビジネスチャンスへと発展することも少なくありません。

では、どのようにして計画的に進めつつも、創発的な機会を活かせるのでしょうか?

RIZAP の chocoZAP が実践する 「計画的戦略と創発的戦略の融合」 は、その答えへのヒントを示しています。chocoZAP の事例から、ビジネスで持続的な成長を続けるための戦略について考察します。

chocoZAP の広告事業


小売企業が自社で蓄積した購買データを広告ビジネスに転用する 「リテールメディア」 が注目を集めています。商品を購入する消費者との接点を持つ企業が、顧客接点やデータを活用し、広告主企業に向けて新たな価値を提供するのがリテールメディアです。

ジム運営をはじめとするヘルスケア事業を展開する RIZAP の chocoZAP が、小売企業とは全く異なる業種ながら、同様に蓄積データを使った広告事業に力を入れています。

その裏には、事業の初期から想定していた 「計画的戦略」 と、予想外の成果から後から戦略となる 「創発的戦略」 が組み合わさった戦略構築がありました。

chocoZAP の計画的戦略

chocoZAP は、月額3,278円 (税込) から利用できる手軽さや24時間営業といった利便性、多彩なメニューを前面に打ち出し、多くの新規顧客を獲得してきました。約130万人という会員数を短期間で確保できた要因のひとつは、ハードなトレーニングをするための場所というより、chocoZAP がブランド名の通り "ちょこっと" 運動をする場所としてのイメージをつくりあげたからでしょう。

もともと RIZAP には、BtoC という会員との接点から生まれるデータやノウハウを BtoB 向けに展開し、その収益を再度 BtoC のサービス拡充へ回すというハイブリッドなビジネスモデルが構想されていました。

これは Amazon のビジネスモデルからの着想とのことです。Amazon は、消費者向けの EC (BtoC) で培ったデータや物流システムを、企業向けに開発したクラウドサービス (BtoB) で稼ぎ、その収益を EC などの BtoC へ再投資を続けてきました。

RIZAP は、ジム運営のような BtoC 事業を柱にしながら、その資産 (会員データや顧客接点) を新たな形で企業向けビジネスへ展開していくという 「計画的戦略」 があったのです。

運動ジムがなぜ広告? 「広告事業」 の成り立ち

とはいえ、広告サービスである 「chocoZAP Partners」 は、当初から明確に戦略や勝ち筋を描けていたわけではありませんでした。

構想していた BtoB 事業の内容というのは、広告に限らず会員向けのヘルスケア指導、サプリメント開発、メーカーとのコラボ企画など多方面での協業やサービス展開を模索していたとのことです。

広告事業のきっかけは、ある依頼キャンペーンでした。chocoZAP の店舗に 「ヘルシア」 飲料を100万本並べ、ジム利用者が自由に手に取れるようにしたサンプリングキャンペーンは、花王 (当時) からの依頼を受けて始まった企画です。健康志向の高い人が集まるジムという chocoZAP の特性を生かし、同じく健康志向を訴求する商品の反応がどこまで得られるのか試したいという思惑からでした。

キャンペーン後に行ったアンケート調査では、「ヘルシアを飲んでみようと思う意欲が高まった」 という回答が他の媒体での広告よりも高い数値を示しました (参考記事) 。chocoZAP の会員は非会員と比較して健康を意識している割合が約 20% も高かったことから、確かに相性は抜群です。さらに、ヘルシアを楽しみにジムへ足を運ぶ会員が増え、chocoZAP の来店頻度そのものが上がるという副次的効果まで生まれました。

これは三方良しの状態でした。ヘルシア提供企業 (当時は花王) にとってはターゲットとの顧客接点を効果的に得られ (買い手よし) 、chocoZAP 会員は無料で商品を試す機会を得る (世間よし) 。ジム運営側である RIZAP は来館頻度向上によるサービス満足度や接点の強化を手にしました (売り手よし) 。

この段階では共同キャンペーンという位置づけで、chocoZAP は花王から広告費を受け取っていたわけではありません。しかし、この結果を見た RIZAP の担当者は 「新たな広告メニューに発展できるのではないか」 と事業としての有望性に気づきました。

これが偶然から創発された広告事業のアイデアへとつながる 「創発的戦略」 になっていったのです。

広告事業のサービス化と拡大



商品のサンプリングだけにとどまらず、chocoZAP は店舗内のデジタルサイネージでの映像広告や、アプリ上のディスプレイ広告、メール広告など多様な広告商品を展開しています。

特色を生み出しているのが 「ジムならではのデータを活用したターゲティング広告」 です。

例えば、アプリを使って定期的に体組成を測定できる機能を導入し、性別・年齢・居住地、それ以外にも BMI や睡眠状況などのデータまで把握できるようにしています。これらは、通常の Web サイト閲覧や EC 購入履歴だけでは得にくい情報です。

chocoZAP の広告を活用すれば、商品によっては体重管理や運動習慣との親和性が高い人にピンポイントで訴求できるので、広告主にとっては無駄撃ちの少ない広告メニューとなることが期待できます。

また chocoZAP の広告メニューには 「ちょこチャレコラボ広告」 という仕組みもあります。

もともと chocoZAP では、週1回来館するとポイントがもらえたり、体重測定を継続するとアプリ内でデジタル特典を獲得できたりといった、ゲームのようなゲーミフィケーションの機能を備えていました。ここに企業の商品を絡め、例えば 「3回の来館をクリアしたら新商品の試供品が届く」 や 「一定のミッションを達成するとコラボグッズが手に入る」 といったキャンペーンを追加できるようにしたわけです。

楽しみながら健康維持に取り組む chocoZAP の利用者に対し、広告主の商品を自然な形でアピールできるという、両者にメリットのある広告枠です。

広告表示と会員満足度の両立

chocoZAP は、広告を会員向けに本格的に出していくにあたって、会員の chocoZAP での体験にネガティブな影響を与えてしまわないかは懸念事項だったことでしょう。ジムやアプリはユーザーにとってのメインサービスであり、余計な広告が多すぎると感じられれば本末転倒だからです。

そのため、chocoZAP は広告枠を設置するときは、利用者の声を丁寧に拾い上げながら慎重に拡大しました。

具体的には、3カ月に1度実施される NPS (ネットプロモータースコア: 他者への推奨度合いをスコア化した指標) の調査に 「広告枠の増減にともなう満足度変化」 と 「広告全般への印象」 の項目を加えて測定しました。大きな反発がなければ広告枠を増やし、ネガティブな反応があれば検討を止めるという検証を繰り返してきました。

結果、「自分が興味のあるサプリメントの情報が知れて助かる」 や 「健康管理のヒントが見つかった」 というポジティブな意見が集まり、広告そのものが有益なコンテンツとみなされる評価もあったとのことです。

chocoZAP が健康に対する感度が高いユーザーを抱えていたことと、広告を押し付けるのではなく必要な情報を届けるというスタンスを意識していたからこその結果です。

計画的戦略 × 創発的戦略の融合


ここまでの流れを振り返ると、BtoC 事業の資産を BtoB 事業へ転用し、効率的に収益をあげるという RIZAP の構想が 「計画的戦略」 として土台にありました。

それをベースに広告事業という 「創発的戦略」 が花開いたというのが今回の話です。

計画的戦略の上に創発的戦略を載せる

chocoZAP は、Amazon のビジネスモデルを参考に、ユーザー基盤や顧客データを二次的に活用していく姿は当初から視野に入れていました。

chocoZAP には 「健康志向の高いユーザーにリーチしたい企業を巻き込む」 というアイデアがもともとあり、ヘルシアのキャンペーン企画を経て一気に具体化しました。このとき、ジムという BtoC 事業のデータや店舗・アプリをうまく結びつけられたのは、RIZAP がいずれ何らかの形で BtoB 事業をやるという発想を既に持っていたからこそです。

RIZAP は、もともとのジム事業運営で培った CX (顧客体験) のノウハウやデータ管理としてのプラットフォームをしっかり整えた上で、花王との共同キャンペーンという試作を通じて広告メニューを創発的に育てました。下地を作っておく 「計画性」 と、成功したアイデアをサービス化する 「創発性」 の両輪によって、広告ビジネスへの足がかりを得ていったわけです。

ヘルシアのサンプルキャンペーンでは、想定を超えるほどのポジティブな反応や来館頻度アップをもたらし、「サンプル企画をサービス化すれば儲かる広告ビジネスになるのでは?」 というアイデアが生まれました。まずはやってみたらうまくいき、勝ち筋を見出せたというまさに創発的戦略です。

戦略への学び

企業が新たな事業を展開していくうえでは、全体を俯瞰して必要な投資や人材を配置し、期待されるリターンを見込んで行動する 「計画的戦略」 が必要です。

一方で、計画外の突発的な出来事や予期せぬ成功事例から、新たな収益源やビジネスモデルが生まれることがあります。

このような 「創発的戦略」 を見逃さず、むしろ積極的に受け入れる文化や体制を社内につくっておくことが大切です。「計画的に整備していた土壌」 と 「創発的に生まれたビジネスの種」 が合わさることで、新しい成果が発芽します。

企業戦略を考える上で、すべてをあらかじめ計画をし決め打ちをしようとしても、想定外の出来事や外部環境の変化によって簡単に崩れてしまいます。逆に、創発に全振りした場合は、組織が日々の変化に翻弄され、資源配分や長期的なビジョンがぼやけてしまいます。

計画と創発の両者をバランスよく扱うことによって、予測の立てにくい時代や市場にあっても、柔軟かつ力強い事業展開が可能になります。

chocoZAP の事例が示すように、最初から全て狙ってましたというアプローチではなく、偶然を最大化する仕掛けをしておきながら、うまくいった事例を迅速に事業化していくという 「計画的戦略」 と 「創発的戦略」 の両方を追求する姿勢が大事です。

まとめ


今回は、chocoZAP の広告事業を取り上げ、学べることを見てきました。

最後にポイントをまとめておきます。

  • 計画的戦略の基盤が創発的戦略を受け入れる土壌をつくる

    長期的な方向性を定め、計画的な基盤を構築することで (例: 顧客データや事業資産を活用しやすい仕組み) 、予期せぬ成功やチャンスをつかみ事業化できる環境を整える

  • 小さな実験や偶発的な成功を捉え、すばやく拡張する

    市場・顧客の変化や探索的な取り組みから得られた成果を観察・分析。ビジネスの可能性が見えたらスピーディに事業化を進めることにより、新たなビジネス機会を生み出せる

  • 計画と創発の相互作用を働かせ柔軟な戦略を持つ

    計画的戦略で土台を築きつつ、創発的戦略による発見を活かして新たなチャンスをつくる。得られた成果をさらに計画的戦略に反映していくサイクルを回すことで、持続的な成長の可能性が開ける


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多田 翼 (運営者)

書いている人 (多田 翼)

Aqxis 代表 (会社 HP はこちら) 。マーケティングおよびマーケティングリサーチのプロフェッショナル。ベンチャーから一部上場企業の事業戦略やマーケティングのコンサルティングに従事。

前職の Google ではシニアマネージャーとしてユーザーインサイトや広告効果測定、リサーチ開発に注力し、複数のグローバルのプロジェクトに参画。Google 以前はマーケティングリサーチ会社にて、クライアントのマーケティング支援に取り組むとともに、新規事業の立ち上げや消費者パネルの刷新をリードした。独立後も培った経験と洞察力で、クライアントにソリューションを提供している。

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名古屋出身、学生時代は京都。気分転換は朝のランニング。