投稿日 2025/06/20

大人向けリカちゃん人形。未顧客の文脈をとらえ、新しいお客さんを増やす方法

#マーケティング #市場創造 #未顧客

自社のブランドは、これから先も成長し続けられるでしょうか?

どんなに愛されているブランドでも、時間が経てば一定数の離反顧客が生まれるのは避けられません。離反数を上回る新しいお客さんとの出会いをつくり出すことが、ブランドの持続的な成長には重要です。

とはいえ、新しいお客さんの獲得は、既存のお客さんと同じアプローチではうまくいくとは限りません。既存顧客とは違う新たな顧客文脈に沿った商品開発やマーケティングが求められます。

今回は、長く子どもたちに愛され続けてきたリカちゃん人形が、大人向け市場で成功を収めた事例から、"未顧客" という今までとは異なる新規顧客の開拓と既存顧客の維持を両立させるためのヒントが得られます。

大人向けリカちゃん人形


子ども向けの着せ替え人形として半世紀以上にわたって愛されてきた 「リカちゃん」 。1967年に初代が発売され、当時の女の子たちを中心に人気を集めました。

かわいらしい見た目と、さまざまな服を着替えられる楽しさから、世代を超えて支持を受けてきたロングセラー商品です。

そんなリカちゃんが、ここ数年で新たな動きを見せています。もともとのメイン顧客である子ども向けだけではなく、大人向けのリカちゃん人形です。人口構造の変化や少子化のなか、玩具市場の縮小が課題となる中で生まれたアプローチです。

2024年9月にタカラトミーが発売した 「フォトジェニックリカ」 は、その象徴的な事例です。

フォトジェニックリカ (出典: タカラトミー

ひざや腕などの関節が細かく可動する設計 (ネオリカボディ) を採用し、子ども向けシリーズとは異なる設計になっています。

従来のリカちゃんは子どもの遊びやすさを優先したため、ひざや手首が曲がりにくい仕様にしていました。

一方の大人向けのリカちゃんは、特許を取得するほど開発に時間をかけ、自由度の高いポーズをできるようにしています。例えば、足を内股にしたり、横座り、肩を組ませたりするなど、自然なポーズができます。ちなみに英語のフォトジェニック (photogenic) は 「写真映えする」 という意味です。

背景にあるのは、大人のコレクターや写真好きの人がリカちゃんを趣味として楽しむ 「リカ活」 が SNS を中心に見られたことです。タカラトミーは大人ならではのリカちゃんとの凝った遊び方のニーズを反映しました。

フォトジェニックリカシリーズでは、ヘアメイクにもこだわりが光ります。子ども向けのリカちゃんに多いロングヘアやピンク系リップではなく、インナーカラーや落ち着いた色合いのリップを採用しました。

洋服はあえてルームウエアのみとし、価格を抑えると同時に着せ替えの自由度を高めるアプローチをとっています。自作の洋服を楽しむ DIY 派や、推しキャラクターの世界観をこだわって再現したいコレクターの人たちにとっては、絶好の腕の見せどころになります。シンプルかつカスタマイズの余地があることが、大人のリカちゃんファンには魅力です。

大人向けリカちゃんが発売されてから、リカちゃんブランドでの大人購入者の売上は従来の2.4倍に伸びました (参考記事) 。

学べること


では 「大人向けのリカちゃん」 から、学べることを掘り下げていきましょう。

この事例からは、新しいお客さんを増やすための示唆が得られます。

離反顧客と新規顧客の獲得

どんなに愛されているブランドでも、時間が経過するにつれて離れていってしまう離反顧客はどうしても生まれます。

人々の価値観やライフスタイルが移り変われば、従来の商品のコンセプトや商品価値がお客さんが求める便益と合わなくなるからです。そこで必要となってくるのが、離れていくお客さんの数を上回る新しいお客さんとの出会いをつくり出すことです。すなわち、「未顧客」 にアプローチをすることの重要性です。

既存顧客と新規顧客では 「顧客文脈」 が異なる

新しい顧客を獲得するときに大事なのは、既存顧客と同じ文脈で考えないことです。新しいお客さんを増やそうとするとき、今までとは異なるアプローチや商品開発が必要になる場合がほとんどです。

リカちゃんの場合では、子ども向けの商品をそのまま大人にも展開しようとしても、大きな成果は得られなかったことでしょう。大人の視点ではリカちゃんのかわいさだけではなく、写真映えや自分好みにカスタマイズがしやすいこと、子どもがするように手足を頻繁に動かして遊ぶよりも、ポーズをピタッと決めて固定して飾っておくコレクションとしての価値など、子どもとは違う価値基準が大人にはあるからです。

こうした顧客文脈を丁寧に理解していき、未顧客である新規顧客の状況とニーズをどこまで満たせる商品設計やマーケティングにできるかがポイントです。

リカちゃんの人形の可動域やヘアスタイルを洗練させたり、コミュニティでの交流を推し進めたりと、大人向けの商品開発とマーケティングにシフトチェンジしたリカちゃんは、この文脈の違いをしっかりと捉えています。

未顧客の獲得プロセス

新しい顧客層を取り込む際に大切なのは、既存のお客さんの文脈 (例: 子どもが着せ替えを楽しむ遊び方) と、新しいお客さんの文脈 (例: 大人がインテリアや DIY , 写真映え, 推し活など) を切り分けて考えることです。

子どもに人気だから大人にもそのまま売れるだろうという単純な発想ではなく、大人ならではのニーズや興味、価値観を理解することが重要です。

顧客文脈の把握

具体的には、まずお客さんの置かれた状況を捉え、その状況の下で生じているニーズ、商品やサービスに求める便益 (ベネフィット) 、既存商品・サービスでは満たされていない未充足ニーズを見極めます。

リカちゃんの事例に当てはめると、子どもの場合は、親が買い与えたり、誕生日やクリスマスのプレゼントとして購入されることが多いでしょう。一方、大人の場合は、自らの趣味に自分でお金を払うので、かわいいだけの人形にとどまらず、こだわりや写真映えなどのニーズもあります。また、買おうと思えばいつでも買えるのが大人です。

リカちゃんが大人市場でヒットした背景には、こうした大人の文脈と、未顧客の状況において生じるニーズや求める便益の理解、そうした顧客文脈に応える商品設計がしっかりなされていたからです。

価値定義

次に 「どのような価値を提供するか」 の価値定義を明確にします。

リカちゃんのフォトジェニックリカシリーズであれば、自由にポーズをとって写真を撮り、SNS で共有する楽しみ方を提供することが顧客価値のひとつです。昔ながらの着せ替え人形ではなく、可動域やデザインを強化することで大人も満足できるリカちゃん人形にするのです。

価値提案

続いて、定義した顧客価値を 「どのように提案するか」 というマーケティングが重要になります。

タカラトミーは公式の SNS やコミュニティを活用し、大人のリカ活事例を取り上げたり、ファン同士の情報交換ができる場を用意しました。リカちゃんに久しぶりに興味を持ったり、子どものときに遊んだことのない人にも 「自分にもできるかも」 と思ってもらい、もっとこんな楽しみ方をしてみたいといった気持ちを喚起することを狙っています。

価値実現

そして、提案する顧客価値を 「実際にどうやって実現するか」 という価値実現です。

リカちゃんの商品開発では、可動部分を増やすための技術的な工夫や、大人がおしゃれだと感じるヘアメイクを取り入れるなど細かい技術的な調整を重ね、リカちゃんのお客さんが 「まさに欲しかったもの」 と感じてもらえる品質に仕上げました。

こうした 「顧客文脈の理解 → 価値定義 → 価値提案 → 価値実現」 という流れは、既存のお客さんではない 「未顧客」 という新しい顧客層を取り込む際に欠かせないステップです。

リカちゃんの大人向けシリーズは、このプロセスを進めた好例です。

既存顧客をないがしろにしないためのバランス感

新しい顧客を開拓するからといって、今までブランドを支えてくれた既存顧客を軽視していいわけではもちろんありません。

リカちゃんの場合、子ども向けシリーズはしっかり継続し、あくまで元々の遊び方を大事にするファンを捉えています。その魅力を保ったまま大人のリカ活を追加するという形をとりました。

従来からのファンへの誠意を示しつつ、大人向けに新しい遊び方や魅力を積極的に提案することにより、ブランドとしての総合的な魅力を底上げし、未顧客を獲得しブランドの成長に貢献しているのです。

リカちゃんのように、これまでの世界観は残しつつも、未顧客にとって魅力的な要素をそれぞれの顧客文脈に合わせて取り入れることによって、子どもも大人も楽しめる存在にすることができます。

まとめ


今回は、タカラトミーの大人向けのリカちゃんを取り上げ、学べることを見てきました。

最後にポイントをまとめておきます。

  • どんなブランドも時間の経過で離反顧客が一定数は生まれる。そのため、離反顧客の数を上回る新しい顧客を増やすために 「未顧客」 への商品開発やマーケティングがブランドの成長に欠かせない

  • 既存顧客と新規顧客の文脈は違う。新規顧客へは既存顧客と同じ文脈で考えず、未顧客の文脈を理解し、新たな顧客文脈に沿った商品開発・マーケティングを展開する

  • 未顧客の獲得プロセスは、① 顧客文脈の把握 (顧客の状況や未充足ニーズの理解) 、② 価値定義 (提供する価値の明確化) 、③ 価値提案 (顧客価値をどのように伝えるかを考案) 、④ 価値実現 (商品設計や販促施策から顧客価値を形に) 

  • 既存顧客を大切にしながらの拡大を目指すには、新規顧客の獲得に注力する一方で、既存顧客の気持ちをないがしろにしないこと。既存顧客への誠意を見せつつ新しい層へアプローチをしていく


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多田 翼 (運営者)

書いている人 (多田 翼)

Aqxis 代表 (会社 HP はこちら) 。マーケティングおよびマーケティングリサーチのプロフェッショナル。ベンチャーから一部上場企業の事業戦略やマーケティングのコンサルティングに従事。

前職の Google ではシニアマネージャーとしてユーザーインサイトや広告効果測定、リサーチ開発に注力し、複数のグローバルのプロジェクトに参画。Google 以前はマーケティングリサーチ会社にて、クライアントのマーケティング支援に取り組むとともに、新規事業の立ち上げや消費者パネルの刷新をリードした。独立後も培った経験と洞察力で、クライアントにソリューションを提供している。

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名古屋出身、学生時代は京都。気分転換は朝のランニング。