#マーケティング #ブランド #錯覚資産
電気自動車メーカーのテスラとイーロン・マスクが辿ってきた軌跡は、ブランディングにおける重要な問いを投げかけます。
大げさな 「誇大戦略 (ハイプ) 」 と言われるような手法で自動車業界を席巻してきたテスラですが、今、大きな転換期を迎えています。
テスラの事例から学ぶ、ブランドの成功と表裏一体の危険性とは何か?ぜひ一緒に学びを深めていきましょう。
テスラの取り巻く環境や状況
電気自動車 (EV) のパイオニアとして市場をつくってきたテスラ。しかしここ最近、不買運動や販売台数の鈍化、株価の下落、そして創業者イーロン・マスク自身の政治的な言動も相まって、その勢いに陰りが見えます。テスラは転換期を迎えています。
この状況は、私たちにもビジネスやブランドへの示唆を与えてくれます。特に、イーロン・マスクが駆使してきたと言われる 「ハイプ (誇大宣伝) 」 と、ブランドに与える影響は注目に値します。
では、テスラの事例から学べることを掘り下げていきましょう。
独自ブランド資産
ビジネスにおいて、強いブランドを築くことは大事な要素です。ブランド構築の中核となるのが 「独自ブランド資産 (Distinctive Brand Assets (DBA) 」 という考え方です。
独自ブランド資産とは何か?
独自ブランド資産とは、そのブランドを他と区別し、顧客がすぐに認識できる独自の特性やイメージのことです。
具体的には、ブランド名やロゴ、カラー、キャッチフレーズ、製品デザイン、あるいは企業トップのイメージまで、あらゆる要素が 「そのブランドを想起させる資産」 になり得ます。
これらの資産が強力で、一貫性を持って使われていると、消費者やお客さんは数ある選択肢の中から迷わずそのブランドを認識し、選んでくれるようになります。たとえ他社が似たような要素を取り入れても 「本家」 として認識され、むしろ自社の優位性が増すことさえあります。
テスラが確立したブランド連想
では、独自ブランド資産はどのようにお客さんの心の中につくられていくのでしょうか?
結論から言うと 「ブランド連想」 というプロセスによって形成されます。
ブランド連想とは、人の記憶の中にある、特定のブランドに関連づけられた認識、印象、感情、経験などが思い出されることです。
テスラの場合、創業初期から 「既存の自動車メーカーがなし得なかった自動車での技術革新を実現する企業」 という文脈を打ち出しました。そこには次のようなブランド連想から独自ブランド資産が築かれてきました。
1つ目は 「未来志向や革新性」 です。テスラは従来の自動車メーカーとは一線を画す EV テクノロジーの革新的なリーダー的なイメージを目指しています。高性能バッテリーや高度なソフトウェア制御など 「これまでにない未来のクルマ」 を開発している期待感がテスラにはあります。
2つ目は 「環境・サステナビリティ」 の要素です。電気自動車を普及させて二酸化炭素の排出を削減するという環境や社会への貢献性を、テスラやイーロン・マスクは打ち出してきました。特に環境に敏感な層に対して強くアピールし 「次世代に向けた環境に良い選択肢」 というイメージをつくり出しています。
3つ目は 「プレミアム感・ステータス」 です。テスラの高級感あるデザインや加速性能、さらにあのイーロン・マスクが高い使命感から率いる先端企業のテスラの車に乗っているというステータス性もあります。
こうしたブランド連想を重ねることで、テスラは自動車業界のなかでも唯一無二の 「未来的なクルマをつくる企業」 というブランドを確立してきました。
ではここで、テスラからのブランディングへの示唆を考える上で重要なもうひとつ、補助線を引きます。英語の 「Fake it till you make it」 という格言です。
Fake it till you make it
直訳すると 「それを成し遂げるまで偽り続けろ」 となりますが、「うまくいくまでは、うまくいっているフリをしろ」 という意味合いで使われます。
格言の意味
まだ実力や実績が伴っていなくても、あたかも既に成功しているかのように自信を持って振る舞うということです。
ハリボテであったとしても本物のような言動をとり、そうすることで自己肯定感が高まり、周囲からの期待や協力を引き出し、その間に実力をつけ、最終的に本当に目標を達成できるという考え方です。
もちろん、文脈によっては不誠実さや虚偽と捉えられかねないという側面もありますが、新しい挑戦をする際の心構えとして肯定的に語られることもある格言です。
テスラに見る 「Fake it till you make it」
テスラとイーロン・マスクの歩みは、この 「Fake it till you make it」 を大胆に実践してきた歴史と言っても過言ではありません。
テスラの 「モデル S」 の発表時には、プロトタイプはまだお披露目できるものではなく、バッテリーを手動で技術者が隠れて氷で冷やさなければならない状態だったにも関わらず、イーロン・マスクは 「世界初の量産 EV 」 としてモデル S を華々しく発表し、予約金を集め始めました。未来の成功 (make it) を、今すでにここにあるかのように見せることによって (fake it) 、開発資金という現実的なリソースを獲得する狙いがあったわけです。
また、完全自動運転についても何年も前からイーロン・マスクは 「もうすぐ実現する」 と繰り返し語っていますが、未だ消費者が使えるレベルでの完全自動運転車は登場していません。
テスラの資金調達や融資でも、実際に確保できる前に 「完了した」 や 「承認される予定だ」 と公表することもあります。これは、自信と成功を先に示すことで (fake it) 、実際の成功 (make it) を手繰り寄せようとする手法の一環と見ることができます。
理想と現実のギャップ
テスラはこれまでの間、革新的な企業のイメージから電気自動車市場をリードし、株価やブランド力の向上につなげてきました。
その一方で、語られた 「理想」 と、実際に提供される 「現実」 との間に埋めがたいギャップがあるのも事実です。
例えば、モデル X の度重なる遅延と初期品質問題、サイバートラックの量産の遅れ、スーパーチャージャーの永久無料方針の転換、完全自動運転車の未実装などです。これらは、テスラが語ってきた壮大なビジョン (fake it) と、その実現 (make it) の間にある困難さを物語ります。
当初は投資家や消費者からは未来への投資や購入として許容されていたギャップも、時間が経つにつれて、あるいはマスク自身の過激な言動に対する疑念と相まって、不誠実や約束不履行といったネガティブなブランドイメージにつながりつつあります。
「錯覚資産」 から 「本物の独自ブランド資産」 へ
ブランド構築の初期段階において 「Fake it till you make it」 というアプローチは、「錯覚資産 (人が持つ都合の良い印象でつくり出されたイメージ) 」 つくり出すことには有効に働きます。あたかも強力なブランドが既に存在するかのように振る舞い、まず人々の心の中にポジティブなイメージを先行させるからです。
テスラはまさにこの手法で強力な錯覚資産を築き上げました。テスラへの 「未来を変える企業」 とか 「天才マスク率いるイノベーター集団」 といったイメージです。
ただし重要なのは、錯覚資産を 「本物の独自ブランド資産」 へと昇華させることです。語ったビジョンを実際の製品やサービス、業績によって裏付け、「fake it」 をしっかりと 「make it」 にすることが大事です。
テスラは、モデル S やモデル 3/Y といった魅力的な電気自動車を市場に投入し、EV 市場のリーダーとなることで、確かに 「make it」 を部分的には達成し、錯覚資産を一部の本物のブランド資産へと転換させることに成功してきました。
しかし、現在のテスラが直面している状況は、この 「make it」 の勢いの鈍化、あるいは方向性が疑問視される中で、再び 「fake it (例えば完全自動運転車, 人型ロボットなど) 」 に頼らざるを得なくなっている状態です。
何より、テスラの最大の独自ブランド資産であったはずのイーロン・マスクのイメージが、不買運動、テスラ販売店やテスラ車の放火、むしろブランドにとっての致命的な要因となってます。
テスラは、これまで築き上げてきた独自ブランド資産を守りつつ、新たな 「make it」 を成し遂げ、市場の信頼を再び獲得できるのか。それとも 「fake it」 の魔法が解け、ブランドが輝きを失ってしまうのか。
テスラの今後の動向は、ブランド構築という点でも学びを与えてくれます。
まとめ
今回は、イーロン・マスク率いるテスラを取り上げ、学べることを見てきました。
最後にポイントをまとめておきます。
- 独自ブランド資産 (DBA) は、ブランドを他と区別し顧客の記憶に定着させる特徴的な要素 (ロゴ, デザイン, イメージなど) 。ブランド連想の積み重なりで構築される
- 英語の格言の "Fake it till you make it" は、まだ十分な実績がなくても成果が出ているように振る舞い、その過程で実際の成功を手に入れるという意味
- ブランディングに当てはめると 「錯覚資産」 を先につくり、後から実際の成果や製品で裏付ける実際の独自ブランド資産をつくるということ
- ブランド構築の初期段階での大胆なビジョンの提示により注目と投資を集められるかもしれないが、時間の経過とともに 「ビジョンや約束」 と 「実績」 のギャップが大きくなると、不誠実な印象を与え、ブランドへのネガティブなイメージをつくってしまう
- 強いブランドを築くには、錯覚資産を本物の独自ブランド資産へと転換させることが不可欠。ビジョンへの実現に向けて、一貫した言動、顧客や社会への価値提供が大事になる
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