#マーケティング #新規顧客 #スポーツビジネス
プロサッカー観戦といえば週末のスポーツエンタメというイメージが強いかもしれません。しかし実は、「試合当日以外のマーケティング施策」 によってファン人口の拡大やスタジアム動員が行われているのをご存知でしょうか?
日本の J リーグは、ファンを増やすだけでなく、長く応援してもらうための取り組みをいくつも行っています。
今回は、サッカー好きな人だけでなく、マーケティングに興味のあるみなさんにも役立つポイントを、J リーグの事例からご紹介します。
新規顧客の獲得と既存ファン強化
J リーグの取り組みで注目したい1つ目のポイントは、新しいお客さんの獲得と、J リーグファンの維持・強化の巧みなバランスです。
リーグとクラブの役割分担
J リーグでは、直近1年間の来場回数によってファンを 「F0」 から 「F5」 の6つの段階に分けています (F は Freaquence の 「頻度」 を意味する言葉から来場頻度を表す F だと思います) 。
- F0: 未体験で非来場者
- F1: 1回だけ来場した人
- F2 ~ F5: リピーター層 (来場回数が増えるほどロイヤルティが高い)
興味深いのは、J リーグ (全体) と各クラブチームの間に役割分担を設けていることです。
新規顧客の獲得は J リーグが、既存顧客の維持は各クラブという役割の明確化です。
- J リーグの役割: F0 から F1 へ、つまりサッカーへの興味が薄い人を 「初めてスタジアムに来たい」 という段階まで引き上げるのは、J リーグ本体の仕事
- 各クラブの役割: F1 から F2、それ以上の頻度でスタジアムを訪れる F3, F4, … といったリピーターへ育てるのは、クラブが主体的に担当
このように分けている理由は、J リーグというリーグ本体には全国的な認知度向上やメディア露出を広く仕掛ける力があるのに対し、クラブには地元企業とのつながりや選手との交流をはじめとする、地域密着型の細やかな施策を打つことを得意としているからです。
リーグとクラブの得意分野をうまく棲み分けし、協力体制を築くことにより、新規顧客獲得とリピーター育成を同時に進めようとしているわけです。
ではリーグとクラブの具体的な取り組みを順番に見ていきましょう。
新規顧客を呼び込むリーグ
J リーグは、サッカー観戦の未経験者や興味を持ち始めたばかりの人が 「スタジアム観戦に行ってみよう」 と思える仕掛けを展開しています。
例えば、初心者向けの割引チケットや無料招待、SNS を活用した全国規模のキャンペーンなど、リーグ主導で行うプロモーションが代表的です。
また、紙のチケットではなく QR チケットの仕組みを普及させることも取り組みのひとつ。チケット購入や当日の入場プロセスをスムーズし、「サッカー観戦って面倒かも」 と敬遠していた人にも手が届きやすくなります。こうした門戸の広さが、F0 層を F1 層へと誘導する原動力になっています。
リピーター化を後押しするクラブ
各クラブが力を入れているのは、F1 層という初めてサッカー観戦に訪れた人を何度も足を運んでくれるファンに育てるという活動です。
地元企業とコラボして作るオリジナルグッズや、クラブならではの魅力を体感できる選手たちとの交流イベントの開催です。クラブに愛着を抱けば、自然とリピート来場につながります。
このような施策を後押しするのが、クラブからのメール配信、SNS 、公式ファンクラブといったデジタルでのコミュニケーションです。以前にスタジアムへ訪れたことのある人には、次の試合の告知や割引情報をタイミングよく届けたり、アンケートや感想をもとにイベント内容を改善したりと、クラブ独自のファン目線の工夫が活かされています。
地域やサポーターとの関係づくりが、クラブへの愛着や親近感を高め、ひいては J リーグ全体の活性化につながるカギだといえるでしょう。
試合日以外でも顧客接点をつくる仕組みづくり
J リーグは 「顧客接点の創出」 にも力を入れています。
KPI として MAU を重視
その前提として触れておきたいのは、KPI という重要業績指標の置き方です。
J リーグは、MAU (マンスリーアクティブユーザー) を追いかけるべき指標として重視しています。
MAU は一般的には 「1ヶ月に1回以上アプリやサービスを利用したユーザー数」 を指します。しかし、J リーグでは 「たまたま目にした J リーグの記事を読んだ」 といったような受動的な行動は MAU にはカウントしていません。
「実際に試合に来た」 「チケット・グッズを買った」 「公式アプリを立ち上げた」 「キャンペーンに応募した」 「ミニアプリを立ち上げた」 といった、ユーザーの能動的なアクションに注目しています。
イベントのない日にもおもしろい情報を届ける
では、具体的にどんなアプローチをしているのかですが、J リーグは MAU を増やすという目標のために、いつでも J リーグに触れていられる環境づくりを進めています。
例えば、公式アプリやファンクラブサイトでは、選手の練習動画やインタビュー、クラブの舞台裏を見せるドキュメンタリーコンテンツなどを配信しています。SNS や LINE ミニアプリのキャンペーンを活用して、日々の通知の流れに自然に組み込み、ファンとの接触を増やしています。
ユーザーが普段使っているツールを活かすことにより、わざわざ別のアプリを新たに起動しないといけないという負担感も取り除いています。
顧客接点の多様化がもたらす効果
試合日以外の接点を増やすと、ファンの人たちは日常的に J リーグやクラブの活動に触れられるようになります。
応援しているチーム、推し選手の近況を知るためにアプリを開いていると、自然な流れで次の試合に関する情報が目に入ってくるというふうにです。初めて観戦する人にとっては、観戦前にルールやマナーを学べたり、クラブの歴史をちょっとだけ知れたりする機会にもなります。
次の試合情報も自然にチェックしたりできるので、 「次の試合に行ってみようかな」 という意欲が高まりやすいことでしょう。
一方の J リーグやクラブチームから見ても、継続的に利用してもらうことでユーザーの行動データが蓄積されやすくなり、より的確なマーケティング施策を打ちやすくなるメリットがあります。お互いの距離が縮まる分、気づけば 「J リーグを楽しむことが日常の一部」 になっているという理想の状態を目指しているわけです。
多様な来場動機の創出
J リーグの取り組みから学べるのは、お客さんの動機 (気持ち) をいかに生み出すかです。
人によって異なる 「行きたくなる理由」
J リーグの観客動員を考える上で大切なのは、来場動機が多様だということです。
天気が良ければ出かけたい派、好きな選手を間近で観たい派、強豪同士のガチンコ勝負を求めるコアファン、無料特典の配布がある試合だけ行く人、家族レジャーとしてスタジアムを活用する人など、挙げ始めるとキリがありません。
マーケティングの文脈でいえば、これらは 「カテゴリーエントリーポイント (Category Entry Points (CEP) ) 」 と呼ばれる入口です。別の言い方をすると、サッカー観戦にまつわる数多くのドアが開いて持っているのが J リーグなのです。
動機 (CEP) ごとに細やかなアプローチ
こうした多様な来場動機を掘り起こすため、J リーグや各クラブはデータを駆使しています。
具体的には、QR チケットを使った来場履歴やグッズ購入履歴です。データを分析し、どういう特典や天候、対戦カードならこの人は来場しやすいかを可視化しています。
データから得た傾向をもとに、特典日にしか来ない人には次の特典情報を重点的にプッシュし、好きな選手のグッズを購入したことがある人には、その選手の試合出場予定やハイライト動画を送ります。晴れの日しか来ない人には、試合当日の天気予報を前もって通知してあげるという具合です。
個々人に個別の "行きたい心のスイッチボタン" を押すためのメッセージを届けます。
一人ひとりの "行きたいスイッチ" を押す工夫
一人ひとりへのコミュニケーションで活躍しているのが、AI やマーケティングオートメーション (MA) ツールです。手作業では難しい膨大なデータのかけ合わせを AI が行い、過去の行動履歴や直近の購買パターンから 「この試合を案内すれば来る可能性が高い」 という予測を導き出します。
無差別にクーポンを配るのではなく、効果が見込めるセグメントに限定することでコストの削減にもつながります。J リーグでは 「どうすれば来たいと思うか」 を AI の分析対象に含め、ピンポイントの誘い方を実践し始めているとのことです。
こうすることで、「いっぱいクーポンを送ったのに全然来てもらえなかった」 という残念な状況をなくせます。必要な人にだけアプローチするのでコスト面でもムダが減ります。取りこぼしも減り、平均来場者数の増加に貢献しているというわけです。
こうして見ると、スポーツとマーケティングがガッチリと組み合わさり、新たな可能性を生み出しているのがよくわかります。マーケティングを学ぶうえで、J リーグの事例は、他の業界にも活かせるヒントがあります。
まとめ
今回は、J リーグの取り組み事例をご紹介し、学べることを見てきました。
最後に 「新規顧客の獲得と既存ファン強化へのポイント」 をまとめておきます。
- 顧客対応の役割分担を明確にする。例えば、新規顧客の獲得への認知拡大やトライアル購入へは広域的な施策を得意とする組織が対応し、リピートへの促進や関係構築は個別対応が得意な組織が担当するなど
- 商品やサービスを利用しない状況でも顧客接点をつくる。具体的には SNS 、LINE 、自社アプリなどを活用し、消費者やお客さんが日常的にブランドに触れられる環境をつくる
- 異なる顧客文脈ごとの 「入口 (CEP) 」 を捉え、多様な状況と動機に応じた施策を展開する
- 顧客行動データを継続的に収集・分析し、適切なタイミングで適切な人たちに、最適な情報を届ける仕組みを構築する
- 未顧客と既存顧客で全て一律のマーケティングをするのではなく、コミュニケーションの相手ごとに最適な訴求を設計する
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