#マーケティング #顧客理解 #本
他人やお客さんのことを、「まさかそんなことをするなんて」 と思ったことはありませんか?
たとえば、マーケティングの文脈では消費者の行動で、わざわざ遠くの店で買い物をする人や、便利なサービスを使わずに手間のかかる方法を選ぶ人。普通なら避けるはずの選択肢を進むのには、本人なりの理由があるものです。
そんな 「理解できない」 と思える消費者や顧客の選択にこそ、ビジネスへの本質的なヒントが隠されています。
今回は、76歳の女性が 「刑務所に入りたい」 と願う小説の 「一橋桐子 (76) の犯罪日記 (原田ひ香) 」 から、人間心理の本音を読み解き、ビジネスへの示唆を考えていきます。
ぜひ一緒に学びを深めていきましょう。
本書の概要
76歳の独身女性・一橋桐子が主人公の 「一橋桐子 (76) の犯罪日記」 は、現代社会でますます深刻化する高齢者の孤独や生きづらさを描いた小説です。
長年、両親の介護に明け暮れながら、結婚もせず独り身で生きてきた桐子は、高校のクラスメートで長年にわたって親友だったトモとの共同生活で心の拠り所を見出していました。
しかし、その大切なトモが病死してしまい、彩りのあった日常は一変。孤独と将来の不安に苛まれる中で桐子は、テレビで刑務所の高齢受刑者が介護を受けている様子を目にし、「刑務所に入れば食事も介護も保証されるのでは」 という考えに至ります。
人に迷惑をかけずに、かつ重罪で刑期の長い罪で捕まるために、まず万引きに手を染めようとする桐子。他には、偽札作りや詐欺、さらには誘拐まで考え始めますが、どれも思いどおりにはいかず、ますます追い込まれてしまいます。そんな桐子の姿は、孤独死や貧困など、現代の高齢者が置かれている厳しい現実を表すかのようです。
しかし彼女は周囲の人々との触れ合いを通じて、いつしか自分が完全にひとりではないことに気づき始めます。桐子を気にかける人々の優しさや助けによりで、刑務所に入ることを自ら望む極端な道を模索し続けていた自分自身の生き方を見つめ直し、新たな一歩を踏み出そうとするのです。
この小説は、高齢者の孤独という問題を扱いながらも、人とのつながりがもたらす温かさと希望を丁寧に描き出しています。
桐子の人生を通して 「生きることの意味」 を問いかける本作は、桐子が少しずつ心の支えを見つけていく過程から、人間関係がどれほど人生を豊かにするかを読者に訴えかけます。
切実な社会問題を扱いつつも心温まるストーリーは、人々が孤独を抱えやすい現代において、人との絆や支え合うことの大切さをあらためて考えさせてくれます。
一橋桐子の 「刑務所への願望」 から学ぶ顧客視点
では、この小説からビジネスに学べることを掘り下げていきましょう。
非合理に見える桐子の "合理"
主人公の桐子は、他人から見れば理解しがたい 「刑務所に入りたい」 という願望を抱き、次々に犯罪を計画します。
一般的な価値観からすれば、「そこまでして刑務所に行くなんて、あまりに非合理だ」 と思うかもしれません。しかし彼女の立場や心理状態を丁寧にたどっていくと、「一人で生活を続けるには金銭的にも精神的にも限界がある」 「刑務所なら食事や介護、住まいを確保できる」 という切実な理由が見えてきます。
他人からは非合理に見えても、その本人にとっては合理的な選択になっているというのが、本書から学べるビジネスでの顧客理解への示唆です。
桐子が 「刑務所でさえ、今の生活よりはましだ」 と考え始めた背景には、長年の介護による疲弊、経済的不安、そして唯一の親友を失った喪失感がありました。
小説の中では法を犯すという形で極端に表現されていますが、これは 「自分の暮らしを少しでも安定させたい」 「孤独や老後の不安から逃れたい」 という気持ちが強く作用した結果、彼女にとっての合理的な結論です。
顧客の "非合理" な行動
ビジネスやマーケティングの観点で考えてみると、桐子の行動は、企業側が 「そんなはずはない」 「普通はそこを選ばない」 と考えてしまいがちなお客さんの行動に当てはまります。
たとえば、家のすぐ近くに似たような品揃えの店があるにもかかわらず、わざわざ遠方の別のお店まで足を運び、さらに行列にまで並んで購入しようとする人がいるとしましょう。
売り手からすると 「手間も交通費もかかるし、移動時間も長い。もっとラクに買える方法があるのに、なぜそんな非合理な選択をするのか」 と感じるかもしれません。
顧客にとっての合理
しかし、その人にとっては 「特別な体験を求めている」 や 「SNS で話題になっているお店だから行ってみたい」 、「いつもと違う場所に行くこと自体が楽しみ」 といった、本人ならではの "納得できる理由" があるはずなのです。
他にも、ある人が見た目にはニーズに合わない商品やサービスを選ぶ場合、「以前に似たような選択をして失敗した過去があり、それがトラウマとなっているので同じことを繰り返したくない」 や 「自分が尊敬する人が推奨していたため、効率や値段よりも信頼を重視したい」 といった、本人にとっては納得感のある動機があるかもしれません。
消費者やお客さん一人ひとりの背景や価値観を見ていくと、それぞれの行動が本人にとっては合理的な選択であるケースは少なくありません。
非合理への発見を新たな顧客理解のきっかけにする
ビジネスの現場でも、企業が想定していないタイミングで商品を購入したり、他社のサービスを一度利用した後ですぐに戻ってきたりするなど、一見すると "ちぐはぐ" に見えるお客さんの行動が日常的に起こっています。
そこには、桐子と同じように 「強い恐れをどうにかしたい」 「生きづらさを少しでも緩和したい」 といったニーズや価値観が潜んでいる可能性があります。
お客さんが置かれた環境、過去の体験、そして切実な感情や価値観を理解することによって、初めてその行動の背景にあるリアルな顧客文脈を知ることができます。
企業が提示する方法やメニューにはない意外な選択をするお客さんを目の当たりにしたとき、安易に 「そんなのは変だ」 「理解できない」 と切り捨ててはいけません。そうではなく、「その人が抱える不安や優先事項は何か」 や 「どのような経験を経て、そうした考え方に至ったのか」 を探ることが大事です。
企業の提案や施策に対して、なぜお客さんは想定通りに反応してくれないのか、なぜ期待とは別の選択をするのか――。こうした疑問が浮かんだ 「顧客の非合理の発見」 の瞬間こそ、まだ自分たちが見出せていなかったお客さんの本当の姿を知るきっかけにできます。
まとめ
今回は、書籍 「一橋桐子 (76) の犯罪日記 (原田ひ香) 」 を取り上げ、学べることを見てきました。
最後にポイントをまとめておきます。
- 売り手である企業側が 「普通はお客さんはこう選ぶはず」 と決めつけると、意外な顧客の行動を見落としてまいかねない
- 一見すると非合理に見える行動も、本人にとっては合理的なことだったりする。他人からは理解しがたい行動でも、当人の環境・状況・心理を踏まえると合理的な選択になっている場合がある。その人なりの合理的な判断プロセスが存在する
- 想定外の顧客行動を 「おかしい」 「ありえない」 と切り捨てるのではなく、新たな顧客理解の機会として捉える
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