投稿日 2025/06/05

高級ハイヤーサービス 「TOKYO CHAUFFEUR SERVICE(トウキョウ ショーファー サービス)」 。ジョブ理論から読み解く

#マーケティング #ジョブ理論 #市場創造

お客さんは、商品やサービスをどのように選んでいるのでしょうか?なぜ、ある商品を買い、別の商品を買うのをやめるのでしょうか?

これはマーケティングにおいて本質的な問いです。

今回は、富裕層向けの高級ハイヤーサービスを事例に、マーケティングの 「ジョブ理論」 の視点で先ほどの問いを掘り下げます。

高級ハイヤー TOKYO CHAUFFEUR SERVICE


東京のラグジュアリーホテルには、1泊あたり100万円を超えるような最高級の客室が存在します。

ところが、実際にそれだけの宿泊料金を支払う富裕層の人にとって、ホテルの外でタクシーを使って移動するには、通常のタクシーしかありませんでした。もちろん日本のタクシーは快適で安全な移動手段ですが、富裕層の利用者が求めるきめ細やかなサービスや、外国語でのコミュニケーションが十分にされない場面も多かったわけです。

この状況をビジネスチャンスだと捉えたのがニューステクノロジーという会社です。

そして、大和 (だいわ) 自動車交通と組んで2024年11月より開始したのが、「TOKYO CHAUFFEUR SERVICE (トウキョウ ショーファー サービス) 」 という富裕層向けの高級ハイヤーサービスです (ショーファーとは、主に自家用車や高級車を運転する運転手、いわゆる "お抱え運転手" を指す言葉) 。

出典: PR TIMES

サービスの特徴をかいつまんでご紹介します。

  • 高級車 & プロドライバー
    トヨタのアルファードやレクサス LM 、ヴェルファイアといったゆったりした車内空間をもつ車両。ドライバーは語学に堪能なうえ、東京シティガイド検定合格者がそろっている。移動中に観光案内を依頼できるなど、きめ細かなリクエストに応えてくれる

  • 充実した車内サービス
    タクシー車内には水やおしぼりを常備し、後部座席の前面モニターでは映像コンテンツを視聴できる。Wi-Fi も整備されオンライン会議にも対応できる。乗車中も快適かつ有意義に過ごせる

  • ラグジュアリーホテルとの連携
    都内のラグジュアリーホテルを拠点に導入が進み、宿泊客がホテルのフロントやコンシェルジュに手配を依頼する。利用料金はホテルが部屋付けなどの形で徴収する。車内でクレジットカード決済や QR コード決済などでの支払いも可能

  • 短時間利用にも対応
    本来ハイヤーサービスは 「最低利用2時間から」 といった法規上の制限がある。しかし、トウキョウ ショーファー サービスでは 「その他ハイヤー」 というカテゴリー区分を活用し、短時間利用でも配車できるようにしている。高額料金をホテルに支払う宿泊客といえど、移動距離は必ずしも長距離とは限らないので、タクシー並みに気軽に呼べる

  • 専用アプリによる運用の効率化
    ホテルと大和自動車交通の間で、ニューステクノロジーが開発したサービス専用業務アプリを使い、配車手配から見積提示、予約確定、支払い管理までを一気通貫で完結させている。コンシェルジュ業務が多くなりがちな高級ホテルとしては、配車手配がスムーズに回るシステムは魅力


トウキョウ ショーファー サービスはサービス開始から狙い通り、富裕層が 「高くてもいいから、より高級感があって充実した移動手段」 を欲しているというニーズとマッチし、旅行や出張時のタクシー利用のこれまでの空白地帯を埋める存在です。

* * *

では、今回の事例をマーケティングの 「ジョブ理論」 を使って、汎用的に学べるポイントを紐解いていきましょう。

ジョブ理論


マーケティングのジョブの定義は、「ある特定の状況で人が遂げたい進歩 (progress) 」 です。

ジョブは英語では "Jobs to Be Done (JTBD) " といいます。日本語に直訳すれば 「片付けたい用事」 や 「済ませたい仕事」 という意味です。

ジョブにもう少し意訳を入れると、ジョブという進歩とは、人が置かれた状況において達成したい目的、解決したい問題、対処したい課題を指します。

ジョブ理論で特徴的なのは、商品やサービスはジョブを終わらせるために 「雇うもの」 と捉えることにあります。人が商品を 「ワーカー」 として雇い、ワーカーに働いてもらうことでジョブが完了し、状況が進歩するという考え方です。

たとえば 「移動したい」 というジョブがあったときに、電車・バス・タクシー・自家用車・ハイヤーなど、さまざまな 「ワーカー候補」 が存在します。雇用主である顧客はそれぞれのワーカーの候補を比較し、そのときの用途、利便性や快適性、価格などを総合的に見て 「自分が求める進歩にもっとも適したワーカー」 を雇うわけです。

ジョブ理論を活用するポイントは、ただ単に 「高級車を用意すれば良い」 という発想ではなく、顧客が移動に求める機能的・感情的・社会的な側面、ジョブが生じている状況まで理解し、ジョブを完了するための最適なスペックをそろえる必要があるということです。価格設定や使うハードル、そして実際にワーカーとして選ばれるための 「ジョブスペック」 をいかにつくり、提示できるかがカギを握ります。

TOKYO CHAUFFEUR SERVICE とジョブ理論


では、高級ハイヤーサービスの 「トウキョウ ショーファー サービス」 にジョブ理論を当てはめてみましょう。

富裕層が抱えていたジョブ

この事例における顧客 (富裕層) のジョブは、「東京での滞在を高い満足度で楽しみたい。そのために、ホテルからの移動や観光をストレスなく過ごしたい」 という点に集約できます。

機能面でいえば快適・安全に目的地へ移動することですが、富裕層にとっては言語面のコミュニケーション、運転技術、サービスの質、そしてステータスを維持するという感情的・社会的な側面も重視されるでしょう。値段は高くても構わないから、移動の体験を最上級なものにしたいという消費者心理です。

既存のワーカーに対する不満

富裕層にとって、移動へのジョブを完了する代表的なワーカーは、通常のタクシーくらいしかありませんでした。どうしてもタクシーが捕まらないときなどは電車やバスが代わりにありますが、タクシーよりも移動体験としては良いわけではありません。

タクシーを使っても、法定運賃の縛りがあるため柔軟なホスピタリティを上乗せしづらい、ドライバーの語学レベルや接客レベルにばらつきがある、ホテルで呼ぶことは可能でも高級感には限界があるなど、富裕層が求めるステータスや安心感を満たすうえでは物足りない部分がありました。

このように普通のタクシーでは富裕層のジョブ (高い満足度での滞在・移動) を十分に完了できず、ジョブを完了させる働き手とあるワーカーが見当たらない状態だったわけです。

 「TOKYO CHAUFFEUR SERVICE」 という新たなワーカー

ここで登場したのが 「トウキョウ ショーファー サービス」 です。富裕層のジョブをより的確に終わらすことができる最適なワーカーです。

次のようにジョブスペックをしっかりと備えています。

  • 広い車内の高級車
  • 充実した車内サービス
  • 語学堪能でガイド知識をもつドライバー
  • 短時間利用も OK
  • 運用の効率化、ホテル側にも収益メリット

競合を "解雇" して、自社サービスを "雇用" してもらう

ジョブ理論では 「今までの何を解雇して、何を新しく雇用するか」 という視点が大事です。

今回のケースでは、富裕層は 「通常タクシーというワーカー」 を事実上解雇し、その代わりにトウキョウ ショーファー サービスという 「高級ハイヤーサービスという新たなワーカー」 を雇う選択をすることになります。

1泊100万円もするようなホテルに宿泊する富裕層にとっては、これまでのワーカーだった市内を普通に走るタクシーでは、英語がまともに通じないかもしれない、車内が狭くてくつろげない、自分のステータスに合わないといった不安や不満を伴う移動だったことでしょう。

高額でも、ラグジュアリー感とコミュニケーションが保証され、満喫できる時間を提供するワーカーを雇用するのは、快適で安心できる移動をしたいという富裕層のジョブ (遂げたい進歩) を済ませることへの動機が働いています。

まとめ


今回は、富裕層に向けた高級ハイヤーサービス 「TOKYO CHAUFFEUR SERVICE(トウキョウ ショーファー サービス)」 を取り上げ、学べることを見てきました。

最後にポイントをまとめておきます。

  • マーケティングでのジョブは、「ある特定の状況で人が遂げたい進歩」 

  • 商品やサービスはジョブを終わらせるために 「雇うもの」 と捉える。商品・サービスというワーカーに働いてもらうことでジョブが完了し、状況が進歩する

  • 競合商品 (顧客が雇う自分たち以外のワーカー候補) が "解雇" されるために、既存ワーカーへの不満、顧客の未充足ニーズを把握する

  • 顧客の置かれた 「状況」 、その状況の下で生じている機能的・感情的・社会的な求める便益を理解し、ジョブを完了するための条件となるジョブスペックを提供する


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多田 翼 (運営者)

書いている人 (多田 翼)

Aqxis 代表 (会社 HP はこちら) 。マーケティングおよびマーケティングリサーチのプロフェッショナル。ベンチャーから一部上場企業の事業戦略やマーケティングのコンサルティングに従事。

前職の Google ではシニアマネージャーとしてユーザーインサイトや広告効果測定、リサーチ開発に注力し、複数のグローバルのプロジェクトに参画。Google 以前はマーケティングリサーチ会社にて、クライアントのマーケティング支援に取り組むとともに、新規事業の立ち上げや消費者パネルの刷新をリードした。独立後も培った経験と洞察力で、クライアントにソリューションを提供している。

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名古屋出身、学生時代は京都。気分転換は朝のランニング。