投稿日 2025/10/21

ホットリンクの全社的な AI 導入・活用に学ぶ、組織を変革する 「八段階のプロセス」 とは?

#マーケティング #組織開発 #AI

今回は、SNS マーケティング支援などを手がけるホットリンクが実践する 「全社的な AI 導入」 の事例を取り上げます。

全社的な導入と活用が進んだのは、組織における 「八段階の変革プロセス」 の実践がありました。

この事例から、組織変革を成功させる秘訣、会社で実践できるヒントを紐解きます。

ホットリンクの全社的な AI 導入と活用


企業への SNS マーケティング支援を主要事業とするホットリンクは、2024年4月から本格的に AI 活用を推進しています。わずか数ヶ月で社員の生成 AI 利用率を3倍に引き上げました (参考情報) 。

背景には、経営陣の強い危機感と明確な戦略がありました。

当初は全社員に ChatGPT の有料アカウントを付与し利用を呼びかけたものの、一部の社員が使うにとどまっていました。しかし、業界の変化スピードを体感し会社の存続に関わるという危機感から、AI の徹底活用へと大きく舵を切ったのです。

結果として、約6割の社員が毎日何らかの生成 AI ツールを利用するに至り、SNS 運用代行業務をはじめとした各種業務において効率化や業務品質の向上を実現しました。

* * *

では、ホットリンクの事例から学べることを掘り下げていきましょう。

新しい取り組みを組織的にどのようにはじめ、浸透させ、定着させるかに示唆があります。

八段階の変革プロセス


考えていきたいテーマは、組織開発です。

補助線として引きたいのは、組織開発や企業変革論で知られるジョン・P・コッターの 「八段階の変革プロセス」 です。

書籍 「企業変革力 (ジョン・P・コッター) 」 という本に、八段階の変革プロセスが書かれています。


✓ 八段階の変革プロセス

  1. 危機意識を高める
  2. 推進チームをつくる
  3. ビジョンと戦略を立てる
  4. ビジョンを周知する
  5. メンバーが行動しやすい環境を整える
  6. 短期的な成果を生む
  7. さらなる変革を進める
  8. 新しい方法を文化として根づかせる


なお、ペンギンを主人公にした小説 「カモメになったペンギン」 に変革の8つのプロセスがわかりやすく書かれています。こちらもおすすめです。


ホットリンクの全社的な AI 導入と活用への取り組みが、この八段階の変革プロセスを実践するものでした。以下で、順番に当てはめて見ていきましょう。

ホットリンクの組織変革プロセス


八段階の変革プロセスは、まずは危機意識を高めることからです。

危機意識を高める (Establishing a Sense of Urgency) 

AI 技術の進化や SNS マーケティング分野の変化を前に、ホットリンクには 「このままでは生き残れない」 という強い危機感が社内にありました。

デジタル領域では業務プロセスが一気に書き換えられ、対応が遅れると取り返しがつかなくなる――。この切迫感を経営陣は社内に繰り返し伝え、全社員が 「変わらなければならない」 という意識を持つようになりました。

ホットリンクは 「AI 活用に早期に着手すればチャンスも大きい」 と捉え、不安を煽りすぎることなく、危機感を具体的に社内変革に動き出すための原動力に変えていきました。AI 活用を単なる効率化ツールではなく、生き残りをかけた必須の戦略として位置づけたのです。

推進チームをつくる (Creating the Guiding Coalition) 

変革をリードし、推進していくためのチーム編成が求められます。

AI を使いたい人が使うという状態にはせずに全社的な対応にするため、ホットリンクは AI 利用推進チームを設置し、後に AI 推進部へ拡張して専任化しました。専任担当者を任命し、計7名体制で変革を推進する体制を構築したわけです。

また、同時期に AI セキュリティ管理チームも立ち上げ、安全管理やリスク評価を継続的に行っています。AI を業務に使う際の不安要素を取り除くことで、社員が安心して新しいツールに手を伸ばせるようになりました。

公式の推進チームや部署は、社内で当たり前に AI を使うカルチャーを醸成する役割を担います。周囲も専任部署の役割は会社の AI 利用を促進することだと認識しやすくなります。

ビジョンと戦略を立てる (Developing a Vision and Strategy) 

次に、変革によって何を目指すのか、そのための道筋はどう描くのかを明確にします。

ホットリンクは AI をどう使うかの前に、AI 導入と活用によって何を目指すかを具体的にしました。

今のうちに AI で既存業務を効率化し、新しい価値創出に人材をシフトさせるという明確なビジョンです。さらに、ビジネスモデル自体を変革し、高付加価値のコンサルティングサービスへの転換も目指す姿として掲げました。

全社員への有料 AI ツールのアカウント付与によって、AI のお試しレベルでの使用ではなく、徹底活用を方針としたのです。

ビジョンを周知する (Communicating the Vision) 

描いたビジョンと戦略は、組織全体に浸透させなければ絵に描いた餅です。

ホットリンクでは、経営層が会議の場で繰り返し変革の必要性と意義を語りました。毎週の定例会議や四半期ごとの社員総会も活用し、AI 活用をやりきるという強い意志を表明。同時に、危機感だけでなく 「面倒な作業から解放され、もっとクリエイティブな仕事ができる」 という AI がもたらすポジティブな未来像も伝えました。

メンバーが行動しやすい環境を整える (Empowering Employees for Broad-based Action) 

変革に向けて社員が自律的に行動できるよう、障害を取り除き、支援体制を整えます。

ホットリンクは、全社員に ChatGPT の有料アカウントを支給するとともに、セキュリティポリシーと具体的な AI 利用ガイドラインを整備しました。社員が安心して AI を試せる環境を目指し、推進チームが具体的な使い方やコツを共有したり、社内情報検索 AI ツールを導入。クライアント情報はどこまで入力してよいか、生成された文章を二次利用する際の注意点など、守るべきルールを明確化しました。

推進チームやセキュリティ管理チームが随時ガイドラインをアップデートしているため、利用者側からのフィードバックも反映されやすい環境が整いました。

短期的な成果を生む (Generating Short-term Wins) 

そうはいっても、変革の道のりは長いものです。途中で息切れしないためには、目に見える短期的な成功体験が重要です。

ホットリンクは、毎週の朝会での Tips 共有により、社員がすぐに試せる小さな成功体験を提供。さらに、SNS 運用代行業務で開発した 「投稿作成 bot」 が作業時間を約 40% 削減するという具体的な成果を早期に示し、AI 活用の有効性を証明しました。

このようなすぐに効果が見える事例が実際に出ると、他の社員たちも 「自分たちの業務でも応用できるかもしれない」 と前向きな興味を抱くようになったことでしょう。AI の利用率や利用頻度が高まり、組織全体にポジティブな連鎖が生まれます。

さらなる変革を進める (Consolidating Gains and Producing More Change) 

短期的な成功に満足せず、その勢いをテコにして、より大きな変革へとつなげていきます。

ホットリンクでは、投稿作成 bot で培った知見を企画立案やレポート作成に応用し、部門を超えた相乗効果を生み出しました。開発部門との連携を深め、現場メンバーの声を吸い上げながら継続的に改良を加えているのも AI 活用を後押したのです。

また、経営企画や事業推進の領域でも AI の活用を探り、ホットリンクが目指す 「よりクリエイティブで高付加価値な仕事へのシフト」 が具体化し始めています。業務効率化にとどまらず、ビジネスモデル自体のアップデートを促すことを目指してのことです。

新しい方法を文化として根づかせる (Anchoring New Approaches in the Culture) 

変革の最終段階は、新しいやり方や価値観を組織の DNA として定着させることです。

ホットリンクが最終的に目指している姿は、AI 活用が特別な取り組みではなく、当たり前の一部として定着することです。

ホットリンクでは、評価制度に AI 活用を盛り込み、明確な成果を上げたメンバーが正当に評価される仕組みを導入しました。AI にやる気のある人だけが取り組むのではなく、全社が意識をそろえて取り組む文化を醸成します。

ホットリンクの社内には 「何か新しいツールが出たときにまず試してみる」 や 「使い方をお互いに共有する」 という姿勢が自然と根づいています。

経営層からの継続的なメッセージ発信、推進チームの活動、セキュリティガイドラインの定期的な見直しなど、常に最新の状況に合わせた活用ができる環境が整備され、AI 活用を組織文化として根付かせる上で貢献しています。ホットリンクは変革は一日にしてならず、という姿勢で取り組みを続けていることがうかがえます。

* * *

ホットリンクの事例は、トップの強いリーダーシップのもと、明確なビジョンと戦略を掲げ、段階的かつ多角的なアプローチで組織変革を推進した好例です。

AI 導入を検討する多くの企業にとって、技術的な側面だけでなく、組織的な変革をいかに進めるかという点で示唆を与えてくれます。

まとめ


今回は、ホットリンクの全社的な AI 導入と活用の事例を取り上げ、学べることを見てきました。

最後にポイントをまとめておきます。

  1. 危機意識を高める: このままでは生き残れないという危機感を共有し、AI 活用を生き残りのための必須戦略と位置づけた

  2. 推進チームをつくる: AI 利用推進チームを設置し、後に AI 推進部へ拡張。同時に AI セキュリティ管理チームも立ち上げた

  3. ビジョンと戦略を立てる: AI で業務効率化し人材を高付加価値業務へシフトさせる明確なビジョンを策定した

  4. ビジョンを周知する: 経営層が定例会議や社員総会で変革の必要性と意義を繰り返し伝えた

  5. 行動しやすい環境を整える: 全社員への ChatGPT 有料アカウント支給。セキュリティガイドライン整備、社内情報検索 AI ツールの導入を実施した

  6. 短期的な成果を生む: 毎週の朝会での AI の使い方やコツを共有。投稿作成 bot による SNS 投稿の作業時間 40% 削減などの成功事例を早期に示した

  7. さらなる変革を進める: 初期成果の知見を他部門や新領域に応用し、部門を超えたシナジーを創出した

  8. 新しい方法を文化として根づかせる: 評価制度に AI 活用を組み込み、新技術を積極的に試し共有する文化を醸成した


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多田 翼 (運営者)

書いている人 (多田 翼)

Aqxis 代表 (会社 HP はこちら) 。マーケティングおよびマーケティングリサーチのプロフェッショナル。ベンチャーから一部上場企業の事業戦略やマーケティングのコンサルティングに従事。

前職の Google ではシニアマネージャーとしてユーザーインサイトや広告効果測定、リサーチ開発に注力し、複数のグローバルのプロジェクトに参画。Google 以前はマーケティングリサーチ会社にて、クライアントのマーケティング支援に取り組むとともに、新規事業の立ち上げや消費者パネルの刷新をリードした。独立後も培った経験と洞察力で、クライアントにソリューションを提供している。

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名古屋出身、学生時代は京都。気分転換は朝のランニング。