投稿日 2025/10/22

ポカリスエットのきっかけづくりマーケティング。カテゴリーとブランドへの2つの "入口 (エントリーポイント) " をつくる方法

#マーケティング #カテゴリーエントリーポイント #ブランドエントリーポイント

消費者やお客さんが何かを 「必要だ」 と感じるその瞬間に、自社のブランドや商品は真っ先に思い出してもらえているでしょうか?

人が何かを買う背景には 「カテゴリーエントリーポイント」 と 「ブランドエントリーポイント」 という、マーケティングの重要な概念があります。

重要なのは 「消費者・顧客がその商品カテゴリーを必要と感じる瞬間」 を捉え、「その瞬間に真っ先に思い浮かぶブランド」 になることです。

今回は、ポカリスエットの事例から 「二段階の消費者心理」 を紐解き、ブランドへの指名買いを起こす秘訣を掘り下げます。

ポカリスエット



2025年で発売から45年を迎える大塚製薬の 「ポカリスエット」 。多くの人が一度は飲んだことがあるであろう、ロングセラー飲料ブランドです。

ポカリスエットが登場した1980年代初頭、「運動中に水分をとるとバテる」 と考える風潮があり、運動時や部活中での水分補給は敬遠されていました。ポカリスエットにとって優先的なテーマとなったのは、「汗をかいたら電解質を含む水分を補給する必要がある」 という考え方を世の中に啓蒙することでした。

当時、大塚製薬がとった施策のひとつが、地道な無料試飲のサンプル配布です。年間で3,000万本規模という、当時としては破格の量のサンプリングです。実際に消費者にポカリスエットを飲んでもらいながら運動後や入浴後の身体にしみわたる感じを体感してもらうことを狙いました。

大塚製薬は科学的なデータからの事実証拠 (エビデンス) を活用し、医療機関や教育現場と連携しながら 「汗をかいた体には電解質を含む飲料が必要」 という啓発を行っていきました。その結果、少しずつ 「運動時や後にはポカリスエットを飲む」 という習慣が普及し、今に至るまでのロングセラーにつながっています。

* * *

では、ポカリスエットの事例から学べることを掘り下げていきましょう。

マーケティングの概念である 「エントリーポイント」 の視点で示唆に富みます。まずは 「カテゴリーエントリーポイント」 から見ていきましょう。

ポカリスエットの 「カテゴリーエントリーポイント」 


カテゴリーエントリーポイント (CEP: Category Entry Point) 」 についてです。

カテゴリーエントリーポイントとは

カテゴリーエントリーポイント (Category Entry Points (CEP) ) とは、消費者 (や企業) が特定の商品カテゴリー (例: 清涼飲料水やスポーツ飲料) について、何かのきっかけで 「必要かも」 「ほしい」 と思う特定の瞬間や状況を指します。エントリーという文字通り、そのカテゴリーへの "入口" が開く瞬間です。

例えば、「喉が渇いたとき」 「スポーツで汗をかいたとき」 「風邪をひいたとき」 などが、飲料カテゴリーにおける CEP の代表例です。

売り手である企業は、自社の商品が属するカテゴリーにおいて、どのような CEP が存在するのかを理解し、時には新たに創り出すことを狙います。注力顧客の CEP を的確に捉え、入口が現れた瞬間に合わせた効果的なコミュニケーションを行えば、消費者や顧客の意識にカテゴリーへの "フック" をかけることができます。

大塚製薬が見出したカテゴリーエントリーポイント

では、ポカリスエットはどのような CEP があるのでしょうか?

ポカリスエットは多岐にわたる CEP を的確に捉え、時には自ら創り出してきました。

スポーツの最中や運動後、風邪・発熱など体調不良時、入浴後、熱中症対策、エコノミークラス症候群対策 (飛行機だけでなく、狭い車内で長時間過ごす際の水分不足の時) 、二日酔い、サウナ後 (オロナミン C とポカリスエットとを混ぜた飲料の 「オロポ」 ) です。

他には、最近では 「ポカリスエット アイススラリー」 という製品を発売し、「深部体温の上昇が懸念される過酷な暑熱環境下での活動前」 という、より専門的で深刻度の高い CEP にもアプローチしています。消防士や製鉄所の作業員といった、従来のターゲット層とは異なる層へのアプローチです。

このように、ポカリスエットは、既存の CEP を捉えるだけでなく、社会の変化や新たな課題に対応し、科学的根拠 (エビデンス) を伴った啓発活動を通じて、新たな CEP を積極的に創り出してきました。

ブランドエントリーポイント


カテゴリーエントリーポイントは自社商品やサービスが選ばれるための最初の入口ですが、見込み顧客がカテゴリーを想起するだけで、自動的に自社商品が選ばれるわけではありません。

もうひとつの入口として登場するのが 「ブランドエントリーポイント (Brand Entry Points (BEP) )」 です。

ブランドエントリーポイントとは

ブランドエントリーポイントとは、カテゴリーを思い浮かべたあとに 「どの商品を買うか?」 と具体的に検討が始まり、ブランドを選ぶ瞬間を指します。

消費者や企業はカテゴリーエントリーポイントに入った後に、自分が知っているブランドの中から数社 (数商品) を候補に入れ、最終的にどれかひとつを購入するわけです。

マーケティングには 「想起集合 (Evoked Set) 」 という概念があります。想起集合とは、特定のカテゴリーについて何かを思い立った時に、比較検討の候補として自然に頭に浮かぶ、好意的なブランドのリスト (選ぶ選択肢の候補) のことです。

多くのカテゴリーにおいて、この想起集合に含まれるブランド数は、多くてもせいぜい2つから3つ程度と言われます。

 「Evoked Set 調査 2022」 より想起集合に入っているブランドの数 (出典: 日経クロストレンド

CEP というカテゴリーへの入口をくぐった後に、次にブランドレベルで思い浮かべてもらう段階で自社ブランドが想起集合に入れなければ、その後のブランド間の比較検討の土俵にすら上がれないということになります。

CEP と BEP の関係

CEP と BEP (ブランド想起) は、密接に関連しています。

  • CEP: 見込み顧客があるカテゴリーを思い出す 「状況」 や 「瞬間」 。ブランド想起の 「機会」 を生み出す
  • BEP: その CEP において、特定のブランド名を真っ先に、あるいは上位に思い出してもらう


2つを簡単に言えば、CEP (カテゴリー想起) は 「ブランドを思い出してもらうための舞台設定」 であり、BEP (ブランド想起) はその舞台で 「いかに自社ブランドを目立たせるか (ブランドを思い出してもらうか) 」 という関係です。

ポカリスエットの CEP と BEP (ブランド想起) への施策

では、具体的に大塚製薬はどのように CEP をつくりあげ、さらに BEP を高めてきたのでしょうか?

ポイントは3つです。

1つ目は 「専門性とエビデンスによる啓発」 です。

スポーツ医学や医療現場の研究データをもとに、「運動中や運動後に失われる水分やイオンは想像以上に多い」 「予防的な水分補給が大切」 という事実をアピール。客観的な根拠を提示しスポーツドリンクが必要だという納得感を生み出しました。

2つ目は 「多様な飲用シーンの掘り起こし」 です。

運動時だけでなく、被災時の車中泊が引き起こすエコノミークラス症候群や、年配者の入浴後、水分不足になりやすい夏場の屋外作業など、世の中での新たなリスクや課題を定期的に提示し、それに適した水分と電解質の補給を喚起しました。こうして CEP の幅を広げることで、この場面でもスポーツドリンクがいいという認識を持ってもらうことを狙いました。

3つ目は 「マス広告のイメージづくりと現場連携の二段構え」 にあります。

ポカリスエットのテレビ CM や SNS 広告では 「汗をかく」 「爽快にポカリを飲む」 といったわかりやすい見せ方を重視しています。あえてポカリの細かい機能性は前面に出さず、運動やアクティブな生活シーンに溶け込む飲料としてのブランドイメージを打ち出しました。

大塚製薬は自治体や企業、教育機関とは直接連携を図り、医学的・科学的に正しい水分補給を伝えることにも力を入れています。幅広い層に対してポカリスエットを合理的にも感性的にも選びたくなるブランドへと育てているのです。

こうした活動を長年続け、たとえば 「猛暑が続く夏」 「部活動で激しい練習をする学生」 「サウナの後でリフレッシュしたい人」 など、それぞれのタイミングで 「ポカリがいいかも」 と想起される土壌ができあがりました。CEP を数多く設定しつつ、一方でどのシーンでも迷わずポカリスエットを選んでしまうような BEP (ブランド想起) を固めているわけです。

消費者の多段階の意思決定プロセス


では最後のパートでは、ここまで見てきた CEP と BEP の全体像として、消費者の選択プロセスを整理しておきましょう。

結論から言うと、次のような流れをたどります。

  • 何かしらのきっかけ
  • カテゴリー想起 (CEP) 
  • 候補ブランド想起 (BEP) 
  • ブランドの購入
  • 使用


重要なのは、きっかけやその状況において、まずは自社商品が含まれるカテゴリーが想起されるか、そしてカテゴリーの後に想起される具体的な選択肢として、自社ブランドが見込み顧客の頭の中に真っ先に思い浮かぶかどうかです。

カテゴリーエントリーポイントに気づいてもらえなければ、需要自体が生まれにくく、さらに、スポーツドリンクがカテゴリーエントリーポイントになっても、その次の候補としてポカリスエットが浮かばなければ、比較検討の土俵には上がれないわけです。

だからこそ、大塚製薬はエビデンスとイメージの両面から、高い確率で 「ポカリがあるじゃないか」 と思わせる施策を長期的に行い、ブランド想起率を高め続けてきたのです。ここでいう想起は、消費者の意識にフックをかけることそのものです。日々の啓発やメディア露出がそれをサポートしているわけです。

リブランディングや新商品に頼らずとも、既存の商品が持つ価値を、多様な 「飲むきっかけ (CEP) 」 と結びつけ、そのたびにブランドを思い出してもらう (BEP) 。こうした地道で一貫した活動こそが、ポカリスエットが長く愛され続ける理由と言えるでしょう。

まとめ


今回は、ポカリスエットを取り上げ、「エントリーポイント」 という視点で学べることを見てきました。

最後にポイントをまとめておきます。

  • カテゴリーエントリーポイント (CEP) は需要への入口。消費者が特定の商品カテゴリー (例: 飲料) の必要性を感じる具体的な 「瞬間」 や 「状況」 を指す

  • ブランドエントリーポイント (BEP) はブランドを選ぶ入口。カテゴリーの必要性を感じた後、消費者・顧客がどの具体的な 「ブランド」 を購入候補として思い浮かべるかという段階。比較検討される少数のブランド群 (想起集合) に入ることが重要

  • CEP とBEP は連動する。CEP はブランドを思い出してもらうための 「機会」 や 「舞台設定」 、BEP はその舞台で自社ブランドをいかに目立たせ、最初に思い出してもらうかという関係

  • CEP の開拓と創造が市場を広げる。既存 CEP を捉えるか、新たな CEP をつくり出すことで、これまで製品を使わなかった層にもアプローチできる

  • BEP の強化がブランド指名を促す。各 CEP において、自社ブランドが持つ価値や便益を的確に伝える。信頼性や好感度を高められれば、消費者や顧客の頭の中で 「◯◯ (カテゴリー) といえばこのブランド」 という結びつきをつく、指名買いされる確率を高める


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多田 翼 (運営者)

書いている人 (多田 翼)

Aqxis 代表 (会社 HP はこちら) 。マーケティングおよびマーケティングリサーチのプロフェッショナル。ベンチャーから一部上場企業の事業戦略やマーケティングのコンサルティングに従事。

前職の Google ではシニアマネージャーとしてユーザーインサイトや広告効果測定、リサーチ開発に注力し、複数のグローバルのプロジェクトに参画。Google 以前はマーケティングリサーチ会社にて、クライアントのマーケティング支援に取り組むとともに、新規事業の立ち上げや消費者パネルの刷新をリードした。独立後も培った経験と洞察力で、クライアントにソリューションを提供している。

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名古屋出身、学生時代は京都。気分転換は朝のランニング。