2013/06/30

書評「粗食のすすめ」

「粗食のすすめ 新版」が考えさせられる本だったのでご紹介。

本書での主張を簡単に書くと、「FOODは風土から。肉食中心のおかずをたくさんとる欧米型辺中の食生活よりも、日本人の体質に合うのはお米を中心とした食生活である」。

お米を中心にした食事とは、(できれば)玄米や胚芽米などの精製されていないお米とみそ汁を中心に、季節の副菜を1品、あとは漬物です。

2013/06/29

奥さんの妊娠と転職の共通点から考える2013年の後半戦




明日で6月が終わるので、2013年もちょうど半分の折り返しです。

今年は自分にとって大きな変化が2つあった年でした。1つは子どもを授かったこと (9月に生まれる予定です)、もう1つは転職です。

10年後に振り返って見ても、2013年は人生の分岐点の1つになった年になるだろうなと思っています。

■ 奥さんの妊娠と転職の共通点

奥さんの妊娠と転職には共通点があります。自分一人ではコントロールできない領域が相対的に大きいということです。

子どもの話では、妊娠しているのは奥さんなので、例えばお腹の赤ちゃんの成長に対して自分ができるのは間接的な貢献になります。性別の役割なのでどうしようもないのですが、妊娠期間中の育児での自分の役割は、あくまで妊婦である奥さんのフォローです。

転職については、新しい環境になり、はじめはわからないことだらけでした。

2ヶ月くらいたった今でもまだまだ見えていないこともあり、自分でコントロールできない領域も前職の時と比べると多いと実感しています。日々試行錯誤で、たくさんのハードルを超え続けている感じです。

制約の中で自分にできることは何か、自分が活かせる場所はどこか (比較優位の視点) 。今まで以上に考えるようになりました。

自分がコントロールできるかどうかで大事なのが、どこまでがコントロールできる or できないかを認識することです。そして、どうすればコントロールできる領域を増やしていけるかです。その一方でできない領域については、できないのを前提に自分ができることに集中することです。

この考え方は、「7つの習慣」にでてくる第1の習慣「主体性を発揮する」です。

生き方として、自分がコントロールできることとできないこととを区別し、自分のコントロールできること (本書では「影響の輪」と表現しています) に集中するという習慣です。主体性を持つとは、人間として自分の人生に対する責任をとること、自分の行動に対する責任です。

「主体性を発揮する」は、7つある習慣の中で一番影響を受けている考え方です。

■ 刺激と反応の間には選択の自由がある

第一の習慣に出てくる話で印象的だったのが、「刺激と反応の間には選択の自由がある」でした。

何かが自分に起こったという刺激に対して、自分の感情反応は1つではない、つまり、刺激 → 選択 → 反応と、刺激と反応の間には「選択の自由」を持っている、という考え方です。

例として、発車間際の電車に乗ろうとして目の前でドアが閉まり乗り損ねたとします。

1つの選択は、「今日はついてないな」とマイナスの反応で考えてしまうことです。乗り遅れた → 運が悪い、という気持ちになるかもしれません。

別の選択は、「次の電車はすぐ来るし、発車間際の電車より空いているかもしれない、待ち時間も有効に使おう、乗り遅れても数分の差で大したことない」と起こったことに前向きに考えてみることです。

電車に乗り遅れたという出来事 (刺激) に対して、自分がどういう気持ちを持つか (反応) には選択肢があるのです。

どうせ選ぶなら意識してポジティブな反応をします。1つ1つは小さなことでも、積み重なると大きいです。自分の身に何が起こるかではなく、それにどう反応するかです。

自分がコントロールできない刺激に対して、自分の反応は選べる (コントロールできる) 、選択の自由があるのです。

■ 人生はスーパーマリオ

今はできないことでも、1つ1つクリアしていく。クリアする度にまた新しいチャレンジが始まる。この話をうまく表現しているのが、ソフトバンク・孫さんの「人生はスーパーマリオ」です。

弟である孫泰蔵氏は、かつて起業したばかりの頃、資金繰りや社内の人間関係に苦しみ人生のどん底にあったと言います。そんな時に兄である孫正義氏から以下の話を聞いたそうです。

泰蔵、辛いやろ。苦しかろう。ばってん、お前は今いい経験をしよるとぞ。その苦労や経験は必ず実となって今後お前の人生に絶対に役に立つ。

人生はスーパーマリオみたいなものだ。

最初に1面を始めたときを考えてみい。ザコキャラのノコノコにすぐやられるし、雲に乗ることもできん。だんだん習熟してくるとボスキャラのクッパにたどり着けるようになる。だけど、本当にクッパを倒せるまでに何度も死ぬことになる。そこで挫折しそうになるのをこらえて挑戦を続けて、やっとクッパをやっつけてピーチ姫を助けることができる。次の2面はまた一段と難しくなっとる。そこで何度も何度も失敗するけど、努力と訓練でスキルを上げてクリアしてゆく。

いまのお前は1面で苦労している段階や。それでいかにも俺に助けてもらいたそうな顔をしているけど、プライドがあって言い出せんのだろう。最初に言っとくけど、俺は助けてやらん。お前の今の困難はおれも経験したし、助けてやるのは簡単やぞ。だけど、ここで助けてたらお前のためにならん。

『そこの土管から3面にワープできるぞ』と教えるのは簡単やけど、いまのお前の実力では3面にいったら瞬殺やぞ。だから、1面、2面で『必ず経験しておくべき失敗をして』、そのうえでクリアしていって、やっと3面のボスキャラに対抗できる実力が身に付く。ここで俺がお前を助けて3面に行かせてやったら、そこで致命的な失敗をする。だから、ここは逃げちゃいかん。お前の勝負どころやぞ。

書籍「僕たちがスタートアップした理由」より引用

自分自身の考え方の1つに、これまでの「今」の積み重ねが今の自分をつくっている、いかに毎日きちんと生活するか、を大切にしたいというものがあります。過去の積み重ねが今で、今を重ねていくことで未来になる、全ての「今」を積み重ねたのが自分の人生であり、常に「今」というこの瞬間をいかに生きるかが大事、という考え方です。

マリオは様々な制約の中で、敵と戦ったり時には逃げながらもピーチ姫救出というゴールに向かっていきます。自分にできることは何か。2013年の後半も、チャレンジし勝負していきたいと思っています。


※ 関連エントリー

リスクテイク→変化→成長という方程式
刺激と反応の間には「選択の自由」がある
人生はスーパーマリオ
インテージを退職しました
転職して1ヶ月を振り返る
父親になるということ


2013/06/23

因果関係よりも相関関係:ビッグデータがもたらすパラダイムシフト

母集団の値がわからないので、標本を使って母平均や母分散を推定する。いかに標本を正確に選ぶか、標本から得られた値はどの程度信頼できるのか (誤差はどれくらいか) 、統計のアプローチです。

■ 母集団と標本

例えば、日本の30歳男性の平均身長を知りたい場合、理想的には30歳の日本人全員の身長データがあれば平均値の答えが出ます。しかし、全員の身長を把握するのは現実的ではありません。お金と時間がかかりすぎます。

実際にやるのは、1000人の30歳男性の身長を調査し、その平均値を30歳日本人男性全員の身長の平均値とするのです。母集団 = 30歳男性全員、標本 = 1000人の30歳男性です。

標本サンプルという母集団の一部から母集団を推定する場合に前提となっているのは、標本が偏っていないことです。専門的には 「標本が母集団を代表している」 と表現します。30歳男性を1000人集めてきても、もしその人達全員がバスケットボール選手、バレー選手だったとすると、それは偏った1000人です。日本人全員の身長を推定するための標本としては適切ではない。

大事なのは、母集団を推定するための標本をどれだけ正確に集めてくるかになります。サンプリングの方法としては、1000人をランダムに集めてくる、東京だけから1000人ではなく全国で一様に集める、47都道府県の人口構成に合うように1000人を集める、といったやり方です。

■ ビッグデータがもたらす3つのパラダイムシフト

母集団と標本の考え方を根本から覆すことが書かれていたのが、「ビッグデータの正体 情報の産業革命が世界のすべてを変える」という本でした。

本書でおもしろかったのは、ビッグデータがもたらす3つのパラダイムシフトです。

  • 限りなく全てのデータを扱う。N = 全数
  • 量さえあれば精度は重要ではない
  • 因果関係ではなく相関関係が重要になる

1つ目は母集団と標本の話で、ビッグデータの世界では全部のデータが手に入るのだから、標本なんて作らなくてもいいという考え方です。上記の30歳男性の例に当てはめると、1000人からわざわざ全員を推定していたのはビッグデータ時代前の話です。ビッグデータの時代では全員のデータが簡単に手に入るから、そのまま全員のデータを使います。

2つ目の精度よりも量が大事というのも、いかに1000人を偏りなく選ぶための精度よりも、どれだけ数多くの人数のデータを集められるかです。

3つ目の因果関係ではなく相関関係が重要になるについてです。分析において、因果関係を考えるのは基本的なことであり、そのために分析をすると言ってもいいでしょう。ちなみに 「相関関係がある」 というのは、A と B という2つが同時に起こることで、「因果関係がある」 というのは、A が原因で B が起こることです。

■ 因果関係よりも相関関係

例えば、iPhone を買った人と、Apple の広告への印象を調べるとします。おそらく買った人は Apple 広告に対して良い印象を持っている傾向にあり、この2つに相関関係が確認できます。

一方で、因果関係がどうなっているのかを確認するためには、もう1歩踏み込む必要があります。Apple の広告を見て良い印象を抱いたから iPhone を買ったのか、それとも逆で、iPhone を買ったから Apple 広告に好印象を持つようになったのかです。因果関係における原因と結果のパターンは、どちらも考えられるのです。

本書で主張されているのは、ビッグデータにおいては因果関係よりも、何と何に相関関係があるかさえわかればよく、その組み合わせを見つけることが重要であるという考え方です。これまでは A と B というわかりやすい相関しかわからなかったのが、大量のデータをとにかくまわせば、A と T という一見何の関係もない2つに相関があることを発見できるかどうかです。極端に言うと、なぜ A と T にどういう因果関係があるかは気にしないのです。

個人的には、どれだけ示唆に富む相関関係を発見できるかを重視し、因果関係は考えないというのは慣れない話です。因果について Why を考え、それを1つ1つ定量的に見ていくのが分析のおもしろさだからです。

これがビッグデータというあらゆるものについて大量に、全数でデータが安価かつ迅速に手に入るようになると Why ではなく、相関という What に軸足が移るようになっていくのでしょうか。

★  ★  ★

本書はビッグデータについてよくまとまっています。上記の3つの変化がおもしろかったですが、他にも、ビッグデータを活用したビジネスや、プライバシー等の懸念事項も書かれています。ビッグデータをただ称賛するのではなく、マイナス面にも目が向けられています。

本書の副題は 「情報の産業革命が世界のすべてを変える」 。データ分析が好きな方にはおもしろく読める本です。




ウンチと健康について真面目に書いてみる

健康のために食べるものに気を使う方は多いと思います。バランスの良い食事を心がけたり、カロリーや栄養素を考慮した食べ方、などなど。

その一方で、食べた物がどう出てくるかにはあまり注意が向けられていません。ウンチってむしろ目を背けたくなる存在ですよね。関心があるのは出てくる頻度が少なくなる便秘くらいかもしれません。

便は自分の健康状態を知らせる体からの「便り」である。

そう言うのは「大便通 知っているようで知らない大腸・便・腸内細菌」の著者である辯野善巳氏。この本を読むとうんちは自分の食べたもの・腸内の「通信簿」のようなものだと、あらためて考えることができました。

2013/06/22

書評「2100年の科学ライフ」

6月も来週で終わるので2013年も折り返しです。今年もコンスタントに読書はできていて、数えてみると190冊くらいを読んでいました。

今年読んだ本の中で、現時点で一番おもしろかったのが「2100年の科学ライフ」

この本は、コンピュータ、人工知能、医療、ナノテクノロジー、エネルギー、宇宙旅行、それぞれについての未来予測です。

未来という時間軸を、近未来(現在〜2030年)、世紀の半ば(2030年〜2070年)、遠い未来 (2070年〜2100年)の3つ段階に分け、現在からどのように発展し、人々の日常生活をどう変えるのかが描かれています。

未来予測だったりSF系の本は数多くありますが、本書の特徴は予測の裏付け/根拠が科学的である点です。2100年の世界を見通せる理由として、本書から引用すると、
  • 本書は、新発見の最前線にいるトップクラスの科学者300人以上へのインタビューにもとづいている
  • 本書で触れる科学的発展の内容はどれも、これまで知られている物理法則と矛盾しない
  • 自然界の四つの力と基本法則はおおかた明らかにされており、この法則に何か大きな変化は新たに見込めない(引用者注釈:四つの力とは重力・電磁力・弱い核力・強い核力)
  • 本書で触れたすべてのテクノロジーのプロトタイプはすでに存在する
  • 本書は、最先端の研究と言えるテクノロジーをじかに目にしている「インサイダー」によって著されている
2100年までの予測が単に未来の空想ではなく、根拠があることで「仮説」として考えられていると思いました。読んでいて未来について想像できるだけでなく、現在の科学の最先端のことにも触れられる。このあたりが本書の特徴でもあり、一気に読めました。

■2100年の世界

2100年の世界では、コンピュータ、人工知能、医療、ナノテクノロジー、エネルギー、宇宙旅行がどのようになっているのか。簡単にご紹介しておきます。

コンピュータ:自分の思考だけで物を動かせるようになり、思うだけで直接コンピューターを制御できるようになっている。これは2つの意味があって、脳がコンピュータやロボットをコントロールできることと、コンピュータが人の心を読めるようになる。

人工知能:意識や感情までもを持つようになる。ロボットの進化シナリオは、①人間は自らがつくったロボットに肉体的/知能的能力を超えられてしまう、②ロボットはあくまで人間をサポートする害のないフレンドリーな存在、③人間がロボットと融合し人間自身を強化する(アバターのような仮想がつくられることもここに含まれる)。

医療:臓器や細胞の修復、遺伝子治療により老化を遅らせることで、寿命が延ばせる。若さを保てるようになるだけではなく、老化を逆戻りさせることができるようになる。絶滅動物をDNAから蘇らせることも可能に。人間がペガサスのような新しい生命を創造できる可能性も。

ナノテクノロジー:どんなものでもつくれるレプリケーター(複製装置)ができる。ナノレベルのロボットが原材料を分子単位に分解し、全く新しいものがつくれるようなプログラムが組み込まれている。自己を複製し、自らのコピーをつくることができる。究極的にはいらなくなったモノをほしいモノに変えられる。

エネルギー:電気ではなく磁気の時代になっている。例えば、リニアモーターカーのような磁気自動車。人間までも磁力で地面から少し浮き移動できるようになる。エネルギー源で有力なのは宇宙のエネルギーを使うこと。宇宙太陽光発電で、宇宙で太陽の放射を吸収し、そのエネルギーをマイクロ波放射として地球に送る。

宇宙旅行:宇宙エレベーターが実現する。ナノテクノロジーの進化に伴い、宇宙ステーションや月にはロケットではなく地球から直接つながるエレベーターで行く。宇宙ロケットのエネルギー源も変わり、原子力ロケット・核融合ロケット・反物質ロケットなどが考えられる。

■未来は不確実だからこそおもしろい

今回は書ききれていませんが、上記の2100年の未来よりも、前段階である世紀の半ば(2030年〜2070年)、近未来(現在〜2030年)も、本書では詳しく書かれています。現在から遠い未来の話ほど仮説としては精度はもちろん低くなりますが、その不確実性の分だけ読んでいて想像も広がります。

実際の2100年は、ここで書かれていることの多くは当たらないかもしれません。未来の予測ほど難しいものはない。トーマス・エジソンが「世界市場に出回るコンピュータは5台ほどである」と言ったとか、1899年当時のアメリカ特許長官が「発明できるものはすべて発明されてしまった」との発言。ちなみにエジソンの5台ほどは1943年頃の話のようです。

もう1つ、本書の特徴として、未来はこんなことができる世になる世界です、という予測とともに、倫理的な問題に発生する可能性があるなど、技術的な実現可能性以外の我々人間の感情面にも触れていることです。このあたりも、考えるきっかけを与えてくれました。

「2100年の科学ライフ」は100年くらいの時間軸で色々と考えさせてくれる良書でした。




2013/06/16

眼鏡型コンピュータの次はインターネットコンタクトレンズ

ここ1年くらいでウェアラブルコンピューターが盛り上がっています。プロダクトとして現実感がでてきました。

Appleが開発中と言われる腕時計型のiWatchも楽しみですが、現時点で一歩リードしているのはグーグルのGoogle Glass。すでにプロトタイプはできていて開発者にも配布されています。各種報道では早くて年内、もしくは来年くらいには発売されるのではと言われています。

ウェアラブルコンピューター(wearable computer)は、直訳すれば身につけるコンピューター。現在主流のスマホやタブレットなどのモバイルよりも1つ先に進んだデバイスです。ただ、ウェアラブルとしてはめがね型端末はまだ進化の途中段階だと思っています。

メガネの次にあるのはコンタクトレンズ。インターネットコンタクトレンズが出てくると思っています。

■インターネットコンタクトレンズとは

機能としては、インターネットコンタクトがネットにアクセスし自分の視界にネット情報を表示するという、言葉にするとシンプルなものです。

プラスアルファとして自分が見ている目の前の景色を画像/動画で記録できるようになるかもしれません。

自分の瞳が認証キーになっていて、ネットコンタクトを装着しログインをする。ログイン後は今日のスケジュールや天気、交通情報、受信しているメッセージなど、一通りの情報が視界に表示される感じです。

データ自体はコンタクト内には最小限しか保存せず、ほぼクラウド上に置いておくことになりそうです。その頃にはネットへのアクセス環境はほぼ当たり前のように充実していそうなので、ネットにつなげるという感覚はもはやなく、コンタクトをつけるとそこに情報があるという感覚なのかもしれません。

インターネットコンタクトレンズのエネルギーは、これは勝手な妄想ですが、涙の中のある成分をエネルギー源にするとかだとかっこいいなと思います。もしくは1dayの使い捨てであれば、24時間くらいは使えるエネルギーがレンズの中にすでに入っているとか。

ネットコンタクトのエネルギー消費自体が今のスマホよりももっと少なくなると思います。スマホは使っていると端末自体が熱をもってきますが、目に入れるネットコンタクトが同じように熱くなるのは避けてほしいところ。

初めは1セット(両目用に2枚)で、10万〜20万円くらいの価格で発売されますが、いずれは使い捨てコンタクトのように毎日とか2週間で新しく変えるタイプが普及しそうです。めがね型端末と異なり、コンタクトレンズは破れたり/割れてしまう/紛失の可能性もあり、使い捨て型が便利。量産効果も効くことを期待し、1枚で100円とか10円くらいのオーダーになれば1dayの使い捨て型でも、今の電気代とか水道代くらいのコストです。

こんな感じのインターネットコンタクトレンズが15年くらいまでに具体的なコンセプトが出てきて、10年代の後半にプロトタイプがリリース、20年までには発売、くらいの時間軸かなと個人的には思っています。特に明確な根拠があるわけではないのですが、今の技術進歩を見ているとこれくらいなのかなと。

■レンズを媒体に脳とネットが直接つながる?

インターネットコンタクトレンズとは、ネットに接続できる端末を瞳に装着するものです。この意味をもう少し考えてみます。

期待したいのは、レンズが眼球に付着させることで視神経に直接つながることです。眼球の中にある網膜に表示された映像が視神経という神経線維を通して脳に情報を送っています。ということは、ネットコンタクトレンズの情報を視神経を通すことができる電気信号に変換すれば、脳に直接情報が送れるようになるはずです。

今のスマホやメガネ型端末の情報が脳にいくのは、間接的でしかありません。それに比べてネットコンタクトは直接に神経を通じて脳とリンクし情報のやりとりをする。これができれば、脳がインターネットにダイレクトでつながるので、脳とネットとの双方向のやりとりができるようになるのではと思っています。

イメージとしては、ネットを使うことがもっと感覚的になります。スマホを操作して画面上の文字や画像/動画を見ることでその情報を頭に入れるのではなく、その情報があたかも初めから自分の脳にあったかのように頭の中で再現される、そんな感覚なのかもしれません。

究極的にはインターネットにアクセスできる超小型チップを脳に埋め込んでネットに接続することなのかもしれませんが、個人的にはこの方法には抵抗感があります。何かしらの手術が必要になりそうでし(その頃には手術で頭蓋骨を開けるとかしなくても耳から入れるとかより簡単な方法が開発されるかもですが)、脳にチップを埋めるのが感覚的にリスクがある気がします。

それよりも、コンタクトレンズを媒体にして脳とネットがダイレクトにつながれば、チップを埋め込んだ状態が再現できるかもしれません。であれば、こちらのほうがリスクが低そう。ネットコンタクトを瞳に装着することと脳に極小端末を埋め込むことの折衷案として、レーシックをするような感覚で、眼球がネット接続できるようにする手術が開発されるかもしれません。

★  ★  ★

今回の内容は、昨日、新しいコンタクトを買うために眼科に行ったことがきっかけで書いてみました。待ち時間で色々と考えていました。

Google Glassに賛否があり、例えばあるレストランは装着しての来店を禁止する意向を示すなど、いろんな論点で議論があります。インターネットコンタクトレンズも然りで、技術的に可能だとしても、使い方や人々の受け入れられ方も、眼鏡型以上に様々だと思います。

インターネットコンタクトレンズ、どう思いましたか?



2013/06/15

書評「続ける」技術

「続ける」技術という本がおもしろかったのでご紹介。

タイトルの通り、何かの行動を続けるためにはどうすればよいかが書かれています。内容はシンプルで、論理的でわかりやすい内容でした。実際に自分が続けたいこと・習慣にしたいことに使ってみて、応用もしやすいです。

■ターゲット行動とライバル行動

本書では「続けたい行動」をターゲット行動と呼び、2つに分けます。やりたいことなのか、やめたいことなのか。やりたいことの例は、英語の勉強をする、ランニングなどの運動をする、など自分にとってプラスになるであろうこと。後者のやめたいことの例は、ついついTVを見てしまうのをやめる、ダイエットのために甘いものを食べない、禁煙をする、などなど。

2013/06/09

自動車×インターネットという有望フロンティア

携帯電話もPCも便利になったのは、インターネットにつながったからです。ネットというオープンなネットワーク系に高速・常時・低コストでアクセスできるようになったことは画期的だったと思っています。

ネットアクセスを期待したいもので残っているのは、TVや家電、そして自動車です。今回のエントリーでは、自動車×ネットという組み合わせを考えてみます。

■ネットにつながり自動車情報が可視化される恩恵

デバイスがネットと組み合わさることの意味は、
  • 個の情報発信
  • 双方向性
の2つだと思っています。例えばスマホ自身からネットに向かって情報発信が行われ、ネットを介してスマホ同士が双方向のやりとりを行なう。各スマホがネットというオープンな系と連携することで、スマホには様々な情報が入ってくる。それを整理することでユーザーにとっては便利になるわけです。

自動車もネットにつながると「個の情報発信」「双方向性」が起こり、スマホで享受されているような利便性が期待できます。車それぞれの情報が集まり集約することでいろんなことが可視化されます。それにより便利になる。思いつくことを挙げてみると、

渋滞情報:道路上の走行情報から、リアルタイムにどの道が混んでいる/渋滞しているのかがわかる。◯分後の渋滞予測や、来週のお盆の時期の混み具合も予測できるモデルができるかもしれません。すでにGoogle mapではAndroidの位置情報を活用して実現できています。これが「車に乗っているAndroidユーザー(かつ位置情報オン&情報提供OK)」ではなく「車そのもの」の情報で、かつ全ての自動車から情報が収集されれば、より精度が上がります。(とはいえ、全自動車でなくてもAndroidユーザーだけでもそれなりの誤差に抑えられているのであればサンプリングとしては十分で、全数調査をしなくてもいいかもしれませんが)

駐車場の空き状況:渋滞情報と似ていますが、どの駐車場が今空いているかもリアルタイムでわかると便利です。自分が行きたいところの近くのどこに駐車場があるかは今でもわかりますが、それが満車なのか空きなのかは駐車場に行ってみないとわからない。満車が続くと駐車場をたらい回しにされているようなもの。空き状況の把握と、車の中から駐車場の予約ができると便利そうです。

カーナビの利便性向上:自動車用のカーナビは機能としてはいいのですが、いかんせん地図情報がアップデートされていないので使いにくいですよね。新しい道や店舗情報が入っていないので、地図情報が古いほど最適なナビができていない。スマホを使っていると、都度情報をアップデートしておいてよいう感覚がありますが、大半のカーナビはできていない。車がネットにつながることでこの不便さは解消されます。

天気(降雨情報):車がワイパーを使っている情報を集めてくるとどのエリアで雨(or雪)が降っているかがわかります。ワイパーの速度情報から降雨量もわかる。ウェザーニュースがユーザーの雨が降っているという提供情報からリアルタイム降雨情報を公開しているように、これと同じ仕組を自動車でやる。山間部などの走行量が小さいところは情報が少ないですが、人の多い市町村であればリアルタイム降雨情報が把握できます。

タクシー:すでに日本交通がアプリを使ってタクシーの手配をできる仕組みをつくっていますが、商用車もネットにつながることでユーザーの利便性は高まるはず。スマホを使ってタクシーを呼ぶこともできるし、そうなるとタクシーの流しという営業スタイルも過去のものになるかもしれません。

この他にも交通事故情報の共有が迅速化されたり、レンタカーやカーシェアも進化しそうです。ヤマトなどの配送サービスももっと便利になるかもしれません(すでに情報共有の仕組みはできあがっていそうですが)。

■自動車がメディアになる

自動車×ネットで変わるもう1つの方向性は、車がメディアになることです。マーケットとしてはこのインパクトは大きいと思っています。

PCやスマホのネット画面で起こっていることが自動車でも実現されることになります。わかりやすい例で言うと、広告が配信されるようになります。ドライバーに対する運転中の広告配信は規制されそうですが、同乗者だったり、ドライバーにもエンジンをかけた時/電気自動車ならスイッチを入れた時、車を降りる直前など、可能なあらゆるタイミングで広告が表示されるようになると思います。PC/Mobileの広告がそうであるように、ターゲティングなどの広告手法も駆使される。

広告表示はユーザーにとって悪いことばかりではなく、広告が出るかわりに車の値段が下がるとか、いわゆる広告モデルが自動車にも適用されることも期待できます。つまり、広告主が支払う広告出稿量が自動車保有者にも還元される仕組み。広告が出ないプレミアムモデル、なんて考え方もでてくるかもしれません。

自動車への広告はネット広告に含まれるのか、新しいカテゴリーになるのかはわかりませんが、広告市場は拡大します。日本の自動車台数と、ユーザーの利用頻度を考えると、現在のネット広告規模まではいかないものの、感覚的にはラジオ広告市場よりも大きく新聞よりも小さいくらいになりそう。

★  ★  ★

車がネットにつながることで、車自体の価値も変わってきます。車の価値は、移動手段としてと移動の目的化(例:運転する楽しさ・家族/恋人とのドライブ)だと思っています。自動車のネット化で、この両方共に恩恵があります。移動が快適になり、車に乗ることそのものも楽しくなる。後者についても、車内が第二の部屋のようなよりパーソナルな空間になることが期待できます。そうなるとユーザーへの訴求ポイントも変わってきます。

直感的に思うのは、ガソリン自動車よりも電気自動車のほうがネットとの相性は良さそうです。それとGoogleなどが開発中の自動運転の車も。インターネットが進出していない自動車×ネットは有望なフロンティアです。実現の期待とどんな未来が実現されるかは楽しみです。


※参考情報
思考の整理日記: Google Mapのビッグデータ活用事例と2つの課題
思考の整理日記: Googleの自動走行車は普及するのか?


2013/06/08

データ分析だけだとまだ五合目くらい

Facebookの広告配信サービスは関心があります。例えば、
  • Facebook Exchage:ユーザーのサイト閲覧履歴に基づいて広告を掲載するリターゲティング広告
  • Facebook Custom Audiences:広告主が事前に用意した顧客リストに基づき、自社のFacebook広告を顧客に配信する。購入頻度に応じて広告を配信したりできる
  • Facebook Lookalike Audiences:ターゲットにしたい顧客と似ているユーザーに広告を配信する
どれも、FB内のユーザーデータを活用するものです。ユーザーの関心や趣味/嗜好などをもとに、より適切なメッセージを適切な人に広告を出すことが期待できます。

■自社データ+外部データの統合

上記3つのうち、特に興味深いのが2つ目のFacebook Custom Audiencesです。広告主側で持っている自社データ(顧客リスト等)と、広告主から見た外部データ(FBデータ)をつなぎ合わせる。自社+外部データの両方を使うことで、よりユーザーのことがわかり広告配信に活用していくというもの。

自社で保有する顧客リスト・購買データ・自社サイト閲覧行動などのデータをマーケティングに活用するのがこれまで主流であったものが、そこに外部データも紐付けていくのが今後の方向性だと思っています。

外部データというのは、例えば自社以外のサイトでの閲覧履歴、リアル店舗での購買情報などです。自社以外でのオンライン情報だけではなく、オフラインでの顧客情報を集約し紐付け、一元管理する。1つに統合したデータベースをマーケティングに活用する。もちろんマーケティングにとどまらず企業のあらゆる活動にも生かせます。

■データ分析の先

自社+外部データを統合してデータを見ていくというのがビッグデータ時代の潮流になると思っています。

データの活用の仕組みをつくるために気をつけたいと思っているのが、手段と目的を混合しないこと。自社+外部データの活用で言うと、データを統合して一元化するというのは手段です。統合されたデータを使って何をするのかという目的が大事。

本来データを使ってマーケなどに活かすというのは、始めに目的があり、そのためにどんなデータが必要なのか、そのデータはどうやって集めてくるか/保存するか、どう使えばよいのか(集計ツールなど)、という順番です。

それがビッグデータと言われるようなユーザーのアクセスログだったり、デバイスの利用ログが自然発生的に大量に集まってくると、データ使用目的を明確にする前に、すでに目の前にはデータが存在することになります。集まったデータの山を見て「何をしようか」と考える。

料理で例えると、膨大な食材が用意されているけど、それを使ってどんな料理/メニューをつくるかを考えるのはこれから、という状況。もっと言うと、大量データの中には使えないデータも多くあったりするので、食材の中には石・砂・葉っぱのような食べられないものも実は混ざっている、という感じ。

これからのビッグデータの時代で求められるのは、あらゆる食材をどう使うかを考えること、考えるだけではなく実際に料理をつくってみる、つくった料理を他のメニューとどう合わせるか、何よりその料理を実際に売れるものにすることです。食材を集めて終わりではなく、どう活用するかが問われる。

データの利用に話を戻すと、データを集計し分析だけで終わるのではなく、むしろ大事なのはその先。分析結果のSo whatは何なのか、それをどう活用するのか、そして、実際に施策として次の行動を起こす。ここまでやって初めてデータを分析する価値があるし、ここが難しくもありデータを扱う醍醐味でもあると思います。


※参考情報
FacebookのAPAC責任者が語るマーケ論~実名IDがもたらす古き良きバー体験 -INTERNET Watch


2013/06/02

Web広告の「反応者ターゲティング」というパラダイムシフト

ブラウザでウェブを閲覧をする仕組みは「往復はがき」で考えると理解しやすいと思っています。仕組みとしては、
  • 往信はがきを送付:PCから、ウェブページのコンテンツ情報があるサーバーに閲覧したいというリクエストを送る
  • 返信はがきの住所を確認:サーバーはユーザー情報(IPアドレス/ドメイン/ブラウザ種類等)を確認する
  • 返信はがきが届く:ユーザーのブラウザにコンテンツ情報が表示される

■Web広告とTVCMの違い

ウェブページの多くには広告が表示されていますが、ウェブ広告が画期的だったのはコンテンツサーバーと広告サーバーが別々になったことでした。往復はがきの例えで言うと、ユーザーははがきを2通用意し、コンテンツ情報が入っているサーバー宛と広告情報が入っているサーバー宛にそれぞれ送っています。

なぜこれが画期的かの理由は、コンテンツは同じ情報なのに広告はユーザーごとに適切なものに変えられるからです。例えばこのブログエントリーを見ているユーザーに表示されるコンテンツ(ブログ記事)は同じですが、広告内容はPCだと上部/スマホは下部に表示される内容はユーザーごとに違うのです。

これができるのは、コンテンツサーバーとアドサーバーが別々で運用されているから。この仕組はアドネットワークサーバーでも第三者配信サーバーでも基本的には変わらないものです。

一方のTVでは、番組とCMの放送配信局は同じなので、同じ番組を見ている視聴者には誰もが同じCMを見ることになります(例:サッカー日本代表の試合で、ハーフタイム中に流れるCMはみんなが同じものを見る)。

もしTVもWebと同じ仕組になれば、番組は同じものを見るけれど、車が趣味のAさんの家のTV1には車のCMが、来年小学生になる子どもを持つBさんの家のTV2にはランドセルのCMが、みたいなことができるようになるわけです。同じ世帯でもリビングのテレビと寝室のテレビでも違うCMを流すこともできます。

Webの世界では、(発展途上であるものの)広告配信のユーザーごとの最適化ができています。Web広告配信の最適化には様々な手法があって、
  • 行動ターゲティング:ユーザーにクッキーファイルを配り(正確には利用ブラウザに配る)、クッキー内に記録されるブラウザ情報・閲覧履歴や検索ワード・ユーザーIDなどを参照し広告を配信する
  • リターゲティング:特定のサイトに訪問したユーザーに、別のサイトで関連する広告を出す。例えば、商品サイトを訪れたユーザーに、別のニュースサイトに訪れた時にもその商品の広告を出す
  • リターゲティング拡張:↑の応用みたいなもので、リターゲティングの対象となったユーザーと似た人を選び出し、広告を出す。商品サイトに訪れたユーザーとウェブ行動が似ているユーザーは、「(まだ商品サイトには訪問していないけど)恐らく同じような関心を持っているよね」というロジック。商品サイト未訪問者なので見込み新規ユーザーに広告が出せる
  • オーディエンスターゲティング:サードパーティクッキーなどの広告主の持つ情報以外の外部データも活用し、より精緻にターゲティングを行い広告を配信する

■反応者ターゲットという考え方

「ビッグデータ時代の新マーケティング思考」という本で強調されていたのは、ターゲティングの考え方が変わる、ということでした。

従来のターゲットの考え方は、年齢や性別のデモグラ・価値観などのサイコグラフィック・行動特性などのユーザー情報からターゲットを「事前に想定する」ことでした。こういうユーザー層がターゲットになりそうと事前にしっかりと絞り込むイメージです。ターゲットを絞り、そこに向けて広告を配信する。

一方で本書で強調されていたのが「反応した人がターゲット」という考え方。ざっくりとターゲットは想定はするものの、広告をまずは配信してみて、それに反応した人たちをターゲットにするという従来とは逆の考え方、パラダイムシフトです。

反応者をターゲットにする考え方で重要になってくるのが、反応者をどう捉えるかになります。

反応者をどうグループ分けをするか。デモグラ、ジオグラ(エリア)、サイコ(心理的属性)、ビヘイビア(行動)、などに加え、ニーズで分けられるかもポイントだと思います。反応者はなぜ反応したのか、その裏にはそれぞれのニーズがあり、ニーズごとにグルーピングができるかどうか。

従来のターゲティングはターゲットを事前に想定することにウェイトを置いていたことに対して、反応者ターゲティングでは実際に反応した人をターゲットとして、その後に反応者をどれだけ分析できるかにウェイトが置かれます。PDCAで言うと、従来型はPに比重が、反応者ターゲットではまずDをやってCとAに比重があるイメージ。

■反応者ターゲットで問われる「データ活用」

反応者ターゲットの考え方はおもしろいものだと思いました。従来のターゲットの考え方は狙うことに集中しているので、撃った後のことはあまり重視されていませんでした。というかそもそも撃った後にどうなったかが知る術がなかったのです。例えばTVCMをやっても、誰が見て、その人たちにどれくらいのCM効果があったのか、つまり事前想定ターゲットが正しかったのかの検証ができなかった。CM出稿と配信後の売上という、最初と最後しかわからなかったのです。

反応者ターゲットでは、広告は誰が反応したのか、AとBの広告のどちらのクリエイティブに反応が良かったのか、反応した人の行動特性までわかります(クッキーが削除されないことという前提がありますが)。そうすると、まずはやってみて、反応者がわかり、その人達に対してどういう対応をして、という感じで次のアクションにどんどん進む、つなげていくことが可能になります。

データ分析の醍醐味は単に分析して終わりではなく、分析結果から次への示唆、ネクストステップにどう活かすかです。反応者ターゲットの考え方では、反応者した人というターゲットの発見から始まり、反応者をどう括るか、グルーピングした各反応者群にどんなアクションを取るのか、など、一歩踏み込んだデータ活用が期待できます。そうしなければ進化はないのではと思っています。





2013/06/01

Doを重視するPDCAサイクル:自分の気持ちを信じてさっと行動するために

前々回のエントリーでは、転職して1ヶ月後の状況を振り返ってみました。思ったポイントは3つあって、
  • とにかく自分から行動
  • 比較優位を意識する
  • 自分のやりたいことは何か
参考:転職して1ヶ月を振り返る

今回のエントリーでは1つ目の「とにかく自分から行動」について、もう少し考えてみます。

■Doを重視するPDCA

PDCAサイクルという考え方があります。言わずもがなかもしれませんが、はじめに計画を立て(Plan)、実行する(Do)。実行して終わりではなく振り返って計画や仮説の検証をし(Check)、次の計画や施策につなげる(Action)、という一連のプロセスです。

ここ最近思うのが、PDCAの始めの2つのうち、Pのウェイトを小さくしてDにどれだけ早く取りかかれるかが大事なのでは、ということです。感覚としてPを「もう少し詰めたほうがいいかも」と一部不十分なことは認識している段階でもDに入ってしまう。ある程度の不確実性があっても実行/行動に移ってしまうイメージです。

もう1つPDCAで思うのが、このサイクルは必ずしも一方向だけではないということ。P→D部分でも、Pがある程度整理できた段階ですぐにDに移る。実行してみてちょっと違うと感じればPに戻る。イメージとしては、Pの中でももう1つ小さなPDCAを回している感じです。

何かを実行する前にプランや仮説を立てるのは重要だとしても、100%完璧なものに仕上げるのは現実的ではありません。要は実際に行動してみて初めてわかることがある、Pの時点では仮説でしかないものは実行して初めて検証できるのです。だからこそ、P→Dをどれだけ早くできるか、Pの詰めが物足りないと感じても「まずはやってみる」というスタンスでDに一歩踏み出せるか。これって個人/組織レベルでもどちらも大切なのではないかなと。

■「こんなのつくってみました」

少し前になりますが、仕事であるクライアントとの打ち合わせでこんなことがありました。そのクライアントへはこちらの要望を伝えて、それを実装してもらっている仕事関係でした。ある時、「こんなのつくってみたんですけど」とこちらが想定していなかったインタフェースを実際に見せてもらいました。

その場で見せてもらったことでイメージも湧き、「それいいね」とか「こんなのもできるのでは」と一歩進んだ議論ができました。担当者がこちらの要望を聞いてプランを立てて実装、というプロセスは踏まずに、まずはつくってみて相手の反応を見る。実際を見せることで次のアクションまでのサイクルが早まりました。

このシーンは自分の中で印象に残りました。先ほどのPDCAで考えるとDにすぐに入っていたからです。結果的にスピード感のある議論/決定ができました。

■自分の気持ちを信じてさっと行動するために

転職して以前よりも強く意識するようになったのが「自分の気持ち/考えを信じてさっと行動する」ことです。

フットワークをどれだけ軽くできるかで、もっと言うと意識レベルでのフットワークの軽さです。行動のための精神的なハードルをいかに下げられるか。

行動を起こすことで初めて状況が変わります。計画や考えている段階では頭の中では進捗があっても、(行動はまだなので)実際は進んでいない状態。行動することで初めて前に進むことができる。それは行動→経験によって、インプットが増えたり、想定と違ったことや見えていなかったことがわかります。だから、「これはやったほうがいい」と直感的に思ったものでもいかに迷わずに行動に移せるか。

一方、行動を起こすことで注意しているのが「やらないことを決める」こと。行動へのフットワークを軽くしたいと思っているのと同時に、なんでもかんでもやろうとするのではなく行動の取捨選択もできるようになりたいと思っています。このバランスは難しいのですが、やらないことを決める段階は2つあって、①やる前からやらないと決める、②やってみて違うと思ったらきっぱりとやめる(執着しすぎない)。

★  ★  ★

今回のエントリーで言いたかったのは「自分の気持ちを信じてさっと行動する」ことの実践です。PDCAでPをゼロにするわけではないですが、自分が思う以上にPは軽めにしてDに入っていけるようにしたい、実行してみて何か違っていればPに戻れば良い、PとDを小さく繰り返すことでPDCA全体のサイクルを早くしたいと思っています。

そのために行動に移る心のフットワークをいかに軽くできるか。「とにかく自分から行動」のためのコツです。


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