投稿日 2025/12/25

ミツカン 「味ぽん」 がまさかの粉末スパイス化。マーケティング活動の全体像の6つステップで解説

#マーケティング #顧客理解 #価値創出

長年愛されてきた自社ブランド。その 「当たり前」 が、いつの間にか成長を妨げる壁になっていないでしょうか?

売り手の常識と、買い手の認識の間には、思わぬギャップが潜んでいるものです。そのズレにこそ、新たなヒットの起爆剤が隠されていたりします。

今回ご紹介するのは、60年間にわたって鍋の友だったミツカンの 「味ぽん」 です。お客さんの意外な本音を捉え、売上を伸ばしたマーケティングの王道プロセスを紐解きます。

無限さっぱりスパイス by 味ぽん


出典: ミツカン

ミツカンが2025年2月に発売した 「無限さっぱりスパイス by 味ぽん」 は、味ぽんブランドの新しい粉末状の調味料です。

発売から60年が経つ 「味ぽん」 は、「鍋料理に使うもの」 というイメージが強く、調理離れや若年層にとって 「実家にあるもの」 として、自分ごと化されにくいという解決すべき問題を抱えていました。

背景として、世帯数が頭打ちになってきていることに加え、新型コロナウイルス禍を経て、市販の総菜や冷凍食品、外食などの活用で調理離れが進んでいることも影響していました。

そこでミツカンは、これまでとは違うアプローチでブランドの価値を再定義。唐揚げなどの揚げ物に味ぽんを使うヘビーユーザーの存在に着目し、「揚げ物のサクサク感を損なわずに、味ぽんのさっぱり感を楽しみたい」 という隠れたニーズを発見しました。

この洞察から、コショウやガーリックなどを加えた病みつき感のある味ぽんの粉末スパイスである 「無限さっぱりスパイス by 味ぽん」 を開発しました。若年層にも親しみやすいパッケージデザインや、SNS でのユニークなプロモーションも話題を呼びました。

発売日前日となる2月12日に新しい味ぽんを発表した味ぽん公式の X での投稿は、280万インプレッション、7000以上のリポスト、3万件以上のいいねがつきました。


発売直後からヒット商品となり、約2ヶ月はもつと思っていた在庫がたった4日間でなくなってしまったほどでした (参考情報) 。

* * *

では 「無限さっぱりスパイス by 味ぽん」 の事例から学べることを掘り下げていきましょう。

この事例は、マーケティング活動のお手本となるような成功例です。そこで、マーケティング活動の全体像の6つのステップに沿って見ていきます。

マーケティング活動の全体像


マーケティングの活動を俯瞰すると、次のような共通のパターンとなります。

✓ マーケティング活動の全体像
  1. 注力するお客さんを決める
  2. そのお客さんのことを理解する
  3. 困りごとを解決する商品を用意する (なければつくる) 
  4. お客さんに商品の魅力を伝え、買ってもらう
  5. お客さんに商品を使ってもらうことで価値を生む
  6. お客さんに他ではなく自社商品を選ばれ続ける状態をつくる


順番に、味ぽんの事例に当てはめていきましょう。

[Step 1] お客さんを決める

最初のステップは、ターゲットとなるお客さんを明確に定めることです。誰をお客さんとするかを決めることで、その後のマーケティング戦略がより具体的かつ効果的なものになります。

味ぽんの事例では、まず既存のヘビーユーザーに注目しました。ヘビーユーザーがどのように味ぽんを使っているかを理解し、新たな商品開発の糸口を見つけようとしたのです。同時に、20 ~ 30代の若年層という新規顧客層も重要なターゲットとして設定しました。

[Step 2] お客さんのことを理解する

誰がお客さんかを決めたら、次はそのお客さんがどのような人々 (または企業) で、何を望み、どのような生活やビジネスをしているのかを深く理解することが求められます。これには市場調査が欠かせません。

調査を通じて顧客の年齢層、性別、職業、趣味、ライフスタイル、好き嫌い、望んでいること、ものの見方・考え方や価値観などの情報を集め、お客さんの行動パターンや心理を把握します。

お客さんへの理解を深める過程で、どのような問題や困りごとを抱えているかを特定していきます。

たとえば、日々忙しく時間がなく、特に平日は健康的な食事を満足にとる時間が確保できないというビジネスパーソン (さらに具体化すれば子どものケアもある働く子育て世代) の困りごとを見つけます。

味ぽんの調査では、ヘビーユーザーから見えてきたのが、「唐揚げやアジフライに味ぽんをかけている」 という、メーカーの想定を超えた使い方でした。しかし、液体の味ぽんをかけると揚げ物がしんなりしてしまい、サクサク感が失われてしまうという問題がありました。

また、若年層への調査では 「実家にあるもの」 「自分のものではない」 という認識が強く、味ぽんとの接点が薄いことがわかりました。テレビ離れも進み、従来の広告手法では彼らにリーチできないという問題も浮き彫りになりました。

[Step 3] 困りごとを解決する商品を用意する (なければつくる) 

お客さんの生活やビジネスシーンの中で問題を明らかにした後は、それを解決するための具体的な商品やサービスを用意します。

たとえば、お客さんが時間がないことを問題としている場合、早く便利で、かつおいしそうな見栄えのよい食品や時短を助ける家電が解決策となるでしょう。

既存の自社製品で解決できそうになければ、新たにつくります。商品開発では、困りごとを解決できる技術的な実現可能性、開発や販売にどれくらいお金がかかるかのコスト面、市場での競合する製品との競争力など、多角的な視点から検討を進めます。

ミツカンは、揚げ物の食感を損なわずにさっぱりさせたいという顧客課題に対し、粉末化という解決策を打ち出しました。

実は、味ぽんの粉末化は以前から何度も検討されては消えていたアイデアでした。しかし、2024年が味ぽんの誕生からちょうど60周年という節目の年だったこともあり、消費者の本当の望みに刺さる商品に挑戦する機運が高まり、ついに商品化へと動き出しました。

技術的な課題は 「病みつき感の付与」 でした。単純に材料を粉末化しただけでは、わざわざ味ぽんから切り替える理由になりません。そこで、コショウ、ガーリック、トウガラシなどのスパイスをブレンドし、味ぽんらしさを残しながら新たな価値を付加することに成功しました。

パッケージも工夫されました。手のひらサイズのコンパクト設計で、卓上に置いても違和感がありません。白とオレンジのブランドカラーは踏襲しつつ、口のモチーフでキャラクター感を演出し、若年層への親しみやすさも追求しました。

[Step 4] お客さんに商品の魅力を伝え、買ってもらう

商品が用意できたら、見込み顧客に知ってもらい、興味を持ってもらえ、購入への後押しをします。マーケティングでの代表的な活動は、広告や販売促進などのマーケティングコミュニケーションや店頭施策です。

この段階では、ウェブやテレビ等での広告、公式ウェブサイト、SNS 、著名人やインフルエンサーとのコラボレーション、広報、イベントの開催など、多様な方法と顧客接点を通じて情報を発信します。

大切なのは、商品の特徴やお客さんにとってのメリットをわかりやすく伝え、相手が商品を自分ごと化でき、その価値にお金を払ってでもほしいと思ってもらえることです。

粉末の味ぽんのさっぱりスパイスのマーケティングは、それまでとは異なるアプローチをとりました。

ドン・キホーテをはじめとする PPIH グループでの先行販売です。宝探し的なモチベーションで訪れる来店客の多いドンキの特性を活かし、新しい味ぽんとの出会いを演出しました。

そして話題となったのが SNS での大喜利イベントです。発売3日前に味ぽんの X 公式アカウントが 「ミツカンが新しい味ぽんを作りました。どんな味ぽん?」 と投稿。これに対し、約122万人のフォロワーを持つドンキの公式アカウントが次々とボケ回答を繰り返すという展開が起こりました。

商品発表の投稿は280万インプレッション、7000以上のリポスト、3万件以上のいいねを獲得するなど、若年層を中心に話題となり、発売前から期待感を高めることに成功しました。

[Step 5] お客さんに商品を使ってもらうことで価値を生む

自社商品を購入してもらうことはゴールではなく、むしろスタートです。お客さんが実際に商品を使ってみて困りごとを解決でき、それによって商品価値を実感することです。

売り手にとっては商品を売って終わりにせず、その後の利用まで見届け、商品の存在や顧客体験に満足してもらうことが重要です。

粉末タイプの 「無限さっぱりスパイス by 味ぽん」 は、消費者の困りごとを解決する商品です。揚げ物のサクサク感を保ちながら味ぽんの味を楽しめるという特徴を持っています。

常温保存が可能で、軽くてコンパクトなため持ち歩きもできるという利便性もあります。今までの液体の味ぽんでは実現できなかった使用シーンの拡大につながることが期待できます。

実際の売れ行きも、こうした顧客価値が消費者に受け入れられたことを証明しています。発売直後は約2ヶ月分の在庫が4日で完売し、その後も増産を繰り返すほどの人気となりました。

[Step 6] お客さんに他ではなく自社商品を選ばれ続ける状態をつくる

マーケティングとは 「お客さんから選ばれる理由をつくる活動全般」 です。

お客さんから選ばれるのを一度きりにせず、選ばれ続けることが重要です。長期的な顧客関係を築くためには、継続的にお客さんとの接点を持つことが大事になります。たとえば買ってもらう前だけではなく、購入後のアフターサービスの充実、お客さんの声を反映した商品の改善などのコミュニケーションを行うことが有効です。

選ばれ続けるには、お客さんが他社の商品ではなく、継続して自社の商品を選ぶような状況をいかにつくれるかです。お客さんにとって代替ができないような、独自の価値を提供し続けることがカギをにぎります。

今回の 「無限さっぱりスパイス by 味ぽん」 は、味ぽんブランドの新たな可能性を示しました。

ミツカンが目指したのは、冷蔵庫の中に味ぽんがただ鎮座するだけではなく、様々な食卓シーンに出ていくブランドにしたいというものです。

鍋料理という限定的な用途から、日常のあらゆる食シーンで活躍する調味料へ。味ぽんの転換は、消費者との新たな関係性を構築する第一歩となることでしょう。

若年層との接点を SNS でつくることに成功したことにより、次世代の顧客基盤の構築にも道筋をつけました。60年の歴史を持つロングセラーブランドが、時代の変化に合わせて進化し続ける姿勢は、選ばれ続けるための重要なことを教えてくれます。

まとめ


今回は、ミツカンの 「無限さっぱりスパイス by 味ぽん」 を取り上げ、学べることを見てきました。

最後にポイントをまとめてとして、マーケティング活動の全体像です。

  1. 注力するお客さんを決める
  2. そのお客さんのことを理解する
  3. 困りごとを解決する商品を用意する (なければつくる) 
  4. お客さんに商品の魅力を伝え、買ってもらう
  5. お客さんに商品を使ってもらうことで価値を生む
  6. お客さんに他ではなく自社商品を選ばれ続ける状態をつくる


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多田 翼 (運営者)

書いている人 (多田 翼)

Aqxis 代表 (会社 HP はこちら) 。マーケティングおよびマーケティングリサーチのプロフェッショナル。ベンチャーから一部上場企業の事業戦略やマーケティングのコンサルティングに従事。

前職の Google ではシニアマネージャーとしてユーザーインサイトや広告効果測定、リサーチ開発に注力し、複数のグローバルのプロジェクトに参画。Google 以前はマーケティングリサーチ会社にて、クライアントのマーケティング支援に取り組むとともに、新規事業の立ち上げや消費者パネルの刷新をリードした。独立後も培った経験と洞察力で、クライアントにソリューションを提供している。

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名古屋出身、学生時代は京都。気分転換は朝のランニング。