投稿日 2025/12/26

エン・ジャパンに学ぶ KPI 設計。目的と KGI から KPI 、そしてアクションの KAI へ

#マーケティング #マネジメント #KPI

設定した KPI は、本当にビジネスの成果につながっているでしょうか?

マーケティングにおいて 「KPI 設計」 は、向き合うべき重要テーマのひとつです。

しかし、データが膨大に取得できる今、何を指標にすべきかの見極めはますます難しくなっています。いくつもの KPI を追いかけてリソースの分散を招いたり、部分最適に陥ったりするケースはめずらしくありません。

今回は、転職支援サービスを展開するエン・ジャパンの事例を取り上げます。

目的から KGI 、KPI 、そして具体的なアクションの指標となる KAI までを一貫したストーリーとして設計する方法を解説します。

エン・ジャパンの KPI 設計


エン・ジャパンはスカウト型の転職支援サービスを中心に、他には、人材採用や入社後活躍の支援を目的とした多様な事業を展開しています。

エン・ジャパンのデジタルプロダクト開発本部は、これまでの KPI マネジメントの失敗を経験したとのことです (参考情報) 。

事業の初期段階では、取得しやすいデータをもとに10以上の KPI を同時に追いかけ、結果的にリソースが分散。すべてが中途半端に終わってしまったことがあったようです。

また、自社では直接コントロールしにくい 「求人への応募数」 を KPI に設定したために、有効な施策が打てずに苦しんだ経験もありました。

他には、KPI の意図や定義について社内や外部パートナーとの合意形成を十分に図ることができず、プロジェクトが円滑に進まなかったり、見るべきデータがズレていたりという失敗も起こりました。

これらの失敗や試行錯誤が、現在のエン・ジャパンの成果につながっている、より本質的な指標設計の思想を形づくったのです。

* * *

では、エン・ジャパンの事例から学べることを掘り下げていきましょう。

この事例から KPI だけではなく、KPI の上位にくる KGI なども含めて包括的に追うべき指標を管理する方法を学べます。

まずは KGI から順に見ていきましょう。

目的と KGI


指標設計の出発点は、最終的なゴールである KGI (経営目標達成指標) を定めることです。

目的の明確化が出発点

マーケティング活動や事業推進が部分最適に陥らず、最終的なビジネス成果に結びつくためには、各指標がなぜ設定され、どのように連動しているのかをストーリーとして設計することが重要です。

目的から具体的なアクションまでを一貫したストーリーとして設計することで、組織全体が同じ方向を向いて進むことができます。

エン・ジャパンの事例でいえば、「転職支援サービスを通じて企業と求職者の最適なマッチングを実現する」 という目的があります。この目的は組織の存在意義を示し、あらゆる活動の根幹となります。

重要なのは、目的を単に売上向上とするのではなく、顧客価値の創造に焦点を当てていることです。転職支援サービスの本質は、企業と求職者双方にとって価値あるマッチングを生み出すことにあります。この視点が、後述する指標設計のすべてに影響を与えます。

KGI は目的達成の測定基準

目的を定量的に測定可能にしたものが KGI です。

エン・ジャパンの場合は、目的を定量的に測る KGI として 「採用人数」 または 「採用後の定着率」 などが設定されることでしょう。

エン・ジャパンが最終成果として 「採用人数」 を重視するのは、これがサービスの価値を最も直接的に表す指標だからです。KGI は組織全体で共有され、長期的な視点で追求される指標とする必要があります。

採用人数という KGI は、単なる応募数や面談数とは異なり、企業と求職者の双方が納得し、実際に雇用関係が成立した結果を示します。

戦略と KSF


KGI というゴールが見えたら、次にそこへ至るための 「勝ち筋」 を明確にします。

目的から落とし込まれた戦略

設定した KGI を達成するために、どのような大方針で進むのかという戦略を策定します。

エン・ジャパンのケースでは、KGI を達成するための戦略として、「スカウト型転職サービスの強化」 という方向性が定められました。転職サービスの応募数を増やすだけにとどまらず、「質の高いマッチング機会を最大化する」 ことをエン・ジャパンは戦略の中核に据えます。

この戦略の背景には、従来の求人広告型サービスから、企業が求職者に直接アプローチするスカウト型への市場シフトがあります。企業側のニーズが多様化し、より精度の高い人材獲得を求める中で、スカウト型サービスは双方向のコミュニケーションを可能にし、ミスマッチを減らす効果が期待できます。

追求する勝ち筋となる KSF

戦略を成功させるための最も重要な要素、つまり勝ち筋が KSF (Key Success Factor: 重要成功要因) です。

エン・ジャパンは、「企業がスカウトを送りたくなるような、魅力的な経歴書を登録している会員を増やすこと」 が KSF になると特定しました。

KSF となる成功要因で大切なのは、自社でコントロール可能な領域へ集中することです。

エン・ジャパンの場合は、会員の経歴書公開率の向上、AI を活用した機能開発、アプリの導線改善などが勝ち筋になります。

エン・ジャパンがかつての失敗経験から学んだ点は、求人の魅力度や給与水準といった自社でコントロールできない要因に依存しない KSF を見つけることでした。具体的には、経歴書の充実度や公開状態は、プロダクトの UI/UX 改善、AI による作成支援機能などで直接的に働きかけることができる領域です。

KPI と KAI


KPI (重要業績評価指標) は戦略の進捗を測る中間マイルストーンであり、KAI はそれを達成するための具体的な行動指標です。

戦略の進捗を測る KPI

KSF を定量的に測定し、戦略が順調に進んでいるかを確認します。KPI は KGI 達成への中間的な結果指標と位置づけられます。

エン・ジャパンの失敗から学ぶべきは、KPI が自分たちでコントロール可能であり、かつ KGI と明確に連動している必要があるという点です。

エン・ジャパンが最終的にたどり着いた KPI は 「スカウト可能な会員数」 です。この KPI は、KGI と KPI を連動させるという条件を満たします。

KPI とする 「スカウト可能な会員数」 とは、経歴書を公開し、企業からのスカウトを受け取れる状態にある会員の数を指します。この指標が優れているのは、応募という最終的な意思決定の前段階で、自社のサービス価値を測定できる点にあります。

KPI として会員が求人に応募するというコントロール不能な行動ではなく、自社のプロダクト改善や施策によって直接的に働きかけることができる指標です。

実行指標の KAI

KAI は、KPI を達成するために、現場が具体的に何を、どれだけやるのかを示します。KAI は 「Key Action Indicator」 の略で、重要実行指標です。KAI は、KPI を動かすための原因となる行動指標です。

KAI は聞き馴染みのない指標だと思いますが、私は KPI を達成するためのアクション指標として重視しています。

エン・ジャパンのケースでは 「スカウト可能な会員数」 という KPI を増やすために、以下のような KAI が考えられます。

  • 生成 AI を活用した経歴書作成サポート機能の利用回数
  • 経歴書の入力完了率
  • プロフィール写真のアップロード実施率
  • スキル情報の更新頻度
  • 会員登録を促すためのアプリ内導線の改善施策の実施数
  • 新規会員獲得のためのプロモーション施策の実行回数


このように、現場が日々のアクションとして追いかけることができる KAI を設定することが有効です。KAI があることにより、KPI 達成に向けた今日何をするかが具体的な道筋となります。

因果関係の連鎖による指標設計


追うべき指標の体系化の本質は、「KAI → KPI → KGI」 という因果関係の連鎖にあります。

例えばエン・ジャパンの事例では、「経歴書の入力完了率を上げる」 (KAI) ことによって、「スカウト可能な会員数が増える」 (KPI) 。その結果として 「採用人数が増加する」 (KGI) というストーリーです。

こうした連鎖が論理的でなければ、かつてのエン・ジャパンが経験したような 「努力が成果につながらない」 状況に陥ってしまうでしょう。

動的な見直しメカニズムの重要性

エン・ジャパンが実践する定期的な指標の見直しは、KGI から KAI への体系全体に適用されるべきであるという教訓が得られます。

市場環境の変化により、例えば KSF が変われば KAI も変更が必要になります。具体的には AI の進化により 「AI マッチング精度の向上」 が新たな KSF となれば、「AI へのフィードバックと学習の実施回数」 といった新しい KAI が必要になるでしょう。

組織的な合意形成と定義の統一

以前のエン・ジャパンの失敗から学べる重要な点は、指標の体系について組織全体で合意形成を図ることです。

目的と KGI から KAI までの各レベルで、なぜその指標を選んだのか、どう定義するのか、どのように測定するのかを明確にし、関係者全員が同じ理解を持つことが大事です。

外部パートナーとの協働においては、KAI レベルでの認識統一が不可欠です。広告運用であれば、クリックやコンバージョンの定義を詳細に共有し、同じデータを見て議論できる環境を整えます。

追うべき指標の管理は、目的から KAI までがひとつの説得力あるストーリーとして語れることが重要です。あたかも物語があるような "流れ" が見られるかが指標設計に成功のカギを握ります。

 「なぜこの行動をとるのか」 「それがどう成果につながるのか」 を誰もが理解し、自分の役割を認識できる。エン・ジャパンから学べる包括的な指標管理のポイントです。

まとめ


今回は、エン・ジャパンの指標管理の事例をケーススタディとして、学べることを見てきました。

最後にポイントをまとめておきます。

  • 目的を起点に階層的に設計する。目的 → KGI (最終成果指標) → 戦略 → KSF (成功要因) → KPI (中間成果指標) → KAI (行動指標) の順で落とし込む

  • 目的と KGI から KAI までを論理的なストーリーが描けていることが大事

  • エン・ジャパンでは、まず 「企業と求職者の最適なマッチング」 という事業目的を定め、KGI として 「採用人数」 や 「採用後の定着率」 を設定

  • KGI 達成の戦略には 「スカウト型サービスの強化」 を掲げる。KSF を 「企業がスカウトしたくなる魅力的な会員を増やすこと」 と特定

  • KGI につながりコントロール可能で 「スカウト可能な会員数」 を KPI に。KPI を達成するためのアクションとして 「経歴書作成サポート機能の利用回数」 や 「プロフィール写真のアップロード率」 などを KAI として定めた

  • 設計した指標の定義を社内外の関係者と統一し、合意形成を図る。また、組織全体で共有し、動的に見直す仕組みを持つ。市場や事業環境の変化に対応するため、定期的に指標全体を見直し柔軟にアップデートしていく


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多田 翼 (運営者)

書いている人 (多田 翼)

Aqxis 代表 (会社 HP はこちら) 。マーケティングおよびマーケティングリサーチのプロフェッショナル。ベンチャーから一部上場企業の事業戦略やマーケティングのコンサルティングに従事。

前職の Google ではシニアマネージャーとしてユーザーインサイトや広告効果測定、リサーチ開発に注力し、複数のグローバルのプロジェクトに参画。Google 以前はマーケティングリサーチ会社にて、クライアントのマーケティング支援に取り組むとともに、新規事業の立ち上げや消費者パネルの刷新をリードした。独立後も培った経験と洞察力で、クライアントにソリューションを提供している。

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名古屋出身、学生時代は京都。気分転換は朝のランニング。