#マーケティング #ジョブ理論 #新しい挑戦
新しいシステムを導入したけれど、なかなか成果が出ない…。
最新の話題のツールを入れたのに、現場の負担が減らない…。
そんな状況になっていないでしょうか?
原因は 「導入そのもの」 が目的になり、本当に解決すべき問題、対処したい課題が見えていないからかもしれません。
今回は、メガネフレームメーカー 「シャルマン」 の工場への汎用ロボット導入事例を、マーケティングの 「ジョブ理論」 という視点から深掘りします。効率化に留まらない、価値創出のヒントを探り、新しいことへの挑戦を成功に導くための秘訣をジョブ理論から紐解きます。
シャルマンのメガネ工場での汎用ロボット導入
福井県鯖江市のメガネフレームメーカー 「シャルマン」 。高級メガネ市場で高いシェアを誇る日本の代表的なメガネフレームのメーカーです。
年間約70万本のメガネフレームを製造する基幹工場では、250以上にも及ぶ複雑な製造工程が存在します。
具体的には、工場内では完成前のフレームを頻繁に運搬する必要があります。製造後の検品工程においては、組み立て担当者が作った製品を、検品担当者が直接回収して運ぶという手間がかかっていました。
従来の方法では、検品担当者が多数の製造担当者の作業場を歩いて巡回していましたが、これが非効率で問題でした。加えて、ここに人手不足という問題もシャルマンは抱えていました。
こうした背景のもと、シャルマンは2024年からアフレル社の協力のもと、基幹工場に自走型汎用ロボットを導入しました。
まずは検品工程で、従来は人が行っていたメガネフレームの運搬作業をロボットに置き換えました。
シャルマンが採用したのは、専用ロボットではなく汎用ロボットです。その理由として次のようなメリットがあるからでした。
1つ目は、専用ロボットよりも低価格で、中国メーカーなどからも調達が容易であることです。
2つ目のメリットは柔軟性です。多品種少量生産が基本のメガネ製造では、運搬経路が頻繁に変わるため、専用ロボットでは経路変更のたびに大きな手間がかかります。一方の汎用ロボットなら、ソフトウェアの簡易な変更だけで柔軟に対応できます。
3つ目は、工場スタッフが自力で操作・変更可能なため、専門業者への依頼が減るというものです。
ジョブ理論で見る汎用ロボットの価値創出
シャルマンの汎用ロボット導入事例を、マーケティングの 「ジョブ理論」 というレンズを通して深掘りすることで示唆が得られます。
この事例から、新しいことの導入や挑戦を成功に導くためのヒントを探っていきましょう。
ジョブとは
ジョブ理論におけるジョブとは、「人や企業がその状況において遂げたい進歩 (progress) 」 です。
商品やサービスは、お客さんが抱える特定の 「ジョブ」 を片付けるために 「ワーカー (働き手)」 として雇われると考えます。
シャルマンの事例では、汎用ロボットが 「ワーカー」 として、シャルマンが抱えるジョブを解決するために導入されたと捉えることができます。
ロボット導入前の工場が 「置かれていた状況」
では、シャルマンの基幹工場が抱えていた 「状況」 を具体的に見てみましょう。
工場は、多品種少量生産と頻繁なレイアウト変更が発生する環境です。メガネフレーム製造の特性上、製造工程の配置変更が日常的に発生し、その都度、運搬方法の見直しが求められていました。
もうひとつの置かれた状況は、検品工程における運搬負荷が生じていたことです。
検品担当者は、工場内の複数箇所から完成したメガネフレームを回収し、検品エリアへ運搬する必要があります。本来の検品業務に加えて移動と運搬に多くの時間を割かれていました。検品担当者の生産性低下や身体的負担が問題となっていました。
シャルマンが 「片付けたかったジョブ」
このような状況下で、シャルマン、特に検品担当者や工場管理者が解決したいと願っていた 「ジョブ (成し遂げたい進歩) 」 は、検品担当者が本来集中すべき品質チェック・検品業務に専念できることでした。
検品作業に集中できる状態を実現し、移動や運搬といった付帯業務に割かれる時間を最小限にするという進歩を求めていたわけです。
このジョブを達成することより、作業効率の向上、品質検査精度の向上、そして何よりも従業員の負担軽減といった成果が期待されていました。
なぜ既存の方法ではジョブが片付かなかったのか?
ジョブ理論を活用する際に押さえておきたいポイントは、お客さんのそのジョブはなぜ今まで済ませられなかったのか、もっと言えば、何が障壁となり進歩を阻害していたかを把握することです。
シャルマンの場合、なぜ従来の 「人手による運搬」 という方法では、ジョブが十分に片付かなかったのでしょうか?
1つ目の要因は、物理的な移動の不可避性です。人が運搬する以上、移動時間や待機時間が必ず発生し、検品担当者の貴重な時間を奪っていました。
2つ目に、専用ロボット導入の難しさもありました。頻繁なレイアウト変更に対応するためには、その都度専用ロボットのプログラム変更が必要となり、運用負荷とコストが障壁となっていたのです。
3つ目の要因としては、人手不足の深刻化です。労働集約型の運搬作業は、慢性的な人手不足の状況下では持続可能性が低い状態でした。
これらの要因が複合的に絡み合い、検品担当者が本来の業務に集中できないという 「片付かないジョブ」 が存在し続けていたのです。
汎用ロボットがシャルマンのジョブを遂行できた理由
そこでシャルマンが 「ワーカー」 として採用したのが汎用ロボットでした。
汎用ロボットがシャルマンのジョブを効果的に片付けることができたのは、以下の 「ジョブスペック」 というジョブを遂行する能力を備えていたからです。
- 導入と運用の手軽さ: 既存の作業員がタブレット操作だけで設定変更ができる。専門業者を毎回呼ぶ必要がなく、工場内のスタッフのみで調整できることも運用負荷を低減
- 柔軟性の高い運搬能力: 工場内の複雑な経路でもセンサーによる経路を自動で認識。ソフトウェアの簡単な変更だけで新たな経路設定が可能。頻繁なレイアウト変更にもすみやかに対応できる
- 多機能性と将来的な拡張性: 将来的には従業員コミュニケーションツールとしての活用も視野に入れられる。複数のロボットをネットワークでつなぎ、全体をプラットフォームとするような拡張ができる可能性も秘めている
これらのジョブスペックを持つ汎用ロボットを導入することにより、シャルマンは検品担当者の運搬作業という 「ジョブ」 をロボットに任せ、担当者が本来の検品業務に集中できる環境をつくり出しました。
ジョブ理論で 「新しいこと」 導入の意義を見極める
シャルマンの事例は、製造現場の効率化の話にとどまらず、企業が新しい取り組みを進める上で示唆を与えてくれます。
ジョブ理論という視点を持つことによって、新しい仕組みやツールの導入が、組織や従業員のどのような 「ジョブ」 を解決しどのような進歩をもたらすのかという、本質的な意義を見極められるということです。
意義を見極める問い
新しい仕組みやツールを 「ワーカー」 として捉え、次のような問いを立ててみることが有効です。
- 導入部門・従業員の 「置かれた状況」 : 既存業務のどこに非効率が存在するのか? 手作業による限界は何か? 情報共有やコミュニケーションにどのような課題を抱えているのか?
- その状況下で 「片付けたいジョブ」 : 従業員はどのような業務負荷から解放されたいのか? 組織としてどんな生産性向上や意思決定を望んでいるのか? 顧客に対してどのような新しい価値を提供したいのか?
- 既存のやり方・システムではジョブが片付かない 「理由」 : なぜ現状のプロセスやツールでは、ジョブが解決されないのか? 技術的な限界か、組織的な問題か、あるいは意識の問題か?
- 新しい導入が果たすべき 「ジョブスペック」 : 新しいシステムやツールは、どのような機能や使いやすさ、連携性、拡張性を備えていれば、ジョブを効果的に解決できるのか?
こうした問いを投げかけることによって、導入の目的や役割を明確にできます。何のためにそれをやるのか、導入するシステムは何を解決してくれるのかという本質的な価値を見失うことなく、社内のプロジェクトを推進できることでしょう。
マーケティング視点での評価
そして、ジョブ理論にもとづいた 「新しいこと」 の導入は、その恩恵をマーケティング視点で評価することも可能にします。
具体的には、
- 従業員体験の向上: 無駄な作業の削減や働きがいのある環境は、従業員のモチベーションを高め、それが顧客へのサービス品質向上にもつながる
- 顧客価値の向上: 新しい取り組みによって従業員がより本質的な業務に集中できれば、製品やサービスの質が向上し、顧客満足度が高まる
効率化やコスト削減という視点だけではなく、目指したいのはその先です。ジョブを遂行することによる 「従業員の状況や人としての進歩」 や 「顧客への提供価値の向上」 といった本質を見据えることです。
ジョブ理論は、新しい挑戦の価値を見極めるための強力な羅針盤となります。
まとめ
今回は、メガネフレームメーカー 「シャルマン」 の汎用ロボット導入の事例を取り上げ、学べることを見てきました。
最後にポイントをまとめておきます。
- 新しい挑戦にジョブ理論を取り入れる。ジョブ理論の視点を持つことで、新しいもの導入を 「意義ある進歩の実現」 へと取り組みの質を変えることができる
- 組織や従業員の 「置かれた状況」 を把握し、その中で 「遂げたい進歩(ジョブ)」 を捉えることにより、新たな取り組みの本質的な価値と目的を明確にする
- 新しいツールや仕組みを 「ワーカー」 とみなし、ワーカーとして果たすべき 「ジョブスペック」 を定義する
- 既存の方法でジョブが片付かない本当の理由 (技術的限界, 組織的問題, 人的制約など) を特定し、新しいツールや仕組みに求められる具体的な要件を定める
- 効率化やコスト削減という直接的な効果だけでなく、従業員体験の向上や顧客への提供価値の拡大などの成果も見据えるといい
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