#マーケティング #デザイン思考 #商品開発

ご紹介したいのは、博報堂 DY グループが若手社員向けに実施した 「プロダクト・プロトタイピング研修」 (通称 「プロプロ研修」 ) です。

この研修は、営業や人事といった多様な職種のメンバーが集まり、メーカーの技術を使って新商品のプロトタイプをつくるプログラムです。

今回は博報堂 DY の研修の事例を 「デザイン思考」 の 5 つのステップに当てはめながら、商品開発とマーケティングへの学びのポイントを紐解きます。

博報堂 DY グループのプロダクト・プロトタイピング研修

出典: 博報堂

まずは研修の全体像を見ていきましょう (参考情報) 。

研修の目的

プロプロ研修の根底にあるのは、「クリエイティビティーは全社員が持つべきもの」 という考え方です。

博報堂 DY グループでは以前はクリエイティブ職だけを対象に研修を行っていましたが、他の職種のメンバーを交ぜて実施したところ、生活者の本音を突いた発想が生まれることがあったそうです。この経験から、職種にとらわれずに課題を考え抜く思考体力を鍛えることが大切だという考えに至りました。

もうひとつの狙いは、クライアントの立場への共感です。ゼロから形にする難しさを自ら体験することにより、クライアントが日々向き合っている開発プロセスの苦労を自分ごととして理解できるようになります。

ただし、商品を完成させること自体が目的ではありません。プロトタイプ制作までの過程で見つけた問いや生活者の価値を、それぞれの現場に持ち帰ることに意味があります。

営業であれば顧客の課題を見立てる視点、人事であれば社員の本音を読み解くヒントとして活かすことが期待されています。

研修の枠組み

2025 年 10 月から約 3 カ月間にわたり、プロプロ研修には博報堂をはじめ大広、読売広告社、Hakuhodo DY ONE などから 30 歳前後の若手社員 18 人が参加しました。営業、人事、広報、プランナーなど多様な職種のメンバーが 6 チームに分かれて取り組んでいます。

課題と素材を提供したのは、独自技術を持つメーカー 2 社です。

島田電機製作所はエレベーターのボタンや表示器を得意とする会社で、アクリル板の側面から光を当てて面全体を均一に光らせる導光板の技術を提供しました。もう一社の OUTSENSE (アウトセンス) は宇宙工学由来の高度な折りの技術を持つ会社で、特殊な装飾用パネルを提供しています。

プロプロ研修の参加者はモックアップ制作ではパソコンを使わず、模造紙や段ボール、アクリル板といった身近な素材でモックアップをつくり、最終的にはメーカーと共に本格的なプロトタイプを制作しました。

デザイン思考の実践

ではここからは、プロプロ研修を 「デザイン思考」 の 5 つのステップに当てはめて見ていきましょう。

デザイン思考

デザイン思考は、利用者を中心に据えて問題を解決し、新たな価値を生み出すアプローチです。共感、問題定義、創造、試作、検証の 5 つのステップからなり、これらを繰り返しながらブラッシュアップしていきます。

[ステップ 1] 共感 (Empathize) 

デザイン思考の出発点は、利用者の潜在的なニーズを理解し共感することです。プロプロ研修では、博報堂 DY グループが大切にしている 「生活者発想」 がこのフェーズの土台になっていました。

注目したいのは、様々な職種を混ぜた研修設計そのものが共感の質を高める機会になっていた点です。デザイナーやクリエイターだけだと専門家の目線だけで課題を捉えがちですが、営業や人事、広報のメンバーが加わることで、1 人の生活者としての実感が自然と出やすくなります。

授乳室をテーマにしたチームでは、設備面だけでなく母親が感じる閉塞感や暗さといった感情面の課題に着目しました。ほっとしたい、安心したいという気持ちに寄り添うところから発想が始まっています。

子ども部屋の壁に取り組んだチームでは、防音やけが防止といった親目線の発想ではなく、子ども自身の触りたい、描きたいという好奇心に目を向けました。 誰に共感するかを変えるだけで、見える課題も変わってくるわけです。

[ステップ 2] 問題定義 (Define) 

デザイン思考の 2 つ目に来る 「問題定義」 は、共感で得た気づきをもとに、本質的に解くべき問題を明確にするステップです。技術をどう使うかではなく、誰の、どんな不満や願いに応えるのかを定めることがポイントになります。

授乳室チームは、母親の閉塞感を出発点に、暗く閉鎖的な空間という課題を、ほっとできるおもてなしの空間への転換として定義しました。技術ありきではなく、生活者の感情から課題を絞り込んでいます。

子ども部屋チームも同様です。壁パネルを守るためのものではなく、子どもの能動性を引き出す体験として問いを立て直しました。同じ素材でも、問題をどう定義するかで生まれるアイデアの方向性はまったく変わります。

一方で、問題定義での難しさを示す場面もありました。そもそも誰にどんな体験を提供したいのかが曖昧なまま進めてしまい、手が止まったチームがあったとのことです。企画書は見栄え良くまとまっていても、解くべき問いが定まっていなければ具体的な形には落とし込めません。

[ステップ 3] 創造 (Ideate) 

定義した問題に対して、多様なアイデアを生み出すステップです。プロプロ研修では、多職種混成のチーム構成がアイデアの幅を広げる仕組みとして機能していました。

研修ではまず個人でアイデアを出し、それをチーム案に昇華させるプロセスを踏みました。

子ども部屋チームの提案はこのステップの好例です。メーカーから提供されたのは装飾用パネルの技術でしたが、発想は住宅の内装材にとどまりませんでした。壁を子どもが触り、書き込み、形を変えられる遊具として捉え直し、メーカーに教育産業への進出という新たな可能性を示しています。技術を起点にしつつも、生活者視点から価値を再定義することで発想を飛躍させた例です。

[ステップ 4] 試作 (Prototype) 

アイデアを試作品で形にし、具体化するステップです。この研修の最大の特徴は、試作のプロセスを徹底して重視していることにあります。

参加者の 1 人はこう振り返っています。普段はオンラインでスライドを画面共有しながら議論することが多く、発想も画面の情報内にとどまりがちだった。しかし実際に手を動かしてみると、思ったより動かない、逆にもう少し膨らむのではないかといった発見があったというのです。

企画書の上では成立しているように見えるアイデアでも、形にしてみると抽象性や物理的な無理があらわになることがあります。手を動かしているうちに新たなアイデアが膨らむこともあります。

プロプロ研修で授乳室チームの提案が高く評価されたのは、プロトタイプの完成度も理由のひとつです。導光板による柔らかな間接光のデザイン性に加え、既存の施設に後付けできるという実現性まで設計に落とし込んでいました。試作を繰り返すなかで、理想と現実を行き来しながら精度を高めていった成果です。

[ステップ 5] 検証 (Test) 

試作品へのフィードバックを得て改善していくのがデザイン思考の 5 つ目のステップです。プロプロ研修では、中間発表後の生活者ヒアリングや、中間発表と最終発表がこの場として機能していました。

発表の場では、協力企業の経営者や専門家から厳しいコメントが寄せられました。コストや実現可能性への指摘、実際の使われ方を想定した問いかけなど、理想を現実に引き戻すフィードバックです。

研修アドバイザーの指摘も印象的です。実現の壁にぶつかったときに、分かる人だけが分かればいいとアート性を言い訳にする姿勢を戒め、多くの人に届けるためのニーズと向き合うことの大切さを語りました。

検証は、つくったものの良し悪しを判定する場では終わらせません。外部の視点を取り入れて共感や問題定義に立ち戻るきっかけを得る場であり、フィードバックから新たな問いを見つけ、次の試作につなげるプロセスにこそ意味があります。

デザイン思考は一方通行ではない

デザイン思考の共感、問題定義、創造、試作、検証の 5 つのステップは、1 から 5 まで一回だけ進めて完了ではありません。

必要に応じて前のステップに戻り、再び試作や検証を行いながら解決策を磨いていきます。プロプロ研修でも、この反復の大切さが繰り返し強調されていました。

プロプロ研修で指導に当たった専門家は、技術と生活者視点、理想と物理的現実、個別の製品と空間全体という 3 つの視点を行き来する反復横跳びの重要性を語りました。一度つくって満足するのではなく、人に見せて意見をもらい、だめなら壊してまたつくる。その繰り返しがものづくりには不可欠だというアドバイスです。

5 つのステップを何度も行き来しながらブラッシュアップしていくというプロセスが、利用者が本当に求める解決策を導き出すデザイン思考で重要なことです。

まとめ

博報堂 DY グループの 「プロダクト・プロトタイピング研修 (プロプロ研修) 」 の事例を取り上げ、デザイン思考に当てはめて学べることを見てきました。

学びのポイントをまとめておきます。

  • デザイン思考の出発点は、技術や機能ではなく利用者への共感。誰の、どんな感情や本音に寄り添うかによって、見える課題もアイデアの方向性も変わる
  • 解くべき問題の定義が曖昧なままでは、どれだけアイデアを出しても具体的な形に落とし込めない。共感から得た気づきを、明確な問いとして言語化する
  • 多様な職種や視点を持つメンバーがチームに加わることで、特定の専門家だけでは出にくい生活者の実感に根ざしたアイデアが生まれやすくなる
  • 企画書やスライドの上では成立していても、手を動かして形にすることで初めて見える発見や課題がある。試作は理想と現実を行き来しながらアイデアの精度を高める場になる
  • 共感、問題定義、創造、試作、検証の 5 つのステップは一方通行ではなく、フィードバックを受けて前のステップに戻ったり、さらに何度もまわす反復がデザイン思考では重要