#マーケティング #脇役戦略 #ポジショニング
お気に入りの腕時計は使い続けたい。でも、通知や健康管理といったスマートウォッチの便利さも欲しい。
この 2 つを両立させたのが、腕時計の 「バンド」 をスマート化した wena X (ウェナ クロス) です。
おもしろいのは、自分が主役になろうとしなかったことです。
wena X は、お客さんがすでに大切にしている腕時計を主役のまま残し、その隣で新しい価値を加えています。この事例から、「脇役戦略」 というポジショニングのつくり方を解説します。
wena X
出典: GREEN FUNDING
wena X は、腕時計のバンド部分にスマートウォッチ機能を組み込んだ製品です。
バンドのバックル (留め具) にディスプレイやセンサー、バッテリーが内蔵されていて、お気に入りの腕時計にそのまま取り付けて使えます。一般的なスマートウォッチが腕時計そのものなのに対し、wena X はあくまで腕時計のバンドの一部として機能するところに特徴があります。
もともと wena シリーズはソニーで開発されていました。開発者の對馬 (つしま) 哲平さんが学生時代に考えたアイデアを、ソニーの新入社員時代に事業として立ち上げたのが始まりです。
しかし 2026 年 2 月末にソニーが wena 3 のサービスとサポートを終了し、SNS 上には終了を惜しむ声があふれます。サポート終了は長年の愛用者にとって寂しいニュースでした。
その直後の 3 月、對馬さんが率いる augment AI が、ソニーから商標と特許、さらに開発チームごと継承するかたちでスピンアウトしたことが発表されました。事業の可能性を信じて独立起業に踏み切ったとのことです。
新会社から生まれた wena X のクラウドファンディングが GREEN FUNDING で 3 月 20 日に始まり、開始 4 分で目標の 1000 万円を達成しました。
40 分で 1 億円を突破し、5 日間で 3 億円もの支援が集まりました。初代 wena も 2015 年にクラウドファンディングで 1 億円以上を集めましたが、今回はそれをさらに上回る結果となりました。
この反響の背景には、wena X のコンセプトに一貫したポジショニングの考え方があります。
脇役戦略
wena X の事例から学べるのは、「脇役戦略」 です。
脇役戦略とは
脇役戦略とは、主役を置き換えるのではなく、主役の存在を前提として共存を目指すアプローチのことです。
スマートウォッチの市場を見ると、Apple Watch に代表されるように、多くの製品は腕時計そのものとして使う主役型のポジションを取っています。従来の腕時計の代わりにスマートウォッチを着けるという構図です。お客さんは既に持っている腕時計を外して、スマートウォッチという新しい時計に切り替えることになります。
一方の wena X は、お客さんが持っている腕時計を主役に据えたまま、自らはバンド部分という脇役のポジションを選びました。主役と戦うのではなく、主役のそばで価値を発揮する。これが脇役戦略の基本的な考え方です。
では、脇役戦略はどのように成り立つのか、wena X の具体例を通して掘り下げていきましょう。
主役の存在を前提とする
脇役戦略の出発点は、お客さんの生活に既に主役がいることを認めるところにあります。
腕時計を愛用している人たちにとって、その時計はデザインや思い出を含めた大切な存在です。親から譲り受けた時計や、自分へのごほうびに奮発して買った時計など、一つひとつに物語があることでしょう。スマートウォッチの便利さには興味があっても、今の腕時計を外してまで使いたいとは思わない人も少なくありません。
wena X はこの気持ちを否定せず、お気に入りの腕時計があることをスタートにしています。スマートウォッチの機能を腕時計の手首の内側のバンドに入れ込むという発想自体が、主役は腕時計であるという前提から生まれたものです。主役を押しのけるのではなく、主役がいる前提で自分の役割を見つけているわけです。
既存の利用習慣を変えない
脇役戦略では、お客さんに新しい習慣を求めません。今ある生活の流れやライフスタイルにそのまま入り込むことを目指します。
新しい製品やサービスを使い始めるとき、お客さんにとってハードルになるのが習慣の変更です。これまで当たり前にやっていたことを変えるのは、思っている以上にエネルギーがいります。
wena X は対応するラグ幅 (バンドの取り付け幅) が 16 ~ 24mm と幅広く、多くの腕時計にそのまま装着できます。お客さんはいつもの腕時計のバンドを付け替えるだけで、運動や睡眠の活動ログの記録、スマホからの通知の受け取りといったスマートウォッチの機能が加わります。
新しいデバイスの操作方法を一から覚える必要も、愛用している腕時計を引き出しにしまう必要もありません。お客さんの毎日の習慣をそのまま尊重しながら、新しい価値をそっと加える。行動を変えるハードルが低いからこそ、受け入れてもらいやすくなります。
主役の価値を高める存在になる
脇役戦略で大切なのは、脇役がいることで主役の価値がさらに高まるという関係をつくることです。ただ単に共存するだけでなく、主役をもっと活かす存在であることがポイントになります。
wena X を付けることで、お気に入りの腕時計がそのままスマートウォッチにもなります。好きなデザインで選んだ手首の外側の腕時計の見た目はそのままに、健康管理や通知確認の機能が加わる。主役の魅力を損なわないどころか、腕時計全体の活躍の場を広げています。
さらに wena X では、バックル部分を取り外してスマートバンドとしても単体で使えるようになっています。睡眠中や運動中など腕時計をしない場面でも、健康トラッキングを続けられます。
主役のそばにいるときは脇役として主役を支え、主役がいない場面では自分だけでも役割を果たす。脇役の立場に甘んじるのではなく、脇役としての貢献の幅を自ら広げた設計です。
脇役であることを徹底する
脇役戦略は、コンセプトだけでなく、デザインや売り場に至るまで一貫して脇役であることを徹底するのがポイントです。考え方だけでなく、お客さんの目に触れるあらゆる接点で脇役としての姿勢を貫きます。
wena X は先代モデルの wena 3 から全長を 8.5% 小型化しました。小さくするのは、主役である腕時計の存在感を邪魔しないためと見ることができます。外装も装飾を省いたミニマルなデザインで、クラシックな時計からモダンな時計まで、どんな腕時計にも自然に溶け込むように仕上がっています。
おもしろいのは、10 周年記念モデルとして用意されたスケルトン (中が透ける) の機械式腕時計です。腕時計側をフルスケルトンという透き通る仕立てにすることにより、バックルに収められた wena X こそが製品の中核であるという設計哲学を体現しています。脇役に徹するからこそ表現できる主張です。
売り場の選び方にも一貫性があります。蔦屋家電や蔦屋書店といった、腕時計好きの人たちが自然に訪れる場所に展示を行いました。家電量販店のスマートウォッチ売り場ではなく、腕時計好きの人たちとの自然な接点を選ぶあたりにも、誰の隣に立つ製品なのかという意思が表れています。
脇役であることが選ばれ続ける理由になる
wena X の事例から見えてくるのは、脇役に徹するという一貫性が、お客さんに選ばれ続ける理由になり得るということです。
主役を張ることだけがマーケティングの正解ではありません。お客さんの生活に既にある主役を活かし、その主役を支えるポジションを取ることも有効な戦略なのです。
大切なのは、脇役であることを中途半端にしないことです。コンセプト、デザイン、サイズ、売り場、どこを切っても主役はあなたの腕時計ですというメッセージが一貫していること。この一貫性がお客さんからの信頼を生み、他にはない独自の立ち位置をつくり出します。
お客さんの持つ 「主役」 を活かすポジショニング
脇役戦略の本質は、お客さんの生活や習慣の中にある主役の存在を尊重し、その主役がもっと輝く関係をつくる点にあります。
自分が主役になろうとすれば、お客さんに既存の習慣を変えてもらう必要が出てきます。しかし脇役として主役のそばに自然に入り込めれば、お客さんは今の生活ややり方を変えずに新しい価値を手に入れることができます。
wena X がクラファンの 5 日間で 3 億円の支援を集めた背景には、腕時計好きの人たちが自分の腕時計をもっと楽しめると感じたことがあるのでしょう。主役を輝かせることができる存在は、お客さんにとって手放したくない存在になります。
まとめ
wena X の事例を取り上げ、戦略とポジショニングについて学べることを見てきました。
学びのポイントをまとめておきます。
- 主役を張ることだけが正解ではない。「脇役戦略」 によってお客さんの生活にある主役を活かし、その隣に入り込むポジションも有効な戦略になる
- お客さんに新しい習慣を求めず、今の生活の流れにそのまま入り込むことで受け入れてもらいやすくする
- 脇役がいることで主役の価値が高まる関係をつくれれば、それが選ばれ続ける理由になる
- コンセプトだけでなく、デザイン、サイズ、売り場まで脇役であることを一貫して徹底する
