2018/07/11

書評: 小売再生 - リアル店舗はメディアになる (ダグ・スティーブンス) 。リアル体験をめぐる異業種格闘技へ


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小売再生 - リアル店舗はメディアになる という本をご紹介します。



エントリー内容です。

  • 本書の内容
  • リアル店舗のメディア化。小売が自ら未来をつくるために
  • 体験のリアル追求をめぐる異業種格闘技


本書の内容


以下は、本書の内容紹介からの引用です。

アマゾン一強時代のサバイバル小売論。

リアル小売不振の元凶とされるアマゾンだが、アメリカでも小売全体におけるアマゾンの売上げは1割に満たない。本当の問題は小売業界が AI や VR などのテクノロジーを買い物体験の革新に活かしきれていない現実だ。

消費者はもうお店にものを探しにくるのではない。もっといえば、買いにくるのでもない。消費者に 「ワクワク」 「わたしだけ」 「期待以上」 を届けるためのイノベーションの起こし方とは?

この本を通じての大きな問いは、「実店舗はなくなるのか」 です。

問いの背景は、Amazon などの EC サイトが台頭すると、人々は便利なネット通販からより多くの買いものをするようになり、リアル店舗は縮小し、やがてはなくなるのではないかということです。

著者の考えは No です。なぜなら、本書のサブタイトルにあるように 「リアル店舗がメディアになる」 からです。


リアル店舗のメディア化


本書が提示するリアル店舗の未来は、お店が新しい価値を消費者に提供する場になることです。


 「買う」 から 「体験」 へ


価値のキーワードは 「体験」 です。

お店が、棚に並んでいる商品を買うだけの場所から、リアル店舗でしかできない体験という価値を、消費者に提供する場所になることです。売り物だけではなく 「売り方」 での差別化です。


音楽業界に見るアナロジー


小売店の未来の姿で参考になるのは、音楽業界です。

昔は、アーティストの主要な売上は、CD やかつてはレコードでした。ライブ活動はレコードの売上を伸ばすためでした。

しかし、状況は変わりました。ライブ活動の位置づけが相対的に高まりました。アーティストによっては、CD や楽曲配信よりも、ライブ活動を重視するようになっています。

これが意味するのは、ファンがミュージシャンとライブでの同じ時間を共有するという体験に価値を見い出していることです。


リアル店舗ならではの体験


実店舗での買いもの体験とは、例えば以下です。

  • 消費者視点での商品情報がわかる (例: レビューや口コミ、ソーシャルメディアでの評判、作り手のこだわりや思い)
  • 思ってもみなかった商品との新しい出会い。知らなかった使い方がわかる
  • 店舗で実際に試してみることができる
  • 店員とのコミュニケーション。店員は強引に売ろうとする接し方ではなく、お客の悩みや困り事に寄り添った接客
  • お店では 3D プリンターを使い、自分でつくる工房の役割も果たす。小売と消費者の共創

新しい技術によって今までにはない魅力的な体験をもたらします。

本書でおもしろいと思った言葉は 「フィジタル」 でした。フィジカルとデジタルを合わせた造語です。リアルでの物理的な体験 (フィジカル) と、新技術 (デジタル) をかけ合わせて実現する体験がフィジタルです。


良い体験のための5つの条件


本書で提示された、より良い体験のための5つの条件が興味深かったです。

  • 消費者を惹きつけること
  • 独自性があること
  • 個々の消費者の趣味嗜好を反映できること
  • 驚きがあること
  • 繰り返し楽しめること

未来のリアル店舗の姿は、単にモノを売るだけの場所から、店内でいかに心地よく過ごせるか、出会いや発見があり、人間らしくあれるような、顧客体験を充実させることにシフトします。


自ら未来をつくるために


未来の小売店をつくるには、小売が自ら変わる必要があると本書では指摘します。


小売が自らを泥沼に追い込んでいる


逆に言えば、このまま同じことをやっていては変わりません。

以下は本書から、著者のリアル店舗についての問題意識です。

消費者が小売を殺そうとしているのではない。小売業者が小売を殺し、消費者はその犯罪の瞬間に立ち会ってしまった無実の目撃者にすぎない。

小売業者が短絡的に売り場面積当たりの売上高に気を取られている限り、買い物客は幻滅させられ続け、小売業者は泥沼にはまっていくのである。

今、オンラインには個性的、独創的な商品がいくらでもあり、消費者は多彩な品揃えや目利き力、新たな発見を当たり前のように期待するようになっている。

 (引用:小売再生 - リアル店舗はメディアになる)


小売を再定義する


求められるのは、小売自身が自らを再定義することです。

店舗の存在意義を、メーカーから商品を仕入れ、棚に並べ、消費者に売るだけの 「流通」 ではなく、リアル店舗でしかできない顧客体験を提供する場所に変えることです。

売上至上主義ではなく、どんな体験をもたらし、いかに来店者の顧客満足を高められるかです。売上は結果として付いてると考え、自分たちの都合での押し売りはしません。

追いかける指標は、売り場面積当たりの売上高ではなく、顧客満足度や、他人への推奨度 (NPS: Net Promoter Score) になるでしょう。評価や効果が表れる時間軸もより長くなります。


新しい小売のビジネスモデル


これまでの小売のビジネスモデルは、売上と仕入れ値との差分、仕入れ先からの販促奨励金から収益を上げていました。

消費者への提供価値が 「買う」 から 「体験」 になると、ビジネスモデルも変わります。体験自体が価値になるので、体験そのものを収益に変えるやり方です。

例えば、店舗への入場料を設定することです。異業種からのヒントは、ディズニーランドや USJ のようなテーマパークです。

もちろん、アトラクションやショーのような体験できる非日常の体験レベルは違います。しかし、リアル店舗でしかできない体験に消費者が価値を見い出し、お金を払ってでもそのコミュニティに入りたいという価値が提供できれば成立します。

毎回の入場料が発生するのか、サブスクリプションモデルで、Amazon プライムのような年会費という方法もあります。


テクノロジーを活用する


本書で紹介されていた、未来の小売に新しい技術がどのように使われるかも興味深く読みました。具体的には、以下です。

  • 顔認識技術:特定スペースの人の出入りや来店客の人口動態特性を集計して可視化。小売店の担当者は、環境条件 (照明や BGM 、展示、体験) をリアルタイムに調整可能になる
  • ビーコン (位置情報) 技術:消費者がどの情報を必要としていて、店内のどのカテゴリー、商品、展示から入手しているかを把握できる
  • 感情追跡技術:店内のどの体験が、満足、退屈、不満、混乱といった買いもの客の感情を生み出しているかピンポイントで特定できる。体験の設計担当者はリアルタイムに店内を調整することが可能となる
  • 試着室用技術:試着中のブランドや製品、サイズ、スタイルを特定し、データ分析を通じて商品推奨力を高める。予測型のカテゴリー購入分析に反映できる
  • 対話型サイネージとタグ付け技術:表示メッセージをカスタマイズできるだけでなく、来店客の人口動態特性や購入実績に応じて提示価格が変更可能になる
  • 会員・加入者識別技術:店内での体験と、その後のスマホなど他のチャネルからの購入行動との関連を特定できる
  • モバイルから消費者との関係強化の技術:消費者が店内で商品をスキャンして、どのような情報を収集しているのか、その情報がその場での購入や潜在的な購入意欲に、どのような影響をもたらしたかを明らかにする
  • モバイル識別追跡技術:来店客の保有するスマホの Bluetooth 信号から、一見客か常連客かの区別、平均滞在時間を特定できる
  • RFID (無線識別) 技術:閲覧、操作、断念の回数が多い商品を確認できる
  • 販売員による関与・顧客対応技術:買い物客から最も多く寄せられる問い合わせ、個々の買い物客の趣味や好みの変化をデータとして取り込んで分析。将来のトレンド予測に反映できる
  • 動画分析技術:来店客の店内回遊パターンを把握し、店内要素を変更して体験の効果を高めることができる


体験のリアル追求をめぐる異業種格闘技


最後に思ったことです。

本書が示唆する未来の小売店は、実店舗がリアル店舗ならではの体験を消費者にもたらす、買うから体験という価値提供へのシフトです。

リアルな体験を追求するのは、実店舗だけではありません。オンライン店舗も新しい技術を使い、情報や体験を充実させようとしています。今後は、VR や AR の技術を使い、自宅にいながらあたかも店舗での買いものが体験できるようなサービスが普及するでしょう。

これが意味するのは、オンラインもオフラインのお店も、リアル体験の提供という同じ土俵での勝負になることです。

オンラインからは、EC サイトだけではなく、ネットメディア上で買いものができるようになり、メディアが店舗化します。リアル体験をめぐっての異業種格闘技です。

オンライン勢がリアル体験に舵を切っているにもかかわらず、小売店が自分たちの何も変えられなければ、消費者から見たリアル店舗の価値は下がり続けるでしょう。ネットのほうが便利で早く済ませられ、安く、よりリアルな体験ができるとなれば、消費者はそちらに流れます。

小売店舗が存在意義を見い出せるかどうかは、どんな価値を人々に提供できるかです。

実店舗というリアルな場所で、店員が生身の人間ならではの接客コミュニケーションをし、来店客に寄り添った体験を提供する地域コミュニティとしての価値です。



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多田 翼 (書いた人)


複数のスタートアップ支援に従事。経営や事業戦略、プロダクトマネジメント、マーケティングのコンサルティング及びメンター。前職は Google でシニアマーケティングリサーチマネージャー、現在は独立 (詳細は LinkedIn をご覧ください) 。

1981年 (昭和56年) 生まれ。名古屋出身、学生時代は京都。現在は東京23区内に在住。気分転換は毎朝のランニング。

内容は、所属組織や会社の正式見解ではなく個人の見解です。