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日本軍のインテリジェンス - なぜ情報が活かされないのか という本には、情報を組織でどう扱うかについて、現代にも通じる教訓が書かれています。
今回は、日本軍のインテリジェンス組織機能の構造的な問題からの教訓を考えます。
具体的には、マーケティングとマーケティングリサーチが組織で機能するための示唆は何かです。
エントリー内容です。
- 日本軍のインテリジェンスの抱えた組織的な構造問題
- 組織的な機能不全が招く状態
- マーケティングとマーケティングリサーチに当てはめる (ビジネスへの示唆)
日本軍のインテリジェンスの抱えた組織的な構造問題
本書では、次のように指摘しています。
太平洋戦争において問題であったと考えられるのはインテリジェンスそのものではなく、また情報がなかったために日本が戦争に追い込まれてしまったというわけでもない。
そこには日本がインテリジェンスを扱う上で特有の問題が存在していたのである。
(引用:日本軍のインテリジェンス - なぜ情報が活かされないのか)
具体的には、以下の6つがインテリジェンスの抱えた組織的な構造問題だったと書かれています。
- 組織化されないインテリジェンス
- 情報部の地位の低さ
- 防諜の不徹底
- 目先の情報運用
- 情報集約機関の不在とセクショナリズム
- 長期的視野の欠如による情報リクワイアメントの不在
以下、それぞれについてご説明します。
1. 組織化されないインテリジェンス
- 情報活動のスタイルは、計画的・組織的というよりは、現場を指揮する士官が個人的に行うことが多かった
- 現場においては柔軟性があったが、米英ソなどの組織的なインテリジェンス活動に対しては効果を発揮することができなかった
2. 情報部の地位の低さ
- 戦前の日本では組織上、作戦部と情報部は対等であったが、実際の権限は作戦部の方が強かった。そのことが作戦部の情報部軽視の姿勢を招いた
- 軍隊の組織における構造的な問題と、「作戦重視、情報軽視」 の思考から、作戦部に優秀な人材が集められた
3. 防諜の不徹底
- 防諜機関を有していなかった海軍は、海軍甲事件、乙事件などを引き起こした
- 海軍の対応に見られるのは、機密流出に対する認識の不徹底と、身内への処分の甘さであった
4. 目先の情報運用
- 日本は戦術的なインテリジェンス運用を比較的得意としていた。しかし戦略的なインテリジェンスの利用は不得手であった
- 戦術情報は迅速に戦闘に活かされるため、情報サイドの情報収集への動機も上がる
- しかし中長期的な情報では、情報収集と分析が政策や戦略に直接つながらないため、情報サイドの活動機運は上がらなかった
5. 情報集約機関の不在とセクショナリズム
- 陸軍の情報は参謀本部第二部、海軍の情報は軍令部第三部に集約されていた。しかし総合的にどのように情報を利用していくかという観点が欠落していた
- 陸軍と海軍の情報をお互いに共有するという理念がなかった
- 情報がどこかに集約されないと、さまざまな部局で都合よく解釈されたままの情報が政策や戦略に利用される
6. 長期的視野の欠如による情報リクワイアメントの不在
- インテリジェンス・サイクルが上手く機能するために最も重要な要素は、政策サイドから情報サイドに情報のリクワイアメント (要求) を発せられることである
- リクワイアメントを出すためには、政策サイドも常に長・短期の視点から日本の国益とそれに対する政策を考え続けなければならない
- 戦前の日本には、インテリジェンスが政策に活かされる余地はほとんどなかった。情報部に求められたのは、インテリジェンスよりもインフォメーションの報告であった
- そのようなインフォメーションですらも政策、作戦部局に恣意的に利用されていた。そして何よりも、当時の政策決定過程において重要視されたのは情報ではなく、各組織の恣意的な合意形成であった
組織的な機能不全が招く状態
日本軍のインテリジェンスにおける6つの組織的機能不全は、それぞれ次のような状態を招きます。
- 組織ではなく個人での属人的な対応
- 人員、予算、権限が制限され、他組織への影響力の低下。情報への軽視につながる
- 機密情報の流出
- 中長期視点での参画・貢献への動機が生まれにくい
- 情報の利用イメージの欠如。情報の集約と一元化、共有の仕組みが作られない
- 依頼側の曖昧な背景共有では、質の高い知的成果物が作られない
マーケティングとマーケティングリサーチに当てはめる (ビジネスへの示唆)
ここからは、マーケティングとマーケティングリサーチについて当てはめてみます。
まず、両者の関係は以下となります。
- マーケティング:作戦部、依頼者
- マーケティングリサーチ:情報部、依頼を受ける側
日本軍インテリジェンスの組織的な機能不全を、企業におけるマーケティングリサーチの組織に当てはまると、どのような状態になるかの 「What if」 です。
考察から、マーケティングリサーチチームが、組織的に機能するためにはどうすればよいかの示唆が得られます。
1. 組織ではなく個人での属人的な対応
マーケティングリサーチのチームが組織で機能しないと、次のような状態になります。
- リサーチャーが個人で、属人的なリサーチ対応をする
- 本人に経験と知見は貯まるが、組織での集合知にはならない
- 組織の中で個々人が対応するので、計画的な対応ではなくその場しのぎになる
2. 人員、予算、権限が制限され、他組織への影響力の低下。情報への軽視につながる
- マーケティング活動に比べると、マーケティングリサーチは派手さがなく地味である
- 何をもって成功かどうかが定義も設定しにくい。評価が過小になりがち
- 評価が低くなると、マーケティングリサーチへの人員・予算がつかない。社内での影響力、権限の低下を招く。さらに評価されにくい悪循環になる
3. 機密情報の流出
マーケティングリサーチの文脈では、機密情報に当たるものは次の2つです。
- 顧客情報などの個人情報。アンケート回答者などの消費者情報
- 自社に関する情報、競合他社を調査した情報
いずれも、流出防止の対策が仕組みとして徹底されていないと、マーケティングリサーチのチームだけではなく、会社への損害につながります。
4. 中長期視点での参画・貢献への動機が生まれにくい
短期的な視点のみでのマーケティングリサーチばかりになることです。
- 目の前に迫った次回のマーケティング活動に向けたリサーチに注力するようになる
- 一方で、年単位での中期的な視点でのリサーチを実施する動機が生まれにくい
- 中長期のリサーチは、そもそも難易度が高い。実施したとしても、マーケティング側が使う能力を持ち合わせていなければ、情報が価値を生まない
5. 情報の利用イメージの欠如。情報の集約と一元化、共有の仕組みが作られない
- マーケティングリサーチ側が、自分たちの提供するレポート等がマーケティングにおいてどのように使われるかの活用イメージが持てていない
- 実施したリサーチ案件の集約がされなければ、メンバー同士がお互いにレビューをし、学び合う機会がない
- 属人的な組織になり、1つめで見たような組織での集合知が高まらない
6. 依頼側の曖昧な背景共有では、質の高い知的成果物が作られない
マーケティングリサーチにおける依頼側とは、マーケティングのチームです。依頼側の曖昧な背景共有とは、具体的には次の情報が不足していることです。
- マーケティングでの背景や発生している問題
- 問題解決のための課題設定と仮説
- マーケティングリサーチ結果や示唆を、マーケティングにおいてどう使うか (活用イメージ)
- スケジュール
- 既に依頼されている他のリサーチ案件があれば、それらと本件の優先度
- アウトプット品質の期待値 (例: レポートにまとめる、数表とコメント)
これらの依頼情報がそろっていない場合の弊害は、マーケティングリサーチからのアウトプットへの期待値が、マーケティングとリサーチの双方で食い違うことです。
最後に
今回は、日本軍のインテリジェンスが組織的に機能しなかった要因を、ビジネスにおけるマーケティングとマーケティングリサーチに当てはめて考えました。
今回取り上げた 日本軍のインテリジェンス という本では、以下のような指摘がされています。
われわれが戦前の日本から学べる教訓は少なくない。
(中略)
「戦争中、日本は情報戦に負けた」 と言われているが、それは暗号を解読されていたという単純なレベルのものではない。暗号解読に関して言えば本文中で述べてきたように、日本も連合国の暗号をある程度解読していたため、この分野で日本がまったく無防備であったというわけではない。
それよりも深刻な問題は、日本がインテリジェンスを組織的、戦略的に利用することができなかったという組織構造や、対外インテリジェンスを軽視するというメンタリティーにあった。
イギリスなどと比べると、政治家が情報を戦略的に利用する意図が低かったために、日本が戦略的劣勢に追い込まれてしまったということである。この点をよく理解しておかなければ、いずれまた同じ過ちを繰り返すかもしれない。
(引用:日本軍のインテリジェンス - なぜ情報が活かされないのか)