投稿日 2025/08/03

北海道のスーパー 「北海市場」 。3つの戦わない戦略を実践

#マーケティング #戦わない戦略

大手企業と同じ勝負の土俵で戦おうとしても、資本や規模の面で正面からはとても太刀打ちできない——。

そうした中でも自分たちならではの強みを活かし、生き残りを図ることは不可能ではありません。むしろ 「戦わない」 という発想が、戦略上で重要になってきます。

今回ご紹介したい北海道札幌市のスーパー 「北海市場 (ほっかいいちば) 」 は、大手ディスカウントストアが近隣に進出してきても売上を伸ばした事例です。

そんなことが可能なのかという疑問に、「戦わない戦略」 から読み解きます。

食品スーパー 「北海市場」 


出典: 北海市場

北海市場は、札幌市内に5店舗を構えるスーパーマーケットです。

運営元は青果店を祖業とするモリワキという会社です。北海市場は扱う生鮮食品の比率が 60% と、一般的なスーパーの 40% (日本の食品スーパー全体の平均) よりも高く、特に青果と鮮魚を充実させています。また、精肉売場や一部商品では他社に入ってもらうことにより、自社だけでは取り扱えない商品を補います。

近年は、北海市場の隣接店に大手ディスカウントストアの 「ロピア」 が進出し開店しましたが、2024年年11月以降も、売上高は前年同期を上回ります (参考記事) 。

資本力の限られる企業が大手に伍する戦略


では、北海市場から学べることを掘り下げていきましょう。今回の事例は、資本力の限られる企業にとっての戦略に示唆があります。

大手企業は店舗数、従業員の数、仕入れ量、広告宣伝費など、あらゆる面で圧倒的なリソースを持っています。大手チェーンのスーパーでは、大量に仕入れて安く売るという運営を基本に、大量出店して地域のお客さんを一気に囲い込むことも可能なパワーゲームを展開します。

そこに資本の限られる企業が大手に真っ向勝負を挑んでも、低価格や品揃えで見劣るケースが普通でしょう。しかし、北海市場のように大手にはできない戦略をとれば、正面からの戦いを避けられます。

相手の土俵に乗らず、限られた経営資源を最大限活用して勝ち抜く道があるのです。

そこで、北海市場の事例を 「戦わない戦略」 に当てはめて、詳しく見ていきましょう。

✓ 戦わない戦略
  • ニッチ戦略
  • ジレンマ戦略
  • 協調戦略


ニッチ戦略


ニッチ戦略とは、大手プレイヤーが十分にカバーしないニッチ (隙間市場) で勝負する戦略です。

大きな海という市場でのリーダー企業や大手企業と同じリングに上がって争うのではありません。大手がなかなか手を伸ばしにくい領域や無視しがちな小さな池において、高い価値をもたらす活動に集中し、利益を上げることを狙います。

ちなみに、差異化とニッチ戦略は似ているようで少し違います。差異化は大手と同じマーケットで 「違いをアピールしながら戦う」 のに対し、ニッチ戦略はそもそも戦う土俵を大手と変えることによって 「大手との直接対決は避ける」 というアプローチです。

では、ニッチ戦略を北海市場に当てはめてみます。

生鮮食品への特化

北海市場の売上構成比は、青果・鮮魚・精肉の生鮮3品が全体の6割を超えるという比率で、大手チェーンに比べて高い水準です。

北海市場は青果店が祖業という特性を受け継ぎ、さらに北海道ならではの豊富な鮮魚も扱い、地域住民の消費者ニーズを捉えています。

大手チェーンは総合的な安さや幅広い商品をアピールしますが、北海市場のような生鮮の目利き、食品加工サービスに特化したビジネスモデルをつくり上げるは簡単ではありません。北海市場は、他のチェーンスーパーにない 「地元密着 × 生鮮の鮮度」 を実現しているのです。

店舗数の小ささを強みに

大規模チェーンは多くの店舗で同じ品揃えとオペレーションを展開します。一方の北海市場は5店舗という小規模だからこそ、小回りを効かせて地域のニーズを捉える商品仕入れや店舗のレイアウト設計が可能です。

全国チェーンには手が回らないようなユニークな食品や地元野菜、郷土料理系の食材をそろえ、大手とは違う戦い方を図っています。

このように、大手が参入しづらく、スケールメリットを追求しにくい領域に集中するのが北海市場のニッチ戦略です。

ジレンマ戦略


2つ目の戦わない戦略は 「ジレンマ戦略」 です。

ジレンマ戦略とは、相手が持つ強みを無効化する、もしくは相手の強みを弱みに変えてしまう状況を意図的につくり出す戦略です。

大手だからこそやりにくい・できないビジネスモデルやサービスを先手で導入することで、大手が同じアプローチを取ろうとすると、既存の完成されたビジネスモデル全体を見直さねばならなくなるというジレンマに陥らせます。

例えば、大手の強みが従業員数や流通規模を誇るなら、それを逆手に取り、自社は少量多品種・専門性・地域性を追求するというふうにです。もし大手が同じことを追随しようとすると、既存の事業構造や組織の変革、不動産の処理などが必要になるため、簡単にはマネできないというわけです。

では北海市場は、どのようなジレンマ戦略を打ち出しているのでしょうか?

ナショナルブランドやプライベートブランドとの価格競争の回避

大手小売チェーンは、大手メーカーのナショナルブランド (NB) のまとめ買い、自社のプライベートブランド (PB) の大量生産によって低価格を実現します。しかし、北海市場は同じことはやりません。

各店舗のバイヤー担当者の目利きで選んだ多彩な食品や地方の特産品などを置いています。北海市場はここでしか買えない品揃えを強化できます。

もし大手が同じことをしようとすると、品揃えを店舗ごとに大きく変える必要があり、大手ならではのスケールメリットが失われてしまいます。北海市場のやり方が良いと思ってやろうとしてもできず、大手にとってのジレンマとなり、そう簡単に同質化は図れません。

地域への宅配サービス

北海市場の一部店舗では、月額550円で何回でも使える定額制宅配サービスを導入しています。配達条件を戸建て限定や宅配ボックス設置などに絞り込み、工夫をこらしてコストを抑えながらスピード配送を実現しました。

大手チェーンが北海市場と同じ宅配サービスを全国規模で導入するには、システム・人員配置・店舗運営との整合性などすべてを見直さなければならず、相当な労力がかかることでしょう。大手には、やりたくてもすぐにはできないという状況がジレンマを生み、結果的に北海市場の差異化になっています。

協調戦略


3つ目の戦わない戦略は 「協調戦略」 です。

大手と棲み分けをするのではなく、相手と共生する道をとる戦略です。自らが大手企業のバリューチェーンに入り込む、大手プレイヤーとお互いの強みを活かし合い、ウィンウィンの関係を築きます。

協調戦略でポイントになるのは、自社のコアコンピタンス (中心的な能力や強み) をしっかりと把握することです。自分たちは何が得意で、どうすれば他社のバリューチェーンをより良い形にできるのかを見極めた上で、相手にとって自分たちが欠かせない存在になることを目指します。

では協調戦略を北海市場に当てはめ見ていきましょう。

生産者との共生

北海市場が扱う生鮮品は、地元農家や漁業関係者との結びつきが支えています。

地域の生産者にとっては北海市場が買ってくれ販路先が安定し、自分たちが大切に育てた食材や採った魚介類を北海市場を通じて消費者に届けられます。北海市場にとっては、仕入先が確保でき、鮮度が高く、品質面でも有利な運営につながります。

得意領域を活かし、苦手領域はアウトソース

北海市場は青果や鮮魚などの得意分野は自社内で強化する一方、精肉売場は福岡県の専門会社 「大三ミート産業」 に委託し、ワイン売り場は 「エノテカ」 の商品を仕入れて販売しています。

得意領域を活かし、苦手領域はアウトソースをするという運営により、商品の種類は確保し、商品の品質も担保しつつ、安定した仕入れを可能にします。もし自前で全てをやろうとすると人材や仕入れへのリソースが分散してしまいますが、外部の協調相手に任せることで無駄を省き、生鮮特化の強みに集中できます。

* * *

こうした3つの 「戦わない戦略」 を組み合わせ、北海市場はロピアをはじめとする大手プレイヤーの近隣地域への進出をものともせず、売上を伸ばし続ける状況をつくり出しています。

まとめ


今回は、北海道の札幌市で展開する食品スーパーの北海市場を取り上げ、学べることを見てきました。

最後にポイントをまとめておきます。

  • ニッチ戦略: 大手プレイヤーが狙わない領域で収益を上げる戦略。北海市場は、地域密着の生鮮特化、店舗単位の個性的な品揃えという小規模ならではの事業領域で、大手と正面衝突しない方針をとる

  • ジレンマ戦略: 相手の強みを逆手にとり、参入・追随しにくい状況をつくり出す戦略。北海市場は大手が持つスケールメリットを逆手に取り、大手には不利となる高鮮度・少量多品種の商品、宅配モデルを導入

  • 協調戦略: 他社のバリューチェーンに入り込み共生する道を選ぶ戦略。北海市場は地元生産者とも連携し、精肉・ワインを専門企業に任せている。自社を含むバリューチェーン全体で強みを活かし合う共生モデル


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多田 翼 (運営者)

書いている人 (多田 翼)

Aqxis 代表 (会社 HP はこちら) 。マーケティングおよびマーケティングリサーチのプロフェッショナル。ベンチャーから一部上場企業の事業戦略やマーケティングのコンサルティングに従事。

前職の Google ではシニアマネージャーとしてユーザーインサイトや広告効果測定、リサーチ開発に注力し、複数のグローバルのプロジェクトに参画。Google 以前はマーケティングリサーチ会社にて、クライアントのマーケティング支援に取り組むとともに、新規事業の立ち上げや消費者パネルの刷新をリードした。独立後も培った経験と洞察力で、クライアントにソリューションを提供している。

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名古屋出身、学生時代は京都。気分転換は朝のランニング。