#マーケティング #顧客理解 #価値とうれしさ
長年愛されてきた看板商品の 「価値」 は何かと問われた時、どう答えるでしょうか?
もし、その答えに少しでも迷いがあるなら要注意です。売上が伸び悩む要因として、お客さんが本当に求めている価値を見失っているからかもしれません。
70年以上愛され続けた雪印メグミルクの 「6P チーズ」 も、2019年には同じ壁にぶつかりました。しかし、お客さんのことを深く理解し、ブランド価値を再定義することにより、過去最高売上を達成したのです。
今回は 6P チーズの事例から、顧客起点で価値をつくりだすマーケティングを解説します。
雪印 「6P チーズ」
雪印メグミルクの 「6P チーズ」 は、2025年で誕生から72年目を迎える看板商品です。
円形のパッケージに6つの三角形のチーズが入った特徴的なデザインは、誰もがスーパーやコンビニなどで一度は目にしたことがあるでしょう。
この国民的ブランドも2019年を境に売上が下降傾向に転じていました。価格改定の影響もありましたが、より深刻だったのは顧客構成の偏りです。利用者の7割以上が50代以上という年配層に集中し、若年層の取り込みに課題を抱えていたのです。
これまでの延長でやっていくことに危機感を抱いていたのが当時の雪印メグミルクです。ブランド存続のためには、新規顧客の獲得が急務でした。
そこで雪印メグミルクが取り組んだのが、顧客起点でのブランド価値の再定義です。
若年の子育て世代を新たに注力顧客に据え、徹底的な顧客理解から導き出した新たな価値提案により、2023年以降にマーケティングを強化。2024年には約70年の歴史で過去最高売上を達成しました。新規顧客は前年比 6% 増加し、特に狙った若年子育て層の間口拡大に成功したのです (参考情報) 。
では、雪印の 「6P チーズ」 の事例から学べることを掘り下げていきましょう。
この事例からは、
- 顧客理解
- 商品特徴 (顧客価値につながる要素) を見出す
- 利用シーンと使い方の提案
- 価値が得られことでのうれしさの描写
という流れで進める、マーケティングの成功例として学びが得られます。
顧客理解
再成長の出発点となったのは、お客さんのことを深く、そして正しく理解しようとする真摯な姿勢でした。
n=1 インタビューで見出した消費者ニーズ
6P チーズのブランドチームは、6P チーズのヘビーユーザーへの n=1 インタビューを実施しました。
自社商品の喫食頻度の高いユーザー10名に対して、対面形式でのデプスインタビューを行い、定量データでは捉えきれない一人ひとりの生活や心理から、ユーザーの物語を丁寧に掘り下げていったのです。
インタビューから見えてきたのは、注力顧客である若年子育て世代が抱えるリアルな悩みでした。
それは 「忙しい平日の朝、本当は子どもに栄養バランスの良い食事を食べさせたい。でも実際は、時間も手間もかけられずトースト1枚になってしまう罪悪感」 という切実なものでした。
若年子育て世代の人たちが心の奥で求めていたのは、単なる手軽さだけではありません。「手軽に子どものための栄養を補い、親としての役割を果たしたい」 という思いでした。
家族起点の情緒ニーズの発見
ユーザーインタビューを深める中で、もうひとつの発見がありました。
6P チーズが自分のためよりも、誰かと一緒に食べるために買われているという事実です。
子どもが笑顔で食べる様子を見る喜びや、自分が親から与えられたのと同じように自分の子どもにも食べさせてあげたいという、世代を超えた思い出を大切にする声が聞かれました。ここから、家族を起点とした情緒的なニーズが浮かび上がってきました。
ターゲットとコンセプトの再設定
こうした顧客理解をもとに、雪印メグミルクは 6P チーズのマーケティングの舵を大きく切ります。
ブランドの課題であった年配層への偏重から脱却するため、新たに 「若年子育て世代」 へ本格的にリーチする方針を固めました。そして、注力顧客のニーズや気持ちに寄り添う新しいブランドとなるべく、「忙しい朝の準備の負担を軽減し、いつもの食卓を少しだけランクアップさせる存在」 を掲げたのです。
商品特徴 (価値につながる要素) の見出し
顧客理解が深まったことによって、これまで当たり前だと思っていた商品の特徴の何が、お客さんにとって価値につながるのかが明確になりました。
分け合えるデザインに
6P チーズの見た目の特徴は、6つに分かれた三角形のパッケージと、それを収める丸いケースです。
この誰もが知る 6P チーズの独自のデザインは、見た目の特徴であると同時に、価値の源泉でした。
ユーザーインタビューを通じて、6つに分かれているという 6P チーズの形状がお客さんにとって意味を持っていることがわかりました。家族で分け合うという温かい行為を自然に生み出すきっかけになっていたわけです。
他社のチーズが 「自分のために買う」 という個人的な選択肢であるのに対し、6P チーズは 「誰かと一緒に食べるため」 に選ばれていました。この発見は、6P チーズが提供すべき価値が、機能面だけでなく情緒面にあることを示唆していました。
手軽さと栄養バランス
もちろん、基本的な機能的な価値も重要です。 消費者は 6P チーズに対して、「高い栄養バランス」 と 「手軽さ」 という信頼イメージを持っていました。
忙しい朝でも、チーズでタンパク質やカルシウムを手軽に補給できる。 パッケージを開封してそのまま食卓に出せるため、手間がかからない。この手間いらずの利便性と栄養価の高さという機能的価値が、分け合えるという情緒的価値を下支えする土台となっていました。
利用シーンと使い方の提案
見出した商品特徴が、お客さんの生活の中で最も輝くのはいつ、どこで、どのようになるのか――。
6P チーズの価値が最も効果的に発揮される舞台として、具体的な利用シーンを提案しました。
平日朝食の "+α" アイテム
最大のターゲットシーンは、顧客理解からの発見から得た 「平日の朝食」 です。
提案したのは、ごくシンプルな使い方でした。いつものトーストだけの朝食に、6P チーズを1ピース添えるだけというものです。
このシーンの設定は、ヘビーユーザーへのインタビューで得られた 「忙しい平日の朝でも子どもには栄養バランスの良い食事を食べさせたいが、実際はトースト1枚しか用意できない」 という声から生まれました。10人中2人という少数派の声でしたが、チームはここに勝ち筋を見出したのです。
Web CM や SNS では 「朝のゆとり」 「子どもの笑顔」 を訴求。ライトユーザーからヘビーユーザーに変わることが期待できる層に施策を実施しました。
「分け合う」 を楽しむ多様なシーン
朝食シーンに軸足を置きつつ、6P チーズの分け合うという価値を体現する他のシーンも提案しました。
例えば、親子で分け合うおやつの時間、他には、ピクニックや学童に持っていくおやつとしても最適なものという訴求です。
SNS のインスタグラムでは、ハッシュタグ 「#分け合いシーン」 を使った投稿キャンペーンを展開。消費者自身が 6P チーズの多様な楽しみ方を共有し、拡散するよう働きかけました。
コラボレーションによる新しい体験の創出
さらに、6P チーズというブランドを思い出してもらうきっかけとして、雪印メグミルクは異業種とのコラボレーションを積極的に行いました。
例えば、カルビーとは 「ポテトチップス 6P チーズ味」 を、山崎製パンとは 「ランチパック」 を共同開発。また、ヴィレッジヴァンガードとは T シャツや時計といった雑貨グッズを制作し、食シーン以外での日常的な顧客接点を増やしました。
これらの取り組みは、休眠顧客にブランドを思い出してもらえたり、新たな興味を喚起する上でも役割を果たしたことでしょう。
価値が得られことでのうれしさの描写
マーケティングのゴールは、商品を買ってもらうことだけではありません。その先にある、顧客の感情、つまり 「うれしさ」 をつくることです。
6P チーズは、価値をさらに感情的な 「うれしさ」 にまで落とし込みました。
家族の 「つながり」 を実感する喜び
6P チーズがお客さんに提供するうれしさは、家族のつながりを実感できる体験にあります。
子どもと笑いながらチーズを分け合う時間。そこから生まれる、何気ないけれど温かい会話。プロモーションでは、「親に教わったこの味を、今度は自分の子どもに伝えていく」 という、世代を超えたストーリーを描きました。
この物語は、多くの消費者が潜在的に持っていた 6P チーズの原体験や記憶を呼び覚ますことを狙ってのものです。
朝の気持ちの余裕がもたらす小さな幸せ
もうひとつの 6P チーズがお客さんにもたらすうれしさは、忙しい日々の中に生まれる気持ちの余裕です。
食べるのに一手間が不要な 6P チーズの手軽さは、時間に追われる親の心に、ほんの少しのゆとりをもたらします。「今日も一日がんばろう」 というポジティブな気分で朝をスタートできることでしょう。
6P チーズは、そんな小さな幸せを提供する存在として描かれました。
世代を超えて受け継がれる愛情の連鎖
そして、最も深く、6P チーズのエモーショナルなうれしさがここにあります。
「自分も昔、親から 6P チーズを与えられてうれしかった。今、同じように自分の子どもが喜んで食べてくれるのを見るとうれしくなる」 。これは親として子どもが喜ぶ姿を見るうれしさではありません。自分が親から受けた愛情を、同じ 6P チーズという媒体を通じて、自分の子どもへとつないでいくという愛情の連鎖です。
世代を超えた愛情の連鎖を実感する喜びこそ、他のブランドにはない、ノスタルジックで温かい 6P チーズならではのうれしさです。
家族のつながりの体験、子どもと笑いながらチーズを分け合う時間が生まれ会話が弾む、親に教わった味を自分の子どもにも伝えられる喜びです。
汎用化できる学び
雪印メグミルクの 6P チーズの事例は、マーケティングとは、お客さんのことを深く理解し、その人の日常生活やもっと言えば人生そのものを少し豊かにするための活動であることを示しています。
この事例から、私たちが日々の業務に活かせる汎用的な学びは、以下の4つに集約できます。
顧客を主語にする
「何を売るか」 ではなく、「顧客は誰で、何に困っているのか」 を起点に始める特徴を価値に翻訳する
商品の機能やスペックの羅列ではなく、「それが顧客にとってどんな良いことなのか」 というベネフィットやうれしさに変換して語るシーンを具体的に描く
具体的なシチュエーションを描き、「こんな時にこう使うと、最高ですよ」 と顧客が自分ごと化できる具体的なシーンを提案する感情を動かす
利便性など機能的価値の訴求で終わらせず、その先にある 「こんな気持ちになれる」 「このようなうれしさがある」 という感情にまで寄り添い、働きかける
雪印メグミルクはこうした一連の流れを愚直に、そして丁寧に行ったからこそ、6P チーズは長年の課題を乗り越え、再び多くの家族に愛されるブランドとして成長軌道に乗ることができたのです。
まとめ
今回は、雪印メグミルクの 「6P チーズ」 を取り上げ、学べることを見てきました。
最後にポイントをまとめておきます。
- 顧客理解では、「誰が、何に困っているのか」 という顧客の課題や本音を深く掘り下げる
- 商品特徴 (顧客価値につながる要素) を見出した際には、商品のスペックではなく、「顧客にとってどんな良いこと (価値) があるのか」 に変換して定義する
- 利用シーンと使い方を提案する。その価値が最も輝く具体的な場面や使い方を示し 「自分ごと」 としてイメージしてもらう
- 価値が得られことでのうれしさまで描写する。機能や利便性だけでなく、商品・サービスを使うことでお客さんがどんな気持ちになり、どんな喜び・うれしさを得られるのかを具体的に描く
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