#経営 #投資 #受益負担

鉄道のような巨大な社会インフラへの投資は、運賃収入だけで採算を判断してよいのでしょうか?

企業が受け取る収入と社会全体に広がる便益を分けて考えると、投資費用を誰が負担するかという問題にも目が向きます。

書籍『未完の「国鉄改革」- 巨大組織の崩壊と再生』を読んで興味深かったのが、鉄道の「公共性」と企業としての「採算性」をどう両立させるかという議論です。国鉄が直面した問題を振り返ると、JR 東海が進めるリニア中央新幹線にも通じるところがあります。

今回は、国鉄改革から約 40 年後のリニアまでをつなぎ、社会インフラの投資を評価する際に、企業の採算と社会への便益をどう捉えればよいのかを紐解きます。

国鉄が抱えていた「公共性と企業性」の構造問題

国鉄は、現在の JR 各社の前身にあたる日本国有鉄道です。全国の鉄道事業を一体で運営していましたが、1987 年 4 月に分割民営化されました。

『未完の「国鉄改革」』の著者である葛西敬之 (かさい よしゆき) さんは、国有会社から JR という民営会社に分割された国鉄改革に携わった当事者です。その後は JR 東海の社長・会長を務め、リニア中央新幹線の推進にも関わりました。

国鉄の経営を振り返るとき、私が気になったのは、社会に必要な鉄道をどこまで国鉄自身の収入で支えるべきだったのかという点です。

市場原理に委ねやすい事業と、公共的な支えを必要とする事業

鉄道事業の特徴を考えるために、本書ではタクシーや警察などを例に挙げています。誰がサービスの便益を受け取り、誰が費用を支払うのかに注目すると、その違いがわかりやすいです。

  • タクシーは、乗客が移動の便益を受け取り、運賃を支払う。タクシーの事業は鉄道に比べて初期投資は小さく、利用者から費用を回収しやすい
  • 警察による治安維持は、地域の人や企業に広く便益をもたらす。個々の受益者に料金を請求しにくいため、税金で費用を賄う
  • 鉄道は、乗客から運賃を受け取りながら、企業活動や地域の発展にも便益をもたらす。線路や駅の建設には巨額の資金がかかる

鉄道事業はタクシーと警察のちょうど中間にあたるのが特徴です。鉄道には、利用者に料金を払ってもらう事業としての性質と、社会を広く支えるインフラとしての役割もあります。しかも、線路を造るにはまとまった資金が必要で、投資の回収にも長い年月がかかります。

国鉄に採算を求めるなら、鉄道のこうした特徴を踏まえ、誰がどの費用を負担するかも考えなければなりません。とりわけ、乗客以外にも便益が広がる点は見逃せないと思いました。

鉄道が生み出す価値は運賃収入の範囲を超えて広がる

鉄道の通勤輸送が便利になれば、企業はより広い地域から人を採用できます。沿線に住宅や商業施設が増え、人々の暮らしや街の発展にも影響が及びます。

もちろん、通勤客や出張客は運賃を支払うし、鉄道貨物を利用する荷主も輸送の対価を払います。いずれも鉄道会社がサービスを提供し、直接収入を得る相手です。

一方、鉄道を利用する人が増えて道路の混雑が緩和されれば、道路を使う人も便益を受けます。こうした、取引の当事者以外へ対価の支払いを伴わずに及ぶプラスの効果を、経済学では「外部経済」と呼びます。

鉄道が社会にもたらす便益の広がりと、鉄道会社が料金として回収できる範囲には差があります。都市や企業活動にどれほど役立っているかという評価と、事業者がどれほど収入を得られるかという評価を、分けて考える理由はここにあります。

社会への便益が大きい鉄道でも、利用者数や運賃、建設費などの条件次第で採算を取れます。ただ、運賃収入に表れない便益があるなら、公的な負担をどこまで求めるかも検討する余地が出てきます。

社会インフラへの巨額投資を国鉄自身が背負った

実際の国鉄では、新幹線の建設や大都市の通勤輸送力の増強、安全対策などに大きな資金が使われました。国鉄の経営が赤字基調に転じた後も設備投資は続き、政府の助成で賄えない分を借入などの外部資金に頼ったため、利払いも経営の重荷になっていきました。

当時の運輸省の資料によると、1983 年度末の国鉄の長期債務は約 20 兆円に達しています。設備投資に伴うものが約 13 兆円、赤字による資金不足に伴うものが約 7 兆円でした。国からの支援はあっても、返済を要する債務が国鉄の経営を圧迫していたのです。

経営が悪化した理由は借金だけで説明できません。自動車や航空との競争、貨物輸送の変化、人件費や組織運営の問題に加え、運賃改定には制度上の制約も国鉄にはありました。

国鉄が担っていたのは、人の移動や物流を通じて日本の経済活動を支えるという役割です。そのための設備投資で生まれる便益は社会に広がるのに対し、借金の返済には国鉄自身が稼ぐお金を充てなければなりませんでした。

私は本書を読み、社会インフラとして求められる役割と、企業に負わせる費用の関係が気になりました。葛西さんが示す、国が長期的な基盤整備を支え、運営を民間に任せるという役割分担も、投資費用と経営責任をどう分けるかという問題につながります。

国鉄が抱えた費用負担と経営の自主性という課題を、今度はリニアを建設する JR 東海に当てはめてみましょう。

リニアで問い直す「企業性」と「公共性」

リニアには、JR 東海が将来の事業を続けるための投資という面と、都市間交通を支える社会インフラという面があります。企業と社会のそれぞれに、どのような便益が生まれるのでしょうか?

JR 東海の経営と日本全体を支えるリニアの役割

JR 東海が建設を進めるリニア中央新幹線は、まず品川・名古屋間を開業し、将来は大阪まで延ばすことを目指しています。

乗客にとっては移動時間の短縮が大きな魅力です。国も、三大都市圏の結びつきを強める経済的な効果や、東海道新幹線と別のルートを持つことによる災害への備えを、リニアの意義として挙げています。

大規模災害が起きても都市間の移動手段を確保できれば、企業の出張や取引先との往来を続けやすくなります。別ルートの存在は、リニアに乗る人に加えて、広い範囲の企業や地域にも意味を持ちます。

投資を自ら決め、その費用を JR 東海が背負う

JR 東海にとっても、東海道新幹線とリニアを一体で経営し、将来の輸送を担っていくという目的があります。

リニアは、JR 東海が建設費を全額自己負担する方針で進めてきた事業です。新幹線という既存事業で稼ぐお金を建設に充て、足りない分は社債や借入で調達するため、東海道新幹線の収益が大きな支えになっています。

ここで興味深いのは、葛西さん自身がリニアの自己負担による建設を決めた経緯です。2022 年のインタビューで、当初は国による建設を想定していたものの、東海道新幹線の収益力が高まり、JR 東海で建設を進める判断をしたと語っています。

国鉄時代とは異なり、自社の資金力を踏まえて投資を判断できるようになった一方、返済も JR 東海が引き受けます。その自主性を保ちながら、公的な金融支援も受けてきました。

投資を自ら判断できる自由と、費用を返済する責任を併せ持つ点に、国鉄時代との大きな違いがあります。国が長期資金を貸しても、建設費は JR 東海が負担するという基本的な枠組みは変わりません。

工事費の増加によって、国鉄改革で残った問いが再び重くのしかかる

JR 東海は 2025 年 10 月 29 日、品川・名古屋間の総工事費の見通しを、従来の 7.04 兆円から 11 兆円に引き上げると発表しました。建設資材や労務費の高騰、難しい工事への対応などが主な理由です。しかも 11 兆円は品川・名古屋間の見通しで、名古屋・大阪間の費用は含まれていません。

工事費が増えるほど、既存事業から建設に回すお金や、新たに調達する資金が必要になります。開業が遅れれば運賃収入を得る時期も後ろにずれるため、投資額と回収までの期間の両方が経営に影響してきます。

JR 東海は、一定の前提を置いた試算では、増額後も必要な資金を確保して健全な経営を維持できると説明しています。ただし、健全経営と安定配当を保てないと想定される場合には、工事のペースを調整する方針も示しました。

JR 東海にとっては、東海道新幹線の運営を続けながら、資金を賄えるペースで建設を進める判断になります。一方、国が期待する経済効果や災害時の代替輸送は、整備が進む時期によって実現のタイミングも変わってきます。

だからこそ、企業として採算を確保する「企業性」と、社会全体の便益を考える「公共性」の両方から、資金負担を考えたくなります。公的な負担を増やすかどうかも、期待される便益の大きさや確かさ、環境への影響、建設費の妥当性を踏まえて判断する問題でしょう。

リニアは、国鉄改革が残した宿題を約 40 年後に再び社会に問うている

国鉄改革では、鉄道事業を JR 各社に分けるとともに、過去の債務をどう処理するかも大きな課題になりました。多くの債務は国鉄清算事業団に移され、後にその一部を国が引き継いでいます。

いま進むリニアの建設では、JR 東海が自ら投資を判断し、国も長期の融資で事業を支えています。国鉄と同じ経営状況にあるとは言えませんが、社会に広く便益を生む投資を企業がどこまで負担するかという問題は、今も続いています。

国鉄改革を振り返ると、経営の自由度を持つことと、社会インフラを担う役割をどうするかが問われ、分割民営化によって公共性を継続したという昭和の大きな出来事でした。リニアの工事費が膨らむ中で、国が期待する役割を果たしながら企業の採算をどう保つか、あらためて考えさせられます。

まとめ

  • 鉄道には利用者から運賃を得る事業の性質と、企業活動や地域に広く便益をもたらす公共的な役割がある
  • 当時の国鉄は巨額の設備投資を借入で賄い、債務と利払いの負担が経営を苦しくする要因になった
  • リニアは JR 東海の将来の事業を支える投資であり、都市間の移動や災害時の代替輸送を通じて社会にも便益を生む
  • 品川・名古屋間の工事費が 11 兆円になり、JR 東海の健全な経営と、社会が期待する公共性をどう両立させるかが問われている
  • 国鉄改革から約 40 年。リニアは「公共性の費用を誰がどこまで負担するのか」という宿題を、再び社会に問いかけている