#マーケティング #新規顧客 #そのうち顧客
今すぐ買ってくれるお客さんだけを追いかけていないでしょうか?
マーケティングでは、ニーズが顕在化した顧客層に向けての "刈り取り施策" が優先される傾向があります。しかし、まだニーズが表に出ていない 「そのうち顧客」 は、未来の大切なファン候補です。
将来、必要になったときに最初に自社ブランドのことを思い出してもらえる存在になるためには、今のうちから接点を持ち、少しずつ関係を育てていくことが重要です。
今回は、ヤンマーの観光農園の事例をもとに 「そのうち顧客」 へのアプローチを考えていきます。
ヤンマーの観光農園 「シンビオシスファーム」
ヤンマーホールディングスのグループ会社であるヤンマーシンビオシスは、滋賀県栗東市で観光農園 「SYMBIOSIS FARM by YANMAR (シンビオシスファーム) 」 を運営しています。
2024年1月にオープンした新しい施設で、シンビオシスファームには食や農業、自然、環境について、楽しく学べるという4つのエリアがあります。
夏のシーズンには、ミニトマトやナスなどの夏野菜の収穫体験ができるほか、収穫した野菜を使ってピザ作りを楽しめます。夏に出回るいちごの 「夏のしずく」 を使ったスイーツやアイスクリームも販売されており、シンビオシスファームは家族や友人同士で気軽に農業に触れられる場所です。
ヤンマーは、カフェや体験型アクティビティもある観光農園としてシンビオシスファームを運営することにより、消費者の中に 「農業は身近にあるもの」 や 「農業はワクワクするもの」 というイメージを広めようとしています。
「そのうち顧客」 への今からのアプローチ
では、ヤンマーの観光農園のシンビオシスファームの事例から学べることを掘り下げていきましょう。
この事例から学べるのは、すぐに自社商品を購入するわけではない消費者や企業にも今のうちから対応をしておくことの重要性です。
「今すぐ顧客」 と 「そのうち顧客」 の違い
ビジネスで成果が出やすいのはニーズが顕在化した層への施策です。
すでに購入意欲や明確な課題認識があり、どの製品やサービスを選ぶかを検討していたりとすでに購入候補を具体的にしている層です。こうした 「今すぐ顧客」 に広告や営業を行えば、売上・成約につながりやすいでしょう。
それに対して、まだ購入ニーズや課題が顕在化していない、もしくは関心はあるが切実ではない段階にあるのが 「そのうち顧客」 です。
すぐに製品・サービスを買う予定はないため、直接的な販促をしても反応は薄いかもしれません。しかし、いざニーズが急に高まったり、ライフステージやビジネスフェーズの変化などで必要性を強く感じる瞬間がやってきたときに、自社や自社商品のことを 「最初に思い出してもらえる存在」 になることが大事です。
顕在顧客だけへの対応ではいずれはニーズを刈り取ってしまいます。だからこそ重要になるのは、将来的にお客さんになってくれる可能性のある 「そのうち顧客」 への取り組みなのです。
そのうち顧客へのアプローチ
ここでヤンマーの事例に話をつなげます。
ヤンマーのシンビオシスファームのような観光農園にやってくる人の多くは、「ちょっと週末に自然を楽しみたい」 「子どもに農業や食育体験をさせてあげたい」 という気持ちで訪れることでしょう。
当然、来園のタイミングでヤンマーの主力製品である農業に使うトラクターやコンバインを買う予定などほぼないはずです。
では、シンビオシスファームでの体験によって、来園者が 「農業って意外とおもしろそう」 とか 「将来、農業に関わってみてもいいかも」 と思い始める人が増えたとしたらどうでしょうか。
ヤンマーは、農業をいきなり始めるわけではない人たち、つまり 「そのうち顧客」 に対して、観光農園のシンビオシスファームを自前で持って農業や自分たちのことを知ってもらい、親しみを持ってもらうことを目指しています。
農業をやってみようと本格的に考え始めるのは、もしかすると数年後か、まだ小学生の子どもが大きくなって大人になってからかもしれません。ヤンマーはこうした将来の顧客となる可能性を持つ人たちに、今のうちから農業への良い体験をしてもらい、農業に対してポジティブな印象を持ってもらうことが、長い目で見たビジネスの基盤づくりにつなげようとしています。
今のうちから土壌を耕し種を植えておけば、将来的に農業をやりたいと考えたり、もっと本格的に野菜を育てたいと思ったときに、自然とヤンマーの名前や農機を思い浮かべてくれる可能性が高まるわけです。
観光農園を通じた将来顧客の育成
ヤンマーがやっていることを俯瞰すると、観光農園という伏線から自社製品の農機購入までが設計されていることがわかります。
順に見ると 「観光農園 → 野菜作り教室 → 農地や農機レンタル → 農機購入」 という流れです。
観光農園での体験
いちご狩りやトマト狩り、ピザ作りなど、家族や友人とワイワイ楽しめるような気軽に農業を楽しむ機会を提供する。
子ども連れや農業未経験者が自然に触れながら、農業体験が楽しいと感じられる入口として機能する野菜作り教室
次のステップとして、もう少し農業に触れたい人向けに野菜作り教室を開講。
農業技術を実際に学べる場を経験することで趣味から一歩進んだ体験ができ、もう少し本格的に農業をしてみたいと思う人を育てる農地や農機レンタル
就農を検討する段階になった場合、いきなり農地を買ったり、農機をそろえたりするのは敷居が高い。
そこで農地や農機のレンタルサービスから本格的に農業に取り組むハードルを下げ、スムーズに第一歩を踏み出せるようにサポートする農機購入
いよいよ本格的に農家としてやっていきたいとなれば、農機の購入を検討する段階に至る。
これまでヤンマーのサービスやサポートに触れてきた経験があれば、「農機を買うならヤンマー」 という想起が自然に生まれる
このように、家族向けの観光農園という農業へのライトな体験からスタートし、最終的には高額な農機を購入する選択肢にまでつないでいます。時間をかけて 「そのうち顧客」 を段階的に育てていく戦略です。
「そのうち顧客」 へのアプローチを成功させるポイント
では最後のパートでは、そのうち顧客への今からの布石を成功させるポイントについて整理をしておきましょう。
魅力的な体験や情報提供
将来的な 「そのうち顧客」 は、すぐに製品やサービスを買う予定がないため、顕在層と同じようなマーケティングでは相手の心を動かすことはできません。
そこで大切なのが、モノの購入ではなく、魅力的な体験を提供するという発想です。
ヤンマーは観光農園という 「楽しい農業体験」 を用意しました。農機を売る場とはせず、農業から家族の楽しい思い出づくりや子どもの食育、週末のおでかけなどのワクワク感を打ち出します。
まだ今の段階では商品購入意欲のない消費者にも、いつか農業をやってみたいというポジティブな感情が芽生えやすくなります。農業体験やヤンマーへの印象が記憶に刻まれます。
継続的な関係づくり
いくら良い体験だったとしても、それが一度だけの打ち上げ花火のようだと、「今日は楽しかったね」 で終わりです。そこで重要なのが、長期の長い時間にわたって関係を続け、少しずつでも深めるための仕組みをつくることです。
ヤンマーの場合は、観光農園での体験後に、野菜作り教室や就農支援などの次のステップを 「そのうち顧客の文脈ごと」 に用意し、複数回にわたって施設利用や農機製品・サービスに触れる機会を用意しています。
継続的な消費者接点をつくり、たまたま農業や食育を体験した人たちと少しずつ顧客関係を育てていくわけです。
中長期での腰を据えた取り組みと位置づける
将来を見据えて今のうちから 「そのうち顧客」 にアプローチをしていく活動は、すぐに売上には直結しないことでしょう。しかし、だからこそ大切なのは中長期的な視点でコツコツ取り組む姿勢です。
たとえ数年後であっても自分たちが扱っているカテゴリーの製品やサービスがいざ必要になったときに、最初に思い浮かぶブランドになれるかどうかは、長い期間をかけた積み重ねにかかっています。
ヤンマーの事例のように、農業に興味を持った人を最終的に農機購入まで導くには、長いタイムスパンがかかることを前提にしておく必要があります。
いつか来るそのタイミングに自分たちのことや自社商品が一番に想起されるブランドになっているかどうかは、一朝一夕でできるものではありません。地道な啓蒙や体験提供を継続する中で育まれるものなのです。
まとめ
今回は、ヤンマーの観光農園 「シンビオシスファーム」 を取り上げ、学べることを見てきました。
最後にポイントをまとめておきます。
- 今すぐ買わない 「そのうち顧客」 にも、あらかじめ接点をつくることが大事。将来的なニーズが顕在化する前から、ブランドとの接点を設けておく。将来ニーズが生まれた際に 「最初に思い出される存在」 になることを目指す
- 段階的な関係構築の導線を用意する。いきなり購入を促すのではなく、ライトな接点 (例: イベントや教室など) から徐々に本命商品へ導く
- 一度きりではなく、複数のタッチポイントを設けて関係を維持・深化させていく。継続的な接点で記憶に残る存在になることを狙う
- 「そのうち顧客」 へは短期ではなく中長期の視点で取り組む。すぐに成果が出ないからこそ、ブランド資産として未来への種まきと捉え、継続的に実施していく
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