投稿日 2025/09/30

青山商事がオーダーメイドスーツに注力。「売り物が変わればあらゆるものが変わる」 という変化の連鎖

#マーケティング #ビジネスモデル #顧客と価値

新商品や新サービスを投入したのに、思うように成果が出ない…。

もしかしたら、それは売り物だけを変えて、それに関連する他のことを見直していないからかもしれません。

売り物が変われば、顧客、店舗、売り方、価格、伝えるメッセージまで、実は関連する全てが変わる可能性があります。

今回は、紳士服 「洋服の青山」 の事例から、具体的に何がどう変わるのかを紐解きます。

青山商事がオーダーメイドスーツに注力


出典: PR TIMES

仕事着のカジュアル化が進み、スーツ市場は厳しい状況が続いています。そんな中、紳士服最大手の 「洋服の青山」 を展開する青山商事が、活路を見出そうとしているのが 「オーダースーツ」 です。

縮小する市場への危機感から、青山商事はお客様一人ひとりへの価値提供を深める戦略へと舵を切りました。

具体的には、より単価の高いオーダースーツ事業を強化することです。従来の主力である既製スーツの販売減をカバーしようとしています。

2023年にはパターンオーダーブランド 「クオリティオーダー・シタテ」 を全店展開し、2022年に買収した本格オーダースーツ専門店 「麻布テーラー」 のノウハウを取り入れ、顧客満足度の向上を目指しています。

売り物が変わればあらゆるものが変わる


では、青山商事の事例から学べることを掘り下げていきましょう。

今回の事例は、「売り物が変われば、あらゆるものが変わる」 という話として示唆的です。

既製スーツからオーダースーツへの拡張 (売り物が変わる) 

青山商事といえば、幹線道路沿いに大型店舗を展開し、大量の商品在庫から手頃な価格のスーツを提供するビジネスモデルでよく知られてきました。スーツ一式を、リーズナブルに買える場所です。

しかし、働き方改革や新型コロナウイルス禍によるリモートワークの普及で、スーツを着る頻度そのものが減少。スーツに求められる要素も 「毎日着るもの」 から 「ここぞという時に着る一着」 へシフトしています。

こうした環境変化に対処すべく、青山商事は従来の既製スーツだけでなく、オーダースーツ (パターンオーダー) にも力を入れ、高付加価値製品の路線に活路を見出そうとしているわけです。

オーダースーツは既製スーツに比べ、単価が高く客単価向上につながります。また大量に在庫を抱える必要がないなどのメリットもあります。

新しい売り物を求める顧客層が変わる

立場を消費者に切り替えると、売り物が既製スーツが中心だった頃は、来店するお客さんは 「なるべく安価でスーツを手に入れたい」 「すぐに買ってそのまま着たい」 という消費者ニーズが中心だったことでしょう。店内に数多くの並べられた既製スーツを見ながら、欲しいスーツのイメージに近いものを探すという購買行動です。

一方、オーダースーツを求める顧客層は 「自分の体型に合ったこだわりの一着が欲しい」 や 「特別な場面で自信を持って着られるスーツを買いたい」 という顧客ニーズを持っています。自分のファッションに対する意識や目的が、より自分にぴったりと合うという価値を重視する人たちです。

こうしたお客さんは既製品とは異なる提案や体験を求めるため、これまでの青山商事の量販スタイルだけでは十分に対応しきれません。

このように売り物が変わると、それに伴って 「どんな人たちが注力顧客になるのか」 が連動して変わります。

顧客の 「ジョブ」 が変わる

もう少し顧客について掘り下げます。売り物が変わればお客さんは変わり、それによってお客さんの 「ジョブ」 が変わります。

ジョブとは

ここで 「ジョブ」 の定義を確認しておきましょう。ジョブとは 「ある特定の状況で人が遂げたい進歩 (progress) 」 です。

ジョブは英語では "Jobs to Be Done (JTBD) " と言いますが、日本語に直訳すれば 「片付けたい用事」 や 「済ませたい仕事」 という意味です。もう少し意訳を入れると、ジョブという進歩とは、人が置かれた状況において、達成したい目的、解決したい問題、対処したい課題を指します。

ジョブには 「人が置かれた状況をどう変えたいか、より良く進歩したいか」 という視点が含まれます。

では、ジョブの概念を青山商事のケースに当てはめてみましょう。

既製スーツを求めるジョブ

消費者が既製スーツに求めるジョブは、「会社や取引先から求められる基本的な服装規定を手早く満たし、社会人としてスタートラインに立つこと」 、「価格や時間を最小限に抑えつつも周囲から浮かない装いを手に入れ、安心して業務に集中できること」 などの進歩です。

こうしたジョブが生じるのはどんな状況かと言えば、これから新しい職場になる、突然の転勤や出張でスーツが必要になるなどです。急ぎで形だけでも整える必要があるケースもあるでしょう。

オーダースーツを求めるジョブ

それに対して、オーダーメイドのスーツに関するジョブは 「自分の体型やスタイルに合った一着を仕立てることで、見た目の印象や自信を高め、仕事や大切な場面で周囲から一段高い評価を得ること」 、「既製品では得られないフィット感や個性を実現し、自分の存在感を高めること」 です。

ジョブが発生する要因となる消費者の置かれた状況は、ぴったりと合わない既製スーツを持っている、今度に大きな商談やイベントがある、ビジネスシーンでもファッション性の高さが求められているように感じる状況などです。

売り手の役割も変わる

お客さんのジョブがこれまで対応してきたジョブと違うものであれば、売り手 (店舗スタッフ) の役割も変わらざるを得ません。

既製スーツの販売では、商品の数やサイズ展開を把握して、この商品なら在庫があること伝えバックヤードから取ってきたり、次々に既製品を薦めるといった効率的な接客スタイルでした。

一方のオーダースーツでは、スタッフはコンサルタントやスタイリストに近い存在になります。用途・シーンのヒアリング、採寸、着回しの提案などを一人ひとりのお客さんに沿ったより丁寧な対応が求められます。

例えば、青山商事が買収した 「麻布テーラー」 では、お客さんとの何気ない会話や体型の特徴を細かくメモを記録。次回の来店時にもスムーズに 「この前のスーツはどうでしたか」 のようにフォローできる仕組みを整えているとのことです。

もし採寸時と違うスタッフが対応したとしても 「日曜日の結婚式、間に合って良かったですね」 や 「ここを調整しました。これで完璧ですね」 などと声がけしているそうです。メモには次回接客時に提案することも事前に書いておき、「次は夏物も作りませんか?」 といった具合にリピートを促します。

また、接客時間も相応に長くなります。それだけスタッフに高度な知識やトレーニングが必要になり、店舗のスペース効率や予約制なども考慮しないと、店頭オペレーションが回らなくなるでしょう。

このように、何を売るかという売り物が変わることによって、スタッフ教育から店舗オペレーションまで総合的にアップデートしていく必要が出てくるわけです。

売り場 (チャネル) が変わる

既製スーツを中心に販売していた頃は、大型店舗で大量在庫を並べ、来店したお客さんにその場で試着して買ってもらうというアプローチでした。

ところが、オーダーメイドを買ってもらうには、ゆったりとしたスペースでの採寸やカウンセリングが欠かせません。半個室ブースや採寸コーナーを確保する必要になり、売り場設計や運営方針を見直すことになります。

在庫を持たなくても来店客に対応できるようにするため、デジタルサイネージなどを活用して店頭サンプルのみで販売できたり、自社工場や外部縫製工場に発注する仕組みをつくっていくという流通や売り場の変更も伴います。

従来の大量在庫ありきの店舗から脱却し、小型店舗で高付加価値の商品を丁寧に案内するといった新しい販売チャネルです。

価格帯が変わる

オーダースーツは当然ながら既製スーツと比べて販売単価が上がります。

青山商事の 「シタテ」 は3万円台から作れるラインを用意し、生地やオプションを選べば5万 ~ 7万円、あるいはそれ以上になることも少なくありません。高単価の製品へ移行すると、自然と気軽にまとめ買いという既製スーツの売り方とは異なるやり方になります。

価格帯の上昇は、企業側にとっては客単価向上をもたらす一方、消費者にとっては自分だけの一着という特別感が得られる可能性を秘めています。

安売りやまとめ買いセールとは逆方向に向かい、これまでのように数を追うビジネスモデルからは離れることを前提とする価格設計になります。

広告や販促手法が変わる

既製スーツの販売には、テレビ CM や新聞折込チラシ、店頭販促で 「2着目半額」 や 「まとめ買い割引」 、「在庫一掃セール」 といったお得感や価格訴求を重視するプロモーションを展開します。

対してオーダースーツでは 「自分だけのこだわり」 や 「着ると気分が高まる」 といった感情的な価値、ストーリー性、ブランド体験を打ち出すことが大事です。

例えば、SNS やメルマガを活用して 「今期のおすすめ生地」 や 「コーディネートのヒント」 を積極的に発信したり、店舗でイベントを開いて見込み顧客とのつながりを育むというふうにです。こうしたコミュニケーションは、安売りの広告と違って即効性は高くないかもしれませんが、継続的にブランドイメージをつくっていける効果が期待できます。

変化の全体像

ここまで見てきたように、青山商事の事例は、売り物を既製スーツだけでなくオーダーメイドスーツへと注力する範囲を拡張したことを起点に、連鎖的な変化が起きていることを示しています。

今回の例では、次のような構造的な変化です。

  • 顧客層の変化
  • 顧客が求める 「ジョブ」 も変わる
  • 売り手の役割も、商品を売るだけでなく顧客を支援するコンサルタント型へと進化
  • 売り場や接客体制は体験を重視した空間やデジタル活用
  • 価格帯の高付加価値化への引き上げ
  • コミュニケーション手法は量や価格訴求から、パーソナライズされた関係性構築やストーリー重視へ


青山商事の事例は、自社の事業やビジネスモデルについて、「売り物を変えるとしたら、他に何を変える必要があるか?」 や 「顧客が変わることで何がどう変わるか?」 という問いにひとつずつ答えていくことの重要性を教えてくれます。

まとめ


今回は、青山商事の事例を取り上げ、学べることを見てきました。

最後にポイントをまとめておきます。

  • 売り物が変わればあらゆるものが変わる。新しい売り物は、これまでとは異なる顧客文脈やニーズを持つ新しい顧客を引き寄せる。よって、注力顧客の再定義が必要になる

  • 顧客の新しい 「ジョブ」 に応えるため、売り手にはスキルや役割 (例: ヒアリング, 顧客理解, 提案力, コンサルティング能力) が求められ、人材育成や組織能力の開発が求められる

  • 売り物の価値提供プロセスに合わせて、売場 (チャネル) の形態 (例: 店舗設計, オンライン活用) や提供される顧客体験も見直すことが大事

  • 提供価値の変化は、価格設定や収益モデルの見直しにもつながる。単価や利益構造、採算性を再評価する

  • 誰に、何を、どのように伝えるかというコミュニケーション (広告や販促) も、新しい顧客とジョブや求める便益に合わせて最適化する


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多田 翼 (運営者)

書いている人 (多田 翼)

Aqxis 代表 (会社 HP はこちら) 。マーケティングおよびマーケティングリサーチのプロフェッショナル。ベンチャーから一部上場企業の事業戦略やマーケティングのコンサルティングに従事。

前職の Google ではシニアマネージャーとしてユーザーインサイトや広告効果測定、リサーチ開発に注力し、複数のグローバルのプロジェクトに参画。Google 以前はマーケティングリサーチ会社にて、クライアントのマーケティング支援に取り組むとともに、新規事業の立ち上げや消費者パネルの刷新をリードした。独立後も培った経験と洞察力で、クライアントにソリューションを提供している。

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名古屋出身、学生時代は京都。気分転換は朝のランニング。