投稿日 2025/09/02

アシックス 「スピードポケットタイツ」 。本当の競争相手は "変化する顧客ニーズ" にあり

#マーケティング #顧客理解 #価値創出

新商品の企画で、まず何をするでしょうか?

競合分析に時間を費やし、業界のトレンドに乗り遅れてはいけないと焦ってしまう…。しかし、本当にそれが成功への近道なのでしょうか?

アシックスの事例は、私たちに重要な問いを投げかけています。それは 「本当の競争相手は誰か?」 です。

競合に目を向け過ぎると、お客さんが本当に求めているものを見失う可能性があります。ぜひ一緒に事例から学びを深めていきましょう。

アシックス



アシックスがランナー向けの 「ハーフタイツ」 に注力しています。

ハーフタイツとは、膝上丈のランニング用のタイツです。もともとはアスリート向けのアイテムでした。しかしここ数年、市民ランナーをはじめとした一般層の間でも人気が高まりつつあります。

アシックスはハーフタイツの新商品として2024年に 「MOTION MUSCLE SUPPORT (モーションマッスルサポート) スピードポケットタイツ」 を発売しました。これは2021年発売の 「METARACER HALF TIGHT (メタレーサーハーフタイツ) 」 に続く商品です。

ポケットありのモーションマッスルサポートスピードポケットタイツと、ポケットなしのモーションマッスルサポートスピードタイツを合わせたアシックス直営店での初週販売数は、メタレーサーハーフタイツの最高週販売数と比べて 250% だったとのことです (参考情報) 。

顧客を見る重要性


では、アシックスのハーフタイツの事例から学べることを掘り下げていきましょう。

顧客ヒアリングからの気づき

ランニング用のハーフタイツは、着圧性能を前面に押し出した商品が主流でした。着圧によって血流を良くし、ランナーの疲労を軽減するためにランナーは重宝していました。

アシックスも一度は自社商品のハーフタイツを 「着圧をより強化するべきか」 という方向に傾きかけていたとのことです。新商品は他社商品でも主流の着圧を重視した商品をつくるべきであるという方針でした。

しかし、本当にそうなのかをあらためてアスリートにインタビューをしたり市民ランナーにヒアリングをすると、必ずしもハーフタイツに強い着圧を求めるわけではない層が少なくないことが判明しました。

足を前に振りやすくするサポート性や、(市民ランナーはレース中に自前で栄養補給用のジェルを持つ必要があるため) ジェルなどを入れられるポケットが欲しいという声が聞かれました。

過度な競合分析の弊害

通常、新商品を企画する場面では、まず市場トレンド分析や競合調査を行うのが一般的です。もちろん、ビジネスでは市場環境や自社が置かれた現状を把握するために、こうした情報収集は欠かせません。

しかし、競合に目を向け過ぎるあまり、市場の一過性の流行に流されてしまう、競合との差異化を意識しすぎるあまり本質を見失う、顧客が本当に求めていることから離れてしまうという弊害が生じます。

アシックスの事例でも、ハーフタイツの着圧機能の向上がトレンドの主流 (各社が競い合うテーマ) なので、自分たちもそれに寄せるべきではないかという方向性でした。ところが、実際にアスリート選手や一般市民ランナーの声を直に聞いたところ、必ずしも強い着圧を必要としない層が一定するいることがわかりました。

着圧ではなくハーフタイツに何を求めているのかを発見でき、着圧の強化という初期の仮説を修正したのです。

競合他社がどう動いているかをひとつの目安にしつつも、競合と同じ方向へ安易に進むのではなく、自分たちが大切にするお客さんにフォーカスを当て、お客さんが何を本当に望んでいるのかを見極めることが大事なのです。

顧客こそが "本当の競争相手" である

ビジネスでは、自社の競合はどこかを考えますが、最終的に商品を買うか買わないかを決めるのはあくまでもお客さん自身です。つまり、本当の意味で競わなくてはならないのは 「変化し続ける顧客ニーズ」 なのです

市場でシェア争いをしている相手企業を過度に意識し、消費者や顧客が望んでいることとズレた商品を出してしまえば、お客さんに選ばれることはありません。

一方で 「お客さんがこんな場面で困っている」 「実際に使うときはこういう機能があると便利」 といったお客さんの状況や、その状況で生じている顧客ニーズを的確につかめれば、お客さんに選ばれる確率は高まるでしょう。

アシックスは、市民ランナーの望んでいることのひとつから実際に商品化へと結びつけ 「ポケット付きハーフタイツ」 を開発しました。

このように、お客さんのリアルな状況とニーズ、既存商品では満たされていない未充足ニーズ、そうしたニーズを解決するために商品に求める便益 (顧客価値) の実現に集中することが成功への道なのです。

アシックスの顧客理解からの価値創出の方法


では、アシックスはどのようにして消費者やお客さんのリアルな声を深く理解していったのでしょうか。

3つのステップがカギになったと考えられます。

ランナー (顧客) への直接のヒアリング

アシックスは市民ランナーやアスリート選手が集まるマラソン大会、ランニングイベントにおいて、自前のアシックスの専用ブースを設置したりなど、アシックス社員が参加者の声を聞いています。

スポンサーとして大会に協賛するだけにとどまらず、さらには自社主催の大会を開催し、多様な顧客接点をつくる取り組みです。

大事なのは、まずお客さんに直接話を聞く姿勢です。

アンケート調査からの結果だけではわからない、例えば、市民ランナーは補給食を持ち運ぶためにポケットが欲しい (ポケットなしのハーフタイツでは手に持ったりいれるバッグが必要) 、着圧性よりも足が疲れにくい動きやすさを重視するなど、具体的な声が聞けるのは対面でのコミュニケーションだからこそです。

実商品での試用テストと改善

アシックスが成果を上げられたのは、新しく開発中の商品を発売前にテストしてもらう仕組みを整えたことです。

具体的には、アシックスが主催する 「META : Time : Trials」 という市民ランナー向け大会で、新作のハーフタイツの試しばきを呼びかけました。何百人ものランナーたちがアシックスの最新モデルを実際に着用して走り、その日のうちに SNS や自社 EC サイトのレビューで感想が投稿されました。

発売前から本番さながらの環境で商品を使ってもらえると、ランナーからの 「この部分が走りやすくなる」 や 「この部分のホールド感がちょうどいい」 などと、具体的なフィードバックが集まります。使った人から声を受けて商品開発やマーケティングに反映できるわけです。

さらに発売時には、すでにユーザーからの好意的な口コミが広がっているという好循環も生み出せます。

コミュニティと口コミの活用

もうひとつアシックスの取り組みで注目したいのは、コミュニティの活用です。

ランニングを楽しむ人は、SNS や知人同士でのグループなど何らかのコミュニティに所属しているケースが多いものです。コミュニティでは、「今度はこの大会に出る」 「このシューズが走りやすかった」 「新しく出たあの商品が気になる」 「これは期待したのにイマイチだった」 というランニングに関する会話や情報交換が日常的に交わされています。

アシックスは、新商品のテストの段階で試しに使ってもらった人たちにコミュニティ内で情報発信することを促し、瞬く間に評判が広まりました。

他にも、足形を正確に測定できるアシックスの直営店や、会員サービス 「OneASICS」 でも顧客接点をつくることにより、常にお客さんとつながっている環境を整えています。こうした取り組みによって、顧客関係を強化しながら商品開発をブラッシュアップしています。

アシックスは、他社の動きや市場トレンドを過度に気にしたり追いかけるのではなく、お客さんがいま何を求めているかを優先に考え、消費者やお客さんの声を吸い上げる仕組みを丹念につくり上げました。

結果としてハーフタイツ市場での存在感を高め、ほかのスポーツブランドが着圧を強調する中で、ハーフタイツが足のスイングをサポートする機能、ポケット付きモデルなどの顧客ニーズを捉えた商品を送り出し、販売数アップに成功しているのです。

まとめ


今回は、アシックスの事例を取り上げ、学べることを見てきました。

最後にポイントをまとめておきます。

  • 過度な競合分析は本質を見失わせる。競合動向ばかりに注目すると一過性の流行に流されたり、差異化を意識しすぎるあまり、顧客が本当に求めていることから離れてしまう

  • 真の競争相手は変化する顧客ニーズ。お客さんの変化するニーズこそが本当の意味で競わなければならない相手。最終的に商品を選ぶのはお客さんであり、顧客ニーズを理解し対応することが大事

  • 顧客との直接対話から未充足ニーズを発見する。アンケートだけでは見えてこない具体的なニーズや課題は、お客さんとの直接的な対話、実際の使用環境での観察から得られる。顧客接点を多く持ち、リアルな声を商品開発に反映させ顧客価値をつくり出す


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多田 翼 (運営者)

書いている人 (多田 翼)

Aqxis 代表 (会社 HP はこちら) 。マーケティングおよびマーケティングリサーチのプロフェッショナル。ベンチャーから一部上場企業の事業戦略やマーケティングのコンサルティングに従事。

前職の Google ではシニアマネージャーとしてユーザーインサイトや広告効果測定、リサーチ開発に注力し、複数のグローバルのプロジェクトに参画。Google 以前はマーケティングリサーチ会社にて、クライアントのマーケティング支援に取り組むとともに、新規事業の立ち上げや消費者パネルの刷新をリードした。独立後も培った経験と洞察力で、クライアントにソリューションを提供している。

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名古屋出身、学生時代は京都。気分転換は朝のランニング。